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■警笛緩和■

水綺 浬
【4929】【日向・久那斗】【旅人の道導】
 赤い夕日が朧気に浮かぶ。今にもそのまま消えるかのように。

 左手には幅三十メートルの川が海へと緩やかに流れていた。日に照らされて小さく波打つたび、星のように輝く。それを遠目に土手を歩いていると、連続した水音が耳に入ってくる。音を辿れば、十代の少年が黒い学生服を身に纏い、小石を川へ投げていた。
 水面を小さな欠片が五回も飛び跳ねていき、そして沈む。
 赤く陰るその後姿。悲哀に満ちて、瞳に映る。
 おもむろに私の足は少年へと引き寄せられていた。

「何してるんだ?」

警笛緩和 - 不思議な…… -



 赤く染まった夕日が朧気に浮かぶ。今にもそのまま消えるかのように。

 左手には幅三十メートルの川が海へと緩やかに流れていた。日に照らされて小さく波打つたび、星のように輝く。それを遠目に川づたいに歩いていると、連続した水音が耳に入ってくる。音を辿れば、十代の少年が黒い学生服を身に纏い、小石を川へ投げていた。
 水面を小さな欠片が五回も飛び跳ねていき、そして沈む。
 赤く陰るその後姿。
 おもむろに日向久那斗は好奇心にかられて少年へと引き寄せられていた。



 少年の傍らで久那斗は行儀よくちょこんと座っていた。一切気配もなく、空気のように。最初から少年の一部であったかのような。
 川原にごろごろと小石が乱雑する中、少しも体は傾かず均等に重心がとれたいた。肩にかけた傘だけがくるくると回り主張している。
 そばの人物に気づけず、少年が川面に素早く投げる。久那斗は小石を目で追い、水面を跳ねるたび一回、二回、三回と顔を上下させた。
 それを何度か繰り返した後、少年は手を休める。軽く息をつき、沈む夕日に目を細めた。
 久那斗が少年の顔を初めて食い入るように見る。哀しみとも焦燥ともとれない表情を浮かべ佇む、目の前の少年。そして――銀の瞳。

 赤い色に溶け込んでいた少年は帰ろうと振り返る。
「!!」
 二歩先にいた人間に驚愕した。銀の瞳を見開き、息を飲む。
「あ、あんた、いつから……!」
 一瞬で二人の間に防壁が築かれる。
 少年に少しも気取られないということは、よほどの手だれ。見た目を疎まれても能力には過小評価しない少年が警戒するのに充分な理由だった。しかも相手は小学生だ。
「……あんた、誰だ?」
 ゆっくりと問う。が、久那斗はただ首を傾げる。
 答えたくないことなのか、答えられないのか――。
「なんで、こんなとこに?」
 再度質問を投げかけても首を傾げるばかり。
「……」
 尋ねることすら損だと早々に諦め、川原から離れ堤に足を運ぶ。

 ――しかし。
「なんだってんだよ……」
 手を強くにぎる。
「おい、あんた、ついてくるなよ!」
 一瞬止まったかと思えばそれでも、少年の後を追うように久那斗はぴったりとついてきた。
 否定も肯定もせず、何も言葉を発しない。快晴の空だというのに傘をさしているのも風変わりだ。
 相手するのも馬鹿らしく、怒気を全身に纏って大股で速度をあげる。久那斗も構わず小走りでついていく。

 五十メートル進んで、少年は足を止めた。回っていた傘も同時に止まる。
 銀の瞳が後ろをちらりと覗いて、小さく息をつく。
 道端に設置されたベンチに腰を下ろす。久那斗もそれに倣う、同じベンチの端に。
 少年はぶすっとむくれていた。
(ここまでしつこい奴は初めてだ)
 どう接したらいいのか分からないのが本音だった。ただ人がどう行動しようが自由。それを制止する権利など少年に存在しない。どうやって撒くか考えあぐねていると。
 いつのまにか久那斗が少年の鼻先に立ち、手を伸ばす。
「なっ……!」
 見ず知らずの者からあやすように頭をなでられる。優しく慰めるように。
「オレは。オレはガキじゃない!」
 パシッ!
 手を振り払う。
 そのとたん、子供は泣きだしそうな表情を浮かべた。痛みからなのか邪険にされたからなのか、今にも漆黒の瞳から涙がじわりと滲んできそうだ。
「お、おいっ。な、泣くなよ!?」
 おろおろとし始める少年に、また首を傾げる。何も変わらない様子に少年はがくりと肩を落とす。
(じ、自覚なしか……。それとも泣きマネ?)

 久那斗はポケットをごそごそとあさる。差し出した手の平には空色で包んだ飴玉。
「久那、飴、好き。……好き?」
 初めて少年の前で言葉を交わす。
「そ、そりゃあ好き……だけど」
 たとえ小学生からだろうと、人から貰うわけにはいかないと警戒した。が、久那斗は少年の手にそっと渡す。食べるのは自由だというかのように。強制されたわけではないが、なぜか振り払えなかった。
 久那斗は薄く微笑む。
(なんなんだ、あんた……)

 久那斗は時々、じっと少年を覗き込む。かと思えば、川の遠くを見つめている。ただはっきり言えることは少年の一挙一動から感情までを絶えず見ていること、それだけは理解できた。少年と目を合わせない時があっても、久那斗の心の目は少年に向けられているのだ。意図的にやっているのか、少年からは久那斗を読めず分からなかった。
 貰った飴は返すのも忍びなくポケットにしまう。

 少年は三度目のため息をつく。
 久那斗はまた顔を覗き込んだ。
「……何だ?」
 冷静でいようと努めて、思わず声が低くなる。
 子供は頭を左右に振る。今までのように首を傾げることはなかった。
 子供にも大人にも見える久那斗。見た目は小学生なのに、大人びて見えることがあるのだ。さらに憂いたような表情で傘を回す。

「あんた……名前なんだ? さっき、久那って言ってたけど。オレは魄地祐だ」
 子供は一度、首を傾げて。
「久那……、久那斗」
「久那斗、か」
 こくりと頷く。
「キミ、はく……?」
 言葉を詰まらせ、首を傾げる。
「魄地、祐だ」
「魄地、祐……? 魄地……祐。魄地祐」
 まるで英単語を覚えるかのように、何度も繰り返す。


 堤の先から長く影を伸ばし、大型犬をリードした飼い主が一歩一歩近づいてきた。犬は地面の臭いをかぐのに精一杯で二人に見向きもしない。
 横切った後。祐が隣を一瞥すると、久那斗がほのかに微笑んでいる。その視線は犬に送られていた。
 毛並みフェチな久那斗は綺麗に整った動物を目にすると、幸せな気持ちが心に広がるのだ。
 祐は意外な一面を見た気がした。
 口数が少ない小学生でも好きなことがある。
(そういえば、オレには夢中になれるものなんて……ないな)
 久那斗が首を戻すと、一人静かに考え事をする祐。
 頭をなでようと手を伸ばしたが、先ほど退けられた光景がまざまざと蘇えって引っ込める。またポケットの中を探り、空色の飴を渡す。好きなものを食べると嬉しくなる久那斗は祐も同じようになってほしかった。

「……あんた……」
 久那斗の真意が伝わったのか、今度は素直に受け取った。
 薄く微笑んで、祐から離れて帰っていく。



 (眠い……)
 久那斗はふかふかで暖かい布団を脳裏に思い出し、足早に急ぐ。



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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 4929 // 日向・久那斗 / 男 / 999 / 旅人の道導

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年

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■             ライター通信               ■
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初めまして、日向久那斗様。発注して下さりありがとうございます!

祐の反応、いかがでしたでしょうか?
久那斗様のイメージやしぐさと違っていたら、申し訳ないです。
それと祐視点でほとんど書いております。すみません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝