■マドリガーレ■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
闇より生まれ、闇に還る。
何が起きようとも、その定めだけは変えられない。
絶え間なく愛情を注いでくれたこと、有り難く思っている。
だからこそ、来るなと。来ないで欲しいと切に願った。
もう私は、おぬしを傷付けることしか出来ぬのだから。
「オネ! もう諦めろ! やるぞ! いいな!?」
「待って……! もう少しだけ待って!」
「待てっつったって、お前。どうしようもねぇだろ!」
「待って……。何か、何か方法があるはずだから……!」
大鎌を構えるヒヨリ。それを制止するオネ。
思いつめた表情を浮かべるオネの後ろには……巨大な、猫。
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マドリガーレ
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闇に囚われ、闇に還る。
何が起きようとも、その定めだけは変えられない。
絶え間なく愛情を注いでくれたこと、有り難く思っています。
だからこそ、来るなと。来ないで欲しいと切に願った。
もう私は、あなたを傷付けることしか出来ないのだから。
「オネ! もう諦めろ! やるぞ! いいな!?」
「待って……! もう少しだけ待って!」
「待てっつったって、お前。どうしようもねぇだろ!」
「待って……。何か、何か方法があるはずだから……!」
大鎌を構えるヒヨリ。それを制止するオネ。
思いつめた表情を浮かべるオネの後ろには……巨大な、猫。
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「おい、クレタ! そこどけろ」
「……出来ないよ」
オネが可愛がっていた猫が変貌し、暴れている。
ナナセから聞いて、クレタはすぐに現場へやってきた。
クレタも何度か、猫と一緒に遊んでいる。とても人懐っこい性格だった。
猫じゃらしを振れば、うずうずして飛び掛ってきたし、
お菓子を食べていれば、興味津々な目で見つめながら寄ってきた。
大切にしていた本をボロボロにされたことも、パーカーの裾を滅茶苦茶にされたこともあった。
悪戯っこ。無邪気で可愛い猫。名前は……そう、オネが教えてくれた。
アメト。左右で色が異なる目。紫色と金色。
アメトリンっていう宝石に似ているからって。オネは、そう言ってた。
どうしてかな。どうして、突然変貌してしまったんだろう。
あんなに可愛かったのに。愛情を注いでいたのに。どうしてかな。
現場についてすぐ、クレタは、オネとアメトの間に入った。
無論、凶暴化しているアメトは、鋭い爪を振り下ろして攻撃してくる。
ガキン、ガキン、と金属音のようなものが、闇に響いた。
突発的に発動した光の壁。オネと自分を光の箱に閉じ込める。
外界から運んできたものが、突如変貌し巨大化・凶暴化してしまう。
マドリガーレと呼ばれる、この現象。
実際に、この現象を目にするのは初めてだ。
生き物だけに限らず、物体にもこの現象は起こるらしい。
ヒヨリから話は聞いていたけれど、まさか、ここまで酷いものだとは思っていなかった。
爪を振り下ろすアメトは、牙を剥き出し涎を垂らしている。
可愛かった姿、その面影はどこへやら。
「クレタ……。どうすれば、どうすればいいかな」
泣きそうな顔で、縋りつくようにパーカーの裾をキュッと掴んだオネ。
そんな顔しないで……。僕まで、悲しくなってくる……泣きそうになってしまう……。
オネにとって大切な存在は、僕にとっても大切な存在だよ……。
幸せそうに笑っていた……そんなオネを見ていて、僕も幸せな気持ちになれた……。
一緒に考えよう。どうすれば、アメトを元に戻せるか……一緒に考えよう、オネ。
光の箱の中、寄り添うようにしてアメトを見上げるクレタとオネ。
離れた位置にいるヒヨリは、がしがしと頭を掻いた。
どうしようもないんだ。マドリガーレ化してしまったら、どうしようもない。
前例がないんだ。元に戻せた前例なんて、ないんだよ。
外界からこの空間へ何かを持ち込む際、欠かせないことがある。
それは、闇除け。
儀式のようなものだ。
空間へ入る前に、対象物に対して闇払いの唱を聞かせる。
オネは、この必須事項を忘れていた。アメトの可愛さに夢中になっていたのだろう。
厳しい言い方をすれば、自業自得。
いずれ、こうなってしまうことは理解っていたはずだ。
だから、始末されても何も文句を言えない。受け入れるしかないのだ。
ウタウニミヤ ケドト ケドト ニロココノソ
ウカチハシタワ モキトナンド トルモマヲタナア
ヨネダユ ロココノソ ウヨキイニモト ウヨキイニモト
エタウニミヤ ケドト ケドト ヲイセウュチノヘキト
声を揃えて唱う、闇払いの唱。
闇除けは、あくまでも事前に行わなければならないものだ。
一歩でもクロノクロイツに踏み入ってしまえば、その事後ではもう効果はない。
大きな声で唱うクレタとオネ。二人の背中に眉を寄せ、ヒヨリは肩を竦めて、その場に胡坐をかいた。
何を言っても、お前たちには無駄なんだろうな。どんなに言っても、聞かないんだろうな。
わかっているはずなんだ。お前たちも、立派な時守だ。
わからないはずがないんだ。それが、無駄なことだってこと。
それでも止めないのは、何とかなると、心のどこかで、そう思っているからだろう?
いいよ、止めない。俺は、もう止めないよ。気が済むまでやればいい。
無駄だと、そう悟れる時まで、足掻いてみればいい。
お前たちが諦めるまでは、ジッとしててやるから。
どんなに叫んでも、変化はなかった。
アメトは、依然、鋭い爪を振り下ろして攻撃してくる。
その威力は凄まじいものだ。光の壁に、ピリピリと亀裂が走り出している。
このままでは、壊されてしまう。生身の身体で向かっていくのは、あまりにも無謀だ。
どうすればいい。どうすれば、戻してあげることができる?
唱うことを一旦止め、頭をフル回転させて考えるクレタ。
隣のオネは、ずっと唱い続けている。喉は、とうに潰れてガラガラだ。
何を言っているのか、それさえも、もうわからないほどに。
固く目を閉じて唱い続けるオネは、泣き叫ぶ子供のように見えた。
頬を伝う涙は、とめどなく。潰れて枯れた声を聞く度に、胸が締め付けられる。
どうすればいいだろう……。そもそも、何が原因なんだろう……。
ヒヨリもナナセも、原因は理解らないって言ってた。
だからこそ、手の打ちようがないんだと言ってた。
急に変貌してしまう、凶暴化してしまう。
あんなにも可愛かったのに、我を忘れて……。
この空間が関与しているとするならば……考えられるものは……。……闇?
前も後ろも、上も下も。見渡す限りに広がる闇。漆黒の世界。
もしも……もしも、闇に魅入られてしまうことが原因だとしたら……。
確信できるわけではないけれど、的外れではない気がした。
クレタは頷き、オネの肩をポンと叩いて一言。
「ごめんね」
そう謝って、指を躍らせる。
クレタのその動きは、能力を発動させる前に見られるものだ。
どうしようもないと諦めて、闇に還してしまうのか。還してしまうつもりなのか。
オネは泣きながらクレタにしがみついて、何度も何度も繰り返す。
「やめて! 御願いだよ、クレタ。やめて!」
心からの願いに胸が痛んだ。思わず泣きそうになる。
クレタは唇を噛みしめ、堪えながら指先に灯った光をアメトに向けて放つ。
ザクザクと突き刺さる光の矢。アメトは、苦しそうに悶えながら闇に身体を打ちつけた。
「どうして! どうしてだよ、クレタっ……」
ドンドンとクレタの胸を叩きながら泣き崩れるオネ。
オネにとって大切な存在は、僕にとっても大切な存在だって言ったよね。
だから、助けてあげたいと……そう思ったんだ。うまくいくかは理解らないけれど……。
ちょっと苦しいかもしれないけれど、こうするしかないような気がしたんだよ……。
闇に囚われ、魅入られてしまっているのなら、その繋がりを断てば良いのではないか。
相反するチカラ。光で、闇の部分を遮断すれば良いのではないか。クレタは、そう思った。
光の矢が刺さった途端、ギャアギャアと悲鳴を上げてのた打ち回ることから、効果的なことがわかる。
本来なら、痛くも痒くもないはずなのだ。ただ、じんわりと温かく感じるだけで。
痛みを感じるということは、即ち『闇』が何らかの形で関与していることを意味する。
それならば、するべきことはひとつだ。
追い出せばいい。身体を、心を乗っ取っている闇を追い出してしまえばいい。
闇は、目に見えるけれど掴めないものだ。触れることは出来ない。
だから、捕まえて引っ張り出すことは出来ない。
じゃあ、どうするか。
「オネ。呼んであげて……。名前を、いつものように呼んであげて……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で見上げ、自分が勘違いしていたことを知るオネ。
そうだよ。僕が大切にしているものを奪うような真似、クレタがするはずないんだ。
いつだって優しいのに。いつだって、思いやってくれているのに。
どうして、君を見失ってしまったんだろう。
オネは「ごめん」と謝り、フラつきながら立ち上がると、痛みに悶えているアメトへ声を掛けた。
いつものように。優しい声で、包み込むように。
そうして何度も名前を呼び続ける内、アメトの身体に異変が起こる。
少しずつ少しずつ小さく、元の大きさに戻っていくではないか。
だが、オネの喉は潰れてしまい、もうすっかり使い物にならない。
それでもオネは、アメトを呼んだ。帰っておいでと促すように。
ただ見ているだけだなんて、そうして黙っていられるはずもなくて。
クレタも、枯れた声でアメトを呼んだ。帰っておいで、帰っておいでよ。
息を合わせたかのように、その場にベシャリと座り込むクレタとオネ。
ハァハァと息を切らしながら、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
二人の間には、元通りになったアメトが、キョトンとした目で二人を見つめている。
どうやら、マドリガーレ化したときの記憶は欠落しているようだ。
「良かった……!」
「おかえり……。アメト……」
潰れた喉、枯れた声で言う二人。
クレタとオネ、アメト。全てを間近で見ていたヒヨリは、苦笑を浮かべて立ち上がる。
正直、驚いた。まさか、元に戻せるだなんて微塵も思っていなかったから。
戻せるはずがないんだ。今まで、どうやっても戻せなかったんだから。
はっきりと理解ったよ。マドリガーレ、その原因。
そして、元に戻す方法。それに、クレタという存在が不可欠であること。
不可能だったのは、俺達だったから。俺達には、出来ないことだったんだ。
光の力を持つ、お前だからこそ成功した。俺達じゃ、どう足掻いても元には戻せない。
もしも、もっと早く。お前を迎えることが出来ていたなら。……救えただろうか。
……なんて。何考えてんだか。後悔? 時守が? そりゃあタブーでしょう。
がしがしと頭を掻きながら、何を言うわけでもなくヒヨリはその場から去る。
いるべきじゃないと、そう思ったからじゃない。遠慮でもない。
怖かったからだ。クレタとオネが、潰れた声で『尋ねてくる』ことが。
ただ、怖かったから。逃げただけ。
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7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / オネ / ♂ / 13歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『マドリガーレ』への御参加、ありがとうございます。
途中にあります闇払いの唱は、一節ずつ右から左に読めば解読できます。
また微妙に引っ掛けて終わっておりますが…。後々、繋がって色々と解明されていくかと思います。
これはあまり御話に関係ないことですが、しゃがんでアメトと遊んでいるクレタくんの猫背が、
書いている最中、やたらと鮮明に、ポコポコと何度も頭に浮かびました(笑)
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.11.27 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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