■ランツォーロ■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
ギルド本部、2階にある研究室で神妙な面持ちを浮かべるナナセとJ。
二人の手元には、紫色の液体が入ったシャーレが大量に……。
その一つを手に取り、揺らしながらナナセは言った。
「駄目みたいね」
テーブルに頬杖をつくJが、相槌を打つように目を伏せて返す。
「やっぱり、直接採取しに行くしかないね」
「そうね……。どうする? 今から行く?」
「勿論。善は急げ、でしょ」
「……急がば回れとも言うけど」
「それは臆病な奴等の言い訳さ」
「そうかしら」
「遠回りして間に合わなかったら、元も子もないでしょ」
「まぁ、確かに。そうね」
「じゃ、行こう。お手をどうぞ?」
「……相手、間違ってるんじゃないかしら」
「ふふ。正解。連れて行っても良いかい?」
「駄目って言っても無駄でしょう?」
「ふふ。それも正解」
「駄目だなんて言わないけど」
「理解ってるよ」
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ランツォーロ
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ギルド本部、2階にある研究室で神妙な面持ちを浮かべるナナセとJ。
二人の手元には、紫色の液体が入ったシャーレが大量に……。
その一つを手に取り、揺らしながらナナセは言った。
「駄目みたいね」
テーブルに頬杖をつくJが、相槌を打つように目を伏せて返す。
「やっぱり、直接採取しに行くしかないね」
「そうね……。どうする? 今から行く?」
「勿論。善は急げ、でしょ」
「……急がば回れとも言うけど」
「それは臆病な奴等の言い訳さ」
「そうかしら」
「遠回りして間に合わなかったら、元も子もないでしょ」
「まぁ、確かに。そうね」
「じゃ、行こう。お手をどうぞ?」
「……相手、間違ってるんじゃないかしら」
「ふふ。正解。連れて行っても良いかい?」
「駄目って言っても無駄でしょう?」
「ふふ。それも正解」
「駄目だなんて言わないけど」
「理解ってるよ」
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二人が何を研究しているのか……僕は知らないけれど。
真剣だってことは、よく理解るよ。最近、研究室に篭ってること多いもんね……。
食事する時間も惜しんでる感じ。身体、大丈夫かなって心配もしてるんだよ。
二人の作業に、僕も混ざれること、嬉しく思う。
何となく……入っていけないような雰囲気だったから。
そうだね、正直なところ……ちょっと寂しかった、かな……。
具体的に何をどうするって御話は、まだ聞いてないけれど、把握してるよ。
遊びに行くんじゃなくて、お手伝いとして一緒に行くんだってこと。
大丈夫。嬉しいけれど、浮かれてなんていないよ。うん、大丈夫……。
浮かれて……いないつもりなんだけど。さすがに、この景色は凄いや……。
見渡す限りに広がる花畑に言葉を失うクレタ。
ナナセとJの研究、その手伝いとして同行することになり、
クレタは二人に付き添う形で、外界『ランツォーロ』へと赴いた。
華の世、と呼ばれるだけあって、素晴らしい景色だ。
季節は、常に春。他の季節は、この世界に存在していないらしい。
春特有の、ほんわかした雰囲気。柔らかな風、花の匂い。
冬の凛とした雰囲気をクレタは一番好むけれど、
その次に好きなのが、この春の雰囲気だ。
つい、ウトウトしてしまって、気が付いたら眠ってしまっていることも多いけれど。
不思議と、睡眠に時間を投じてしまったことを悔やんだりはしないのだ。
やることが沢山ある中で眠ってしまっても、仕方ないと割り切れる。
春の穏やかの雰囲気には敵わない。そう認識しているが故に。
「クレタくん。これ」
「……。あ、うん……?」
「私達が必要としているのは、この花」
「これ……? ……。そこらじゅうに咲いてるけど……」
渡された写真を見やって首を傾げたクレタ。
確かに、渡された写真に写っている花は、嫌というほど確認できる。
今まさにクレタ達が立っている場所にも、数え切れぬほど咲いている。
探すも何も、すぐ終わってしまうではないか。簡単なことではないか。
首を傾げるクレタに、ナナセはクスクス笑いながら補足説明を付け加える。
うん、確かにね。この花自体は、たくさんあるわ。
この花の名前は、ウルルっていうの。可愛い名前でしょう?
でもね、私達が欲しいのは、この『花』じゃなくて。
この花に付いている『葉』なのよ。
よぉく見て。あなたの言うとおり、ウルルは沢山咲いているけれど、
葉が付いているものは……見あたらないでしょう?
だから、余計に大変なのよ。沢山ある中から『当たり』を見つけなきゃならないようなものだから。
それにね、探すだけでも一苦労なんだけど、更に厄介な事情があるの。
この辺りに生息している『パナ』っていう動物の好物なのよ。ウルルの葉は。
滅多に付いていないものだから、パナたちも必死よ。
先に見つけることが出来たら、躊躇うことなく採取しなくちゃ駄目なの。
ボーッとしていたら、あっという間に根こそぎ持っていかれてしまうわ。
ウルルの葉は、完全にランダムで付くし、再生までの時間もランダムなのよ。
取ってすぐに、また同じ花につくこともあるし、凄く時間が掛かることもあるし。
別の花に付くことだって頻繁に起こることだから……大変よ、この作業は。
ちなみに、採取したい葉の数は、そうね。5枚くらいかしら。
「付き合わせて申し訳ないけど……。宜しくね」
「うん……。わかった……」
「じゃあ、手分けして探しましょうか。私は向こうに行くわ。Jは?」
「う〜ん。じゃあ、俺は、あっちに行こうかな」
「クレタくんは、この辺りを御願いね」
「うん……」
三人は一旦離れ、バラバラになって捜索を開始。
長丁場になってしまう可能性を、大いに感じつつ。
別行動となって、一人。花畑の中、ぽーっと立ち尽くすクレタ。
葉を捜さなきゃならない……。
うん、それなら……こうするのが一番良いんじゃないかって。僕は、そう思うから……。
ゆっくりと腰を下ろして、その場に座り込んだクレタ。
咲き誇る花々に溶け込むようにして、微動だにしない。
ナナセやJは、別行動になった途端に、ガサガサと花畑を漁って目的物を探している。
けれど、クレタは、まったく別の手段を取った。
ナナセの説明にあった、パナという動物について。
彼等の好物であるならば、彼等が現れるのを待てば効率良く見つけられるのではないか。
少し悪い言い方をすれば、パナを利用して見つけ出す。そんな手段。
パナは警戒心が強い動物だと、ナナセは説明していた。
それならば、こうして、静かに身を潜めて……彼等が現れるのを待ってみよう。
5枚か……。どうかな、すぐに全部ってわけにはいかないだろうけど……。
二人は、どんな感じで探してるだろう。ナナセは慎重に作業しそうだけれど、
Jは……乱暴に作業しそう……。大丈夫かな……ちょっと心配……。
二人のことを考えつつ、花の中で息を潜めて待つクレタ。
パナは、猫に姿形が似た動物だと聞いた。
可愛いんだろうか。どんな鳴き声なんだろうか。そもそも、鳴くのだろうか。
クレタは、そんなことばかりを考えている。
ナナセとJ。二人と明らかに違う箇所だ。
探すぞ! 見つけるぞ! という意気込みが、クレタにはない。
いや、二人が必要としているものだし、見つけねばとは思っているけれど、
全力で一心不乱に探す、というスタイルではないだけ。
必死になって探すよりも、穏やかな心のまま探すほうが良いに決まってる。
時間は、沢山あるんだし。焦っても、何にもならないはず。
それならば、ゆっくりと。この世界を楽しみつつ探したほうが得というものだ。
ランツォーロの空は、淡い桃色。雲の色は、それよりも少しだけ濃い桃色。
何とも幻想的な空だ。見ていると、吸い込まれてしまいそうな。そんな感覚を覚える。
気分転換したい時とかに、良いかもしれない。一人で来ても大丈夫だろうか。
一人で来るとしたら、先ずジャッジに許可を貰って、それから……。
まったく関係ないことを考えているクレタ。
その、あまりの緊張感のなさ。そして、花の中に自然と溶け込んでいる事実。
故に、あっさりとパナは姿を見せた。寧ろ、クレタの存在に気付いていない状態で。
どこからかピョンと現れたパナ。姿形は、確かに猫にそっくりだ。
けれど、動きは……ウサギに似ている。鼻や耳をピクピクさせる仕草なんて、そのものだ。
キョロキョロと辺りを窺いながら、ウルルの葉にパクリと食いついたパナ。
小さな身体で、大きな葉を食べる。一生懸命に食事を取る、その光景。
美味しそうに食べてる……。どんな味がするんだろう……。
何となく、甘そうな感じはするけど……。実際には、わからないよね。
何だか、この光景……。似てるような気がするかも。
クロのんと遊んでいる時の感覚に……似てるね、うん……。
逆だけどね。クロのんは、大きな身体で小さな花を食べるから。
あれ。そう考えると、本当に良く似てる……。
クロのんは、葉じゃなくて花弁を食べるけど……。
もしかすると、関与してるのかもしれない。
だって、クロのんは、Jの想いが生んだ存在だから。
何度か目にしているパナの姿や習性、好物が反映されたのかも。
Jとナナセって、ここに何度も来ているのかな。そうなんだろうな……。
(……。……可愛い)
愛らしいパナの姿に、思わず微笑んでしまうクレタ。
クスリと笑う、クレタが放ったその音に過剰反応。
慌てて逃げ出そうとしたパナ。クレタは、ゆっくりと立ち上がってパナに歩み寄る。
食事の邪魔して、ごめんね……。全部が欲しいわけじゃないんだ。
僕も、その葉が欲しいんだ。少しだけで良いから、分けてくれないかな。
きみが生きていく為に必要なものだってことは理解っているから。
ほんの少しだけで構わないから。分けて……? ねぇ、この葉って美味しいの? どんな味?
穏やかな心で話しかけるクレタ。その優しい瞳と声に、パナの警戒心が解ける。
耳と鼻をピクピクさせながら、パナはピョンと飛び跳ねた。
逃げているのとは、少し違う動き。
「ん……?」
クレタは、パナの後を追って行った。
*
「…………」
「…………」
言葉を発することなく、ただただ苦笑しているナナセとJ。
二人の苦笑の原因は、クレタが両腕で抱えるようにして持っている大量のウルルの葉だ。
パナの後を追ったクレタ。簡単に理解りやすく言うなれば、すっかり懐かれた。
あの後、パナと鬼ごっこをしてクレタは遊んだ。本来の目的を忘れて。
その結果、パナからお友達の証に、とウルルの葉を大量に貰った。
まさに大量だ。両腕で抱えても、ポロポロと零れ落ちてしまうくらい。
こんなに沢山いらない、と思いながらも、せっかくの好意と証。
いらないよだなんて言えるはずもなくて。クレタは、全てを受け取って持ち帰った。
約束の時間になって合流した三人だったが、ナナセとJの成果は残念なものだった。
二人とも、1枚見つけるので精一杯だったのだ。それなのに、クレタは大量に……。
一体、何をどうすれば、そんなに沢山、この短時間で採取できるのか。
理解に苦しむが故、ナナセとJは苦笑するしかない。
ともあれ、必要な分(以上だけれど)採取できたのは有難いし、めでたい。
ナナセは笑いながら、大きな袋を適当な店から借りてきて、その中に大量のウルルの葉を詰め込んだ。
「凄い量ね。別の研究も出来ちゃうわ」
「……。ごめんね、僕、断れなくて……」
「どうして謝るのかな。俺達的には、物凄く有難いよ。ね、ナナセ?」
「えぇ。助かるわ」
「そ……う? なら、良かった……」
ウルルの葉を採取し終えた後、三人は急いでクロノクロイツに戻る……はずもない。
せっかく、こうして外界に来たのだ。満喫していかねば勿体ないだろう。
「どこ行こうか。食事でもする?」
大きな袋を軽々と持ち上げて言ったJ。
それならば、とナナセは、自分がお気に入りの店を提案した。
ランツォーロに初めて来たクレタは、頷くことしか出来ない。
何があるのか、どんな場所があるのか、何もわからないし知らない。
ナナセとJに付いて行くだけになるのだが、それでも十分に楽しい。
路傍に咲く花が綺麗で、それを眺めながら歩くだけで、何だか優しい気持ちになる。
街を歩きながら、ナナセとJは、あれこれ説明してくれた。
あの店のスコーンが絶品なんだとか、大きな観覧車があるんだよとか……。
次々と与えられる情報にワクワクする心。同時に芽生える好奇心。
目をキラキラさせて頷きながら話を聞くクレタは、小さな子供のようだった。
そんなクレタが可愛くて、ナナセとJの説明にも熱がこもる。
オープンカフェにて食事を取る三人。
二人に勧められて注文したアップルパイ。
お待たせしました、と店員がテーブルに置いたアップルパイにクレタは目を丸くした。
物凄くデカい。皿いっぱいな上に、三段重ねになっている。デコレーションのクリームも凄い量だ。
どうして二人が紅茶しか注文しなかったのか、その理由にクレタは納得した。
巨大なアップルパイを取り分けるナナセを見やりながら、クレタは尋ねた。
「ね……。二人は……何を研究してるの……?」
ずっと気になっていたけれど、聞けなかったこと。
二人が、あまりにも真剣に取り組んでいるものだから、入っていけなくて。
ヒヨリやオネに訊いてもみたけれど、皆も知らないみたいで。
何をしているのかなって、ずっと気になってたんだ。
内緒にしなきゃならないようなことなら、無理に訊くことはしないけれど……。
二人の目をジッと見つめるクレタ。
そんな目で見ちゃあ、遠慮も何もないじゃないかと笑いつつ、Jは袋から一枚だけウルルの葉を取り出した。
Jの所作に反応して、ナナセは懐からガラスの小瓶を取り出す。
小瓶の中には、紫色の液体。小瓶の蓋を開けてJに渡すナナセ。
Jは、ウルルの葉をテーブルに置き、その上に紫色の液体をポタリと垂らす。
ウルルの葉に液体が落ちた瞬間、プシュウと蒸気のようなものが発生して―
ポンッ―
「わっ……」
小さな爆発が起きた。晴れていく煙をパタパタと払いつつ笑うJとナナセ。
次第に見えてくる二人の楽しそうな表情にクレタは首を傾げた。
コツコツとテーブルを叩いて促すJ。促されるまま、Jの指先を見やると。
真っ白だったウルルの葉が、紫色に染まっている。
「……?」
ただ色が染まっただけ、ではない。
首を傾げるクレタの鼻を、不思議な香りが擽った。
どこかで嗅いだことのある香り。どこで嗅いだんだろう……。
あぁ、そうだ。この香りは、二人の部屋の香りと同じ。
そうだよ、そういえば、ナナセとJの部屋は、同じ香りがするんだ。
同じ芳香剤を置いているのかなと思っていたんだけれど。そうか、これだったのか……。
差し出されたウルルの葉を手に取り、鼻を寄せながら納得するクレタ。
ウルルの葉を採取するのが困難ゆえに、二人はダミーの葉を作って同じことを行っていた。
けれど、何度繰り返しても、この香りを作ることが出来ない。
偽物のウルルの葉では、この香りを作ることが出来なかったのだ。
一度生成すれば、1年以上は香りが持続する。
けれど、その一度の生成が難しい。
クレタが、こうして大量に葉を採取してきてくれたことは、二人にとって実に有難いことだ。
これだけ沢山あるならば、自室だけじゃなく、
クロノクロイツ全域を、この香りで包むことが出来るんじゃないかとJは笑う。
香水を作ることを趣味としているナナセも、色々と試すことが出来そうだと嬉しそうだ。
そうか……。そういうことだったんだね……。
何か、余計な心配してたかも、僕……。
二人が、何か変な研究をしてるんじゃないかって……ちょっと不安だったんだ。
僕、この匂い好きだよ。落ち着くっていうか、心が静かになるっていうか。
懐かしいような、そんな気持ちになるんだ。
もしも、空間全域が、この香りで満ちたなら……きっと、素敵だろうね。
どこにいても、何をしてても、優しい気持ちでいることが出来るよ。
そうしたら、無意味な喧嘩とかも……しなくなるかな。
ヒヨリとJの喧嘩、僕、見ていて悲しい気持ちになるから。
くだらない言い合いなのかもしれないけれど、切ない気持ちになるんだ。
皆で仲良く。難しいことなのかもしれないけれど……。
この香りがあれば、それさえも可能になるんじゃないかって、そう思う。
不思議だね。匂いって……こんなにも凄い力を持っているんだね。
「この香り、名前はあるの……?」
「名前? ……。そういえば、決めてないわね」
「そうだね。じゃあ、せっかくだし、ここで決めようか」
「良いわね。どんな名前が良いかしら」
「ね。どんな名前が良いかな?」
ジッとクレタを見やるナナセとJ。
クレタは紅茶をコクコクと飲みながら淡い笑みを浮かべた。
また、僕が決めるの? 名前を付けるって、責任重大でちょっと苦手なんだけどな……。
えぇと、そうだな……。どんな名前が良いだろう。
この優しい香りに似合うような名前……えぇと。えぇとね……。
あ……。こんなのは、どうかな。
「あっ。何か思いついた顔ね、それは」
「聞かせて? はい、どうぞ。どんな名前?」
「えと……ね」
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7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / J / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-
シナリオ『 ランツォーロ 』への御参加、ありがとうございます。
どんな名前を付けたのかは……私にも理解りません^^
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.12.19 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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