■HAL■
藤森イズノ |
【7192】【白樺・雪穂】【学生・専門魔術師】 |
東京都渋谷区。
ここは、いつでも賑やかで活気に満ちている。
が、人が集まる場所では、トラブルが絶えない。
まぁ、そんなトラブルも、魅力の一つではあるけれど。
とりあえず、目的の店に急ごう。予約しているから、焦る必要はないけれど。
道行く人の合間を器用に縫って、目的地へと赴く。
何の変哲もない平和な日曜日。少し退屈な日曜日。
今日も、そのはずだった。
「あ。キミ、ちょっと良いかな?」
「…………」
「少しだけ。ほんの少しだけ、お話聞いて?」
「…………」
「すぐ終わるから。ほんとに」
「…………」
あぁ、これも街の醍醐味。トラブルの一つ。
どうしてこう、キャッチってのは、しつこいんだろう。
前々から思っていたけれど、この職に就く人って、
普段から、しつこいんだろうか。そういう性格なんだろうか。
掛かる声を、ひたすら無視し続けて歩く。
しばらく歩けば諦めて、ターゲットを変える。
そう、いつもなら、これで回避できたんだ。
「待ってってば。逃がさないぞ」
「…………」
見上げた根性だ。キャッチセールスマンの鏡とでも言ってやろうか。
声を掛け続けていた男は、ズイッと身を乗り出して進路を塞いだ。
そこまで言うなら、少しだけ……だなんて、言うはずがない。
「急いでるんで」
少々睨み付けて、どいてくれと訴える。
不本意だが、目に映り込む男の姿。
銀の短髪に眼鏡。まぁ、見た感じは普通の男だ。
睨み付けたにも関わらず、男は退かなかった。
「はい、これ」
「…………」
「よければ、来てね。じゃ、また」
「は? ちょ……」
どのくらい、時間を潰されてしまうんだろう。そう示唆していたのに。
男は、黒いフライヤーを手渡すだけで、さっさと立ち去ってしまった。
目で追えば、男は既に別の人物に声を掛けている。
正直、拍子抜けだ。こんなキャッチもあるのか。
もしや、新手か。あっさりした態度で、逆に興味を引くという……。
斬新かもしれないけれど、そう易々と引っかかるものか。
溜息混じりで、渡されたフライヤーをクシャリと……潰そうとしたのだが。
記されていた事柄が、あまりにも妙で。うっかり立ち止まり、見やってしまった。
--------------------------------------------
INFORMATION / 生徒募集中
--------------------------------------------
HAL入学・在籍生徒を募集しています。
年齢性別不問。大切なのは、向学心!
不定期入学試験を、本日実施しております。
--------------------------------------------
試験会場 / HAL本校1F会議室
試験開始 / 15時30分
--------------------------------------------
試験進行は、以下の通り実施致します。
15時35分〜 / 学力審査
16時15分〜 / 面接試験
17時30分〜 / 合格発表
--------------------------------------------
以下の受験資格を満たした状態で御来校下さい。
--------------------------------------------
・特技がある(面接試験にて拝見致します)
・深夜0時以降の活動が可能な人
--------------------------------------------
HAL本校までの道程は地図を御参照下さい。
お友達と御一緒の受験も歓迎致します。
試験開始時刻までに、HAL本校へ。
--------------------------------------------
「…………」
噂には聞いていた。この辺りに、妙な学校があると。
確かに、これはかなり怪しい。特に、この受験資格。
深夜0時以降の活動が可能な人、って……。
意味が理解らない。授業開始が深夜なのか?
隅々まで目を通せど、その辺りの説明は見当たらない。
こんな、あからさまに怪しい学校……受験する人なんているんだろうか。
そんなことを考えながら、フライヤーを見やって首を傾げる内、周りの異変に気付く。
「…………」
自分が持っている、このフライヤーと同一の物を持った人々が、
ゾロゾロと同じ方向へ向かって歩いていくではないか。
目を落として見やれば、彼等の足取りは、地図通り。
あれ……。まさか……これ、全員、受験者?
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HAL
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東京都渋谷区。
ここは、いつでも賑やかで活気に満ちている。
が、人が集まる場所では、トラブルが絶えない。
まぁ、そんなトラブルも、魅力の一つではあるけれど。
とりあえず、目的の店に急ごう。予約しているから、焦る必要はないけれど。
道行く人の合間を器用に縫って、目的地へと赴く。
何の変哲もない平和な日曜日。少し退屈な日曜日。
今日も、そのはずだった。
「あ。キミ、ちょっと良いかな?」
「…………」
「少しだけ。ほんの少しだけ、お話聞いて?」
「…………」
「すぐ終わるから。ほんとに」
「…………」
あぁ、これも街の醍醐味。トラブルの一つ。
どうしてこう、キャッチってのは、しつこいんだろう。
前々から思っていたけれど、この職に就く人って、
普段から、しつこいんだろうか。そういう性格なんだろうか。
掛かる声を、ひたすら無視し続けて歩く。
しばらく歩けば諦めて、ターゲットを変える。
そう、いつもなら、これで回避できたんだ。
「待ってってば。逃がさないぞ」
「…………」
見上げた根性だ。キャッチセールスマンの鏡とでも言ってやろうか。
声を掛け続けていた男は、ズイッと身を乗り出して進路を塞いだ。
そこまで言うなら、少しだけ……だなんて、言うはずがない。
「急いでるんで」
少々睨み付けて、どいてくれと訴える。
不本意だが、目に映り込む男の姿。
銀の短髪に眼鏡。まぁ、見た感じは普通の男だ。
睨み付けたにも関わらず、男は退かなかった。
「はい、これ」
「…………」
「よければ、来てね。じゃ、また」
「は? ちょ……」
どのくらい、時間を潰されてしまうんだろう。そう示唆していたのに。
男は、黒いフライヤーを手渡すだけで、さっさと立ち去ってしまった。
目で追えば、男は既に別の人物に声を掛けている。
正直、拍子抜けだ。こんなキャッチもあるのか。
もしや、新手か。あっさりした態度で、逆に興味を引くという……。
斬新かもしれないけれど、そう易々と引っかかるものか。
溜息混じりで、渡されたフライヤーをクシャリと……潰そうとしたのだが。
記されていた事柄が、あまりにも妙で。うっかり立ち止まり、見やってしまった。
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INFORMATION / 生徒募集中
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HAL入学・在籍生徒を募集しています。
年齢性別不問。大切なのは、向学心!
不定期入学試験を、本日実施しております。
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試験会場 / HAL本校1F会議室
試験開始 / 15時30分
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試験進行は、以下の通り実施致します。
15時35分〜 / 学力審査
16時15分〜 / 面接試験
17時30分〜 / 合格発表
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以下の受験資格を満たした状態で御来校下さい。
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・特技がある(面接試験にて拝見致します)
・深夜0時以降の活動が可能な人
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HAL本校までの道程は地図を御参照下さい。
お友達と御一緒の受験も歓迎致します。
試験開始時刻までに、HAL本校へ。
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「…………」
噂には聞いていた。この辺りに、妙な学校があると。
確かに、これはかなり怪しい。特に、この受験資格。
深夜0時以降の活動が可能な人、って……。
意味が理解らない。授業開始が深夜なのか?
隅々まで目を通せど、その辺りの説明は見当たらない。
こんな、あからさまに怪しい学校……受験する人なんているんだろうか。
そんなことを考えながら、フライヤーを見やって首を傾げる内、周りの異変に気付く。
「…………」
自分が持っている、このフライヤーと同一の物を持った人々が、
ゾロゾロと同じ方向へ向かって歩いていくではないか。
目を落として見やれば、彼等の足取りは、地図通り。
あれ……。まさか……これ、全員、受験者?
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「何だかよく理解らないけれど……楽しそうよね」
「ほんとだね〜♪ 面白そう♪」
「受けるだけなら……良いわよね?」
「うんうん♪ やってみよ〜」
好奇心がチラチラと垣間見える夏穂と、好奇心全快の雪穂。
双子の姉妹は、フライヤーを手に試験会場へと赴く。
何度か通りかかったことはあるけれど、中に入るのは始めてだ。
へぇ、こんな感じだったのね……。何ていうか、おしゃれな雰囲気。嫌いじゃないわ。
何か、美味しそうな匂いがするね。あっちから匂うよ。行ってみようよ〜。
駄目よ。試験を受けに来たんだから、先に済ませてからにしましょう。
あぁ、そうか。それもそうだね〜。で、試験会場はどこなのかなぁ。
えぇとね……地図を見るからには、この廊下を真っ直ぐ行って……。
フライヤーに記された地図を確認しつつ、試験会場へと急ぐ二人。
そんな二人に、背後から声が掛かる。
「こら、きみたち」
「……はい?」
「なに〜?」
振り返れば、そこにはヒゲモジャのオジサンがいた。
この学校の関係者であることは間違いなさそうだが、何だか汚らしいオジサンだ。
何の用ですか、急いでいるんですが、と丁寧に伝える夏穂。オジサンは言った。
「試験には、ペットの持ち込みは禁止だよ」
「ペット……?」
「何を惚けているのかね。きみたちの肩に乗っているじゃないか」
腕を組み、フンフンと鼻息を荒くしながら言ったオジサン。
オジサンが言っているペットとは、彼女らの傍を片時も離れない存在。護獣だ。
普通の人には見えないはずなんだけど。やっぱり、変ね、この学校。
とりあえずさ、この場を凌げればイイわけでしょ〜? それならさぁ、ごにょごにょ……。
ヒソヒソ話をしながら、何かを企てている二人。
オジサンは腕を組んだまま、ジッと二人を睨みつけている。
そんなオジサンにニコッと微笑みを向け、二人は言った。
「ペットじゃなくて、ぬいぐるみです」
「そ〜だよ。可愛いでしょ〜」
「何? しかし、瞬きしているではないか」
「すっごい、ハイテクノロジィなの。最近って凄いんだから〜。あっはは♪」
「あ、こら。ちょっと待ちたまえ。きみたち!」
大勢の人に紛れ込んで難を逃れた二人。
ちょっと強引だったかもしれないわね、と夏穂は笑う。
雪穂は、その場しのぎなんて、あんな感じで十分だよ〜と笑った。
確かに。他にも妙な物体を持っていたり連れ歩いている人物は沢山いる。
夏穂と雪穂に執着している暇は、オジサンにはないのだ。
謎の学校『HAL』
その1階にある会議室にて、第一の試験が執り行われた。
とりあえずは筆記試験。夏穂と雪穂は、少し離れた席に着席している。
本当は隣同士でありたかったけれど、席が空いていなかったから仕方ない。
机の上に置かれた問題用紙と解答用紙。そっと触れてみると、妙な感触。
(……普通の紙じゃないみたいね。何で出来てるのかしら)
キョトンと首を傾げている夏穂。雪穂は、大きな欠伸をしている。
「わかっていると思うけど、カンニングは厳禁よ。フェアにいきましょうね」
クスクス笑いながら、教壇に砂時計のようなものを置いた女性。
おそらく、この学校で教鞭を執っている教師だろう。
教師にしては、やたらと色っぽいけれど。生徒に人気がありそうだ。
「それじゃあ、開始。頑張ってね」
女教師がパンと手を叩くと、教壇の上に乗せられた砂時計の砂がサラサラと落ち始めた。
筆記試験開始。受験者達は、一斉に問題と向き合う。
出題されるのは、何のことはない、中学卒業程度の学力が問われるものだ。
だが、受験者の中には、見るからに小学生か、それ以下かという者もいる。
そういう受験者にとっては、かなり難しい内容となるだろう。
かくいう夏穂と雪穂も、年齢は12歳。小学生に該当する年齢だ。
だが、心配には及ばない。何故なら、彼女らは凄まじい頭脳を持ち合わせているから。
特に夏穂に至っては、拍子抜けしてしまうほど簡単な問題ばかりだ。
スラスラと解いていき、解答用紙は、あっという間に埋まってしまう。
……こんなものなのかしら。もう少し楽しめるかと思ったんだけど。
少し残念そうにペンを置いてフゥと息を吐き落とす夏穂。
雪穂は、クルクルとペンを回しながら、まだ問題と向き合っている。
できるところからやってこ〜。時間があれば徹底的に、ってね〜。
夏穂ほどスラスラと解けるわけではないが、それも仕様だ。
雪穂は、問題と向き合うことに楽しみを覚えている。
答えは直感のようなもので、すぐに理解るけれど、
その解答に辿り着くまでの過程に妥協しない。
(雪ちゃん、大丈夫かしら)
心配そうに、机に頬杖をついて雪穂を見やる夏穂。
その眼差しを背中に感じた雪穂は、クスクス笑いながら、
夏穂にバッチリ見える形で『ピースサイン』を向けた。
良かった。大丈夫みたいね。まぁ、雪ちゃんなら楽勝でしょうけど。
安心した夏穂は、頬杖を付いたままクスクスと笑い返した。
静まり返った試験会場に響く二人の笑い声。
受験者の多くは、二人が自信たっぷりなのだと思ったようだ。
全員のペンの走る音が、先程よりも早く荒くなったような気がする。
筆記試験の後は面接。
会議室を出て、二人は案内に従い面接会場である2階の図書室へとやって来た。
扉の前は、受験者でごった返している。混雑を嫌う二人は、離れた場所で膝を抱えて並び座っていた。
面接って、どんな御話するのかしら。ちょっとワクワクするわね。
僕、敬語苦手だからな〜。普通に喋ったら怒られるかなぁ〜?
笑いながら会話していると、二人の名前が同時にコールされる。
二人は慌てて立ち上がり、いそいそと図書室へと踏み入る。
一般的に、面接にはルールというものがある。暗黙のそれだ。
扉を開けたら、頭を下げて「失礼します」を言わねばならないとか、
面接官が、どうぞと言うまでは着席してはいけないだとか。
だが、夏穂と雪穂は面接初体験だ。面接というものが、どういうものなのかも詳しくは知らない。
入室して早々に、二人はトコトコと歩いて、躊躇うことなくチョコンと着席。
お行儀良く座ってはいるものの、二人の行動は異端なものだった。
書類を見やりながら、クックッと肩を揺らして笑う男。
この人物は試験官であり、また、先程の女性同様に教鞭を執る教師なのだろう。
教師にしては、随分と自由な形(なり)をしている。黒い帽子に、黒い爪。小奇麗な顔。
キャーキャー言われるバンドに在籍していそうな印象を受ける。在籍していても、何ら不思議じゃない。
試験官の男は、二人を見やって言った。
「じゃあ、特技を見せてくれるかな。可愛らしいお嬢様がた」
特技、と言われて二人は顔を見合わせる。特技……どうすれば良いのだろう。
要するに、能力ってことだろうか。それならば容易いけれど。
ん〜。特技かぁ。どれが特技ってグループに入るのかなぁ。僕、わかんない―
むむぅと顔をしかめて考えていた雪穂。その時、突如、彼女が持つカードから、妙な人物が二人出現した。
一方は見るからに気の強そうな女性。もう一方は、見るからに可憐な女性。
カードから飛び出した、この二人は雪穂の内に眠る別の人格だ。
普段は、雪穂が指示しない限り出てこないのだが。
特技を見せろ、と本体が言われていることを聞いた為に出てきたのだろう。
自分達を見せるのが、一番手っ取り早いではないかと言わんばかりに。
「も〜。何で勝手に出てくるのさ〜。最近、言うこときかないよねぇ、きみたち〜」
苦笑しながら、飛び出した人格をカードに戻す雪穂。
試験官は、笑いながら書類に何かを書きとめて夏穂に尋ねた。
「はい、オーケー。君は?」
「えぇと……」
今のでオーケーなのね。やっぱり、能力を見せると捉えて間違いないのね。
うん、と頷くものの、さて、どうしようか。どれを見せるべきか。
見せられる能力は数え切れぬほどあるけれど、中には危険なものもある。
試験を滅茶苦茶にしてしまいかねないようなものは遠慮するとして。そうなると……。
考えている夏穂を見かね、雪穂は笑いながら、手元にナイフを出現させた。
そして、何を思ったか、自分の腕をスパンとナイフで切り裂く。
バタバタと零れ滴る血液。突然の行為に、試験官も驚いている御様子。
「はい。いいよ、夏ちゃん」
ニコリと笑って促した雪穂。
夏穂は、ありがとうと微笑みながら、深く傷付いた雪穂の腕にそっと触れた。
すると、あら不思議。傷が、塞がっていくではないか。
最終的には、何事もなかったかのように、雪穂の腕は元通りになった。
治癒能力に長けている。それを明らかにする行為だった。
「じゃじゃ〜ん♪ すっごいでしょ〜。夏ちゃんは天才なのですよ♪」
元通りになった腕を見せびらかしながら笑う雪穂。夏穂は照れ臭そうに微笑んだ。
暫しの沈黙の後、試験官は、神妙な面持ちでウンと頷き、
書類に何かを書きとめ、ポンポンとスタンプを押して言った。
「はい。二人ともオーケー。結果発表は17時半からだから、それまで適当にブラブラしててね」
数えきれぬほど受験者がいるのに、即日発表とは。かなり大変なのではなかろうか。
そんな余計な不安を抱きつつ、夏穂と雪穂は中庭で合格発表を待った。
寝そべって、護獣たちと戯れ遊ぶ雪穂。その隣で、夏穂はタロット占いをしている。
特に深い意味はないけれど、何となく気になった。この先、自分達がどんな道を歩むのか。
タロットカードを一枚ずつ捲りながら、神妙な面持ちを浮かべている夏穂。
と、そこへ、騒々しい声が聞こえてきた。その声は、次第に近付いてくる。
何だろう、と二人が顔を上げた瞬間。
「あっははははは! ダラしねーな! 老化? 老化ゲンショーってやつじゃねー!?」
物凄いスピードで、見知らぬ少年が通り過ぎた。
その勢いで、夏穂が並べたタロットカードがバラバラになってしまう。
夏ちゃん、せっかく楽しそうに占いしてたのに、邪魔した……。
雪穂はムッとした表情を浮かべ、ケラケラと笑っている少年の腕をガシッと掴んで睨み付ける。
「む。何だよ。見ない顔だなー。誰だ、お前」
「謝んなよっ」
「ん? 何で? 誰に?」
「夏ちゃんにっ!」
ピシッと夏穂を指差して訴えた雪穂。
バラバラになったカードに囲まれるようにしてキョトンとしている夏穂。
何となく、事態を把握した少年は、ポリポリと頬を掻きながら夏穂に歩み寄り、
しゃがみこんで、彼女の顔を覗き込むようにして言った。
「えーと。よくわかんないけど、ごめんな」
「別に……良いわ。ほとんど理解ったし」
「ふーん。で、何? これ、お前さ、何やってたの?」
「タロット占い」
「占い!? へー! お前、占い師?」
「そういうわけじゃないけど……」
少年に少々押され気味の夏穂。馴れ馴れしい少年の態度に、雪穂は更にムッとした。
「ちょっと、何なの、きみっ。慣れ慣れしいよぅ。夏ちゃんから離れろ〜」
「痛い痛い痛い痛い! 何だよ! 乱暴な女だなー!」
パーカーを掴まれて首がギュッと絞まる。苦しみながらも少年は笑った。
そこへ、ハァハァと息を切らしながら男がやって来る。
眼鏡を掛けた長身の男。見覚えがある。
あぁ、そうだ。フライヤーを配っていた男だ。
眼鏡の男はゼェハァと肩を揺らしながら少年の首根っこを掴む。
「海斗。いい加減にしろ、この馬鹿っ……」
「あっはは! めっちゃゼェゼェ言ってるし! 煙草やめればー?」
「うるさい。いいから、返せ。それ」
「何だよー。わざわざ俺が代わってやるって言ってんのにさー」
「そういうのを余計なお世話って言うんだ。ほら、早く返せ」
少年が持っているファイルのようなものを取り上げようと必死になっている眼鏡の男。
何が何やらわからない夏穂と雪穂は、ただキョトンと二人を見上げていた。
そこへ、少年が問う。
「あ。もしかして、お前たちも受験生?」
「……え、と。そうだけど」
「それが何さ〜」
「お前らの、名前は?」
「……夏穂。白樺 夏穂」
「雪穂だよ〜。白樺 雪穂だよ〜」
二人の名前を聞いて、少年はフムフムと頷きながらファイルに目を通す。
そしてニカッと笑って二人に告げた。
「二人とも合格! グッジョブ!」
「え……?」
キョトンと首を傾げる夏穂と雪穂。
眼鏡の男は苦笑しながら、それは俺の仕事だと言って少年の頭をポコポコ叩いた。
少年が持っているファイルは、とても重要なファイルだ。試験の合格者がファイリングされている。
本来、受験者に合格発表を伝えるのは、担当教師の仕事。
眼鏡の男も、またこの学校で教鞭を執る教師で、彼が今回の受験で合格発表を担当していた。
だが、少年にファイルを奪われたが為に、合格発表に滞りが。
必死になって追いかけていたものの、少年は、まるでサルだ。
なかなか捕まえることができない。追いつくことすらままならなかった。
眼鏡の教師はガッと少年の首根っこを掴みなおして、ファイルを返せと訴える。
だが、少年はスルリと捕獲の手から逃れて、また逃亡。
「あ、こら! 待て!」
再び駆け出して少年を追いかける眼鏡の教師。
逃げながら、少年は夏穂と雪穂に、とあるものを投げ渡した。
二人の手元に落ちたもの。それは、黒いカードだった。
カードには、二人の名前と、よくわからない英数字が刻まれている。
カードの裏には、三日月の絵と…『H・A・L』の文字。
なるほど。学生証……のようなものか。
「でも、良いのかしら。受け取っちゃって」
「イイんじゃない? 合格だってことに間違いはナイみたいだし〜」
「うん……。まぁ、そう、かもね」
*
23時を過ぎたときのことだった。
二人で一緒に絵本を読んでいた夏穂と雪穂。
二人の携帯電話が同時に着信。電話ではない。メールだ。
こんな時間に誰だろう? と首を傾げつつ、受信ボックスを開く二人。
二人に届いたメールは同一のものだった。差出人のメールアドレスは『 hal@crymoon 』
合格した学校『HAL』から送られてきたものだった。
メールには、こう書かれていた。
=============================================================
Ms.Crescent
=============================================================
合格おめでとう。
0時に再登校して下さい。遅刻は厳禁です。
なお、本メール受信後10分以内に、
希望クラス(A〜C)を返信して下さい。
返信の際は、メールの末尾に御名前と学生コードを記載すること。
再登校後は、返信した希望クラスの教室で待機して下さい。
=============================================================
メールを読み終えて、夏穂と雪穂は顔を見合わせる。
アドレス……どこかで書いたかしら。
ううん。書いた覚えはないよ〜。っていうか、書く作業って筆記試験だけだったよ〜。
疑問には思っていたのだ。合格だと言われ、学生証のようなものも受け取ったけれど、
それ以降は何の説明もなかった。どうすれば良いのか、何も教えられない状態。
合格したものの、これでは通うことが出来ないのではないかと二人は思っていた。
とりあえず、明日の朝、もう一度登校してみようということで話は纏まっていたのだが。
そういえば、受験のキッカケになったフライヤーにも書かれていた。
受験条件のところに、はっきりと。『0時以降の活動が可能な人』とか何とか……。
一体、どういうことだろう。授業は夜なのだろうか。
様々な疑問を抱きつつも、二人はメールの指示通りに返信を送った。
学生コードというものが何のことなのか理解らなかったけれど、
おそらく、学生証に記載されている英数字が、それなのだろうと判断し打ち込む。
クラスは……特に何を考えたわけでもない。どこを選んでも大差はないだろうと思った。
故に、夏穂も雪穂も、希望クラスは『A』だ。二人が一緒なのは当然のことだし。
指示通り、0時になる10分ほど前に再登校した二人。
到着するや否や、二人はキョロキョロと辺りを見回した。
自分たちと同じように、今日合格したばかりの人もたくさんいる。
けれど、そうではなさそうな人も沢山いる。違いは明白だ。
合格したての人は、自分たちと同じようにキョロキョロしている。
そうではなさそうな人は、みんな好き勝手に動き回っている。
キャッキャと楽しそうにお喋りしている女の子たちもいれば、
一人で本を読んでいる子もいれば、大騒ぎしている男の子たちも……。
やはり、この学校は夜に授業があるのだろうかと二人は思った。
メールで返信したとおりのクラス、Aクラスへと向かう二人。
教室までの道は、とてもわかりやすかった。
入学者たちへの配慮だろう。そこらじゅうに、矢印看板とお知らせが置かれていたのだ。
教室へと入り、二人で隅っこの席に着席して沈黙する夏穂と雪穂。
緊張なんて、滅多にしないのだけれど。知らない人ばかりで、馴染めない。
小説や漫画で目にする『転校生』とは、こんな心境なのだろうか……。
などと考えていると。
バコッ―
「きゃ!?」
「うわっ!?」
二人が座る席、その間をサッカーボールが抜けていった。
壁に衝突し、テンテンと床を跳ねるサッカーボール。
突然のことにキョトンとしつつ、二人は顔を上げて―
「あっ」
「悪ィ、悪ィ。俺としたことがコントロールミス……って、あれっ!?」
夕方、遭遇した少年だ。タロットカードをバラバラにして、二人に合格を告げて、
ガーッと来て、ガーッと去って行った、あの嵐のような少年だ。
「何で、きみがここにいるのさ〜?」
「何でって、そりゃー。俺、このクラスだし」
「えぇ〜〜〜〜〜」
「何だよ! シツレーな奴だな!」
不愉快そうな顔をしている雪穂にケラケラと笑う少年。
夏穂は、雪穂のように大袈裟に驚くこともしなければ、不愉快そうな顔もしない。
寧ろ、ホッとしていたりもする。嬉しいだとか、そういうことではない。
自分のタロット占いの精度が落ちていないことに対する安堵だ。
嬉しそうに微笑んでいる夏穂の顔を覗き込み、少年は言った。
「さっきも思ったんだけどさ。お前は、おとなしーのな?」
「……そうかしら」
「同じ顔してんのに、全然違うな。おもしろっ!」
ケラケラと笑いながら、サッカーボールを足元で弄んでいる少年。
天真爛漫というか、落ち着きがないというか……。とにかく、騒々しい少年だ。
彼がクラスメートになるのか、と雪穂は少々ゲンナリ気味。夏穂は、ほんのりと楽しそうだ。
少年は笑いながら、今更だけど、と名乗る。
彼の名前は、海斗というらしい。
さっき、追いかけていた眼鏡の教師が口にしていたから、何となく理解っているけれど。
うん、と頷いた夏穂。海斗は、夏穂の顔を更に覗き込んで言った。
「気のせいかもしんないだけどさー。お前、前に会ったことない? どっかで」
「え……?」
「なーんかなー。どっかで会ったよーな気がするんだよなー」
「…………」
そんなこと急に言われても困る。夏穂は、どうすれば良いのか理解らずに雪穂へ助けを求めた。
馴れ馴れしい海斗の態度に、雪穂は『ぷっちん』寸前だ。(※ぷっちん=ぷっつん:雪穂語の一つ)
また腕をガシッと掴んで、離れなさいと叫ぼうとした。のだが。
コンッ―
「痛っ!!」
とても可愛らしく間抜けな音が教室に響き渡った。
頭を摩りながら振り返ると、そこには眼鏡の教師。
眼鏡の教師は、教壇にファイルを置いて苦笑しながら言った。
「海斗。ナンパにしては、手が古いな」
「ナンパじゃねーし!」
「はいはい。いいから、座れ」
「つか、魔石投げるなよな! 体罰で訴えるぞ!」
「はいはい。いいから、座れ」
シンと静まり返る教室。眼鏡の教師と海斗の遣り取りに笑いを堪えている者も数名いるようだが。
眼鏡の教師はニコリと微笑み、生徒達へ挨拶と諸事情を説明する。
はい、ようこそ。いらっしゃいませ、新入生。
で、今日も元気そうだな、お馴染みメンバー。特に海斗。
このクラスの担任、赤坂 藤二です。ちなみに、独身ね。恋人募集中。
「いーから、さっさと進めろよー。エロ教師ぃー」
はい、そこ、うるさい。そういう合いの手は要らないですから。自重せよ。
えーと。まぁ、何というか。皆、よろしく。勉強は勿論のこと、ハントも頑張るように。
「先生。新入生にハントの説明をして下さい」
あ、そうか。すまんすまん。忘れてた。
えぇとな。説明なぁ、面倒くさいんだよな、毎度のことながら。
というわけで、簡潔に行くぞー。はい、みんな、黒板に注目〜。
この学校『HAL』は、表向きは普通の学校だ。
とはいえ、受ける授業は一般的なものじゃない。
数学〜とか、物理〜とか、古典〜とか、英語〜とか、そういう授業は一切ナシ。
きみたちが学ぶのは、主に魔法に関与する事柄だ。精神学的なものとか、技術が問われるような授業も中には、ある。
とまぁ、そんな感じで。昼間は、魔法に関する お勉強に専念して頂きます。
で、夜だな。こっちが重要なんだ。今、きみたちがここにいる時間帯。
深夜0時を過ぎた瞬間、この学校の本質がクルッと180度、大回転します。
「先生。180度に、大回転は相応しくないと思います」
……いいから。そういう細かいことは、心の中だけでツッこんどいてくれ。
えー。それで、どこまで話したっけ。あぁ、そうそう。0時に本質が変わるって所な。
きみたちの肩書きも、学生から『ハンター』に変わる。
まぁ、この響きからして何となく察せるだろうけれど、
0時を過ぎたら、きみたちの仕事は勉強ではなくハントになる。
難しく考える必要はないぞ。要するに、正義のヒーローになるってことだ。
仕事は、まぁ色々あるけれど、メインになるのは『スタッカート』の排除だな。
スタッカートについては、明日の授業で他の先生が説明してくれるので、ちゃんと聞いておくように。
「仕事しろよー。給料泥棒エロ教師ぃー」
「そうだそうだー」
今、余計な合いの手入れた奴。全員、廊下に立ってろ。逆立ちして立ってろ。
とまぁ、そんな感じだな。じゃあ、次〜。魔石による、着属を実施するぞ〜。
新入学生は挙手して〜。はい、はい、えーと。13人ね。……今回は豊作だな。うん。
はい、じゃあ、新入生。今、手元にいった石をギュッと握って〜。
何も余計なことは考えるなよ。握った? 握ったら、そのまま目を閉じる〜。
はい、そのまま。10秒待機。
一体何なのか。自分達は何をやらされているのか。
夏穂と雪穂は目を閉じつつも首を傾げた。
そして10秒後。
パチンッ―
「!!」
手の中で石が弾けた。ちょっとだけ痛い……。
驚いている様子の新入生に笑いつつ、藤二は言った。
はい、オッケー。じゃあ、手を開いて。石を確認。どうなってる? はい、じゃあ、そこの人形さんみたいな子。
ビシッとタクトで示されて、思わず背筋を正した雪穂。
雪穂は、手の中にある石を確認し、ありのままを伝えた。
「えっとね〜。真っ黒になってる〜」
はい、オッケー。その時点で、きみたちには魔法の力が備わった。
どんな魔法が使えるようになったかは、明日以降に嫌でも理解るだろうから、無闇に外に出さないこと。
ちなみに〜。今、宿った魔法の力には能力規制がかかるぞ〜。朝8時まで。
これを過ぎたら、能力は封印されるからな。どう足掻いても外には出せません。
……まぁ、中には、お構いなしに発動できる優等生も少なからずいるだろうけど。
とまぁ、こんなところだな。じゃ、今日はここまで。
新入生は、大人しくお家に帰るように。
ノット新入生は、いつもどおり、イイ仕事して帰って来い。以上〜。解散っ。
ガタガタと席を立ち、教室を出て行く生徒達。
夏穂と雪穂は、真っ黒になった魔石というものをジッと見つめた。
よくわからないけど……楽しそう。良い退屈凌ぎになりそう。
面倒なこともあるだろうけれど、それもまた楽しそう。
二人で、ゆっくりと家で過ごすことしかしてこなかった二人は、とてもワクワクしている。
嬉しそうに微笑んでいる二人に歩み寄り、声を掛ける人物がいた。
長く青い髪を両サイドで束ねた、小柄で可愛らしい女の子だ。
さきほど、藤二の説明の最中にクールなツッこみを入れていた子である。
女の子は淡く微笑み、夏穂と雪穂に手を差し伸べて言った。
「よろしくね。私は、梨乃。何か、わからないことがあったら何でも聞いて」
握手に応じ、微笑みながら、こちらこそ宜しくと返す二人。
三人が握手と挨拶を交わしている最中、廊下に立たされていた問題児も教室へ戻ってくる。
「海斗の所為で、僕まで怒られたじゃないか」
「はー? 浩太がノッかってきたからだろ。自己責任!」
「評価下がったら、海斗の所為だからね」
「うっせー。優等生的発言すんな。むかつくっ」
「優等生だから。僕は」
「がーーー!!」
まったくもって騒々しいクラスメートもいるけれど。
それもまた、楽しい要因の一つになる……かな?
夏穂と雪穂は、顔を見合わせてクスクスと笑った。
不機嫌な半月に喜びを。
高慢な満月に粛清を。
戸惑いの三日月に救いの手を。
ようこそ、いらっしゃいませ。HALへ。
全ては、クレセントの仰せのままに。
全ては、クレセントの導きのままに。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7192 / 白樺・雪穂 / ♀ / 12歳 / 学生・専門魔術師
7182 / 白樺・夏穂 / ♀ / 12歳 / 学生・スナイパー
NPC / 海斗 / ♂ / 19歳 / HAL在籍:生徒
NPC / 梨乃 / ♀ / 19歳 / HAL在籍:生徒
NPC / 浩太 / ♂ / 19歳 / HAL在籍:生徒
NPC / 藤二 / ♂ / 28歳 / HAL在籍:教員
NPC / 千華 / ♀ / 27歳 / HAL在籍:教員
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / HAL在籍:教員
シナリオ『 HAL 』への御参加、ありがとうございます。
お久しぶりです。いらっしゃいませ。また、お会いできて嬉しいです^^
アイテム:学生証を贈呈しました。アイテム欄を御確認下さい。
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.12.21 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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