■動くな。■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
仕事を終えて一息。
そういえば、今日はまだ昼食を取っていない。
近頃、何かと物思いに耽ってしまうことが多くて……つい、忘れてしまう。
食べなくても特に問題はないけれど、たかが一食、されど一食。
食べられる時に食べておかないと、また忘れて逃してしまう。
確か、仕事に赴く前にナナセが声を掛けてくれた。
ミネストローネスープと、バタールを用意しておいたからって。
ナナセは、いつも食べ終わるまで仲間の食事を下げない。きっと、まだあるはずだ。
食事をとる場所、LDスペース。喫茶店のようなその場所は、皆が集まる唯一の場所。
何かあれば、ここに集まって相談したり検討したり。
皆が集まっているときは、あんなに賑やかなのにな……。
静まり返ったLDスペース。テーブルの上に置かれたままの食事に手を伸ばす。
皿に指先が触れた瞬間だった。
「おい」
「!」
突然声を掛けられて、思わず手を引っ込めてしまう。
振り返れば、そこにはベルーダがいた。彼は、ジャッジの孫であり、13人目の時守。
仲間……なのだけれど、どうにも苦手だ。この人とだけは、未だに打ち解けられずにいる。
何の用なのかと尋ねようと、息を吸い込む。すると。
「動くな」
ベルーダは、ヒュッと黒い大鎌を出現させ、その刃をこちらへ向けて言った。
突然の出来事に動揺してしまうのは仕方のないことだ。
一歩退けば、テーブルに腰が当たって。
銀のスプーンが、スルリと闇に落ちた。
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動くな。
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そういえば、今日はまだ昼食を取っていない。
近頃、何かと物思いに耽ってしまうことが多くて……つい、忘れてしまう。
食べなくても特に問題はないけれど、たかが一食、されど一食。
食べられる時に食べておかないと、また忘れて逃してしまう。
確か、仕事に赴く前にナナセが声を掛けてくれた。
ミネストローネスープと、バタールを用意しておいたからって。
ナナセは、いつも食べ終わるまで仲間の食事を下げない。きっと、まだあるはずだ。
食事をとる場所、LDスペース。喫茶店のようなその場所は、皆が集まる唯一の場所。
何かあれば、ここに集まって相談したり検討したり。
皆が集まっているときは、あんなに賑やかなのにな……。
静まり返ったLDスペース。テーブルの上に置かれたままの食事に手を伸ばす。
皿に指先が触れた瞬間だった。
「おい」
「!」
突然声を掛けられて、思わず手を引っ込めてしまう。
振り返れば、そこにはベルーダがいた。彼は、ジャッジの孫であり、13人目の時守。
仲間……なのだけれど、どうにも苦手だ。この人とだけは、未だに打ち解けられずにいる。
何の用なのかと尋ねようと、息を吸い込む。すると。
「動くな」
ベルーダは、ヒュッと黒い大鎌を出現させて言った。
突然の出来事に動揺してしまうのは仕方のないことだ。
一歩退けば、テーブルに腰が当たって。
銀のスプーンが、スルリと闇に落ちた。
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テーブルに両手をついたまま、ジッとベルーダを見やるクレタ。
ベルーダは、鎌の刃を向けながらジリジリと近付いてくる。
恐怖とは少し違う、妙な感覚を覚えた。
目の前で立ち止まり、ベルーダは尋ねる。
「お前、あいつと自分の関係、どこまで知った?」
「……あいつ?」
「ふざけんな。わかってるだろ」
「…………」
そのとおりだった。何故かは理解らないけれど、すぐに浮かんだ。
あいつ、と言われて、真っ先にJが頭に浮かんだ。
Jとの関係……。僕が、作られた存在であること……。
愛されていた事実。例え、それが過ちでも、確かに愛されていた事実。
知ったというよりは、思い出した。ううん……思い出したというよりは、目を逸らすのを止めた。
全部覚えているよ。何もかも、鮮明に覚えてる。……それを訊いて、どうしたいの。
ジッと見据えたまま、クレタは訊き返した。
するとベルーダは、目を伏せ溜息を落として、更に訊ねる。
「じゃあ、次の質問。お前は、これからどうする」
「どうするって……」
「どうしたいと思うか、どうあるべきだと思うか。言え」
「…………」
そんなの、訊くまでもないじゃないか。
こうして、ここにいることが何よりの答えじゃないか。
還らずに、皆と一緒にいるよ。存在し続ける。存在していたい。
例え、それが許されないことでも。皆と一緒にいたいんだ。
目を背けることなく返したクレタ。そこに、迷いはない。
返答を聞き、ベルーダは肩を竦めて笑う。
変わったよな、お前も。
そうやって自分の意思を素直に口に出来るようになったなんて、大したもんだ。
ここへ来たばかりの頃のお前は、何もかもを拒絶するような冷め切った目をしてた。
人を信じる気持ちを忘れた、人形のようだった。不気味だったよ。
今のお前は、そりゃあもう人間そのものだ。俺達と何ら変わりない。
その変化を、他の奴らは喜んでるよな。嬉しいことなんだ、あいつらにとっては。
でも、俺は違う。嬉しくなんてないし、喜ぶなんて、もってのほかだ。
お前の成長。俺は、それを疎ましく思ってる。ウザいんだよ。
「何でか理解るか?」
「…………」
苦笑を浮かべながら、鎌を喉元に宛がうベルーダ。
クレタはジッとしたまま動かず、ベルーダの瞳を見つめた。
今まで、こうして、あなたの目を見ることなんてしてこなかったけれど。
あぁ……そうか。あなたも、寂しい人なんだ。憂う瞳、見ているだけで悲しくなる。
ベルーダは、ジャッジの孫だ。
祖父であるジャッジを、ベルーダは崇拝している。
口にすることはなくとも、見ているだけで十分に理解る。
いつか、この人のようになりたい。この人に認められたい、愛されたい。
その想いは、どんなに隠そうとも溢れて、人の目に映り込む。
ジャッジの正体は未だに不明だけれど、ひとつだけ理解ったことがある。
先日、時の執裁室で交わした言葉から理解ったこと。
明確にしたわけではないけれど、それは確かな情報であり事実だった。
どんなに崇めようと、慕おうと、ジャッジはベルーダを見ない。
表面上は、孫を可愛がっているかのように見えるけれど、仮初だ。
ジャッジが本当に愛しているのは、ベルーダではなく、J。
自らが生んだ歪み、そこから誕生した存在。コーダ。
血の繋がりはなくとも、そこには揺ぎ無き絆と愛情があって。
それは誰にも断ち切ることが出来ない。どんなに足掻こうとも。
この人は、悔しいんだ。
愛されたいのに愛されない。
それなのに、僕は愛される。
ヒヨリやナナセ、仲間達にも、Jにも。
Jに愛されるということは、即ちジャッジにも愛されているということ。
血の繋がりはないけれど、Jはジャッジにとって誰よりも愛しい子供。
その子供が愛する存在を忌み嫌うことなんぞ、親なら出来やしない。
親心特有の嫉妬はあるかもしれないけれど、認めざるを得ないのも、また事実。
寂しい人。我を忘れて屈辱に拉がれる人。何て悲しい瞳だろう。
見つめるクレタの瞳に、ベルーダは更に苛立ちを募らせた。
何なんだよ、お前は。何なんだよ、その目は。
可哀相だってか? 俺が可哀相だと同情するのか?
「心底、気に入らねぇ奴だ」
鎌を持つ手にチカラを込めたベルーダ。
クレタの首に宛がわれた刃が、僅かに沈む。
じわりと浮かび流れ落ちる血液。身動きしない。息を飲むこともしない。
喉が少しでも波打てば、その揺れで刃が更に食い込んでしまうから。
目を伏せたまま動かずにいるクレタに接近し、耳元でベルーダは言った。
「お前の所為で何もかも滅茶苦茶だ」
全身に響き渡る低い声。クレタは動かない。
だが、ふと鼻をくすぐった、とある香りに思わず目を開けてしまう。
心落ち着く香り。懐かしい気持ちになるような、優しい香り。
その香りは、ヒヨリから香るものと同一だった。
香りの出所を自然と探るクレタの目に映るもの。
それは、ヒヨリの黒い帽子。
「お前も、楽にしてやろうか」
そう言いながらベルーダが見せる帽子は、間違いなくヒヨリのものだった。
ボロボロに引き裂かれている。もしかして……そうは、思った。
思ったからこそ、内心は激しく動揺。
言葉を放つことはしないまま、クレタはギュッと拳を握り締めた。
掴み掛かりたい衝動に駆られながらも、必死でそれを抑える。
ヒヨリは時守の代表だ。簡単に、その帽子のようになったりしない。
ましてや、ベルーダがヒヨリを仕留めるだなんて、出来るはずがない。
拭い去れぬ動揺を抑えつつ、クレタは何度も自分に言い聞かせた。
思いに任せて取り乱す様子のないクレタを見て、ベルーダは舌打った。
本当、気に入らねぇ。いつから、お前は、そんなに強くなったんだよ。
気に食わない。お前ばかりが、どんどん成長していくこと。
愛されて成長する。お前は、どこまでも成長するのか。
それを止めることなんて、どうせ俺には出来ねぇよ。
鎌を消し、クルリと反転して去って行くベルーダ。
噛み締める唇に、苛立ちが滲む。
*
「おい、ヒヨリ」
「ん? あっ! ……お前、何してくれんだ。人の帽子に」
「返す」
「返すってお前、何でこんなボロボロなんだよ」
「無意味だった。ムカつくわ」
「は? 何言ってんだ、お前」
「ムカつく。お前もムカつく。死ね」
「は? おい、待てよベルーダ。何だってんだよ」
「ついて来んな、カス」
ペタリと、崩れるようにしてその場に座り込んだクレタ。
少し離れた場所から聞こえてくる二人の遣り取りを耳にしつつ、クレタは目を伏せる。
あのまま、動揺した心に任せて動いていたら、宛がわれた刃に、喉を、かき切られていただろう。
まるで、自分から還ることを望んだように。僕の屍は、皆の目にそう映ったことだろう。
容易いことだったはずなのに。無抵抗な僕を還すことなんて、容易いことだったはずなのに。
どうして、還さなかったの。憎いと思っているのに、どうして還さなかったの。
本能のままに動かないのは、怖いから?
僕を還したら、ヒヨリやJに蔑まれるから?
結果、誰よりも愛しているジャッジにも蔑まれるから?
人を愛すと、思うがままに動けなくなるの……?
想うが故に考えるの? それは、愛しい人の為? それとも、自分の為?
理解らないよ。どうして、こんなに難しいの。
次から次へと理解らないことが出てくるの。
でもね、理解らないままで良いような、そんな気もしているんだ。
全てを知ってしまったら、僕は……。
自分から刃に首を乗せたくなってしまうかもしれないから……。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / ベルーダ / ♂ / 22歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『 動くな。 』への御参加、ありがとうございます。
嫉妬も愛の一種です。無関心だったら嫉妬さえもしません。
接触するのは気にかけているから。どうしても存在を払えないから。
描写しておりませんが、この後、
ヒヨリが座り込んでいるクレタくんの猫背を見ているシーンがあります。
声は掛けません。掛けるべきではないような気がしたから。
普通に御話できる状態に戻ったものの、
一旦離れた距離・ずれた歯車は、まだ、そのままのようです。
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.12.05 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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