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■動揺 -その理由を-■

藤森イズノ
【7707】【宵待・クレタ】【無職】
「えーと。もっかい説明しとくか」
 巨大な黒い鎌を闇にサクリと刺し、それに凭れかかって話すヒヨリ。
 今回還すべき時の歪みは、実父に弄ばれた過去を持つ少女が生んだもの。
 少女の心に刻まれた忌まわしき過去は、自分で払うことなんぞ出来ないものだ。
 このまま放っておけば、少女は男を愛せないまま、ただ年老いていくだけ。
 この歪みを正しく還してやることで、忌まわしき過去は払われるだろう。
 笑って暮らせるように。少女を生かし、救うために歪みを還す。
 一方的に還すだけでは何の解決にもならない。
 少女を救う為には、少女の過去を全て知っておかねばならない。
 歪みの中へ手を差し込み、その忌まわしき過去を隅々まで脳裏に刻む。
 同情するんじゃなく、同調せねばならない。
 目を背けず、少女の苦しみを感じ取らねばならない。
「ちょっとキツいかもしれないけど、問題ないだろ。んじゃ、行くぞ」
 説明を終えて、ヒヨリは闇から鎌を引き抜き、スタスタと歩き出した。
 今回は、サポートとして、時呼の梨乃も同行している。
 ヒヨリを追うようにして歩く最中、自分の中でそれは確信へと変わった。
 ……梨乃の様子がおかしい。
 動揺 -その理由を-

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「えーと。もっかい説明しとくか」
 巨大な黒い鎌を闇にサクリと刺し、それに凭れかかって話すヒヨリ。
 今回還すべき時の歪みは、実父に弄ばれた過去を持つ少女が生んだもの。
 少女の心に刻まれた忌まわしき過去は、自分で払うことなんぞ出来ないものだ。
 このまま放っておけば、少女は男を愛せないまま、ただ年老いていくだけ。
 この歪みを正しく還してやることで、忌まわしき過去は払われるだろう。
 笑って暮らせるように。少女を生かし、救うために歪みを還す。
 一方的に還すだけでは何の解決にもならない。
 少女を救う為には、少女の過去を全て知っておかねばならない。
 歪みの中へ手を差し込み、その忌まわしき過去を隅々まで脳裏に刻む。
 同情するんじゃなく、同調せねばならない。
 目を背けず、少女の苦しみを感じ取らねばならない。
「ちょっとキツいかもしれないけど、問題ないだろ。んじゃ、行くぞ」
 説明を終えて、ヒヨリは闇から鎌を引き抜き、スタスタと歩き出した。
 今回は、サポートとして、時呼の梨乃も同行している。
 ヒヨリを追うようにして歩く最中、自分の中でそれは確信へと変わった。
 ……梨乃の様子がおかしい。

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 …大切なのは、想いを重ねること。
 この歪みを生んだ子の望みを知ろうとすること。
 かわいそうだなんて、そんな同情じゃ救ってあげることなんて出来やしない。
 辛かったね、苦しかったねって、そうやって優しくして欲しいわけじゃないんだ。
 この子は、自分に縛られてる。過去をいつまでも払えずにいる自分を何とかしたいって、そう思っているんだ。
 理解るよ。僕、その気持ち……。痛いほどに理解る。すごくイライラするんだよね……。
 いつまでもいつまでも塞ぎ込んで。それがいけないことだって頭ではわかっているのに、どうすることも出来ないんだ。
 どうして抜け出せないのか、その原因が自分だって理解ると、余計にもどかしくて。
 感じてあげる。僕も、きみの悲しい記憶を、一緒に感じてあげる。
 一緒に考えよう。どうすれば抜け出せるか、ゆっくり考えよう。
 大丈夫だよ。絶対に抜け出せる。僕だって、こうして抜け出せて今を生きているんだから……。
 歪みの中で再生される少女の過去は、とても残酷で、氷のように鋭く冷たいものだった。
 女としての歓びを知る瞬間は、本来とても幸せな瞬間だ。
 けれど少女は、幸せを感じることが出来なかった。
 瞬間に覚えたのは、喪失感と絶望感。
 父親が体内に侵入してくることの違和感。
 父親が、父親ではなく一人の男として、自分を娘ではなく一人の女として見ている、その眼差し。
 全身を走っていた衝撃のような痛みは、いつしか鈍くなって。
 空が明るくなるまで、それは毎晩続いた。繰り返される絶望の行為。
 思い描いていた幸せとは大きくかけ離れた、悲しい時間。
 涙することはなかった。父親が死んだとき、ほっとした自分がいた。
 父親を亡くしたのに涙ひとつ落とさないなんて、残酷な子ねと言う人がいた。
 父親を亡くしたのに涙ひとつ落とさないなんて、強い子ねと言う人がいた。
 何を言われても心に響かない。ただ、ほっとした。解放されたような気がしたから。
 けれど死してなお、父親が身体に刻んだ傷と痛みは消えなかった。
 自らの身体を躊躇うことなく傷つけたこともあった。
 けれど流れ出るのは血液だけで。刻まれたものは、いつまでも身体に在り続けた。
 歪みきった愛情。永遠に、この愛情に包まれて生きていくのか。生きていくしかないのか。
 震える身体を抑え続ける日々。部屋の隅から身動き一つできない日々。
 私は、ずっとこのまま? このまま、一人で生きていくの?
 愛することも、愛されることも知らずに、やがて死んでいくの?
 助けて。誰か助けて。私を、ここから出して下さい……。
 目耳から取り込んだ少女の記憶に、クレタは悲しい表情を浮かべた。
 僕と同じだ。悲観することしか出来ない。それほどまでに辛い過去を重ねてきた。
 でも、あの日の僕と一つだけ違うところがある。それは、気持ち。
 きみは、助けてくれって、そう思ってる。そこから出たいって思ってる。
 僕は……出たいだなんて思わなかった。出ることさえも諦めていたから……。
 きみは強い子だよ。僕なんかより、ずっと……。大丈夫。きみは、歩いていける。
「還さなきゃ……駄目かな? 消しちゃ……駄目?」
 呟くように尋ねたクレタ。ヒヨリは苦笑を浮かべ、目を伏せ首を左右に振った。
 在るべき場所へ還す。それが本来、時守としての仕事だ。
 けれど、還すということは、理解させること。
 消せないものだと理解させた上で、一歩を踏み出すチカラを与えるもの。
 でも、この子はきっと、理解なんて出来ない。全力でそれを拒んでしまう。
 早すぎたんだ。知るのが、女として生まれたことと、受身に似た、その在るべき姿を知るのが早すぎた。
 少女に非はない。悪いのは、少女を使って私服を肥やした父親だ。
 還すよりも、消し去ってしまったほうがいい。そうしないと、彼女は立ち上がることすら出来ない。
 過去を重ねた時間を無きものにする、この方法は時狩が行う方法と変わりないものかもしれないけれど。
 大切に思うからこそ、消してやりたいと思う。それが、間違いだなんて、仲間は絶対に言わない。
 何にも囚われず、自由になれる。必要のない経験だったんだ。過去だったんだ。
 本来、きみは、覚えていないはずの経験だった。狂ってしまった時を。元に戻してあげるから。
 気付いてね。自分のチカラで気付いて。自由だってこと。選べる道が、無数にあること。
 きみが幸せになれるように。幸せになれる道を見つけることが出来るように……。
 ずっと願ってる。僕は、僕達は、ずっと……ここから、きみを見守っているから。

 梨乃が連動歪曲を抑え、その間にクレタとヒヨリが想いを交錯させて歪みを解放する。
 温かく柔らかな光に包まれて消失する歪み、少女の忌まわしき過去。
 過去を払われた後、少女がどうなったのか。それを知る術はない。
 けれどきっと、ちゃんと自分の足で歩き出せているはず。あの子は、強いから。
「お疲れさん」
 ふぅと息を吐いて、クレタと梨乃に微笑みを向けるヒヨリ。
 ずっと俯いていた梨乃は、そこでようやく顔を上げ、微笑み返して言った。
「お疲れ様でした。それじゃあ、私は戻ります。また」
 時呼だけに許されたチカラ、連動歪曲を防ぐ、そのチカラ。
 時呼の中でも、梨乃のそのチカラは目を見張るものがある。誰よりも安定しているのだ。
 だからこそ安心して仕事が出来る。一緒に仕事をする上で、こんなに頼もしい人はいない。
 けれど……。今日の梨乃は、様子がおかしかった。いつもと違い、とても不安定だった。
 いつ歪みが暴走してもおかしくないくらい、とても頼りないサポートだった。
 去り行く梨乃の背中を見やりつつ、クレタは呟くように尋ねた。
「梨乃……今日、変だったよね」
「あぁ。しんどかっただろうな」
「どうしてかな……」
「聞きたいか?」
「え……? うん……聞いても、良いなら……」
 聞いちゃ駄目だってことはない。でも、クレタ。聞けば、お前も辛いかもしれない。
 隠したところでどうにもならないし、お前があいつを心配しているのも理解るから話すけれど。
 あいつも、似たような過去を持ってるんだ。女として持っていたくない過去を。

 *

「もう我慢できない。皆が止めても、私は行くから」
「梨乃! 待てって!」
「黙って見ているだけなんて、私には耐えられないもの」
 あの日、あいつはそう言って、向かって行った。俺たちが止めるのも聞かずに。
 クレタ。お前はもう、全てを知っているよな? 自分がどういう存在か、どういう存在だったか。
 梨乃が、あの日向かって行ったのは、Jのところだ。あいつは、お前を救おうと試みた。
 ただ傍に置かれているだけで、人形のような扱いを受け続ける。
 間違った愛情を何度も何度も心と身体に注ぎ込まれる。
 そんなお前を、俺たちは救おうとしていた。どうにか、あいつから引き離せないものかと。
 でもな、あいつは何があっても、お前を手放そうとしなかった。
 無理矢理にでも引き剥がそうかと思ったよ。
 でも、あいつは頭のイカれた男だ。
 刺激すれば、お前そのものを消し去ってしまいかねない。
 俺たちは恐れていたんだ。情けないことに。無力だった。
 どうすることも出来ずにいる、そんな時間に、梨乃は、あの日ピリオドを打ちに行ったんだ。
 怖れていては何も変わらない。その想いを胸に、あいつは突っ込んでいった。
 その結果。
 あいつは、ボロボロになって帰ってきたよ。お前を救うことなんて出来ぬまま。
 身体の痛みよりも、心に負った傷のほうが果てしなく深かった。
 あいつの首元に刻まれた、いくつもの紅い痣を見て、俺たちはすぐに悟った。
 あいつが、梨乃に何をしたか。すぐに理解ったよ。
 同じものだったから。クレタの首元にあった無数の紅い痣と、同じものだったから。
 でもな。見た目、形こそは同じでも。そこにある意味は全然違うものだったと思う。
 クレタにするように、同じように愛情をこめたはずがないんだ。
 梨乃も俺たちと同じ、自分のものを奪おうとする、あいつにとっては敵なんだから。
 愛のない抱擁、憎き男の腕の中で。梨乃が、どんな想いだったか。
 それを想う度、俺たちは悔やんだ。何度も何度も、己の無力さを。
 でもな。あいつは強い女で。今もなお、Jに挑む心を持ち合わせてる。
 実際に、お前がどんな扱いを受けているかを知ったから余計になんだろうな。

 *

 そんな過去を持っているって知って、どうして今日、この仕事に同行させたんだって思うだろ?
 酷く残酷に思えるだろうな。確かに、残酷だよ。鬼のように非情だ。
 でも、あいつを想うからこそ、連れてきた。
 かけがえのない仲間だと、そう想うから連れてきた。
 事実、あいつは、危うかったけれど、ちゃんと使命を全う出来た。
 正直、駄目なんじゃないかと思ったよ。無理なんじゃないかって。
 だから、あいつが使命を全うしたことに、全う出来たことに、誰よりも俺が驚いてる。
 俺が思うよりずっと、あいつは強いんだな。もしかしたら、誰よりも強いかもしれない。
 クレタの頭を撫で、スタスタと歩いて行くヒヨリ。クレタは立ちすくんだまま、動けない。
 僕を助ける為に、そんな酷い目に遭っていたの……? そんな素振り、全然見せなかったのに。
 辛くて仕方なかったんじゃないかな……。僕と向き合うことさえも、辛かったはずだよ……。
 すぐにでも追いかけて、梨乃の手を掴みたい衝動にかられた。
 けれど、駆け出しそうになる想いを、クレタは必死に抑える。
 だって……。それは同情だから。追いかけて手を掴んで、何て言うの……?
 ごめんねって言っても、ありがとうって言っても、何を言っても無意味。
 同情じゃ、人を救うことは出来ないんだ。
 大切なのは、想いを重ねること。
 どうしてかな。さっきは、ちゃんと出来たのに。難しいよ。
 梨乃の心に、同調することが出来ないよ……。どうしてかな。
 他人なら出来るのに。自分が関与していたら、出来なくなっちゃうの……?
 僕って……。僕って、何て自分勝手なんだろう……。
 立ちすくんだまま動けずにいるクレタを、振り返って見やるヒヨリ。
 駆け寄ることはしない。手を引くわけにはいかない。自分で歩いて来い。ついて来い。
 手を引かれないと歩けなかったお前は、もう、いないだろ?
 お前は何も悪くない。お前には、どうすることも出来なかったんだから。
 感謝も謝罪も口にしなくていいから。ただ、あいつを、嫌わないでやってくれ。
 今までどおり、仲良く接してやってくれればいい。それが、あいつを救う唯一の手段だから。
 お前が笑わないと、すべてが無駄になる。笑ってやってくれ。どんなときも。
 お前は何も悪くないよ。悪いのは、無力すぎた俺たちだ。

 簡単なことだなんて思っていなかったけれど。
 それでも、何とかなるって……そう思っていたんだ。
 皆がいれば、大丈夫だって。そう思っていたんだ。
 僕は無知だね……。無知で無力だ。
 強くなるのって、こんなに難しいことだったんだね……。
 閉じていた目を開き、クレタは一歩を踏み出した。ゆっくりと、一歩ずつ。
 とても重いけれど、あのまま立ち止まっているわけにはいかないから。
 遠のいていくばかりのヒヨリと梨乃の背中を、ジッと見据えるクレタ。
 その瞳に宿る光は、鈍くも消えることはなかった。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / 梨乃 / ♀ / 18歳 / 時呼 -トキヨビ-

 シナリオ『動揺 -その理由を-』への御参加、ありがとうございます。
 前置きが長くなってしまいましたが…そういうことでした。
 紅い痣は、濁した表現ですが、要はキスマーク。それと同じものです。
 申し訳ないだとか、そんなことは想って欲しくないとヒヨリは願っています。
 事実をまた一つ明かしたのは、あなたが強くなったと実感しているから。
 手が差し伸べられる時を待つのではなく、ゆっくりとでも歩いて、
 追いかけることが出来ている時点で、また一つ強くなれているのです。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.19 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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