■愛を説く■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
教えてあげる。キミに、教えてあげる。
人を愛すること。その意味を、教えてあげる。
キミは知らないんだ。知るはずがないよね。
キミが知っているのは、愛され方だけ。
愛し方なんて、知らないよね。
そう、キミは知らないんだ。知るはずがないよね。
だって、教えてないんだから。
大丈夫。難しくなんてないよ、簡単さ。
おいで。教えてあげるから。
さぁ、おいで。
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愛を説く
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教えてあげる。キミに、教えてあげる。
人を愛すること。その意味を、教えてあげる。
キミは知らないんだ。知るはずがないよね。
キミが知っているのは、愛され方だけ。
愛し方なんて、知らないよね。
そう、キミは知らないんだ。知るはずがないよね。
だって、教えてないんだから。
大丈夫。難しくなんてないよ、簡単さ。
おいで。教えてあげるから。
さぁ、おいで。
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来たくて来てるわけじゃ……ないんだ。
出来うることなら、あなたには、もう二度と会いたくなかった。
でも、あなたは傷付けるから。僕が無視し続ければ、その分、仲間が苦しむから。
何度でも言ってあげる。聞きたいのなら、聞き足りないのなら……僕は、何度でも言うよ。
僕は、あなたの腕には還らない。もう、二度と還らない。
聞き飽きるまで、何度でも言うから……だから、もう呼ばないで。
僕が手に入らないからって、仲間を傷付けるのはやめてよ。
仲間は文句ひとつ言わずにいてくれるけれど……もう、耐えられないんだ。
無理をして笑っているように見えて仕方ないんだ。だから、もう止めて。
わがままかもしれない。わがままかもしれないけれど、変わらないから、この気持ちは。
仲間を傷付けるのは許さない。傷付けないかわりに、とあなたが提示する条件も飲まない。
僕は、あなたの腕には還らない。もう、二度と還らない。
向かい合い、見つめ合うクレタとJ。
クレタの冷たい眼差しに、Jはいつもの微笑を浮かべる。
どう足掻いても、もうキミは俺のものにならないのかな。
何となく、そう把握することは出来るよ。キミの目を見れば、そのくらい理解る。
でもね、余計に欲しくなるんだ。その目を見ると、余計に欲しくなる。
ムキになってる? 違うな。興奮しているんだよ。
いつから、そんな風に睨めるようになったんだい?
キミが、俺に向ける眼差しは、いつだって甘く柔らかかった。
トロンとした目で見つめるキミを、俺は愛してあげた。
腕の中で俺を見上げるキミは、とても小さく可憐で。
強く抱きしめれば、壊れてしまうんじゃないかってほどに繊細だった。
はじめのうちはね、壊れてしまわないように、優しく優しく抱いた。
けれど、いつからかな。壊れてしまえば、いっそのこと、壊れてしまえば良いって。そんなことを想うようになった。
俺の腕の中で、音を立てて、キミが崩れる。その瞬間を求めるようになって。
その欲求が湧いてからは、躊躇うことをしなくなった。
力任せにキミを寄せて、思うがままに抱きしめて。
キミは顔を歪めたね。でも、やめてとは言わなかった。
そう言わないように、俺が教え込んだから。
どうして禁じたか理解るかい?
止めてほしいのに止めてと言えない。そうして耐えるキミの顔を、いつまでも見ていたかったからさ。
愛されすぎること、その幸福に耐える、その顔。それが、堪らなく愛しかった。
「愛しかったんだよ」
淡く微笑み、目を伏せて告げたJ。
色褪せずに残る記憶を思い返しながら、酔いしれるように話すJを、クレタは、ただジッと見つめた。
あなたが求めているのは、過去の僕……。今の、僕じゃない。
事実は事実。僕が、あなたの腕の中にいた、それは消せない、消えない事実。
幸せだと、そう想っていたのも事実。それが錯覚なんだって、間違いだなんて思いもせずに。
あなたしか、傍にいなかったから。だから、僕にとって、あなたが全てだった。
あなたの言うことは、何もかも正しいものなんだと。そう思うことしか出来なかったんだ。
今は……こうして、過去をひとつ、またひとつ思い出していく度に、僕の中でグルグルと気持ち悪いものが蠢くんだ。
僕が、あなたに教えられた愛され方は、とても味気ないもの。
こんなに冷たい、氷のような愛され方……必要ない。
ねぇ、一つ聞いてもいいかな。
あなたは……愛され方を知っているの?
いつまでも、そうやって僕を求めて、取り戻そうと躍起になって……。
僕の目には、あなたが、とても弱く脆い人に映ってる。
気のせいかな。あなたの言葉や態度、それらが、あなたの悲鳴のように思えるんだ……。
力任せに抱きしめることは知っている。相手の気持ちを考えず、本能のままに抱きしめることは知っている。
逆は? その逆は? 抱きしめられたことはあるの? ギュッと、優しく抱きしめられたことはあるの?
ないんじゃないかな。その温かさを知らないから、あなたは優しくなれないんじゃないかな。
人を優しくするだなんて大層なこと、出来るだなんて微塵も思わないけれど。
どうしてかな。同情なんかじゃなくて。そう、すごく……切なくなって。
無意識の内に、クレタは歩み寄っていた。目の前でピタリと止まり、見上げる。
自分を見下ろすJの青い瞳は、相変わらず歪んでいた。
氷のように冷たい瞳。そう思っていたのに、今は、そう思わなくて。
ただ、深く暗い……海のように思えた。
Jの腕を引き寄せ、クレタはギュッと抱きしめた。
抱きしめるというよりは、しがみ付くような体勢で。
身を覆い隠す黒装束。その中にあるJの体躯は……クレタに引けを取らぬ程に痩せこけていた。
衣服、布を隔てて触れる、酷似した身体と、骨。
可哀相だなんて、そんなことは思っていない。
ただ、切なくて。いつまでも、そんな目をしたまま生きていくのかと。
あなたの未来を想うと、切なくて泣けてくる。
あなたが願うとおり、この腕に戻ることは出来ないけれど。
今だけ。この瞬間だけ、僕は、ここにいる。ここにいるから……。
だから、そんな目をしないで。僕を、そんな目で見ないで。
助けてあげることが出来ないんだ。
ひとつだけ、あなたを救う術があるのかもしれない。
でも、それは出来ないこと。僕には、出来ないこと。
あなたと過ごした日々は、確かに在って。今も覚えているけれど。
かつてのように、あなたの腕の中で、ジッとしていることは、もう出来ないんだ。
知ってしまったから。あなたの腕の外に、世界が広がっていること。世界は、広いものなんだということ。
人を想う気持ち、人に想われる気持ち。人を愛する気持ち、人に愛される幸せ。
あなたにとって、僕が全てでも。僕にとって、あなたは、もう全てじゃない。
けれど、無関係じゃない。だからこそ、そんな目で見つめられると困るんだ……。
お願いだよ。そんな目で、僕を見ないで。どうか……。
「泣かないで……」
耳元で囁いた言葉、願い。
ありったけの想いを込めて放った言葉を最後に、クレタは、その場に崩れ落ちた。
次々と注ぎ込まれる想いと、葛藤、それらによって、心がパンクしてしまったのだろう。
倒れ込むクレタを支えるようにして、Jは闇に腰を下ろした。
名前を呼んでも無反応。触れても無反応。
まるで人形のような、愛しき人。
キミはズルい。何てズルくて、優しい子なんだろう。
優しくて……残酷な子だ、キミは。
俺の腕に還る気がないくせに、俺を抱きしめた。
触れたくもなかったはずだ。キミにとって、俺はもう、そういう存在になってしまったはずだ。
それなのに抱き寄せた。抱き寄せて、救えやしないかと囁いた。
泣いてなんかいない。俺は、泣いたりしない。
キミに優しくされて泣くなんて、みっともないったらありゃしない。
そもそも、泣くって何だい? どうして泣く? 泣く必要なんて、ないじゃないか。
クレタ。目を開けろ。目を開けて、俺を見つめ返してくれ。
蔑むような、軽蔑するような目で構わないから。
良いのかい? このまま眠り続けて。俺は、キミを連れて還るよ?
還りたくないんだろう? だったら、目を開けて、そう言えよ。
どうしてだ。どうしてだい、クレタ。キミはズルい。
無防備な寝顔に、毒気を抜かれてしまう。
こんなにも、欲しいと想うのに。
拒んでくれないと、蔑んでくれないと、興奮できない。冷めてしまうよ。
願いどおり、腕の中にいる愛しい人。けれど、願いが叶ったとは言えない、思えない。
動かない、喋らないキミを手に入れても、俺は満たされないんだよ、クレタ。
「お前は、ズルいよ」
そう呟き、Jはただ、ジッと見つめた。
謙虚に揺れる睫毛と、上下に緩やかに揺れる胸の動き、クレタの呼吸を、ただジッと見つめた。
闇の中で重なり合う影。この瞬間だけ、引かれ合う磁石のように。
*
「どうしたの?」
「……ん?」
「手、止まってるから」
「あぁ。ちょっと考え事」
「程々にね」
「あぁ。わかってるよ」
どうして見えてしまうのかな。見たくもねぇのに。
まるで、目の前で繰り広げられているかのように、鮮明に映るよ。
今すぐにでも、駆け出して、そこに行きたい。仕事なんて、放ってしまいたい。
何も危害を加えない状態だってのは、理解できる。でも、モヤモヤするんだよ。不安になる。
お前のことを信じていないわけじゃないけれど。もしも、万が一。
その腕の中に還ることが幸せなんだと、お前が思いやしないかと。そう、不安になる。
俺達の不安なんて他所に、お前は帰ってくるんだろうな。ここに。
そして、いつもどおり言うんだ。ただいまって、小さな声で。
何があったのか、何を想ったのか、それを隠して笑うんだ。
それに対して、俺達も何食わぬ顔をしなければならない。
素知らぬフリを、何も知らないフリをして、微笑み返して言うんだ。おかえり、って。
「…………」
険しい表情を浮かべ、テーブルに頬杖をついているヒヨリ。
ナナセは紅茶を用意しながら、小さな溜息を落とす。
何でも卒なく適当にこなすのに。こんな時だけ、あなたは不器用ね。
私も人のこと言えないけれど。それでも、あなたよりは上手よ。
目の逸らし方。上手な目の逸らし方。覚えたほうが良いかもね?
手元にカチャリと置かれるカップ。その音に、ヒヨリはハッと我に返る。
顔を上げて見やれば、トレイを持ったナナセが肩を竦めて笑っていた。
無意識の内に腕を引き、ナナセを膝の上に乗せて抱きしめるヒヨリ。
どうしたものかな。あいつが救えやしないかと想っている奴を、この手で消したいと思っている俺がいる。
そんなことをすれば、あいつが余計に苦しむだけなのに。
「俺って、意外とイヤな奴だよなぁ……」
ポツリと耳元で呟いたヒヨリ。
ナナセはクスクス笑い、目を伏せて返した。
「何言ってるの? いまさら」
あなただけじゃないわ。そう思っているのは、私だって同じ。
ただ、それを表に出さない分、私のほうが上手よね。
あなたって本当……こういうところ、子供みたいなんだから。
そんなあなたを見放さず、支えようと気を張る私も……どうかしてる。
困った人ね。あなたも私も。
笑われてしまうわ。いつまでも、こんな調子じゃ。
揃って一人の男の子に翻弄されっぱなしだなんて。
ねぇ、ほら。耳を澄ませば、聞こえてくるような気がしない?
鐘の音に混じって、笑い声が。
クロノウ様の、笑い声が。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / J(ジェイ) / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『愛を説く』への御参加、ありがとうございます。
交錯祭りと化しております。ちょっと理解り難いかもしれません。
どの関係も、どの想いも、断ち切れぬもの。絆のようなもの。
酷く曖昧で、美しくも醜くもあるような、この関係は、まだまだ続く。
くだらないことを…と、呆れ果てた時の神がお怒りになるまで。
クロノウ・クロノウ。愛を説く。戯曲の上で、我等は踊ろう。
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.11.21 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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