■何処にいても■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
2、3日なら。さほど心配もしないし、気にも留めない。
けれど1週間。今日で、ちょうど1週間。まだ、戻ってこない。
心配なんて、する必要ないのかもしれない。
ちょっと手こずっているだけなのかもしれないんだから。
でも、どうしてかな。どうして、こんなに不安になるんだろう。
気にしすぎだって、そう思うんだ。そう、思っていたんだけど。
「……様子を見に行った方が、良いかもしれないわね」
ナナセも同じ気持ちだったみたいで。
その言葉を聞いた瞬間、確信に変わったんだ。
そうだよね。おかしいよね。心配だよね。
気のせいなんかじゃないんだ。この気持ちは。
曖昧だったものだ確信に変わった瞬間、駆け出していた。
「行ってくる」
ナナセが、ちょっと待ってと言うのも聞かずに。
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何処にいても
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2、3日なら。さほど心配もしないし、気にも留めない。
けれど1週間。今日で、ちょうど1週間。まだ、戻ってこない。
心配なんて、する必要ないのかもしれない。
ちょっと手こずっているだけなのかもしれないんだから。
でも、どうしてかな。どうして、こんなに不安になるんだろう。
気にしすぎだって、そう思うんだ。そう、思っていたんだけど。
「……様子を見に行った方が、良いかもしれないわね」
ナナセも同じ気持ちだったみたいで。
その言葉を聞いた瞬間、確信に変わったんだ。
そうだよね。おかしいよね。心配だよね。
気のせいなんかじゃないんだ。この気持ちは。
曖昧だったものだ確信に変わった瞬間、駆け出していた。
「行ってくる」
ナナセが、ちょっと待ってと言うのも聞かずに。
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僕よりも年下だけど、オネは、僕よりも、しっかりしてる……。
だから、心配なんてする必要ないのかもしれない……。でも、気になるんだ。
すぐに戻ってくるよって言ってたんだ。見送りしたんだ。
どうして、もっと早くこうして動かなかったんだろう。僕は馬鹿だ。
心のどこかで、遠慮してたんだ……。また卑屈になってた……。
僕が探しにいったところで、どうにもならない。
オネは、ちゃんと戻ってくる。僕の助けなんかなくても、って。
おかしいじゃないか。どう考えても、おかしいじゃないか。すぐ帰ってくるって言ったのに。
こんなに戻ってこないなんて……何かあったに違いないじゃないか。
気付いていたくせに。どうして動かなかったんだろう。動けなかったんだろう。
もしも逆の立場だったら、きっとオネは、すぐに探しに来てくれたはずだ。
それなのに僕は、卑屈になって遠慮して……こんなの、おかしいよね。
仲間なのに。友達なのに。何を遠慮していたんだろう……。
わかってるよ。ナナセだって、本当は探しに行きたいんだ。心配なんだよね。
でも、ナナセは、ここを離れることが出来ないから……大丈夫って自分に言い聞かせるんだ。
僕も、つられるようにして、そうやって抑えてきた。でも、もう黙って待つなんて出来ないよ。
ナナセは待ってて。必ず連れて帰るから。いつもどおり言ってよ。おかえり、って。
オネは……どこに行くって言ってたかな。誰と接触するって言ってたかな……。
時の回廊を進みながら思い返していくクレタ。ひとつひとつ、確実に思い返していく。
オネが向かったのは、外界:東京にある少女のところ。
両親を事故で失った過去を持つ少女のところ。
少女は、自分だけ助かってしまったことを悔やんでいた。
そうして生まれた歪み。オネは、その歪みを還す為に少女に会いにいった。
少女が生んだ歪みを、クレタも一緒に見ていた。オネと二人で話していたとき、ポッと傍に発生したから。
やはり、おかしい。何かがあった。それは間違いない。
何故なら、感じないから。少女が生んだ歪みの音が聞こえないから。
それは即ち、在るべき場所に還ったことを意味する。オネは、きちんと使命を果たしたのだ。
それなのに戻ってこない。仕事が終わったら、すぐに戻ってこなければならないのに。
時守としてのルール、その先頭にくる決まりごとを、オネが破るはずもない。
何があったんだろう。どこにいるんだろう。何を想っているんだろう。
戻ってこない、その理由は何なんだろう。
東京へと通ずるアーチをくぐり、クレタは神妙な面持ち。
どこにいるの? オネ。名前を呼ぶから、返事してね……。
*
外界、東京に巡る時刻は、現在18時。
学校帰りの学生や、仕事帰りのサラリーマンで、街は、ごった返している。
人ごみを前に、足が竦んだ。皆と話すようになって大分慣れたけれど……それでも、まだ怖い。
けれど怖いからといって、引き返すわけにもいかない。クレタは意を決し、道行く人に声を掛ける。
クレタが描いたオネの似顔絵。ものすごく似ているというわけではないが、特徴を捉えた絵だ。
その絵を見せながら、クレタは尋ね歩いた。この子を、どこかで見ませんでしたか? 知りませんか?
一度も話したことのない、面識のない人と話すのは苦手だ。
一生懸命尋ね歩くものの、クレタの動きは、とてもぎこちないものだった。
少女と一緒にいるのかと思い少女の家を訪ねてもみたが、オネはいなかった。
少女も行く先を知らないようで、まだ戻っていないことを聞いて、驚いている様子だった。
どこへ行ったんだろう。仕事を終えた後……戻ってこない、その理由は……。
帰りたくない、戻りたくない、そんな気持ちになった……? どうして? それは……。
ピタリと立ち止まるクレタ。何となく、理解できたような、そんな気がした。
自分も、何度か経験している想い。オネは、それを理由に戻ってこないのではないか。
いや、戻りたくないのではないか。いや、戻れないのではないか。
似顔絵を懐にしまい、クレタは歩き出す。向かう先は……廃ビル、その屋上。
ヒヨリとキジルと一緒に来たことがある場所。
二人に教えてあげた、クレタの『とっておきの場所』
オネに話したことがあった。いつか、一緒に行こうねと約束した場所だ。
息を切らしながら、ボロボロの階段を上っていく。
一段上る度、予感が確信に変わっていくような気がした。
間違いなく、ここにいる。この扉を開けたら、オネの背中が目に飛び込んでくる。
確実なものへと変わった予感を胸に、クレタは屋上に出る扉を、ゆっくりと開いた。
オレンジ色に染っていた空は、もうすっかり黒く染まってしまって……。
暗闇の中、白い背中があった。見慣れた、猫背の背中。自分に良く似た、その背中。
クレタは呼吸を整えながら歩み寄り、オネの隣に腰を下ろした。
オネは驚く様子もなく、淡く微笑んで「こんばんは」と妙な挨拶をした。
まるで初対面のような不思議な挨拶。クレタは微笑み返し、同じように挨拶を返す。
「うん……。こんばんは……」
どうして戻ってこないの? 帰ってこないの? そんなこと、聞く必要がなかった。
隣にいるだけで、こうして空を見上げているだけで、すべて感じ取ることが出来たから。
ねぇ、オネ。僕達って……似てるよね。月が好きなことも、夜が好きなことも。
皆と話しているとき、君とはすごく目が合うよね。その度に笑い合って……
僕も、君と一緒だよ……。どうしてだろうね、悲しくなってしまうんだよね。
歪みを生んだ人と直接接すると、何故か、すごく切なくなるんだ。
羨ましいとか……そんなことまで、考えてしまうんだよね。
考えたところで、どうにもならないのに。いいなぁって、そんなことを考えてしまうんだよね。
誰にも平等に巡る時間。その中で生きる人を、羨ましく思ってしまうんだよね……。
僕たちには、ないものだからかな。僕たちは、時を失った存在だから……かな。
時を重ねて、歳を重ねて、老いて、やがて、身体も魂も還っていく。
その、あたりまえのことが……すごく、羨ましく感じるんだよね。
肩を寄せ合い、小さな声で言葉を交わすクレタとオネ。
クレタはオネに御願いをした。
悲しい気持ちになったとき、僕も呼んで。
一人じゃなくて、二人で。ここで空を見上げて御話しよう。
「……迷惑かな」
ポツリと呟いたクレタ。オネはフルフルと首を振り、小指を差し出した。
約束するよ。もう、一人でここには来ない。ここに来るときは、クレタと一緒だよ。
ねぇ、クレタ。不思議な気持ちになるね。僕も、この場所好きだな。
月、綺麗だね。ゆっくり、空に昇っていくんだよね。
これからは、昇っていく月を、一緒に見ようね。
小指を絡めて約束を交わした後、オネは足元にあった袋をガサガサと漁った。
取り出すのは……ドロドロに溶けてしまったシェイクと、ひんやり冷たいサンドイッチ。
一緒に食べようと言うオネに、クレタはクスクス笑った。
そういうところも、似てるんだ……。可笑しいね。
「……良かった。二人とも、無事で」
ホッと安堵の息を漏らしたナナセ。
むしゃむしゃとハンバーガーを食べながらヒヨリは笑った。
「仕事をサボって、こんな所に来て良いんですか? 代表補佐さん」
「……いいのよ。今日は」
「っはは。随分と息切れしてるな。飲む?」
「何これ。ドロドロじゃない……」
「クレタとオネの大好きな飲み物。真似して買ってみた」
「これが? ねぇ、これ……本来、こんなにドロドロじゃないわよね?」
「そだね」
「……美味しくないんだけど。これ」
「だろうなぁ。あっはは」
笑いながら、壁に隠れて様子を窺うヒヨリとナナセ。
クレタとオネが似ていること、引かれ合う磁石のような二人の関係。
なぜ引かれ合うのか、その理由も知っている。知っているからこそ、放っておけない。
クレタとオネを二人きりにさせておくと……厄介なものが付近に湧くからだ。
楽しそうに話すクレタとオネを、空から見下ろしているJ。
二人とも、随分と可愛い顔で笑うんだね。教えてないのにな、笑い方なんて。
キミたち二人が、互いにどんな存在か、関係か。それを教えてあげようと思ったんだけどね。
そんなに無邪気な笑顔を見せられちゃ、そんなに楽しそうに話されちゃ、入っていけないじゃないか。
夜空に紛れてクスクス笑うJ。その笑い声に、ヒヨリは眉を寄せて笑った。
相変わらず、気持ち悪い笑い方だな、あいつ。あ〜……イライラする。
ハンバーガーを包んでいた包み紙をクシャッと丸めて、大きく振りかぶるヒヨリ。
ナナセは、そんなヒヨリの後頭部をパコンと叩いて宥め叱った。
「落ち着きなさいよ。大丈夫、今は何もしないわよ」
「……わかんねぇぞ、あいつは」
「大丈夫よ。クレタくんたち楽しそうに御話してるんだから……邪魔しちゃ駄目よ」
仲良く御話。どんなにくだらないことでも、口にすれば楽しい時間を演出してくれる。
異常なまでに噛み合う会話と心。夢中になって話すクレタとオネ。
空から見下ろす瞳、背後から見つめる瞳。
一触即発のその二つの眼差しに、二人は気付かない。
ねぇ、オネ。こんなこと言うのおかしいかもしれないけれど……。
僕ね、君とかくれんぼしたら、すぐに見つけられるような気がするんだ。
月が下り始めたら、やってみない……? かくれんぼ。
何処にいても。見つけてみせるから。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / オネ / ♂ / 13歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / J(ジェイ) / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-
シナリオ『何処にいても』への御参加、ありがとうございます。
引かれ合う関係。またJが少し意味深なことをホザいておりますが。
優秀な(?)ボディガードが、いつも傍におりますので御安心下さいませ…。
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.11.21 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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