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■音の始まりと終わり■ |
水綺 浬 |
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】 |
「いい日ですね〜」
青天の空を見上げて呟く。
サーディスは週に一度の買い物で村へ降りてきていた。
すると、いつもの音色が耳に溶けていく。笛の音だ。
最近、頻繁に村の中で風にのって流れてくる音。だが、始めに聞いた音色とは明らかに違う。奏でる音楽は同じだけれど、リズムと音程が違うのだ。
サーディスは不思議に思いながらも、太陽の下で売られている野菜を吟味していた。
そこに、ふと笛の音色が止まる。ぷつりと途切れたように。
「おーい! 魔導士さんー!」
遠くから魔導士を呼ぶ声。村でもその近郊でも、魔導士はサーディスしかいない。
道衣をひるがえして振り返った。
やはり、声の主はまばらに行き交う人の中でこちらへ走って向かってきていた。
息荒く恰幅のいい男が慌てて言う。
「大変だ!」
その一言で終始笑顔で通していたサーディスの瞳に真剣が帯びた。
眼前で立ち止まり。
「た、大変だ」
もう一度、繰り返す。
「どうしたんですか?」
「村の入口で旅人が倒れてる!」
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音の始まりと終わり - 笛の奏者 -
ウィノナは魔法具に手こずっていた。だが、旋転護陣は早くても数十年で身につける魔法。魔法陣を形成し魔法具の段階まで来ていることこそが異例だ。ウィノナには膨大な魔力だけでなく、天性の才もある……とサーディスはみていた。
魔法具の具現化がままならない。異例でもやはり焦りを覚えるウィノナ。旋転護陣に関する書物を読み込んで先人たちの学びを掴み取ろうと躍起になる。何かコツがないものか、と図書館に出向いたり、それとなくサーディスに問うた。だが師はにこやかに微笑んで「心の絵ですよ」とかわすばかり。いや、手がかりなのかもしれないがウィノナは絵を描いたことがない。絵画系の本を読んでもさっぱり理解できなかった。
「はぁ〜、何かないかなぁ。突破口が見つかれば先に進める気がするのに」
パタンと本を閉じて机に突っ伏す。
机の上には本が山のように積み重ねられている。重みでギシギシと机が軋む。
≪そんな簡単には分からないわよ≫
森の精霊、ラピスが自分の腰に手を当てる。
≪そうだよ。ゆっくりで、いい≫
風の精霊、ラズリーが慰めた。
「うん、そうなんだけど、さ……」
元気のない声が返ってくる。
(早くて数十年、か)
しばらく頭の中で思いをめぐらせて。
がばっと跳ね起きた。
「焦ってても仕方ないよね!」
うん、と三人で頷く。
旋転護陣から頭を切り離し、明日提出の宿題にとりかかるウィノナ。
そこに笛の音が聴こえてきた。いつも聴こえている、あのメロディだ。
風に吹かれて村中に浸透していく。
今日も吹き手が違うらしい。途中つっかえながらも懸命に奏でている。
絶えず耳を刺激する笛の音が気になっていた。しかし、明日は魔法のちょっとした試験もある。勉強しておかなければいけない。成績が少し下がったくらいでサーディスが怒るとも思えなかったが弟子になると決めた以上、疎かには出来ないと誓っていた。
数刻経って、今日のノルマである宿題と試験勉強を終える。
すでに笛の音は鳴り止んでいた。後悔もあったがやるべきことをしなければ、勉強の面でも悔いが残る。
そして、また――。
何かを導くように音色が。
窓に近づき、耳を澄ます。
(……さっきと同じ人……?)
探してみよう、と思った。以前から気になっている音。今日が良い機会かもしれないと思い立つ。
すぐに部屋を飛び出した。二人の精霊も連れて。
宿を一目散に駆け、大通りへ足を踏み込む。見計らったかのように、ふっと音が途絶える。ウィノナも足を止めた。
「あれ?」
≪やんだわね……≫
しばらく立ち止まったまま、あらゆる方向に耳を傾ける。けれど、いくら待っても聴こえてこない。
このまま立ち往生していても埒が明かないので、ウィノナは村人に聞いてみることにした。
*
「え、音? 笛のねぇ……」
花屋の主人は注文された花束を作るために手を動かしていた。
「聴いたことはあるよ」
「どこの方角からですか?」
ん〜と悩みながら、はっと顔を上げた。
「そうそう、北東だったか。あの時は虹が出ていたから」
「え? それ、いつの話ですか?」
「先月だよ」
「あの、さっき鳴っていませんでしたか?」
「いや」
納得いかないので十数人に同じ事を投げかけてみた。
全員が笛の音を聴いていたが、時間帯も月日も違っていた。
もう一度、村人に確認してみる。
「いつ聴こえてました?」
「ん? そうだねぇ。昨日の朝とか、さっきとか」
店の裏手で洗濯物を干している女性は考え込みながら話す。
「昨日の朝?」
「あぁ、あの時は旦那と喧嘩した後だったんで、よく覚えてるよ」
「……」
≪どうしたの?≫
ラズリーが表情の変わったウィノナを覗き込む。
女性から離れて、問いに答えた。声を落として。
「昨日は……、笛の音が聴こえなかった……」
≪そういえば、そうよね。あたしも聴いてないわ≫
「どういうことなんだろう」
≪気づかない間にも吹いてるかも、しれない、んだね≫
そして、音がどこから聞こえてくるのか、その方向は皆同じ。住まいの多い北東からだ。
「まずは北東に行ってみない?」
二人は頷く。
噴水を越えた住居が並ぶ北東側は比較的静かだった。村人の大半はここで暮らしているが、今は商店街で働いている時間帯。通りを歩く人も少ない。
「お? ウィノナじゃないか?」
声がした方に振り返る。そこにはエリクが立っていた。
「久し振りだね」
「おぉ。何してるんだ?」
「ちょっと村人を探してるんだ」
「それなら花時計があるところに行くといいぞ」
「花時計?」
エリクはウィノナの前方を指差して。
「ここから先を右に曲がって、二つ目の角を左折するとある」
「ありがとう。エリクはなんでここに? 仕事?」
「あぁ。薬の配達だ。――じゃあな!」
忙しいのか、すぐに街路から消えてしまった。
エリクが言った道順の通り、左に折れると急に視界が広がった。簡素な村の一角に、花が埋め尽くすほど咲き誇っている。赤、黄、白など様々な色が調和し風に揺れている。強烈ではない良い香りが鼻腔をくすぐった。
広場の淵を彩り、中心には思ったよりも大きい花時計が構えている。花の精霊もたくさん飛び交っていた。
「す、ごい」
一言言うだけで精一杯。可憐な花時計に圧倒される。
≪ここは村の名所でもあるの≫
精霊は横の繋がりも強い。世界の噂話もすぐに耳に入るのだ。
≪綺麗……≫
ラズリーはうっとりとする。
噂に聞いていても実際目にしたのは初めてだった。
花時計のそば。
世間話で談笑しあう老人たちの姿。わざわざ敷物を敷いて座り込んでいた。
ウィノナは再度、笛の音について聞いてみる。
「ああ、聴いたことはあるねぇ」
「は? わしはねぇぞ」
「そんなはずはないよ、じいさん。ほとんど毎日鳴っているんだから」
「はて?」
腕を組んで考え込む。
隣の人が手を挙げる。
「この人は忘れっぽくてな、気にせんでくれ。――お嬢ちゃん、わしもあるよ。けどなぁ、聴いたことのある連中は皆、時間帯がバラバラなんじゃよ」
「そうそう、笛の音が鳴り始めてから、そんなこと話してたっけな」
「七不思議の一つか、がははははっ」
五人が一斉に笑う。
村人たちは奇怪な音を七不思議の一つとして数えているらしい。それ以上踏み込もうとはしていなかった。
「音の方向は分かりますか?」
老人たちは北の方角を指し示す。
お礼を言って北へ向かうと、その途中で。また笛の音が風に運ばれてきた。確かに北からだ。
「消えないうちに走ろう!」
三人は全速力で疾走する。
風を切って近づいていくたび、音が強くなってきた。ボリュームを少しずつ上げるように。
一つ、二つ、三つと細い通りを越えていくごとに、体の中心につんざく音。
もうこれ以上ないぐらいの嵐に囲まれた時。
突然、曖昧になった。
反響しているのか、周囲を音が廻ってこだましている。どうしても源へ辿り着けないのだ。
少し距離をあければ、こっちだ、と方向に確証を持てるのに、一定の範囲内に入ってしまうとどこから鳴っているか分からない。
「なに、これ。どういうことなんだろう?」
≪魔法だわ、きっと≫
「魔法!?」
ウィノナは驚いた。ここで魔法に出逢うとは思ってもみなかったのだ。
≪近づく者に悟られないよう、陣を敷いているのよ≫
≪私も魔法の力を感じる≫
「じゃあ、諦めるしかないの?」
≪いいえ、これはレベルの低い魔法だから、あたしたちなら破れるわ!≫
意気に燃えて鼻息を荒らす。
「でも、何かの理由で敷いてる魔法陣なら、無理やり破ってしまうといけないよ」
≪そうだよ。ラピス、その挑戦的な性格、直した方がいいよ≫
≪なんですってー!!≫
二人はいつもの口喧嘩をし始める。それをにがく微笑んで。
「ねえ、こういうことは出来ないかな?」
二人は喧嘩をやめてウィノナと視線を合わせる。
「笛の音が鳴っている場所を突きとめるの」
≪でも魔法が……≫
少女は静かに頭を左右に振る。銀の長い髪がさらりと流れた。
「この辺りで人の気配がする家を探したら……?」
村人にはもう二つ質問していたことがある。それは笛の奏者を見た者がいるか? と、村の中で笛を持つ人がいるか? だった。後者は数人いたので、すでに該当者と会っている。けれど不審な点はないようだった。前者は誰も見たことがないという。ということは、外ではなく家の中で吹いている可能性は高い。
≪それは良い考えだわ!≫
≪ほとんどの村人は商店街か名所に行っているし、ね≫
三人は早速、目を閉じて魔法の詠唱を始める。
笛を吹いている今なら風を使って家の中を調べられる。村は木造の家ばかりで隙間風が入りやすい。とはいえ、広範囲なため風の精霊であるラズリーだけでは負担が大きい。ラピスも力を貸して、ラズリーの力を乗せウィノナが風を操っていくことになった。サーディスの下についたばかりの頃とは、ウィノナの風の魔法は飛躍的に上達している。精霊が視えるようになってから失敗も少なかった。
三角の陣の中心に手を突き出していた三人。呪文を唱えながら、二人の精霊の力が三人の手の平の中に集まっていく。詠唱が終わると気の高まりと共に二人の力がウィノナへと流れ込んでいった。少女はゆっくりと両手を真上に上げて最後の呪文を唱える。
「彼の者捉えし風よ。空高くから舞い降りて踊らん。――笛の奏者を探し出せ! トゥエリーフ・ラーン!」
びゅうっと唸る風が足元から吹き上がる。三人の衣服を激しくはためかせた。幾千もの風が同時に何軒もの家の中を走っていく。
元々存在する魔法陣に触れないよう、慎重に探っていた。
≪いた!≫
珍しくラズリーが叫ぶ。ウィノナも閉じた瞳を開けて頷く。
奏者は二階で窓縁に腰かけ笛を吹いていた。風の行く先々の映像は三人の脳裏に映っていたのだ。
心がはやり急ぎ足になる。
行き着いた家は、以前配達したことがある……あの、家。隣の楽器店をよく覚えていた。そして特徴的な人物も。
「ここは……」
≪あの時の≫
ラズリーが呟く。
その時、笛の音がやんだ。もしかしたら、ウィノナが来たことを知っていて……。
≪急ぎましょ!≫
ウィノナは玄関をノックする。
しばらくして、そろりと扉が開いた。
「こんにちは」
顔を出すと、家の者は驚愕した。目を丸くする。青い髪に銀のメッシュが入り、つり目の目の前の人物は癖のあるしゃべり方をする男だ。
「お、お、おまえ!」
後ずさりして、今だ片付けないままの荷物をひっくり返す。
「お久し振り」
ウィノナは微笑む。
少女が村に訪れてから見張っていた男は慌てていた。十代後半の容姿。過去に仕事で手紙を渡した者。あの時も同じ反応をしていた。
「な、何の用や。また手紙か?」
声が変にうわずる。
「ううん、今日は違う。いつも聴こえる音のことで……」
直球勝負に出た。眼前の男は体が固まる。
「あのー?」
男は瞬きを繰り返すことで、やっと硬直が解けた。
「な、な、何のことやねん!? 笛のことなんて知らん――……あっ」
意地悪くウィノナは微笑む。
「知ってるみたいだね。あがらせてもらってもいい?」
ばつが悪い男はしぶしぶ家の中に入れた。
「笛の奏者に会いたいの」
「……ええよ。しゃーない。けど、なんもすんなや」
鋭い眼光が射抜く。
「もちろん。ただ気になって来ただけだから」
二階の奥にある一室に通される。
そこは譜面が足の踏み場もないほど、埋め尽くされていた。寝台や机の上にも音符が散らばっている。
≪すごっ……汚いわね≫
聞こえないことをいいことに悪態をつく。
窓辺に十歳ぐらいの一人の少年がいた。ウィノナをじっと見つめている。
「キミが笛を吹いてるの?」
少年がウィノナの隣を見る。男は頷くと少年が「うん」と言う。
「でもまだ他にいるよね? 四人ぐらい」
村人もウィノナも同意見。五人の奏者が笛を奏でているとみていた。
「一人や」
隣の男が訂正する。
「でも……」
「あいつは多重人格やねん」
今は交代人格の一人であるマサが表に現れている。ただし主人格のレクは交代人格のことを知らない。だが皆、笛が好きだ。
「……そう、なんだ……」
十歳の少年には五人の人格がいた。そのために笛の音色が違っていたのだ。
「二つ教えて。村人も笛の音を聴いてるんだけど、それぞれ聴いてる時間帯が違うの」
「それは笛自体に魔法が宿っとるからや。奏者の気持ちと同じくした者がその音を聴けるっちゅーことやな」
奏者が怒っている場合は聴く側もそうでなければ一切聴こえないという。
「で、もう一つは?」
「このことは村人たち、知ってるの?」
「知らん。魔法で近寄らんようにしとるからな」
言外に男の瞳が訴える。魔法陣が破られたわけでもないのに、なぜ近づけたのか、と。
一通り説明すると、「そっか……」と押し黙る。
魔法陣は笛を吹いてる時間だけ発動する。発動していても人を家に近づけられる。ただ、音の源を悟らせない、それだけのためだ。
ウィノナは少年を見つめた。
「ボクはこの村に来た時からずっと気になってた。笛の音を。やっと今日探すことが出来たんだ。――すごく上手だね」
満面の笑みを広げる。
二人はその台詞に愕然とした。予想もしていなかった。少年は横笛を思わず強く握る。
「忘れられない曲だよ。想いを込めて吹いてるって伝わってくる。なんて曲なの?」
「……アリールの唄。……故郷に……伝わる唄」
細い声で答えた。
「アリールの唄。きれいな曲だね。でも、どうしてこんなところで吹いてるの? 村の人たちの前で吹いたら皆褒めてくれるんじゃないかな?」
そのとたん、二人の顔が曇る。
「自分たちは……逃げてきたんや」
「え?」
男の語る声はいつになく重い。
「故郷から逃げてきた。多重人格っちゅーだけで差別されてきたんよ」
「そんな」
だから魔法陣で正体が分からないようにしていた。少年が笛を吹くことだけはやめさせたくなかったから。
「……ボクは、まだ村に来てそんなに経ってないけど。村の人たちは二人を白い目で見る人たちじゃないよ! 故郷の人たちとは違うと思う!」
しばらく、沈黙が降りた。
少女が分かってもらえないのか、という思いで心が溢れかえった時。
「そっか……」
男が沈黙を破る。
「恐れもねぇ、偏見もねぇおまえがそう言っとるってことはその通りかもしれへんな。でも自分たちはまだ、その勇気はないねん。だから気にせんでくれ」
少年も同じ気持ちらしく、力なく頷いた。
それ以上何も言えなくなり、ウィノナは二人の家をあとにする。
≪切ないわね。この村に、悲しみを胸に秘めた人がいたなんて≫
≪何とかするすべはない、のかな?≫
「分からない……。このままがいいのかもしれない。心が癒されるまで」
≪でも、それじゃあ!≫
「放っておくつもりはないよ。これからも遊びに行くから」
二人の精霊に一瞬片目を閉じた。
ウィノナの明るさがあれば、いつかあの二人を外に連れ回し、笛の演奏会を開くことも夢ではない。二人の笑顔が戻る日は遠くない、とラピスとラズリーは思う。
「もう戻ろうかな。また勉強もしなくちゃいけないしね」
今日のノルマは終わっても、勉強しておくにこしたことはない。
んーっと全身を伸ばし、散歩しながら宿へと帰路につく。
(サーディスさん、あの二人のこと知ってるかもしれない。レナは村の検診で顔を合わせてるようだったから)
明日聞いてみよう、と決心した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3368 // ウィノナ・ライプニッツ / 女 / 14 / 郵便屋
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■ ライター通信 ■
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ウィノナ・ライプニッツ様、いつも発注ありがとうございます。
まるで依頼のようになりました。
次回も笛の少年レクと銀のメッシュの男サーリオの話を続けても構いません。全然違う話にしても可です。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。
水綺浬 拝
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