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■カムヒア■

藤森イズノ
【7707】【宵待・クレタ】【無職】
 時計台。凭れかかって、読書を楽しむ。
 いつしか、ここは心安らぐ場所になっていた。
 自室よりも居心地が良いかもしれない。心が、ふわりと軽くなるような気がする。
 パラパラとページを捲りながら、一人の時間を満喫していた時だ。
 ふと、背中に視線を感じる。ページを捲る手を止めて、二、三度の瞬き。
 あぁ、そうか。また、ヒヨリかな。こうして一人でいると、彼は邪魔しに来るから。
 別に、不快に思うことはない。いつものことだから、もう慣れた。
 今日は何かな。また、遊びの誘いかな。
 淡く微笑みながら、振り返る。
「―!」
 振り返ってすぐに、大きく目を見開いた。
 いや、見開きざるを得ないだろう。驚きと絶句。
 振り返った先には、自分と瓜二つの人物がいたからだ。
 顔も背丈も、まるっきり同じ。自分、そのものではないか。
「なっ……」
 どういうことなのか、読んでいた本を放って立ち上がる。
 すると、自分にそっくりな人物は、クスクス笑いながら走り出した。
 立ち止まったままで硬直していれば、その人物はピタリと立ち止まって、
 後ろを振り返り、ジッと自分を見やった。

 来ないの?

 そう言っているような、そんな目で見つめ続ける。
 何だ。何が起きているんだ。あなたは何者なんだ。
 この凍えるような寒さは、一体どこからくるものなのか。
 足は、自然と、その人物を追い始めていた。
 カムヒア

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 時計台。凭れかかって、読書を楽しむ。
 いつしか、ここは心安らぐ場所になっていた。
 自室よりも居心地が良いかもしれない。心が、ふわりと軽くなるような気がする。
 パラパラとページを捲りながら、一人の時間を満喫していた時だ。
 ふと、背中に視線を感じる。ページを捲る手を止めて、二、三度の瞬き。
 あぁ、そうか。また、ヒヨリかな。こうして一人でいると、彼は邪魔しに来るから。
 別に、不快に思うことはない。いつものことだから、もう慣れた。
 今日は何かな。また、遊びの誘いかな。
 淡く微笑みながら、振り返る。
「―!」
 振り返ってすぐに、大きく目を見開いた。
 いや、見開きざるを得ないだろう。驚きと絶句。
 振り返った先には、自分と瓜二つの人物がいたからだ。
 顔も背丈も、まるっきり同じ。自分、そのものではないか。
「…………」
 どういうことなのか、読んでいた本を放って立ち上がる。
 すると、自分にそっくりな人物は、クスクス笑いながら走り出した。
 立ち止まったままで硬直していれば、その人物はピタリと立ち止まって、
 後ろを振り返り、ジッと自分を見やった。

 来ないの?

 そう言っているような、そんな目で見つめ続ける。
 何だ。何が起きているんだ。あなたは何者なんだ。
 この凍えるような寒さは、一体どこからくるものなのか。
 足は、自然と、その人物を追い始めていた。

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 どうして逃げなかったんだろう。そのまま、遠くへ逃げて消えることも出来たはずなのに。
 僕を、追いかけさせようとした。立ち止まって振り返って「来ないの?」って言った。
 ううん、実際に声を聞いたわけじゃないけれど。そう言っているような気がしたんだ。
 ねぇ、きみは誰? どうして、僕にそっくりなの? 何処から来たの?
 僕に、どうして欲しいの? 何を求めて、僕を手招くの?
 疑問を抱きながら追いかけて、どのくらいの時間が経過しただろう。
 まるで、時間が止まっているような感覚を覚えた。
 動いているのは、自分と、先を行く、もう一人の自分だけのような。
 時の最果て。かつて、Jが暮らしていた自室空間があった場所。
 その場所で、ようやく、もう一人の自分が立ち止まった。
 ハァハァと息を切らし、呼吸を整えながらクレタは顔を上げる。
 こうして、改めて見ると……本当に、そっくりだ。
 全てが同じ。どこにも異なる点はない。自分そのものだ。
 呼吸を整えながら、何て声を掛けようかと思案するクレタ。
 名前を尋ねるべきか、目的を尋ねるべきか、正体を尋ねるべきか。
 何を尋ねても、応じてはくれない。そんな気はしたけれど、黙っているわけにもいかない。
 感じたんだ。きみは、何かを伝えるために僕の前に現れた。
 何を伝えようとしているの? きみのこと、教えてよ。
 何もかも全てを、あらいざらい教えて欲しいだなんて言わないから。
 きみの目的。僕を手招いた、その理由だけで構わないから、教えて。
 途切れ途切れに声を掛けたクレタ。
 すると、もう一人のクレタは、ソファに腰を下ろしてポンポンと隣を叩く。
 Jと並んで腰掛けた、何度も腰掛けたソファ。
 座れということか。クレタは従い、隣に腰を下ろす。
 柔らかなソファに身体が埋まる。懐かしい感覚。
 色々なことを思い出す。ここで、Jと過ごした時間を。
 彷彿、記憶。何よりも大切で、消すことなんて出来やしない記憶。
 幸福感に満ちた記憶の中、クレタは、深い眠りに誘われた。
 眠っている場合じゃないのに。話を聞かなくちゃならないのに。
 どうしてだ。どうして、こんなに眠くなるの……。

 *

 研究施設から出て、一週間が経過した、ある日のこと。
 クレタは悟る。無条件に解放されたわけではないことを。
 次から次へと投与される薬。拒むことなんぞ出来ずに、従って、いくつもの薬を喉に落とした。
 副作用で激しい頭痛に襲われる。身体がガクガクと震える。右目が、焼けるように熱い。
 毎夜の副作用。ベッドの上で、身を捩って耐える日々。
 どうして、こんなに辛い思いをするのか。苦しいのは、もう嫌だ。
 逃げられたはずなのに。ここには光があるのに。太陽の光があるのに。
 地下深くで暮らすことを余儀なくされた、あの頃とは違うんだ。
 監視の目もない。僕を阻むものは、何もないはずなのに。
 どうしてかな。どうして……僕は、こうして部屋に篭っているんだろう。
 外に出れば、暖かな光を浴びることが出来るのに。
 欲して止まなかった光を捕まえることが出来るのに。
 どうしてだろう。どうして……暗い部屋に篭っているんだろう。
 夜に出歩くのは、落ち着くから。安心するから。
 暗闇に、自分の身体が溶けていくようで。一体化するようで。
 誰にも見つからない。そう思ったから。
 どうしてだろう。どうして……閉じこもることを選ぶんだろう。
 逃げ出すことだって出来るはずなのに。何もかもを捨てて、逃げることも出来るのに。
 どうして、僕は、こうして今も飼われ続けているんだろう。
 自由になりたいと思っていたのに。冷たい空間で、何度も願ったのに。
 どうしてかな。追われるのが、怖いのかな。
 勇気がないだけなのかな。それとも、逃げることすら諦めたのかな。
 篭ることを選ぶのは……どうしてだろう。
 僕の本当の望みは、何なんだろう。
 不思議なんだ。不思議と……安心している自分がいるんだ。
 外には、楽しいものや綺麗なものが、数え切れないほど沢山あるのに。
 それらを見聞きすることよりも、こうして部屋に一人でいるほうが安心するんだ。
 慣れてしまったのかな。一人でいることに。暗闇で暮らすことに。
 ただの理想なのかな。実際に叶えたいだとか叶えようだとかは思わなくて。
 ただ単に、夢見ているだけなのかな。自由になりたいと。
 何もかもを捨てて、自由になる。そんな自分を想像して満足しているだけなのかな。
 自由になんて……なれないんだからって。そう、悟っているのかな。
 僕は、この先どうなっていくんだろう。このまま、飼われ続けていくのかな。
 美味しくなくて痛いだけの薬を、御飯代わりに毎朝毎晩飲み続けて。
 昼間は苦しみに耐えて。夜になったら、月を見て。
 この生活が、いつまでも続くのかな。
 僕って、何なんだろう。
 どこから来て、どこへ行くんだろう。
 選択肢なんて……初めから、なかったんだろうか。
 飼われることで安心するんだと、そう言い聞かせているだけなんだろうか。
 何ひとつ自分の力でこなすことが出来ない。一人じゃ何も出来ない。
 そんな自分を認めたくないだけなのかもしれない。
 ねぇ、自由って何かな。自由って……どういうことなの?

 自由って、何?

 じゆうって、なに?

 ジユウッテ、ナニ?

 頭の中に、何度も響く問い掛け。それは、自問自答?
 わからないよ。そんなこと、いくら尋ねられても、考えても答えなんて見つからない。
 どんなに訊かれても、応えることなんて出来ないから。もう、止めて。聞きたくないよ。
 きみが求めている言葉。僕には、返すことが出来ないよ。
 どんなに求められても、応じることなんて出来ないんだ。
 だって、理解らないから。だから、もう止めて。聞かないで。
 教えて欲しいのは、僕の方だ。ねぇ、どうして笑ってるの。
 本当は、知っているんじゃないの。きみは、知ってて尋ねてるんじゃないの。
 教えてよ。知っているなら、僕に教えてよ。ねぇ、自由って何―?
「クレタ」
「…ゆう…って、何?」
「クレタ」
「…………」
「クレタっ」
 パチンと頬を叩かれて、目を覚ます。パチリと目を見開いてクレタは硬直した。
 目の前には、心配そうな顔で覗き込むヒヨリ。近い。今にも、触れ合ってしまいそうなほどに。
「!」
 そこで、ようやく我に返ったクレタは、少々大袈裟に後退した。
 ソファの背もたれに背中を強く打ちつけ、更に目が冴える。
 眠っていたのか。気を失っていたのか。自分は、どうなっていたのだろう。
 もう一人の自分は、いない。辺りを見回しても、どこにもいない。
 気配すら感じない。どこへ行ってしまったんだろう。
 キョロキョロと見回すクレタに、ヒヨリは首を傾げて尋ねた。
「どうした?」
「うん……」
「何だって、こんなところにいるんだ、お前は。一人で出歩くなって言ったろ」
「うん……」
 もう一人の自分を追いかけて来たんだ。そう告げるべきだったのかもしれない。
 ありのままの事実を伝えるべきだったのかもしれない。
 だが、クレタは敢えて口を噤んだ。何故かは理解らないけれど。
 話すべきではない。話しちゃいけない。そんな気がした。
 不安そうな顔で覗き込むヒヨリを見やって、クレタは尋ね返す。
「ヒヨリ……。研究施設の話、覚えてる……?」
「ん? あぁ、覚えてるよ。忘れるわけねぇだろ」
 時の迷い子を発見して、在るべき場所に還してあげたことがあった。
 あの日、還した女の子は僕の友達。僕の、初めての友達。
 あの子と僕が一緒に暮らしていた場所。地下深くの研究施設。
 そこから出て、地上で暮らすようになった。僕だけ。
 地上で暮らすようになって、一週間が経過した頃、毎夜の自問自答。
 答えの見つからない自問自答を繰り返していた僕の姿、背中。
 出来るだけ、客観的な意見が欲しいんだ。
 どうして今、あの時のことを問われたのか。
 あの時の選択を問われたのか。あの時の自分を見せられたのか。
 もう一人の僕が、何を伝えようとしているのか、理解らなくて……。
 自分にそっくりな人物を追いかけて来たことは、うまく誤魔化して、
 クレタは客観的な意見だけを求める質問の台詞を吐いた。
 その質問に対して、ヒヨリは苦笑しながら返す。
「珍しいな。過去に意見を求めるなんて」
 過ぎたことを、どんなに気にしても仕方ない。
 何度も教えたはずだ。時間は、取り返しのつかないもの。
 どんなに悔やんでも、戻ることなんて出来やしない。
 覚えてるか? お前、俺に言っただろう。
 時間について、どう思う? って尋ねた時、お前は言った。
 僕は、時間に無関心だから。って。
 この先、自分がどうなっていくのか、どう在るべきなのか。
 そんなことは、どうでも良いんだって。お前は、そう言ったんだ。
 それを間違いだなんて、俺は言わなかっただろ? 寧ろ、正解だと思ったよ。
 気にしたところで、何にもなりゃしないんだ。時間なんて、あってないようなものなんだから。
 心配になるから、らしくないことを口にするなと笑うヒヨリ。
 確かに、ヒヨリの言う通りだ。僕は……時間に無関心だった。
 どうでもいいって思ってた、はずなんだ。でも、見せられた記憶の中、僕は考えてた。
 この先、どうなっていくんだろうって。自分の未来を考えていたんだ。
 本当は、どうでも良いだなんて思っていない。
 それを……理解させようとしたの?


 自由って、何?

 じゆうって、なに?

 ジユウッテ、ナニ?

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 カムヒア 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.19 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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