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■東京怪談本番直前(仮)■

深海残月
【1855】【葉月・政人】【警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課】
 ある日の草間興信所。
「…で、何だって?」
 何故かエビフライを箸で抓んだまま、憮然とした顔で訊き返す興信所の主。
「どうやら今回は…ノベルの趣向が違うそうなんですよ」
 こちらも何故かエビフライを一本片付けた後、辛めのジンジャーエールを平然と飲みつつ、御言。
「…どういう事だ?」
「ここにたむろっている事に、いつもにも増して理由が無いって事になるわね」
 言い聞かせるように、こちらも何故かエビフライにタルタルソースを付けながら、エル。
「…怪奇事件をわざわざ持ってくる訳じゃなけりゃ何でも良いさ…」
 箸でエビフライを抓んだそのままで、思わず遠い目になる興信所の主。
「そう仰られましても、今回は…『皆さんから事件をわざわざ持って来て頂く』、事が前提にされているようなんですけれど…」
 ざらざらざら、と新たなエビフライを皿の上に大量に足しながら、瑪瑙。
「…」
「…」
「…まだあるのか」
 エビフライ。
「誰がこんな事したんでしょうかねぇ…」
 じーっとエビフライ山盛りの皿を見つつ、空五倍子。
「美味しいから俺は良いけどねー☆」
 嬉々としてエビフライをぱくつく湖藍灰。
「…いっそお前さんが全部食うか?」
 嬉しそうな湖藍灰を横目に、呆れたように、誠名。
「…嫌がらせにしても程がある…くうっ」
 嘆きつつも漸く、抓んでいたエビフライを頬張る興信所の主。
「あの、まだ軽くその倍はあるんですけど…」
 恐る恐る口を挟んで来る興信所の主の妹、零。
 それを聞き興信所の主は非常ーに嫌そうな顔をした。
「…誰がこんなに食うんだ誰が」
「誰かの悪戯だ、って話だったか?」
 タルタルソースの入った小皿と箸を片手に、立ったままビールを飲みつつ、凋叶棕。
「そうだ。しかも出前先の店曰くキャンセル不可で、だがそういう事情があるならと…折衷案として食べ切れたなら御代は無料で良いと来た…何がどうしてそんな折衷案になるのか果てしなく謎なんだが」
 そして草間興信所には金が無い。
 客人もなるべくならば払いたくは無い。
 故に、そこに居る皆総掛かりで…何となく食べて片付けている。
 客人も合わせるなら、別に金銭的には何も切羽詰まっている訳では無いが…。
「ところで『事件を持って来て頂く事が前提』ってのはなんだ?」
 誰にとも無く問う興信所の主。
「誰かから御指名があったら、ボクたちここから出て行かなきゃならないんだよね」
 答えるように丁香紫。
「…逃げる訳か」
「そんなつもりは無いが…。そうやって『我々の中の誰か』を指名した誰かの希望に沿う形にノベルを作るのが今回のシナリオと言う事らしい…まぁ、制約緩めなPCシチュエーションノベルのようなものだと言う話だが…それが今回の背後の指定だ…」
 頭が痛そうに、エビフライの載った小皿を持ったまま、キリエ。
 その話を聞いて、更に憮然とする興信所の主。
「………………だったらせめてそれまでは意地でも付き合わせるぞ」
「わかってますって。でもこれ…ひとつひとつを言うなら結構美味しいじゃないですか。たくさんあるとさすがにひとりでは勘弁ですけど、幸運な事に今は人もたくさん居ますし。きっとその内片付きますよ」
 興信所の主を宥めるように、水原。
「ところでいったい誰がこんな悪戯したんでしょーね…」
 エビの尻尾を小皿に置きつつ、ぽつりと呟くイオ。
「それさえわかればお前ら引き摺り込まずともそいつに押し付けられるがな…」
 この大量のエビフライとその御勘定の両方が。
 興信所の主は再び嘆息する。
「まぁ、どちらにしろ…誰か来るまでは誰も逃がさんぞ…」
→ reminiscence monologue

 時々は。
 己の来し方を振り返って見る事も、ある。

 …ただがむしゃらに進むだけではどうしようもない事もあるから。
 …やり切れないと思う事もあるから。
 …関わって来た全てに感謝したいと思う事もあるから。
 …これまで積み上げて来た過去が無ければ今の自分は無いから。

 時々は、振り返る。
 些細な事でも何でも、何か、切っ掛けがある毎に。



 …まずは、家族の事。
 父は消防士として奉職していて――アマチュアのレーサーでもあった。
 母は、プロのレーサー。
 必然的に、両親がレース用の流線型な車両を駆って走る姿を何度も見る機会があった。
 機体を唸らせ、サーキットを飛ぶように走る姿が、格好いいなと思った。
 自分もあんな風に格好よくクルマで走れるようになるんだと、子供心に望んでいた。
 …あの頃は。



 火災孤児だと言う少女が家に引き取られて来た。
 …十年前の事。
 父はアマチュアレーサーである前に消防士でもあったから。
 ある時、消火活動に向かった時の火災で、唯一助けられたのが…その彼女だけだったとかで。
 少女の家族の死に責任を感じたのか、他に何か特別な理由があったのかは詳しくは聞かなかったけれど――訊けなかったけれど、自分はその少女を受け入れる事に抵抗は無かった。
 尊敬する父が決めた事だったから。
 僕も一緒に彼女を守ってあげないと、と思った。
 …その日から僕には、義理のではあるが、妹が出来た。



 変わらぬ日常が続いた。
 …それは、細かい事件なら幾らでも起きている。僕の学校で何があったとか、父の母の仕事先で何があったとか。お互いの話をする事も少なくなかった。喧嘩をしたりする事も。妹を庇ったり、それで逆に妹から怒られたり。他愛無い日常の範疇な事件なら、幾らでも起きていた。
 けれどそれはあくまで日常の範疇で。

 そんな他愛無い日常が――特に何も変わった事が起きない事こそが、一番幸せだったのだと、今は思う。
 父も母も妹も、家族の皆が居た。
 妹が葉月家の養子になってから二年程経って――少しずつだけれどその妹も僕たちに馴染んでくれて。
 やっと本当の家族になれた気がした。

 このままの日常が続いていくと思っていた。
 けれどそれは、ごく短い間で。
 僕がまだ高校生でいる内までだった。

 …高校の時、変わった事は、父の不在。



 理性の面では。
 覚悟していた、と言っていいのだと思う。
 少なくとも、母はそうだった。
 僕も同じ。
 …消防士と言う仕事は、危険なものだとは知っていたから。一歩間違えれば死に至る場所に危険と承知で自ら踏み込む。そこから、人を救い出す為の仕事。…幾ら安全には気を遣っているからと言って、その為に常に訓練を重ねて鍛えているからと言って、危険であると言うその事実は変わる事は無い。
 だから、消防士である時点で――そんな父を誇りに思えるくらい、その仕事を見て知っている自分は――母同様に覚悟していた、筈だった。
 けれど。
 感情の方では、覚悟出来てなどいなかった。

 …父が殉職した。

 ショックを受けなかったと言ったら嘘になる。
 けれど母と妹が居たから、僕が確りしなくてはとも思っていた。そして思った通りに、それなりに実行も出来ていた。母もだけれど、妹が居た事が大きかったかもしれない。兄として、守らなければならない相手だと決めていたから。
 …ただでさえ妹は火事で本当の家族を失っている。
 ここでまた、新しい家族まで――それも自分の新しい家族になった、この家族に自分を迎え入れてくれたその人までを失ったとなれば、余計に辛い筈だから。

 表向きは、思った通りに、確り出来ていた…と思う。
 その実、本当に物事がまともに考えられるようになるまでは、結構かかった。
 …ばれてはいないつもりだったけれど、今思うと、母も妹もそんな僕の事を気付いていたかもしれない。
 けれど、何も言われなかった。
 黙っていた。
 お互いに。



 陸上での400mハードル。
 高校で、インターハイ出場の選手にもなる程、打ち込んでいたそれ。
 けれどいつからか、『これは違う』、と言う気がしていた。
 父の死があって、それからどうしても――そう考えてしまうようになっていた。
 違う、と。
 400mハードルの競技を行う度に、ブレーキを掛けてくる自分の中の何か。
 走ってはいけない、と心の何処かで思っている。
 …こんなところで走ってなどいる場合じゃないと。
 ハードル競技で走る度に、何か深い部分で焦燥に駆られる気がする。
 走りなどせずとも、他に幾らでも出来る事があるだろうと。
 自分がそう思っている事に気が付く。

 何が出来る。
 僕は何をするべきなのか。
 …何が影響してそう思うようになったのかも、自覚していた。

 父の死。

 それで。
 僕は。
 高校二年の秋と言う、通常より早い時期に――400mハードルの選手を引退する事に決めた。
 それで。
 今出来る事――するべき事をする事にした。
 …その為に、受験に専念する事に、した。

 父と同じ、人を守る為の仕事に就きたいと。
 公務員を目指して、東京大学の法学部を受験した。



 目的があれば、進む事に迷いは無い。
 僕も父のように人を救い、守りたい。そう思っていたから。
 目指した通りの東大法学部への入学が叶い、目的への階段を一つ上る事は出来た。
 次は。
 大学生である自分に何が出来るか。
 考える。
 学生は勉学が第一。けれど、勉強は目的への手段に過ぎない事も確かであるから。
 先へ繋がる事を優先したいと思っていた。

 人を守る為に、必要な事。
 人を守る為に、自分と言うこの身で出来る事を増やす材料。

 考えて。
 それで。
 数年浪人するのが当たり前でもある司法試験の受験を、今の内から考え、受けてみた。
 合格した。
 まだ、大学在学中であるこの身で。
 喜ばしい事だった。
 そのまま、司法の道に進む事も考えた。
 他の道も考えた。
 考えながら、学生である今の内に出来る事をとも、考える。
 まだ猶予はあったから。

 …色々な免許を取ってみた。
 国際B級自動車ライセンス。同、二輪ライセンス。
 航空機と船舶の操縦免許。
 英検や漢字検定の一級も取得してみたりした。
 これらは両親の趣味の影響もあるかもしれないと思う。両親の姿を見、プロでもアマチュアでもいいから、子供心にレーサーになりたかったと言う思い、その事が幾らか影響しているような気もした。
 それに、持っていて便利なものでもあるから。
 出来る事を増やす材料にもなるから。
 進路を何にするにしても、有利になる資格にはなるから。
 邪魔にはならないから。



 …考えた、結果。

 進みたい道が見付かった。
 人を守りたいと言う漠とした目的だけでは無く、その為の進路が。
 あの当時警視庁に試験的に置かれていた、特設救急機動隊――通称『特救機動エイドライアット』。
 そこに入る事を――警視庁を志願する事にした。

 国家公務員一種試験を受け、次席で合格。
 大学卒業後、警察庁に採用され入庁、警察大学校で警察官になる為の訓練を受ける事になる。

 その時に。
 彼と知り合った。

 …同期入庁の、佐々木晃。



 彼は国家公務員一種試験を通った同期キャリアの中でも目立つ程、矜持の高い男で。
 そのせいかどうも、周囲からも取っ付き難いと思われていたらしい。
 実際に人付き合いもあまり良くない。
 頭もがちがちに固くて、言動も乱暴で。
 でも、仕事に対する姿勢は真摯で。
 …彼のその根の部分は繊細で、どうやら、思い遣りも深いようだった。
 けれどそんな部分は隠し通して、決して誰にも見せようとしないような節があった。
 いつでも誰に対しても、壁を張っているような気がした。
 頑ななまでに、本当の自分は誰にも知られたくない、とでも言うような。

 けれど。
 彼の根の部分は優しいのだと、気付く奴はすぐに気付いていた。
 …僕もまた、気付いていた一人。
 ぱっと見でどれ程乱暴で偏屈に見えても、人を守りたい、救いたい――その為にこの仕事を選んだのだと、その思いが自分と同じである事が、感覚的にわかったから。
 話し掛けても無視をされる訳でもない。
 きちんと反応を返してくる。
 その反応で、どれ程面倒そうな邪険な態度を取って来られたとしても、無反応と言う事だけはしていない。



 気が付けばこの佐々木晃とは、友と呼べる仲になっていた。
 …相変わらず悪態は吐いてくるし、普段の態度も素っ気無いけれど。
 僕が側に居る事が嫌な訳ではない事は、態度からわかっていた。…そもそも彼から嫌な相手だと思われていたのなら、話をする事すら厭って僕の事を避けて来そうなものだと思う。彼はそのくらい本音の部分の好悪がはっきりした性格ではあった。けれど僕に対して避けて来るような事は無かった。幾ら憎まれ口を叩いてきても、むしろそれは強がりに見えてしまうような――こう言っては何だが、例えるならば意地を張って見せる子供のような微笑ましさすら感じられたような気がする。…勿論、それこそ怒り狂うだろうから本人に言いはしなかったけれど。
 …ひょんな事で、彼のお姉さんの恭子さんとも、面識を持つまでに至った。
 一度面識を持ってから、綺麗な人で憧れてしまって――当時は警大で寮住まいであったと言うのに、付けられる理由を見付けては彼と一緒に彼の実家にまで押し掛けた時もあった。自分でも少し無茶だと思える理屈を付けてしまった時もあったけれどそれでも、彼は僕が実家を訪れる事を断りはしなかった。…その事でも、彼は僕の存在を嫌がっていた訳では無いとわかる。
 警大の卒業配属の時に、二人で写真も撮った。
 晃は――恐らくは改まって並んで写真、なんて状況に照れて――そっぽを向いてしまっていたが、今になってみれば彼と撮った写真は、それだけ。

 …後にあんな事になるなんて、その頃は思ってもいなかった。
 大切な存在だった分だけ、大切な思い出であった分だけ――この姉弟の末路は僕にとって忘れられない傷の、一つになっている。
 忘れられない――忘れてはいけないものになっている。



 卒配では新宿署に配属された。
 およそ九ヶ月の間、新宿署での実務をした。
 地域課の交番勤務――おまわりさんと言う立場も、直接人の助けになっていると実感できて、励みになる。
 それから、刑事課や、他の課でもまた様々に働いた。
 警察官は人々を守る為に色々な事をするのだなと、身をもって実感する。

 そんな実務を経、再び警大に戻った。
 警大での研修後、再配属では超常現象対策本部設立準備委員会に配属された。
 それは、元々の希望の通り。
 …超常現象対策本部設立準備委員会は、近年多発している不可能犯罪やオカルト犯罪――超常現象が絡んだ犯罪に対応する為に専門の部署が必要と考えられ、設置されたものだったから。
 僕が警視庁へと志願した理由の特設救急機動隊。試験的に置かれていたそれも、この準備委員会と同じ需要から生まれたもので。先立って試験的に実働されていたのが、その部隊だったから。
 正式にその部署が置かれる為の準備委員会に配属された事は、とても光栄な事だった。

 …ただ、その頃から、佐々木晃とは、疎遠になっていた。
 超常現象を信じないから、部署の設立自体に反対だったとか、風の噂で聞いてはいたけれど。
 それ以上の――それ以外の理由の方が大きかったのかもしれないと、後になってみれば身に染みている。



 超常現象対策本部準備委員会で。
 異能の者に対応する為に開発されていた「人間個人の身体能力を飛躍的に高める為の装備」、特殊強化服の実装試験が行われる事になり、僕もたまたまそれを受ける事になった。
 オペレーターの誘導通りに、プロトタイプの特殊強化服――試験当時使われていたのはまだ部分的なものだったが――を装着し、その状態で、各種身体検査と運動能力の測定を行う。
 …ほんの僅かな動作に、いきなり別次元の負荷や圧力がかかって来る。自分の意志で、意識的に動くとなれば尚更。測定機器の示す数字や、こちらを誘導するオペレーターの声に、こちらの動作に伴う速度や膂力も凄まじく上がっている事が知らされる。
 自分ではないような、身体ごと持っていかれるような感触に途惑いはしたが、何とか特殊強化服に振り回されず、僕は自分の意志で自分の想定した通りの動きをする事が出来た。

 …試験後、どよめきが上がっていた。
 どうやら僕は、特殊強化服実装試験で、抜群の親和性、適性を示していたらしい。
 開発途中の特殊強化服の機能に振り回される事なくあそこまで自分の意志で確りと動けていた被験者は、今まで誰も居なかったらしい。
 そこで僕は、一人の警察官の目に留まる事になる。
 後に良き上司になる、その人。
 現在の、警視庁超常現象対策本部長。



 特殊強化服実装試験で抜群の親和性を見せた事で。
 僕は準備委員会からそのまま、設立後の超常現象対策本部、対超常現象一課に配属される事になる。
 それは、元々志願していた特設救急機動隊「特救機動エイドライアット」の役割を直接引き継ぐ課でもあり。
 僕にしか出来ない事だと言われ、気が引き締まる思いだった。
 とにかく、特殊強化服に適性のある人物が居なかったから。
 酷な事を強いていると、本部長は――他の同僚の皆も、僕に気を遣ってくれているのも知っている。
 けれどそれは僕の希望でもあったから。
 僕にしか出来ない事であるのならそれは余計に。
 …僕はただの人間として皆を守りたい。
 その思いが強くなる。



 僕は、それから。
 特殊強化服FZ−01装着員を経て、今はFZ−00装着員として――それから当然、刑事として、警視庁に奉職している。

 …色々な事があった。
 様々な者が居た。

 組織ぐるみで特殊強化服を使用して犯罪を犯すような宿敵も居た。
 正義の為、僕たちと手を携えて戦う者も居た。
 無垢な子供たちに正義を伝える為に、広報活動をする事もあった。
 悪魔に弄ばれ滅びた――この手で救う事が出来なかった友人も居た。
 守り通す事が出来た人々も、居た。



 それらを経て今に至り――今の僕が居る。

 全てに感謝を。
 ごくごく自然に、そう思う。
 今の僕を駆り立ててくれる全てに。
 皆を守りたいと言うこの志を支えてくれる全てに。
 辛い記憶も幸せな記憶も、同様に。

 そしてまた、僕は目の前にあるこの道を真っ直ぐ歩いて行く。
 …真っ直ぐに。

 生きている限り。

【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■1855/葉月・政人(はづき・まさと)
 男/25歳/警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課

■NPC
 ■佐々木・晃
 ■佐々木・恭子