■幸奪歓■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
約束していたのに。時間になっても来ない。
何も言わずに約束を破るなんてこと、絶対にしない人。
どうしたのかな。何があったのかな。少し心配になって、部屋を訪ねてみた。
けれど、部屋は静まり返っていた。いない……。どこに行ったんだろう。
急用? もしかして、緊急の仕事でも入ったのだろうか。
でも、それなら尚のこと連絡が来るはず……。
そんなことを考えながら、部屋を出ようとした時だった。
硝子テーブルの上に置かれた、とあるものが目に留まる。
「…………」
鴉の羽根のような、黒い羽根。触れれば、氷のように冷たい。
羽根には、白いインクで一文字。 『J』と書かれていた。
十分だった。それだけで、何が起きたのかを瞬時に悟ることが出来た。
次の瞬間、我を忘れて駆け出す。黒い羽根を握りしめて。
仲間には手を出すなと。何度も言ったのに。
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Drink me
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約束していたのに。時間になっても来ない。
何も言わずに約束を破るなんてこと、絶対にしない人。
どうしたのかな。何があったのかな。少し心配になって、部屋を訪ねてみた。
けれど、部屋は静まり返っていた。いない……。どこに行ったんだろう。
急用? もしかして、緊急の仕事でも入ったのだろうか。
でも、それなら尚のこと連絡が来るはず……。
そんなことを考えながら、部屋を出ようとした時だった。
硝子テーブルの上に置かれた、とあるものが目に留まる。
「…………」
鴉の羽根のような、黒い羽根。触れれば、氷のように冷たい。
羽根には、白いインクで一文字。 『J』と書かれていた。
十分だった。それだけで、何が起きたのかを瞬時に悟ることが出来た。
次の瞬間、我を忘れて駆け出す。黒い羽根を握りしめて。
仲間には手を出すなと。何度も言ったのに。
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大切な友達。大切な仲間。ただ傍にいるだけで、ふっと心が軽くなる。そんな存在。
自分と似ているような気がしてならない。喋り方にしても、性格にしても。
だからこそ、大切に想う。弱い部分があることを知っているからこそ、大切に想う。
オネを傷付けるなら……。僕は、あなたを許さないから……。
ギュッと拳を握り締めながら闇を駆け抜けるクレタ。
湧き立ち溢れる憤りから、唇を噛み締める。
握り締めていた黒い羽根は、ボロボロになって闇を舞っていた。
クロノクロイツの最果て。そこでJは生活している。
生活といっても、何をするわけでもない。
黒いソファに身を埋めて、ニヤニヤしているだけ。
退屈だなと思ったら立ち上がって、時守に喧嘩を売ったり、歪みを消失させたり。
気まぐれな男。気まぐれで、不気味で、どうしようもない男。それが、J。
どうしてかな……。どうしようもない人だって、そう思うのに……。
僕は、あなたを心底憎みきれずにいるんだ……。
あなたに作られたから? あなたに愛されていたから? わからないけれど……。
でも……もしも、僕にしたように、間違った愛し方でオネを苦しめたりしたら……。
考えたくないのに、最悪の事態が脳裏を過ぎった。
クレタはブルブルと頭を振って、それを払う。
握り締めていた黒い羽根は、もう跡形もなく消えている。
掌は、ペンキを塗りたくったように黒く染まっていた。
ハァハァと息を切らしながら、クレタはJの自室空間へ入る。
挨拶なんて必要ない。許可も必要ない。深く暗く沈んでいく目で、クレタは見据えた。
黒いソファの上、足を組んで微笑んでいるJ。オネは、Jの腕の中で目を伏せていた。
「オネ……」
呼吸を整えながら名前を呼ぶ。
Jの腕の中、オネはゆっくりと首を傾けてクレタを見やった。
良かった。何もされていないようだ。すぐに助けてあげる。その腕を払ってあげる。
ホッと安堵できたのは、ほんの一瞬だった。すぐに気付く。
焦点の定まらない眼差し。死んだ魚のような目。
Jの腕の中にいるオネは、人形のようだった。
白い首筋には、紅い痣が無数に灯っている。
何度も何度も必死に抵抗したのだろう。両手首が紫色に変色している……。
ソワッと毛羽立つような感覚。クレタは、静かに告げた。
「……その手、離して」
クレタの言葉にJは肩を揺らして笑う。
いつから、キミは俺に命令できるようになったのかな?
キミの言うことを聞かなくちゃいけないだなんて、そんなの可笑しいだろう?
それに、御願いするなら、もっと礼儀正しく御願いしなきゃ駄目だよ。
教えたよね? 俺に何かを頼むときは、お願いします、だろ?
ふふ。そんな目で見るなよ。あぁ、いや、その目が見たかったんだけど。
キミのその目、淀んだ目、その顔が見たくて仕方なかったんだ。
我慢できないんだよ。キミに会わないなんて。すぐ傍にいるのに。
でもキミは、呼んでも来てくれないだろ? だから、こうするしかなかったんだ。
キミが、この子を大切に想ってることは知ってる。だから、利用したよ?
でもね、悪くない時間だった。
キミを抱く快感には遠く及ばないけれど、悪くはなかった。
それなりに楽しめたよ。怯えた顔、拒絶する声っていうのは、良いものだね。
でも、キミじゃないと意味がないんだ。気持ち良いだなんて、そんなこと思えない。
ちょっとだけ楽しかったけれど、やっぱり満たされないんだ。
キミじゃないと。キミの声じゃないと興奮しないんだ。
ダミーを抱いても、何の意味もない。つまらなくなったよ、すぐに飽きた。
でも、キミがここに来るまで退屈だからね。それまでは遊ぼうと思ったんだ。
俺が遊んであげるっていうのにさ、この子、うるさいんだよ。喚くわ泣くわで。
だから黙らせたんだ。簡単なことだよ。唇を奪えば良いだけ。
想いを流し込んでやれば、すぐに大人しくなるんだ。
気持ち良いってこと、幸せなんだってことに気付くからね?
キミが、こうしてここに来たなら、もう、こんなものは要らない。
捨ててしまっても良いけれど……それじゃあ、何だよね。
ほんの僅かだけど退屈凌ぎにはなったわけだし。
それに、もっと見たい。キミの淀んだ目を、もっと見たい。
もっと蔑んでくれよ。そんなんじゃ足りない。もっと、もっと蔑んで。
クッと笑い、オネの首に両手を宛がうJ。
無抵抗なオネの首を、絞める。
拒むことはなくとも、苦しいことに変わりはない。
ソファから転げ落ち、オネは苦しみから逃れようと身を捩る。
笑いながらオネの腹に乗り、舌なめずりして更に強く絞めるJ。
響き渡る、途切れ途切れのオネの呼吸を耳に、クレタは繰り返した。
「……その手、離して」
呟くように何度も繰り返すクレタへ、Jは高笑いしながら言った。
「聞こえない。あっははははっ!! 聞こえないよ!? クレタ!!」
苦しそうな呼吸、不快な笑い声。耳の奥へ響くその音が、次第に小さくなっていった。
何も聞こえなくなる。やがて、自分の鼓動だけが全身に響き渡って。
チリチリと、指先が熱くなっていく。あぁ、もう無理だ。
止めることなんて。
「……離せ。……離せよ!!」
大声で叫び、クレタは人差し指でJの心臓を指した。
指先から真っ直ぐ伸びる光が、Jの心臓にザクリと刺さる。
オネの首から手を離し、Jは胸に刺さる光の矢をギュッと掴んで笑う。
「っくく……。クレタ。お前が、俺に敵うわけないだろ」
「……そんなの、わかってる」
「わかってないだろ? わかってないから、こんなことするんだろ?」
「……僕は、あなたを許さない」
「あっはははっ! お仕置きかい?」
「……あなたを還す。消してあげるよ、J」
クレタが放った言葉に、ピクリとJの眉が揺れる。
還す? 消す? お前が、俺を? できるわけがないだろ?
クックッと笑いながら、胸に刺さる矢を握る手に力を込めて。
やがて、光の矢はパキンと音を立てて折れた。
胸に刺さったままの残り矢をズッと引き抜き、Jは微笑を浮かべて黒い剣を出現させた。
わかっているはずだ。わからないはずがないんだ。クレタ。
お前が、俺に敵うはずがないだろ? 消す? そんなこと、出来るはずがないだろ?
何度も何度も教えたのに。お前は、俺に歯向かっちゃいけないんだよって。
頷いたじゃないか。わかりましたって。そんなこと出来ませんって頷いたじゃないか。
肩を竦めながら、カツカツと音を立てて歩み寄ってくるJ。
クレタは目を逸らさず、指先に無数の光の珠を灯らせた。
あなたの思惑どおりに事は運んでる……。それは理解ってる……。
僕が、こうして蔑めば蔑むほど、あなたは悦ぶんだ……。
悔しいよ……。悔しいけれど、もう我慢なんて出来ない……。
あなたの望みは、僕そのものじゃない。僕の心に介入したいだけ……。
無理矢理にでも、侵入したいだけ……。自分の存在を、忘れさせたくないだけだ……。
あなたを心底憎みきれずにいることは、あなたを忘れられないことと同じ……。
でも、それだけじゃ、あなたは満足できない……。僕の心、全てを埋めたいと願う。
何て欲張りな人。欲張りで、悲しい人。はっきり言うよ……。
僕は、あなたが大嫌いだ……。
もう二度と、笑わないで。その笑顔……見たくない。
だから、還す。消してあげる。本望、でしょ……?
退かずに身構えるクレタを見て、Jは耳鳴りを覚えるほどの高笑いを上げた。
「っははは! 馬鹿だな、クレタ! でも……。そんなキミも、愛しい。あぁ、どうしてくれようか!」
敵うはずがない。どんなに歯向かっても、敵うはずがない。
足元にも及ばないことなんて、百も承知だ。わかりきってる。
それでも、クレタは何度も攻撃を繰り返した。
数え切れないほどの光の刃を放っても、すべて叩き落とされてしまう。
光の壁も、すぐさま斬り刻まれてしまう。呼吸が乱れているのは、肩を揺らしているのは自分だけ。
Jは涼しい顔で笑い続ける。飛び掛れど、飛び掛れど蹴り飛ばされて、遠くへ吹き飛ぶ。
「ごほっ……。はっ……はっ……」
口元を拭いながら、クレタはフラフラと立ち上がる。もう、何度目になるだろう。
わかっているけれど。退くわけにはいかない。一撃で良い。たった、一撃で良いんだ。
あなたに、傷を刻むまで、僕は退かない。
霞んだ目。それでも尚、俺を見据える、その冷たい眼差し。
あぁ、クレタ。どうしてキミは、そんなにも可愛いのか。
どうして、こんなにも俺を興奮させるのか。どうしてくれる?
堪えようと必死になっても、垂れてしまいそうだ。とめどなく、垂れてしまうよ。
あぁ、クレタ。可愛いよ? 可愛いよ? もっと頂戴。もっと頂戴。
そうは思うんだけれど……。心苦しくなってくるんだ。
だって、そうだろ? キミの血なんて、本当は見たくないんだから。
だから、そろそろ止めにしないか? もう無駄だって、理解っただろう?
こんなんじゃなくてさ、もっと優しく痛めさせて。簡単なことなんだ。
ここに、この腕の中に。飛び込んできてくれれば良いだけ。
幸せいっぱいに痛めてあげるよ。気持ち良くしてあげるから。おいで?
両腕を広げ、クスクスと笑うJ。
何度も言った。そこには還らないと。もう、還れないんだと。
わからないのか。あなたは、自分のことしか考えない。人の心を読めないんだ。
不治の病。どうすることも出来ない。救いようのない人。可哀相だと思う。
あなたは、可哀相な人。心から、心から同情するよ……J。
キッと睨みつけ、とめどなき憐れみを指先に込めて放つ。
放たれた光は眩く輝き、酔いしれるJの視力を奪った。
目の前が、真っ白に染まる。咄嗟に目を伏せた瞬間、頬にピリッと痛みが走った。
徐々に戻っていく視力。Jは、そっと頬に触れてみる。
ヒンヤリと冷たい。見やれば、指先は赤く染まっていた。
首を伝い落ちていく冷たい感触に、またゾクゾクと覚える快感。
残った力、全てを使い果たし、その場にドサッと倒れるクレタ。
Jは微笑みながら歩み寄ると、ボロボロになったクレタを抱き起こし、額に口付けを落とす。
お疲れ様だなんて、労うことはしないよ。キミは、いけないことをしたんだから。
でもね、叱ったりもしない。とても気持ち良かったから。最高だよ、クレタ。
やっぱり、キミじゃないと。俺を満たせるのは、キミだけだよ。
まさか、俺に傷を付けるなんてね。驚いた。驚いたけど……嬉しいよ。
癒えないように、俺は祈る。キミに付けられた、この傷が癒えないように。
ねぇ、クレタ。もしも癒えてしまったら、消えてしまったら。また、ここに来てよ。
そして、もう一度刻んで。傷付けてよ。何度でも何度でも傷付けて。
俺は知った。キミに痛められても……気持ち良くなれることを。
首を伝う血を指に乗せ、それをクレタの唇へ塗りつける。
クレタ。目が覚めたら、舐めて。
キミの喉に張り付いて、離れないから。
拭わないで、舐めて飲んでね……。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / オネ / ♂ / 13歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / J(ジェイ) / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-
シナリオ『 Drink me 』への御参加、ありがとうございます。
Jが、キモチワルイです。が、楽しくて仕方ありません…。orz
タイトルの「ドリンクミー」は、某童話のアレと同じです。私を飲んで。
目が覚めた後、クレタくんは、唇に乗っているJの血を拭ったのか、舐めたのか。
私には、理解りません。わかっているのは、クレタくん本人だけです。
利用されたオネの心境・状態も気になるところですが…。敢えて紡がずに。
続きはシナリオ『対なる鼓動』を御賞味下さいませ…。
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.11.28 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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