■LOVER?■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
「やっぱり変よね。あからさまにコソコソしてるわよね? あれ」
「うん。そうかも。でもさ、こういうの良くないんじゃないかな。尾行みたいな……」
「あいつがサボると、その分、私が大変なのよ」
「うん。それは、わかるんだけどさ……」
「ほら、見失っちゃうから。急いで、オネくん」
「う、うん……」
ナナセとオネ。二人が追っているのはヒヨリだ。
時の回廊を経由し、ヒヨリは東京へと赴く。
何のことはない。いつもの光景だ。ヒヨリが東京に遊びに行くのは。
だが、数日前、そのあたりまえの光景に、ナナセは疑問を抱いた。
動きがぎこちないというか、ソワソワしているというか。何だか妙なのだ。
本人に尋ねても、当然とぼけるだけで、明確にはならない。
ナナセは、ヒヨリの様子がおかしいことを仲間達に相談した。
その結果、尾根が発した『彼女でも出来たんじゃないの〜?』という仮説が最有力に。
別に恋人が出来たということに驚きはしない。
けれど、それを理由に仕事をサボるのは、よろしくないことだ。
そもそも時守という立場上、現実世界に恋人を作ってしまうのは……どうだろう。
自分の立場を明かせない以上、真に愛し合うことなんぞ叶わないのではないだろうか。
|
LOVER?
-----------------------------------------------------------------------------------------
「やっぱり変よね。あからさまにコソコソしてるわよね? あれ」
「うん。そうかも。でもさ、こういうの良くないんじゃないかな。尾行みたいな……」
「あいつがサボると、その分、私が大変なのよ」
「うん。それは、わかるんだけどさ……」
「ほら、見失っちゃうから。急いで、オネくん」
「う、うん……」
ナナセとオネ。二人が追っているのはヒヨリだ。
時の回廊を経由し、ヒヨリは東京へと赴く。
何のことはない。いつもの光景だ。ヒヨリが東京に遊びに行くのは。
だが、数日前、そのあたりまえの光景に、ナナセは疑問を抱いた。
動きがぎこちないというか、ソワソワしているというか。何だか妙なのだ。
本人に尋ねても、当然とぼけるだけで、明確にはならない。
ナナセは、ヒヨリの様子がおかしいことを仲間達に相談した。
その結果、尾根が発した『彼女でも出来たんじゃないの〜?』という仮説が最有力に。
別に恋人が出来たということに驚きはしない。
けれど、それを理由に仕事をサボるのは、よろしくないことだ。
そもそも時守という立場上、現実世界に恋人を作ってしまうのは……どうだろう。
自分の立場を明かせない以上、真に愛し合うことなんぞ叶わないのではないだろうか。
-----------------------------------------------------------------------------------------
……うん。何となく、知ってた。様子がおかしいことも、東京にコソコソ出掛けているのも。
何してるのかとか、そういうことを聞くような真似はしなかった。
楽しそうにしていたから、邪魔をしちゃいけないような気がして。
でも、そうか……。恋人が、出来たんだね……。それが本当かどうかは理解らないけれど。
そう言われてみれば、そうかもしれないなって思うところは……たくさんあるよ。
一番、あぁって納得するような気持ちになるのはね……三日くらい前かな。
すごく大きな花束を持って、ヒヨリが時の回廊に向かって行ったんだ。
その背中を見ながら、何となく……幸せそうだなって、そう思った。
僕は……僕は、人を愛するって気持ち、まだハッキリとわからないけれど。
人を想うことの素晴らしさは、理解ってるつもりだよ。教えてくれたから。
皆が、ううん、ヒヨリが……一番、教えてくれたから。
複雑な気持ちだった。
そうだと決まったわけじゃないけれど、どこかモヤモヤするような気持ち。
遠くへ行ってしまうような気がした。自分のことを、見てくれなくなるんじゃないかと不安になった。
散歩中に偶然、オネ・ナナセと遭遇して詳細を聞かせてもらったクレタは、また不思議な行動に出る。
どうしてなのかは理解らない。気がつけば、クレタは二人に同行する形で、後ろからチョコチョコとついて行った。
ヒヨリは、恋愛に積極的なほうだ。楽しいものだと言い切って、次々と女友達を作る。
外の世界にいるヒヨリの女友達は、数え切れないほどだ。
けれど、その中で『恋人』だといえるまでに親密な仲になった人がいるだなんて、知らなかった。
色々と教えてはくれるけれど、自分の恋愛を深く語ることはしない。
ヒヨリがクレタに話すのは、あくまでも恋愛というものの本質について。
どんなとき、どんな気持ちになることを恋と呼ぶか。そのパターン。
ヒヨリがクレタに教え話すのは、その辺りだけだ。
恋をするということがどういうことなのか、お陰で何となく理解った。
でも、実際にしてみようとは思わない。ヒヨリのように恋を探すような真似をクレタはしない。
興味がないわけじゃない。ただ、探さずとも、すぐ傍にあるような気がするから。
いつも一緒にいる仲間。彼等といるときに覚える気持ちは、ヒヨリが教えてくれたものに似ている。
ハッキリと、それが恋だと断言することは出来ないけれど、今、確かに幸せだ。
クレタは、それだけで満足している。だから、求めることはしない。今以上を。
「どこまで行くのかしら……」
「暗いね。こんなところに人なんて住んでるのかなぁ」
後を追い、やって来た外の世界、東京。
ヒヨリは何やら大きな袋を持って、コソコソと路地裏を行く。
何度も後ろを確認する為に、尾行ている三人は、その度にヒヤヒヤ。
薄暗い路地裏を進み、やがてヒヨリは、一軒の家に入っていった。
家と呼ぶには、あまりにも古びたものだった。ヒビ割れた壁、割れた窓ガラス。
扉は無い。かつて扉があったであろう場所を、アーチをくぐるようにして家の中に入る形だ。
音を立てぬよう、そーっと後を追い、家の中へ。
外観だけでなく、家は内部もボロボロに朽ちていた。
こんなところに人が住んでいるのかと疑問を口にするオネとナナセ。
確かに、驚くかもしれないけれど……。こういうところを自分で選んで生活する人もいるよ。
必然的に、こういうところじゃないと生活できない人もいる……。
一人でひっそりと、静かに暮らす。僕も……そういう生活、好きだよ。
今は、皆といるほうが落ち着くし、楽しいと思えるけれど……。
こそこそと後を追い、やがてヒヨリは、一室へ。
壁に身を隠し、そーっと中を覗き込む三人。
「よっ。調子は、どうだ?」
ヒヨリはそう言って、ボロボロの椅子に腰を下ろした。
椅子の傍には、今にもガラガラと音を立てて崩れそうなベッド。
ベッドの上には……長い髪の、とても綺麗な女性が横たわっていた。
ヒヨリが来たことに微笑み、女性はゆっくりと身体を起こす。
とても緩やかなその動きを、ヒヨリは支えるようにしてサポートした。
まるで映画のワンシーンのような光景。それほどまでに、二人は絵になっていた。
女性に微笑みかけるヒヨリも、微笑み返す女性も、とても幸せそうに見えた。
持ってきた大きな袋から、ヒヨリは次々と手品のように食べ物を取り出す。
林檎の比率がやたらと高いが……。女性は、ありがとうと何度も頭を下げた。
詳しいことは理解らないけれど、これ以上覗き見るのは良くないことのような気がした。
どういうことなのかをハッキリさせようと部屋の中を依然覗き込むオネとナナセの手を引き、クレタは引き返す。
「あ、ちょっと待ってよ。クレタくん、もう少し様子を見なきゃ……」
「クレタくん、気にならないの?」
オネとナナセの言葉に、クレタは俯いてポソポソと返した。
うん……。気にならないと言えば、それは嘘になるよ……。
どういうことなのか、僕も知りたい。でも、知りたくない気持ちもあるんだ。
知ったところで、何がどうなるわけでもない。何も変わらない。
僕達が全てを知っても、ヒヨリは、またここに来るだろうし、それを止めることなんて出来ない。
どうしてかな……。どうして、こんな悲しい気持ちになるんだろう。
心のどこかで、違う展開を、違う結末を望んでいたのかもしれない。
嫌な気持ちになるんだ。あのまま、あそこにいたら……泣きそうになってしまう。
おかしいよね。ヒヨリに恋人が出来るのは何も不思議なことじゃないのに。
ヒヨリは優しいし楽しいし。いつ恋人が出来てもおかしくない人だと思うんだ。
でも、どうしてかな。悲しくて寂しくて仕方ない気持ちになってしまう。
置いていかないでだなんて。こんなこと、思う権利ないのに。
目を伏せて物思い。けれど、いつまでも、そのまま沈んでいるわけにはいかない。
心細くなっているんだ。僕は。……怖いって、心のどこかで思ってる。
思えば今まで、僕はどれだけヒヨリに頼ってきただろう。
悩めば手を差し伸べてくれたし、危険な目に遭えばいつだって助けにきてくれた。
迷子になりそうになったら、遠くから何度も名前を呼んで呼び戻してくれた。
大切な人が、特別な人が出来たなら、その人優先になるのは仕方のないこと。
いつまでも頼っていちゃ駄目なんだ。強くならなきゃ。
ヒヨリがいなくても、ヒヨリが助けに来る必要がないくらい強くならなくちゃ。
いつまでも甘えてちゃ駄目なんだ。もっとしっかりしなくちゃ。
引き返しながら、クレタはナナセに言った。
「ヒヨリの仕事がおろそかになるようなら……僕、その分もっと頑張るから……」
「クレタくん……?」
しっかりしなくちゃ。その想いから放った言葉だということは理解った。
でも、それは心の底から放っている、放てている言葉ではないのではなかろうか。
追い詰められたような表情を浮かべているクレタに、オネとナナセは、そう思わされた。
引き返し、元の世界へ。クロノクロイツへ。
見なかったことには出来ない。だからこそ、しっかりしなくちゃ。
決意し、一人でスタスタと先を行くクレタ。それは、急いているようにしか見えなかった。
クレタの後を追いながら、オネとナナセは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「何だかクレタくん、かわいそう……」
「そうね。逆に苦しめてしまったかもしれないわ……」
「まったくだ。プライバシーの侵害だな」
「!!」
ビクリと肩を揺らして、そ〜っと振り返るオネとナナセ。
振り返った先では、ヒヨリがニッコリと微笑んでいた。
ヒヨリの声がした。
振り返れば、そこにはヒヨリがいる。
理解したけれど、クレタは振り返らずに、ただ立ち止まるだけ。
「い、いつから気付いてたの、ヒヨリ」
「最初っからだ。お前ら、下手すぎるぞ、尾行」
「……ダメ出しされるとは思わなかったわ。怒ってないの?」
「別に?」
それよりも、可笑しくて仕方ねぇよ。お前ら、勝手に想像しすぎ。特にクレタ。
あの子は、恋人でも何でもない。ただの友達だ。
一週間くらい前に、あの辺りを散歩してたらバッタリ遭遇してな。
こんなとこで何やってんだ? から会話が始まって、色々と知った。
あの子は、身よりもなく、ああして一人、あんなに寂しい場所で生活してる。
おまけに病気を患っててな。治る見込みもない。あと半月ほどで、あの子は死ぬ。
本人もそれを理解ってるみたいだけどな。万が一、ってのがあるだろ?
友達になった女が、後悔して死ぬだなんて嫌だからな。
アフターケアならぬ、ビフォーケアってやつだ。
あの子が悔やみながら死んで、歪みを生まないように。
楽しい思い出で埋め尽くしてやろうと思ってね。
でもまぁ……それも今日で最後だ。俺はもう、あそこには行かない。
さっき、約束してきたんだ。もう、来ないからって。
日に日に弱っていく自分を見られるのが嫌なんだってよ。あの子は。
感謝の気持ちがあるからこそ、もう来ないでって。そういうことだそうだ。
正直、残念に思ったけれど、本人が言うんだから、従わないわけにもいかないからな。
わかったって。俺は、そう返して約束してきた。
願うだけだよ。あとは。半月後、悲しい歪みが出てこないことを。
「何だ。そういうことだったんだ」
「紛らわしいわね」
「お前ら……。ここは優しいのね、とか言うところだろ」
「確かに立派だけど。本業をおろそかにしちゃ駄目だと思うわ」
「……いたたた。耳が痛い」
立ち止まったまま、後ろで交わされる遣り取りを聞いていた。
詳細を把握したクレタは、フゥと息を吐いて……再び、一人先に歩き出した。
スタスタと歩いて行くクレタに、ヒヨリは声を掛けながら追いかける。
「おい、クレタ。待てって。何、どしたの」
ヒヨリは、やっぱり優しい人だね。びっくりするくらい優しい人。
どうすれば、そんなに人を思いやることが出来るの? 本当に、すごいと思う……。
僕には出来ないから。自分のことで精一杯だから。いつだって。
優しさ、大きさ、それを感じ、覚えるのは複雑な感情。
自分がひどく、ちっぽけな存在に思えた。
半月後―
ずっと目を伏せていたヒヨリが、パッと目を開けて大きく息を吐いた。
僕も感じた。遠くで、ふっと。とても謙虚に命の灯が消えていくような感覚。
しゃがんで本を読んでいたクレタに歩み寄り、ヒヨリは言った。
「クレタ。一緒に散歩行こっか」
見上げ、ヒヨリの微笑みを見つめてクレタは淡く微笑み返す。
ヒヨリは、本当に優しいね。優しすぎて、傍にいるだけで涙が出そうになる。
そんなヒヨリが、僕は大好きだよ。心から、大好きだって、そう思うよ。
大丈夫だよ、ヒヨリ。どんなに歩いても、絶対に見つからない。
悲しい歪みなんて、どこにもないよ。絶対に、ないよ。
だって、こんなにも。ヒヨリは優しいんだから……。
読んでいた本を閉じ、クレタは立ち上がった。
手を繋ぎ、闇を散歩。散歩という名を借りた、確認作業。
そんなに、そわそわしなくても大丈夫……。大丈夫だよ、ヒヨリ。
横顔を見やりながら、クレタはクスクスと笑った。
キュッと掴む指先に、想いをこめて。
-----------------------------------------------------------------------------------------
■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / オネ / ♂ / 13歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『LOVER?』への御参加、ありがとうございます。
恋人ではなかったという感じですが。少なからず、互いに想い合う心はあったでしょう。
必然的に、ずっと一緒にいられないことを理解できるが故に、それを表に出さなかっただけで。
まるで、そんな素振りを見せていないけれど、きっとヒヨリは辛いはずです。
でも、傍にクレタくんがいるから大丈夫。寧ろ、いなきゃどうなっていたことか。
いつだって、傍にあるものですね。大切なものは。見落としがちだけど。
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
-----------------------------------------------------------------------------------------
2008.11.19 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
-----------------------------------------------------------------------------------------
|
|