■彷彿の口付け■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
もう、我慢できない。
キミに全てを教えてあげる。
ゆっくりと少しずつ思い出させるのも楽しかったけれど、じれったいんだ。
イライラするんだよ。あまりにも、時間が掛かりすぎるから。
俺は、せっかちなんだ。キミが関与すれば、余計にね。
どんな顔をするだろう。全てを彷彿した時、
キミは、どんな目で俺を見上げるだろう。
想像するのも楽しいけれど、実際に、この目で見たほうが、もっと楽しい。
どうやって思い出させるのかって? 簡単だよ。
動かないで。キミは、ただ、目を閉じてくれるだけで良い。
|
彷彿の口付け
-----------------------------------------------------------------------------------------
もう、我慢できない。
キミに全てを教えてあげる。
ゆっくりと少しずつ思い出させるのも楽しかったけれど、じれったいんだ。
イライラするんだよ。あまりにも、時間が掛かりすぎるから。
俺は、せっかちなんだ。キミが関与すれば、余計にね。
どんな顔をするだろう。全てを彷彿した時、
キミは、どんな目で俺を見上げるだろう。
想像するのも楽しいけれど、実際に、この目で見たほうが、もっと楽しい。
どうやって思い出させるのかって? 簡単だよ。
動かないで。キミは、ただ、目を閉じてくれるだけで良い。
-----------------------------------------------------------------------------------------
触れ合う唇、引き寄せられて。
思い出すのは、あなたと出会った、その瞬間。
僕を、この世に存在させてくれた、あなたと目が合った瞬間の記憶。
あなたは言った。綺麗な青い瞳で僕を見つめて。
ただ一言「おはよう」と。
挨拶なんて知らない。言葉も知らない。
何も知らなかったけれど。僕は、あなたの言葉を真似て返した。
小さな声で返した「おはよう」
声を発することも初めてだったから、放ってすぐに僕は驚いた。
今のは何だろう。喉が震えて、音が出た。
不可解だったがゆえに、怖いと感じた。
話す、ということに恐怖を覚えたんだ。
声を放つこと。息を吸って、吐き出しながら、言葉を乗せる。
今となっては、あたりまえ。普通の行為。何の疑問も抱かない行為。
けれど、あの日。初めて自分の声を聞いて、声というものを知って、僕は恐怖を覚えた。
どうしてかな。はっきりとは理解らないけれど……。
便利ゆえに落とし穴がありそうな。
そんな気が、したんだ。
理解できぬ恐怖に怯え、その場に蹲った僕に、あなたは手を差し伸べた。
ふっと顔を上げれば、あなたは優しく淡く微笑んでいて。
その微笑みが、僕を不安や恐怖ごと掬い上げた。
あなたは、何を言うわけでもなく、ただ手を差し伸べただけだったのに。
この手を取れば、怖いものなんて何もなくなると、そう予感したんだ。
でもね、恐怖から逃れる為だけに、手を取ったわけじゃない。
僕を見下ろす、あなたの瞳の所為だ。あなたの瞳が、あまりにも綺麗だから。
吸い込まれて、魅入られた。あなたのことを、もっと知りたいと思った。
手指が触れた瞬間、身体を走った電気のような感覚。今も、はっきり覚えてる。
僕は、生涯。あなたの傍にいることになるのだろう。
それを不満になんぞ思うものか。寧ろ、嬉しく思う。
あなたの傍にいられることを。あなたと手を繋げることを。
何よりも嬉しく幸せに。そして、誇りに思った。
あなたが暮らす部屋。
あなたが食事をする空間、あなたが眠る空間、あなたが生きる空間。
あなたの部屋に案内されて、促されるまま、僕はベッドに腰を下ろす。
ふわふわと柔らかなベッドに埋まる身体。初めての感触。
慣れぬその感触に、僕は、そのままコロリとひっくり返ってしまう。
どうして転がったのか、見える景色が変わったのか。
理解できなかった僕は、ただ天井を見上げてキョトンとしていた。
そんな僕の身体を、あなたは、笑いながら覆って。両腕を押さえた。
視界を埋め尽くす、あなたの顔。揺れる前髪。
瞳に映る自分の姿が妙に恥ずかしくて。僕は目を逸らした。
どうして、こんなに恥ずかしい気持ちになるんだろう。
胸がドキドキして、どうすれば良いのか理解らない。
戸惑うばかりの僕を、あなたは、また、クスクス笑いながら救ってくれた。
丁寧に、丁寧に、一枚ずつ。あなたは、僕に衣服を纏わせる。
生まれたままの姿でいたこと。それが恥らう原因だったのだと、
恥じらいの意味を知ったのは、それから、ずっとずっと後のこと。
まるで着せ替え人形のように、あなたの意のまま。
ただ、黙っていただけ。僕は、黙っていることしか出来なかった。
ううん、黙っているべきなんだと、そう判断したんだ。
少しずつ少しずつ、身体が布で覆われていく度に、恥じらいが消えていったから。
衣服を纏った僕を抱き起こして、あなたは言った。
耳元で笑いながら「まぁ、意味ないんだけど」って。
何を言っているのか、わからなかった。
けれど、その言葉の意味を、僕は知る。すぐに、知る。
せっかく纏った衣服を、あなたが、一枚ずつ剥いでいったから。
どうしてだろう。どうしてまた、恥ずかしい思いをさせるのだろう。
この人は、一体、どうしたいんだろう。僕を、どうするつもりなのだろう。
恥ずかしいのは、嫌だ。そう思ったから、僕は抵抗した。
けれど、払いのけることなんて、出来やしない。
力で敵わないだとか、そういうことではなくて。
されるがまま。言い方は少し悪いけれど、弄ばれ。もう、手遅れだったんだ。
あの時、既に僕は捧げていた。あなたに、全てを。
時に甘く、時に激しく。想いのままに、あなたは掻き乱す。
僕は、揺れるあなたの前髪を、ただジッと見つめていた。
でもね、見つめているだけじゃ、物足りなくなってしまって。
いつしか、僕は、その前髪に腕を伸ばして触れようと試みた。
捕まえてやろうと、ギュッと掴む。でも、掴んだつもりだっただけ。
指の隙間から、スルリと抜けて、あなたの前髪は逃げていく。
必死になったよ。捕まえようと、掴もうと必死になった。
捕まえることが出来ないから、余計に。
身体を走る衝撃の中、必死に手を伸ばす。
僕が掴もうとしていたのは、前髪なんかじゃなくて。
あなた自身だったのかもしれない。あの日から、既に。
僕は、あなたが欲しいと想っていたのかもしれない。
綺麗で、儚い人。
触れれば指だけじゃなく、心まで痛んでしまうかもしれない。
そう思わせる、あなたの身体は、凍てついた氷のようだった。
触れれば冷たく、触れた箇所は、じんわりと溶ける。
けれど、張り付いて離れない。触れた時点で、逃れられない。
触れさせようと、そんな想いにさせるのに。それさえも、あなたの思惑通り。
頬に落ちる、あなたの汗を、涙だと勘違いした僕は、つられて涙を零した。
愛しさが溢れるが故の涙。悲しみの象徴ではなく、幸せの象徴。
辛い時だけじゃなく、嬉しいときも涙は落ちるものなのかと、僕は学んだ。
愛しそうに、僕を見下ろす、あなたの瞳。
何を求めているのか。どうするべきなのか。
どうすれば、あなたが満たされるのか。そればかりを考えていた。
口にしてくれないと、言葉にして、声で発してくれないと、わからなかった。
でも今は、聞かずとも理解る。言葉なんて、もう、必要ない。
こうして触れ合うだけで。抱き合うだけで。あなたのことが、手に取るように理解る。
けれど、僕は我侭だから。まだ、足りないと思ってしまう。
あなたは、隠している。隠している想いがあるでしょう。
悟られまいと、隠している想い。
それだけは、どんなに触れても理解できないのです。
あなたが隠そうとする限り、僕は理解できないのです。
今もなお、いいえ、昔よりもずっと。僕は、あなたを求めてる。
その心も、吐息も、鼓動も。全てを下さい。
僕に、全てを注ぎ込んで下さい。
溢れても構わない。パンクして、弾けても構わない。
埋めて。この身体を、この心を。あなたで埋めて。
教えて下さい。何もかも。教えて下さい。あなたの全てを。
感じさせて下さい。あなたという存在を。
心と身体に。痛みを覚えるほど、刻んで下さい。
もっと、もっと、もっと、もっと……。
唇が離れ、互いにフッと目を開く。
交わる視線に、クレタとJは揃ってクスクスと笑った。
クレタの微笑みは、貪欲な己に対するもの。
Jの微笑みは、そんなクレタの戸惑いに対するもの。
照れ臭そうに微笑むクレタの頬を撫で、Jは心の中で呟いた。
欲されることもまた、気持ちイイものだね。
でも、俺は、欲されるよりも欲するほうが、もっと気持ちイイ。
そんなものまで、そんなところまで欲するの? って、驚くキミの顔が、たまらないんだ。
あぁ、勘違いしないで。欲することを止めろって言ってるわけじゃない。
そのままで構わないよ。もっともっとって、強請ってくれて構わない。
でもね、俺は応じてあげない。キミの思い通りなんて、なってやるものか。
続けて。そのまま、俺を欲することだけを、永遠に。
おかしくなってしまえば良いんだ。
俺を欲しすぎて、奇声を発するくらいまで。
壊れてしまえば良い。イカれてしまえば良い。
俺に埋め尽くされて、心も身体も、乱れてしまえば良い。
恥らうことさえも忘れて乱れることが出来るようになったなら。
とっておきの、御褒美をあげる。
「御褒美……? 何を、くれるの……?」
見上げて尋ねるクレタ。Jはクスクス笑い、クレタを抱き寄せた。
教えてあげても良いけれど、それじゃあ、つまらないだろ?
自分の目と身体で確かめなよ。そのほうが、気持ちイイ。俺もキミも。
欲しいと想わなければ、手を伸ばすことはしないのです。
欲しいと想わなければ、手を取ることはしないのです。
望んで、欲して、僕は触れたけれど。その指を手繰り寄せたけれど。
あなたの全ては、まだ遠い。あぁ、あなたは、何を見据えているのですか。
僕と重ねて、僕の裏に、その先に、何を見据えているのですか。
教えて下さい。感じさせて下さい。あなたという人を。
あなたの全てを。あなたが見据えている世界を。
どこまでも、ついて行くから。その誓いとして。
もう一度。いいえ、何度でも。
彷彿の口付けを。
-----------------------------------------------------------------------------------------
■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / J / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-
シナリオ『 彷彿の口付け 』への御参加、ありがとうございます。
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
-----------------------------------------------------------------------------------------
2008.12.19 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
-----------------------------------------------------------------------------------------
|
|