■Help!■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
時の迷い子。この空間、クロノクロイツに迷い込んできた外の世界の住人の総称。
外の世界から、この空間に、どうして迷い込んでくるのか。何かキッカケはあるのか。
そのあたりは、いまだに謎だ。おそらく、永遠に謎のままだろう。
そうして迷い込んできた者を元の世界へ戻してあげるのも時守の仕事。
生身の身体がある以上、心配している人がいるに違いないのだから。
あの日、俺は、いつもどおり接した。マニュアルなんてものはないけれど。
迷い込んできた子を放っておくなんて真似、出来るはずもないからね。
でも……こんなこと思うのは何だと思うけれど。
どうして、あの日、俺が一番に見つけてしまったんだろうって。
後悔にも似た気持ちで、今、いっぱいになってる。
はじめはね、人懐っこい子だなぁってニコニコしていたよ。
でも、笑ってもいられないよね。さすがに……。
もう、かれこれ3週間。彼女は、元の世界に戻っていないんだから。
戻れないんじゃなくて、戻らないっていうのがね……問題だよねぇ……。
正直、どうすればいいか、さっぱり理解らないんだよ。
あなたのことが好きだから、ずっと傍にいたいのって言われてもね……。
俺、興味なくてさ。ヒヨリと違って。そういう……女の子にっていうか、恋愛に。
絵を描いてるほうが、ずっと楽しいし充実しているからね、俺は。
どうしたものかなぁ、これ。ハッキリ断っても引かないからね、彼女……。
「はぁ……。ねぇ、どうすればいいと思う?」
大きな溜息を落とし、テーブルに頬杖をついて、キジルは訴えた。
助けてくれ。そんな眼差しで。
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Help!
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時の迷い子。この空間、クロノクロイツに迷い込んできた外の世界の住人の総称。
外の世界から、この空間に、どうして迷い込んでくるのか。何かキッカケはあるのか。
そのあたりは、いまだに謎だ。おそらく、永遠に謎のままだろう。
そうして迷い込んできた者を元の世界へ戻してあげるのも時守の仕事。
生身の身体がある以上、心配している人がいるに違いないのだから。
あの日、俺は、いつもどおり接した。マニュアルなんてものはないけれど。
迷い込んできた子を放っておくなんて真似、出来るはずもないからね。
でも……こんなこと思うのは何だと思うけれど。
どうして、あの日、俺が一番に見つけてしまったんだろうって。
後悔にも似た気持ちで、今、いっぱいになってる。
はじめはね、人懐っこい子だなぁってニコニコしていたよ。
でも、笑ってもいられないよね。さすがに……。
もう、かれこれ3週間。彼女は、元の世界に戻っていないんだから。
戻れないんじゃなくて、戻らないっていうのがね……問題だよねぇ……。
正直、どうすればいいか、さっぱり理解らないんだよ。
あなたのことが好きだから、ずっと傍にいたいのって言われてもね……。
俺、興味なくてさ。ヒヨリと違って。そういう……女の子にっていうか、恋愛に。
絵を描いてるほうが、ずっと楽しいし充実しているからね、俺は。
どうしたものかなぁ、これ。ハッキリ断っても引かないからね、彼女……。
「はぁ……。ねぇ、どうすればいいと思う?」
大きな溜息を落とし、テーブルに頬杖をついて、キジルは訴えた。
助けてくれ。そんな眼差しで。
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「僕に話を振ってくるなんて……相当、困ってるんだね……」
ご馳走されたケーキを食べながら呟くように言ったクレタ。
現にキジルは相当参っているようだ。微笑を浮かべてはいるが、どこか、やつれている。
いつもの柔らかい笑顔は、どこへやら。とても不憫に思えてくる。
キジルに想いを寄せている女の子のことは知っている。話題になっているから。
美沙と名乗る、その女の子は、外界からクロノクロイツへ迷い込んできた存在。
時の迷い子だ。すぐにでも、元の世界へ戻してやらねばならない。
生身の身体があり、巡る時の中で生きる存在なのだから。
いつまでも、この空間にいることは許されない。
この空間には時間というものが存在していない故に、成長の類が停止する。
けれど、外界に在る時間は変わることなく巡り続けているのだ。
要するに、いつまでもここにいると、時に置いていかれてしまう。
家族や友達は成長し変化していくのに、自分だけ、いつまでもこのまま、幼いまま。
女の子が本来住まう世界、外界の東京で、どれほどの時間が経過したのか、それを明確に知る術はないけれど。
女の子がこの空間に来てから、かれこれ3週間が経過していることから、
おおよそではあるが、東京では半年ほどが経過していることが予想される。
この空間に迷い込んできたその日、美沙はキジルに一目惚れしてしまった。
キジルに非はない。そもそも一目惚れは、どんなルールも無効化してしまう恋愛だ。
どうにかして元の世界へ戻そうとキジルは奮闘してきた。
けれど、奮闘すればするほど、美沙のアプローチは激しくなっていく。
遂にヘルプコールを出して根を上げたキジルだが、それには理由があった。
ついさっき、美沙に接触して説得しようとしたときのことだ。
美沙は、全力で抱きついてきて。その勢いに押されてキジルは闇に背をついた。
隙アリ! とばかりに覆い被さり、美沙はキジルにキスをしようとした。
これにはさすがのキジルも驚き戸惑い、ジタバタともがいて足掻いて。何とか逃げて来たのだと言う。
それでか……。クレタは一人、納得するように頷いた。
いつも綺麗なキジルの髪が、やたらと乱れているのだ。まるで寝起きのように。
キジルの話を聞きながら、クレタは感心にも似た感情を覚える。
好きだからって……そこまでぶつかっていけるものなのかな……。
大好きだって、全身で伝えているみたいな……そんな感じだよね……。
僕には……理解らない……そういう気持ち。
大切に想う人はいるけれど……それは、恋愛とは少し違うものなんだよね……。
誰かを想って眠れなくなるとか……触れたくて堪らなくなるとか……。
ヒヨリから、恋愛っていうのは、こんな感じのものだよとは色々聞いているけれど……。
興味を持つとか、じゃあ、してみようかなとか……思わないんだ。
まったくの無関心ってわけでも……ないんだけど。
無理にしようと思っても、どうしようもないことのような気もするし……。
「キジルは……美沙のこと、好きじゃないんだよね……?」
俯きながら尋ねたクレタ。キジルは髪を整えながら返す。
「うん? あぁ、うん。そうだね。恋人としては……さすがに、見れないかな」
「それは、どうして……? 美沙が、外の世界の人だから……?」
「うーん……。何となく、かな。根拠はないけれど、違うって思うんだ」
「……そうなんだ」
そういえば、ヒヨリが言ってた。好きになるのは一瞬なんだって。
気付いたときには、目で追っていたりするものなんだって。
もしかして……って気付いたときには、もう遅い。それを恋愛って言うんだって……。
要するに、噛み合っていないってことだよね……。美沙は、キジルを好きだと確信しているけれど。
キジルは、美沙を、そういう対象として見ていない。
ヒヨリ風に言うと……ビビッとこなかった……ってやつ……なのかな。
噛み合っていないものを噛み合わせようとするのは大切なことだけど、恋愛は別。
どちらかに噛み合わせる意思がないと理解った時点で、その歯車は永遠に噛み合わなくなる。
女の子と恋をすることよりも、絵と向かい合って、絵に恋をする。それが自分に向いているとキジルは言う。
クレタは、その言葉に深く頷いた。イメージ出来ないからだ。
絵ではなく、女の子と向かい合ってお喋りしているキジルなんて……想像できない。
どうしたものかなぁ、と溜息を落とし続けるキジル。
クレタはケーキを食べ終え、ごちそうさまを告げてから、すぐに立ち上がった。
そしてキジルの手を引き、スタスタと歩いて行く。
「クレタくん。どこ行くんだい?」
「……東京」
そもそも、不思議だと思っていたんだ。
3週間も誰とも連絡を取らずにいただなんて。
美沙は高校生だ。親や友達、先生など、彼女を心配する人がいるはずだ。
それなのに、誰とも連絡を取らず、ひたすらキジルを追い続けていた。
キジルに確認してみれば、彼女が携帯を弄っていたのは、
はじめてこの空間に来たとき、キジルが見つけた、その時だけだと言う。
それ以降、美沙は携帯を弄っていない。電源が入っているかも怪しいところだ。
3週間もいれば、携帯が機能停止することも考えられる。充電が必要になる状態。
けれど、美沙は充電がどうのこうのだなんて一言も言っていない。
充電する必要がないのか、したくないと思っているのか……。
もしかすると、彼女は一人ぼっちなのかもしれない。
実際に一人ぼっちなのか、美沙がそう思い込んでいるだけなのかは不明だけれど。
誰とも連絡を取らないなんて、誰からも連絡がこないなんて、妙だ。
そう思ったクレタは、キジル・美沙と共に東京へ赴いた。
表向きはデートということにして、三人で東京を歩く。
久しぶりに戻ってきた世界だというのに、感慨に耽る様子もなく。
美沙はキジルの腕に絡み付いて、ジットリとした目線でクレタを見やった。
「デートなら、二人っきりでしたいんだけどぉ〜?」
まぁ、確かに。言うとおりなんだと思う。実際にデートなんてしたことがないから理解らないけれど。
クレタは、ごめんねと謝り、二人から離れて行った。
ちょっと待ってよ、と慌てるキジルに飛ばすアイコンタクト。
帰るわけじゃない。こっそりと、後ろからついていくから安心して。
キジルは、一緒に歩いてあげるだけでいい。何もしなくていい。
美沙が歩く、その隣にいてあげるだけで構わない。
彼女が暮らす、本来の世界。ここで、美沙と同じ視点で目線で風景を見れば、何かがわかるかもしれない。
ただ、一緒に歩くだけ。どこに行きたいだとか、そういう要望は一切口にしない。
どこ行く? と美沙が尋ねても、キジルは、はぐらかした。どこでもいいよ、と。
そうしてはぐらかすことで、決定権は全面的に美沙が所有する。
どこに行くか、何をするか、どうしたいか、すべては美沙の思うがまま。
キジルを想う美沙にしてみれば、とても有意義な充実した時間だろう。
好きな男と腕を組んで街を歩けるのだから。
だが、どうしたことか。美沙の表情は曇っていくばかりだった。
加えて、同じところをグルグルと回るだけ。まるで、その道しか知らぬように。延々と。
美沙が歩く道、その片隅。何度も目に留まったものがあった。
花だ。
道の片隅に、多くの花が手向けられている。
美沙は、その付近を歩くときだけ、やたらと早足になった。
手向けられている花を見ることは絶対にしない。思い切り目を逸らして歩く。
何度も何度も同じ光景が目に入る。その状態に、誰よりもイラついていたのは美沙本人だった。
行きたいところはたくさんある。一緒に買い物をして、美味しい御飯を食べて。
それなのに、行けない。どんなに歩いても、同じところしか歩けない。
向こうに行きたいのに。行けない。どう足掻いても、同じところをグルグルと回るだけ。
苛立ちが頂点に達した瞬間、美沙は立ち止まって大声で叫んだ。
「どうして! どうしてよぉっ!」
とても大きな声だ。キジルは勿論のこと、離れた位置にいるクレタの耳にも届いた。
けれど……道行く人は、誰も驚く様子がない。驚いているのはキジルとクレタだけだ。
その瞬間、キジルとクレタは把握した。美沙が、どのような存在であるかを。
ずっと一緒にいれるって思っていたのに。私には、あなたしかいなかったのに。
親も兄弟もいない私にとって、あなたが全てだったのに。あなたが生きる糧だったのに。
それなのに、あなたは遠くへ行ってしまった。待ってって何度も呼んだのに、叫んだのに。
他に好きな人が出来たんだって。ごめんって。そう言い捨てて私の元を去った。
あなたがいないのなら、生きていても意味がない。そう思ったわ。
そう思ったから、私は自分で命を絶ったの。
あなたと何度も、こうして腕を組んで歩いた、この道で。
フラフラと彷徨うように、道路へと一人飛び出して。
あの花々は、私に手向けられたものよね?
でも、その中に、あなたの花はないの。
見知らぬ人に花を手向けられても、嬉しくなんてないんだよ。
私は、あなたに見てもらいたかったの。どんな手段を使ってでも。あなたに。
命を絶つことで、愛しい人の眼差しを取り戻そうとした。けれど、それも叶わなくて。
自分が、どれほどちっぽけな存在かを知った。誰も悲しんでなんかくれない。
自分がいなくなっても、何も変わらない。何事もなかったかのように時間は巡るだけ。
どう足掻いても救われないのなら、どうすればいいの。
その場に座り込み、ポロポロと涙を零す美沙。
もう、どの世界にも存在しない女の子。
拭い去れない悲しみから、時の狭間へ迷い込んできた女の子。
クレタとキジルは、包み込むようにして左右から美沙を抱きしめた。
後悔。歪みとなって発生するのが普通なのに。美沙は姿形をとどめて。
身体ごと、クロノクロイツにやってきた。彼女もまた、人の形をした歪みと言えるだろう。
もっと早く気付いてあげることが出来たなら。もっと幸せに逝けただろうに。
煙となって空に昇っていく歪み……いや、美沙を見上げ、キジルは淡く微笑んだ。
その笑みが、愛してやまなかった恋人に、とてもよく似ていたから。
空から見下ろす懐かしい笑顔に、美沙は小さな声で「ごめんね」を繰り返した。
美沙が、還るまで。いつまでも空を見上げて微笑み続けるキジル。
その横顔を見ながら、クレタはゆっくりと瞬きを繰り返しながら物思う。
人を好きになるって、恋愛って難しいね……。
幸せなだけじゃないんだ……こんなに、辛い気持ちになることもあるんだね……。
どうしてかな。どうして、止めないんだろう。どうして、人は想うことを止めないんだろう。
どうしてかな。止めないんじゃなくて……。どうして、止められないのかな……。
人を好きになることも難しいけれど……一人で生きていくのも難しいことだからなのかな……。
疑問と憶測が入り混じる頭の中。クレタは、ほんのりと思い返していた。
この気持ち。幸せなようで、ぽっかりと穴が開いたような、この感覚。
僕はいつか……この感覚を覚えたような気がする。
遠い遠い昔のことのようにも思えるし、ついこの間のことのように思える……。
この感覚は、どういうことかな……。ねぇ、キジル。
戻ったら、教えてくれる……?
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / キジル / ♂ / 24歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『Help!』への御参加、ありがとうございます。
クレタくんが最後に物思いに耽って疑問に抱いている感覚がミソです。
キジルに聞いても教えてなんてくれません。自分で、理解しなくちゃ駄目なこと。
知らないはずの恋愛。それを、既に覚えているかもしれない、その感覚。
心身と、ふわふわと舞い落ち積もる雪のように。心身と。しんしん、と。
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.11.24 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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