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■猫と老婆■

藤森イズノ
【7781】【緋染・瑞樹】【暗殺者・限定された何でも屋】
「……ここまでくると、異常よね」
 ポツリとナナセが呟いた。隣にいるヒヨリも、さすがに苦笑。
 二人が見やっているのは、とある歪み。
 一体誰が発生させたものかと思いきや……犯人は、東京在住の老婆だった。
 老婆が、この歪みを発生させてしまった理由。それは、猫。
 歪みの中に浮かぶ老婆の自宅は、とても立派な屋敷だ。
 だが、柱はボロボロ、床も滅茶苦茶。それは、猫が爪を研いだ証だ。
 屋敷の中は猫だらけ。もはや、足の踏み場もない。
 そんな中、老婆はソファに座り、ポロポロと涙を零している。
 泣いている老婆を心配しているのだろう、猫たちはスリスリと老婆に体を寄せる。
 調べた結果、この老婆は、数年前に失踪してしまった一匹の猫を今も想い続けているらしい。
 季節は秋から冬へ、これから厳しい寒さがやってくる。
 そんな中で、あの子は生きていけるだろうか。
 どこにいるのだろうか。どうして、どこかへ行ってしまったのだろうか。
 愛しい猫の安否に、老婆の不安は募るばかり。
 その不安に想う心が、こうして歪みを生んでしまったと、そういうことらしい。
「どんだけ猫好きなんだ、この婆さん」
「とりあえず、いなくなった猫を見つけてあげなきゃならないわね」
「無理じゃねぇか、それ……。東京は広いんだぞ、ゴチャゴチャしてるしな」
「そうね。東京にいるかどうかも怪しいところよね」
「いつだっけ? その猫がいなくなったの」
「えぇと……。約、半年前ね」
「あ〜。どうだろうな。何か微妙だな……。嫌な予感がするんだけど、俺」
「私もよ。でも、放っておくわけにはいかないでしょ」
「はぁ〜……。嫌だなぁ、こういうの」
「とりあえず、このお婆さんのところへ行きましょう」
 猫と老婆

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「……ここまでくると、異常よね」
 ポツリとナナセが呟いた。隣にいるヒヨリも、さすがに苦笑。
 二人が見やっているのは、とある歪み。
 一体誰が発生させたものかと思いきや……犯人は、東京在住の老婆だった。
 老婆が、この歪みを発生させてしまった理由。それは、猫。
 歪みの中に浮かぶ老婆の自宅は、とても立派な屋敷だ。
 だが、柱はボロボロ、床も滅茶苦茶。それは、猫が爪を研いだ証だ。
 屋敷の中は猫だらけ。もはや、足の踏み場もない。
 そんな中、老婆はソファに座り、ポロポロと涙を零している。
 泣いている老婆を心配しているのだろう、猫たちはスリスリと老婆に体を寄せる。
 調べた結果、この老婆は、数年前に失踪してしまった一匹の猫を今も想い続けているらしい。
 季節は秋から冬へ、これから厳しい寒さがやってくる。
 そんな中で、あの子は生きていけるだろうか。
 どこにいるのだろうか。どうして、どこかへ行ってしまったのだろうか。
 愛しい猫の安否に、老婆の不安は募るばかり。
 その不安に想う心が、こうして歪みを生んでしまったと、そういうことらしい。
「どんだけ猫好きなんだ、この婆さん」
「とりあえず、いなくなった猫を見つけてあげなきゃならないわね」
「無理じゃねぇか、それ……。東京は広いんだぞ、ゴチャゴチャしてるしな」
「そうね。東京にいるかどうかも怪しいところよね」
「いつだっけ? その猫がいなくなったの」
「えぇと……。約、半年前ね」
「あ〜。どうだろうな。何か微妙だな……。嫌な予感がするんだけど、俺」
「私もよ。でも、放っておくわけにはいかないでしょ」
「はぁ〜……。嫌だなぁ、こういうの」
「とりあえず、このお婆さんのところへ行きましょう」

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「う〜わ……。くさっ。獣の匂いがする……」
「ちょっと。鼻つまむのやめなさいよ。失礼でしょ」
「んなこと言ったって、お前……」
 鼻をつまんで苦笑しているヒヨリと、その手をパシパシ叩きながら叱っているナナセ。
 そんな二人をチラリと横目に、振る舞われた紅茶を口に運ぶ瑞樹。
 老婆宅へやってきた三人は、早々にリビングへ通された。
 正体を明かすことは出来ない。自分たちが、何の為に、どこから来たのかを明かしてはならない。
 三人は、いなくなってしまった猫を探してあげたいんだと、半ばボランティアのような形で老婆と接触。
 うーん。確かに、独特の匂いはするかなぁ。動物の匂いだね。
 まぁ、これだけたくさん猫がいれば、仕方ないといえば仕方ないんだろうけど。
 僕は別に、特別くさいとか、そういうことは思わないな。
 同じように比べるのは、ちょっとアレかもしれないけれど、
 僕がお手伝いしてる保育園も、独特の匂いがあるからね。
 甘いミルクのような、お菓子のような不思議な匂い。
 そう言われてみれば、何となく似てるかもしれないな。落ち着くような不思議な気持ち。
「ごめんなさい。お待たせしてしまって……」
 ふわふわの猫を抱きながら、リビングへ戻ってきた老婆。
 紅茶を振る舞い、いざ話を……という時に、猫が大喧嘩を始めてしまい、老婆はその仲裁に離席していた。
 戻ってきた老婆は深々と頭を下げて、瑞樹たちが座るソファの向かいに腰を下ろす。
 もういいのかな? それじゃあ、ちょっと色々聞かせてね、お婆さん。
 懐から取り出す手帳。革製のその手帳は、瑞樹の七つ道具の一つ。
 蛇のワンポイントが、何ともオシャレな手帳だ。
 手帳に備え付けのペンのキャップを取り、聞き込み開始。
 人を探すときにしても物を探すときにしても、情報は必要不可欠だからね。
 名前は何ていうの? 年齢は? 特徴なんかはあるのかな?
 思い出すの、ちょっとツライかもしれないけど、思い出せること、全部伝えてね。
「……瑞樹の、こんな真剣な顔はじめて見るんだけど、俺」
「猫好きだったのかもしれないわよ」
「ほほぅ。オネと仲が良いわけだ。納得」
 真剣な表情で手帳に情報を書き込んでいく瑞樹を見ながら、コソコソと話すヒヨリとナナセ。
 得られた情報を再確認するように、瑞樹はサッと目で追った。
 猫の名前は『ジリア』性別は、メス。年齢は、失踪当時10歳。今は11歳になっているとのこと。
 特徴は鍵尻尾と、お腹にあるハートのような模様。人懐っこくて、温厚な子だったらしい。
「うん。ありがとう。じゃ、探してくるね」
 懐に手帳をしまい、立ち上がってスタスタと歩いて行く瑞樹。
 ヒヨリとナナセは老婆に一礼し、慌てて瑞樹の後を追った。
「おい、瑞樹。どこ行くんだ?」
「何か手掛かりでも見つかったのかしら?」
 後ろから声を掛けてくる二人。瑞樹はスタスタと何も言わずに歩いて行くばかり。
 その足取りに迷いはなかった。何かを掴んだのか? ヒヨリとナナセは顔を見合わせて瑞樹の後を追う。

 老婆宅、猫屋敷を出た瑞樹は、ピョンと塀の上に飛び乗った。
 それこそ、猫のような軽やかな動きで。
 何をするつもりだ、と尋ねるヒヨリに、瑞樹はポツリと返す。
「にゃんこにも訊いておこうと思って」
 一緒に暮らしていた仲間がいなくなったことを、他の猫が気付いていないはずがない。
 そう思ったがゆえに、瑞樹は、そこらじゅうにいる猫たちへ声を掛けた。
 その様は、はたから見ると、とても奇怪な行動だ。猫と話すだなんて、そんなこと……。
 ヒヨリは苦笑しながら、ナナセは神妙な面持ちで、塀の上で猫と話す瑞樹を見上げていた。
 驚くべきことに、とても自然に……会話しているかのように見えた。
 一方的に喋っているだけという感じではない。会話独特の絶妙な間がある。
 いやいや、まさか。そうは思うものの、やたらと自然なその光景に苦笑せざるをえない……。
 実際、会話は成立している。とはいえ、瑞樹は猫の言葉を理解できるわけではない。
 耳に聞こえるのは『ニャァ』という鳴き声だけだ。
 だが、聞こえるその声を、通訳できる者がいる。
 瑞樹の中に在る『風』という存在だ。
 守護霊の類である風は、猫の声を言葉にして瑞樹に伝える。
 そうすることで、会話が成立するというわけだ。
 妙な光景に首を傾げていたが、そのことに気付き、ヒヨリもナナセも納得。
「なるほどね。そういうことか。……何となく、わかったよ。居場所」
 情報をくれた猫たちに、煮干しをあげながら呟くように言った瑞樹。
 煮干しは、どこから出したのか。例のポシェットである。
 そんなものまで入ってるのか。しかも、たくさん……。
 普通に考えれば、ポシェットの中は臭いのではないかと懸念を抱くところ。
 けれど、ヒヨリもナナセも、そこにはツッこまない。
 瑞樹のポシェットは、アレだ。某アニメの不思議ポケットのようなものなのだろうと理解しているから。
 煮干しを求めて群がってくる猫たち。囲まれている瑞樹は、さながら猫使いのように見えた。
 そんな瑞樹を見上げ、クスクス笑いながらヒヨリは尋ねる。
「で? それは、どこだ?」

 *

 猫たちから得た情報を元に、瑞樹が赴いた場所。
 そこは、猫屋敷から少し離れた場所にある小さな公園。
 質素ではあるものの、緑が豊富だ。東京では、貴重な場所といえよう。
 公園に踏み入った瞬間、何となく全てを把握できたような。そんな気がした。
 ヒヨリとナナセは、何を言うわけでもなくスタスタと歩いて行く瑞樹を追って行く。
 公園にある木の中で、一番大きなもの。その陰に……猫はいた。
 痩せこけた猫。老婆が愛した猫。ジリア。
 瑞樹がそっと触れると、ジリアはゆっくりと目を開けて見上げた。
 ビー玉のような綺麗な目。焦点の定まらないその眼差しに、瑞樹はニコリと微笑みかける。
 君は、優しい子だね。お婆さんのこと、大好きなんだね。だから、ここに身を隠したんだ。
 ジリアの鼻は、紫色に変色していた。それは、悪霊が憑いている証だ。病とは少し違う。
 もしも淡い紫色だったなら、手の施しようもあったけれど。もう手遅れ。
 猫に憑いた悪霊は、すでに同化を始めている。
 こうなってしまっては、もう助けてあげることは出来ない。
 猫に憑いている悪霊は、チェシャと呼ばれるもの。
 聞き慣れないものかもしれないけれど、猫の死には、この悪霊が深く関与する。
 悪霊といっても、苦しめたりはしない。ある意味、天使のような存在だ。
 チェシャが憑くのは、寿命が近づいた猫のみ。
 要するに……ジリアは、命を全うせんとしているところなのだ。
 半年ほど前に、自分にチェシャが憑いたことを感じ、ジリアは屋敷を離れた。
 死期を悟ったが故の配慮だった。老婆を思うがこその配慮だった。
 ゆっくりと瞬きし、やがて、ジリアの呼吸は止まる。
 鼻の色が紫から、本来のピンク色に戻っていく。
 チェシャと共に、空へと昇っていくジリア。
 目に見えたわけではないけれど、瑞樹たちは、それを追うようにして空を見上げた。
 仕方のないことだけど……。やっぱり、悲しいね。
 君は、どんな声で鳴く子だったんだろう。その声を、聞いてみたかったよ、僕も。
 動かなくなったジリアを抱き上げ、瑞樹は屋敷へと引き返して行く。
 空へと昇っていく瞬間を見るのは、いつだって他人なんだ。
 一番愛してくれた人に、にゃんこは、その瞬間を絶対に見せない。
 傍にいたくないわけじゃないんだよね。本当は、傍で眠りにつきたいんだ。
 でも、愛してくれた人が悲しむ顔を見て逝くのは嫌なんだ。
 わがままなんかじゃないよ。それは、わがままなんかじゃない。
 甘えた声で鳴くことよりも、身体をすり寄せることよりも、もっと大きくて深い愛情表現……なんだよね。

 ジリアの安らかな寝顔を見て、老婆はポロポロと涙を零しながら微笑んだ。
 愛しさをこめて身体を撫でやれば、いつもの可愛い鳴き声が、耳の奥で何度も響いた。
 お婆さんは、気付いていたんだ。どうしてジリアがいなくなったか。
 だって、こうして飼っている猫が忽然と姿を消すことを、何度も経験しているんだから。
 どうしていなくなってしまうのか、身を隠してしまうのか、その理由も知ってるんだよね。
 でも、だからこそ悲しくて寂しくて仕方なかったんだ。
 ねぇ、お婆さん。もう、後悔なんてしないでね。
 一緒に過ごした時間に、後悔なんてしないであげてね。
 幸せだったからこそ、にゃんこ達は、お婆さんから離れるんだ。
 気付いてあげてね。幸せだったよって、そう伝えていることに。
 この先、何度もまた同じ経験をすることになるけれど。
 もう、悲しい歪みを生まないように。気付いてあげてね。
 後悔なんてしたら、にゃんこ達、悲しむよ。
 ジリアを抱き、泣き続ける老婆。
 瑞樹はフィッと顔を背け、また一人、スタスタと歩いて行く。
 さようなら、と挨拶するかのように、すれ違う猫達がニャアニャアと鳴いた。
 猫達、その一匹一匹に淡い微笑みを向け、歩いて行く瑞樹。
 外界から、元の世界へ。
 時の回廊を経由して戻る最中、瑞樹は懐から手帳を取り出した。
 老婆から聞いた情報を記したページを暫し眺め、そのページを破り捨てる。
 闇に放たれたページは、サラリと砂になって……跡形もなく消えた。
 残しておいたところで、何にもならないから。必要のない記憶だから。
 こうして破り捨てることに、僕は何の躊躇いもないんだから。
 手帳を懐に戻して歩いて行く瑞樹。
 そんな瑞樹の隣に並び、ナナセは何も言わずにキュッと手を繋ぐ。
 ヒヨリは瑞樹の頭をわしゃわしゃと撫でながら、笑って言った。
「ほんと、素直じゃないよな。お前は」
「……何のことかなぁ?」
「そういうとこだよ」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7781 / 緋染・瑞樹 / ♂ / 16歳 / 暗殺者・限定された何でも屋
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『猫と老婆』への御参加、ありがとうございます。
 本当は悲しくて寂しくて仕方ないのに、そんなことないと全身で言い張る。
 覚えておく必要がないんじゃなくて、ツライから捨てる。
 捨てきれていないことには気付いていない。そんな意地っ張り。
 もしかすると、すごく寂しがりやさんなのかもしれないですね。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.20 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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