■躊躇うことなかれ■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
歪みを還す為、外界に赴いていた。
こうして時の回廊を通って帰ってくるのも、何度目になるだろう。
想いに耽れば、いつも何気なく通っている場所も、違う顔を見せる。
今まで気にも留めなかったけれど……この柱、凄く綺麗だ。
彫刻……じゃないのか。何なんだろう。不思議な模様が刻まれている。
おかしいな。こんなに綺麗な模様に、今まで気付かなかったなんて。
あれ……? ちょっと待って。この模様、どこかで……。
柱に触れながら首を傾げた時だった。
一本の柱、その影からひょっこりとヒヨリが姿を見せる。
「何、してるの。そんな所で」
キョトンとして尋ねた。そりゃあ、そうだ。だって、まるで……。
「待ち伏せしてた」
そう、それ。待ち伏せていたかのようで。
柱から手を離し、クスクス笑うヒヨリを見やる。
何か、用があるんだよね? じゃなきゃ、こんな所で待ち伏せたりしない。
尋ねると、ヒヨリはフゥと息を吐いて……目を伏せ淡く微笑みながら言った。
「ちょっと、遊ぼうか」
前にも聞いたことがあるような、その台詞。
何だか懐かしい気持ちになって、思わず微笑んだ。
今日は何? 何して遊ぶの? そんなことを考えていたんだ。
気付かなかったから。ヒヨリの様子がおかしいことに。
まさか、あんなことをして遊ぶだなんて。
思いもしなかったんだよ。ヒヨリ。
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躊躇うことなかれ
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私用で、外界に赴いていた。
こうして時の回廊を通って帰ってくるのも、何度目になるだろう。
想いに耽れば、いつも何気なく通っている場所も、違う顔を見せる。
今まで気にも留めなかったけれど……この柱、凄く綺麗だ。
彫刻……じゃないのか。何なんだろう。不思議な模様が刻まれている。
おかしいな。こんなに綺麗な模様に、今まで気付かなかったなんて。
あれ……? ちょっと待って。この模様、どこかで……。
柱に触れながら首を傾げた時だった。
一本の柱、その影からひょっこりとヒヨリが姿を見せる。
「何、してるの……。そんな所で」
キョトンとして尋ねた。そりゃあ、そうだ。だって、まるで……。
「待ち伏せしてた」
そう、それ。待ち伏せていたかのようで。
柱から手を離し、クスクス笑うヒヨリを見やる。
何か、用があるんだよね? じゃなきゃ、こんな所で待ち伏せたりしない。
尋ねると、ヒヨリはフゥと息を吐いて。目を伏せ、淡く微笑みながら言った。
「ちょっと、遊ぼうか」
前にも聞いたことがあるような、その台詞。
何だか懐かしい気持ちになって、思わず微笑んだ。
今日は何? 何して遊ぶの? そんなことを考えていたんだ。
気付かなかったから。ヒヨリの様子がおかしいことに。
まさか、あんなことをして遊ぶだなんて。
思いもしなかったんだよ。ヒヨリ。
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まだ、何も知らなかった時。自分のことも、ヒヨリのことも。
あの日も、こうしてヒヨリは誘ったね。遊ぼうか、って誘ったね。
時の狭間で鬼ごっこ。どうすれば捕まえることが出来るだろうって、一生懸命考えた。
捕まったときの悔しそうな顔、今も覚えてる。嬉しかった気持ちも、覚えてる。
楽しかったか否かで答えるならば、決して楽しくはなかった。苦手だったから。
目標を定めて追いかけるという行為が、苦手で面倒だったから。
でも、捕まえた後は、確かな達成感があった。少しだけ楽しいとも思った。
また今度、暇な時遊ぼうなって言葉に、ちょっとだけワクワクしてた。
楽しいわけじゃないのにワクワクしたのは、楽しいかもしれない、そんな予感がしたから。
楽しく過ごしたいだなんて思ったことなかったのに。僕は、欲張りになってしまったのかな。
次々と迫ってくる攻撃を避けながら、思い返していたクレタ。
迫る攻撃は、ヒヨリが繰り出すものだ。
また、こうして遊ぶ日が来たのは嬉しかったけれど。
まさか、こんな遊びをするだなんて、思いもしなかった。
遊ぼうかと言ったヒヨリは、すぐさま鎌を出現させた。
また、あの日のように鬼ごっこをするのかと思った。
けれど、そうじゃなかった。今、繰り広げられているのは紛れなき戦いだ。
ヒヨリの表情は固く強張っている。あの日のように笑ってはいない、笑ってはくれない。
逃げることなんて出来やしない。本気で僕を還すつもり……なの?
攻撃を避けながら、クレタは何となくの反撃を返す。確かめるように。
探るような、その反撃にヒヨリは眉を寄せて言った。
「躊躇うな」
強張った表情のまま告げた言葉で感じ取る。
もう、探る必要はない。この人は、本気だ。本気で応じねばならない。
クレタの目付きが変わったことを確認したヒヨリは、更に荒く攻める。
出来ることなら、戦いたくなんてない。衝突なんてしたくない。
けれど相手がそれを望んでいる以上、応じるのが義務だ。
ヒヨリは、クレタの動きを熟知している。
いつでも一緒に、傍にいたのだから当然だ。
どんな動きをするか、次にどう動くか、予測は容易いだろう。
そして困ったことに、逆は成立しない。
一緒にいたのは確かだけれど、クレタはヒヨリの動きを読めない。
きっと、いつになっても読めないだろう。これだけは、不変なのだろう。
分が悪い。だが、まるっきり予測できないということもない。
思い返すのは、鬼ごっこをした日。その記憶。
振られた鎌、その動き、独特のクセ。
左から右へ振り下ろす、その瞬間に僅かな隙があった。
けれど、その隙を抑えることが出来るだろうか。
ヒヨリの攻撃は、あの日と比べ物にならぬほど激しい。
荒いのにも関わらず、どこか丁寧で……あるはずの隙も、ごく稀にしか確認出来ない。
実力差を肌で感じる瞬間。けれど、諦めるわけにはいかない。
隙がないのなら、作れば良い。そうするしかないだろう。
頷き、クレタは動きを止めた。
突然立ち止まったクレタに警戒したのか、ヒヨリも攻撃を止める。
次の瞬間、クレタはクルリと振り返って両手を闇に掲げた。
「―!」
マズイと気付けど、既に手遅れ。
ねぇ、ヒヨリ。どうして、こんなことをするのかな。
なんて……理解っているけれど。全部、理解ってるよ。
何となくだとか、いつもの悪戯だとか、そんなんじゃなくて……。
ヒヨリは、僕を還したい。
自分だけのものにしたいと、欲しいと思っているからこそ。
その手で、僕を還したいと望むんだね。
放たれた無数の光が、雨のように降り注いだ。
払いきれぬ光の雨に打たれ、ヒヨリは動きを封じられてしまう。
ボーッとしている暇はない。動きを封じていられる時間なんて、数秒だ。
作った僅かな隙を的確に捉えなければ、何の意味もない。
躊躇うな。躊躇うことなく放て。彼も、それを望んでいる。
唇をキュッと噛み締めて指を鳴らし、光の矢を飛ばす。
だが、無意識の内に照準が逸れる。
的確に捉えねばならぬのは、心なのに。理解っているのに。
真横を掠め、闇へ吸い込まれて消えていく光の矢。
身体が自由に動くようになったのにも関わらず、ヒヨリは動かない。
動く必要がないのだ。光の矢は、決してヒットせず、ただ横を掠めていくだけ。
やがて、クレタは、腕をダラリと垂らし、指を鳴らすことを止めてしまった。
そんなクレタに、ゆっくりと歩み寄ってヒヨリは言った。
「ごめん」
何に対しての謝罪なのか理解らない。理解らないけれど、理解った。
把握できた途端、全身の力がフッと抜けてしまう。
その場に、ペタリと座り込んだクレタ。
重く圧し掛かっていた何かが、どこかへ消えたような感覚。
愛しいと思うからこそ、欲してしまう。
それこそ、頭がイカれるほどに。
最近、しきりに思い出すんだ。
クレタ、お前が、ここに来たばかりの頃のこと。
何も知らない……いや、知らないフリをしてた、お前の目。
こう見えて、俺ってカンが鋭いからな。わかってたよ、全部。
お前が全て覚えていることも、心から、あいつを払えずにいたことも。
そして、今もその想いが心にあることも。
だから、イライラしたんだ。イライラするんだ。
何度も名前を呼んで手を引いて、そっちじゃないって教えているのに、
お前は理解ったようなフリをして、何度も後ろを振り返る。
バレないように振り返ってるつもりなのかもしれないけれど、バレバレだ。
見ないフリしてきたよ。でも、そろそろ限界。
何でだろうな。どうして、こんなに貪欲になったんだろう。
お前の視線が、常にこっちに向けられていないと嫌なんだ。
頭では理解ってんだよ。どんなに無理矢理、首を掴んでこっちを向かせても無意味だってことは。
例え、首を何かで雁字搦めに縛っても、お前は、それを解いて後ろを向くんだろう。
理解ってるからこそ、どうにかしたいと思うんだ。ほんと、どうかしてる。
お前を還そうとするなんて。お前を、消してしまおうとするなんて。
そんなことしたら、もう二度と話せないのに。こうして、話すことも出来ないのに。
間違ってたよ。還して手に入れるだなんて。そんなの、間違ってるよな。
座り込んだままのクレタの頭にポンと手を乗せ撫でて、ヒヨリは去って行く。
(もう、こんなことしない。そう言えない自分が恐ろしいけれど)
その想い事を、口にすることはなかった。
座り込んだまま、クレタは動かない。いや、動けない。
目線は、ずっと下。去って行くヒヨリの背中を見送ることもしなかった。
震える手指を押さえながら、スッと目を閉じる。
震えているのは恐怖の表れ。
還されること、そのものに対して覚えた恐怖ではない。
想いの強さを実感した上で、還されまいと抵抗した自分自身への恐怖。
本気だと悟った瞬間、ムキになった。消されてたまるかとムキになった。
あなたの傍にいたいから、消えたくない? 違う、そうじゃない。
もしも、そう思っていたのなら、逃げることを繰り返していたはずだ。
抵抗した。僕は、逃げずに、あなたに歯向かった。
躊躇うなと言われたから、だなんて言い訳だ。
腕を下ろす瞬間まで、僕は思案していたじゃないか。
どうすれば、あなたを黙らせることが出来るだろうかと。
一番恐怖を感じていたのは、この感覚だ。
躊躇いが払われてしまう、この感覚だ。
あなたに還されるなら、それも良い。そう思っていたはずなのに。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『 躊躇うことなかれ 』への御参加、ありがとうございます。
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。 参加、ありがとうございました^^
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2008.12.05 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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