■貴方のお伴に■
伊吹護 |
【1252】【海原・みなも】【女学生】 |
人と人とは、触れ合うもの。
語り合い、分かり合い、時にはぶつかって、支え、支えられて生きていくもの。
けれど、だからこそ。
誰にも打ち明けられないことがある。
癒したいのに、見せることすらできない傷がある。
交わることに、疲れてしまう時がある。
そんなとき、貴方の元に。
人ではないけれど、人の形をしたものを。
それらは語る言葉を持たないけれど、貴方の話を聞くことができます。
貴方の痛みを、少しだけ和らげてあげることができるかもしれません。
どんな人形が欲しい、と具体的に決まっていなくとも構いません。
貴方の悩みを、これまでの色々な出来事を、思いを教えていただけますでしょうか。
ここには――たくさんの、本当にさまざまな人形をご用意しております。
男の私に話しにくいことがあれば、代わってアンティークドールショップ『パンドラ』店主のレティシア・リュプリケがお聞きいたします。
きっと、貴方に良い出会いを提供することができると、そう思っております。
人形博物館窓口でも、『パンドラ』の店主にでも。
いつでも、声をおかけください。
すぐに、お伺いいたします。
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貴方のお伴に〜ナイトメア・パーティ〜
「新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
暖かい部屋の中。そこは、いつもの場所。久々津館の応接室。
みなもは重い重いキャリングケースを置いて、深々と頭を下げる。テーブルを挟んだ向かい側に座るのは、この館の住人である女性二人だ。レティシアと、炬。いつもの面子。今日は鴉さんは出かけているらしい。いつも忙しい人だ。
肌が凍るんじゃないかと思う外に比べて、ここは暖かかった。寒さと荷物の重さで固まっていた指先に血が巡っていくのが良くわかる。
「こちらこそ、あけましておめでとうございます。さ、冷めちゃうから紅茶どうぞ」
いかにも暖かそうな湯気を上げるカップを指差し、レティシアがそう言った。
その誘惑に抗うのはとても、とても難しい。ソファに腰掛けて、カップを手に取ろうとする。
と。
――ちょっと、何くつろごうとしてんのよ! ここ狭いのよ! 早く出しなさいよ!
どこからともなく、まったりとした部屋を切り裂くようなくぐもった声が響く。
目線を下に落とすと、辛い思いをして運んできたキャリングケースがある。
その中にいる彼女のことを思い出して、慌ててケースを開けた。
折りたたまれるようにして姿を現す、球体関節人形。表情を持たないそれが、心なしか怒りに歪んでいるように見える。きっとそれは気のせいではないだろう。
――忘れるなんて……!
それは、その球体関節人形の意思の声だった。名を、マリー。この久々津館で出会った、みなもの同居人だ。
マリーの喚き散らすその声に何度も謝りながらも、みなもの顔からは笑みがこぼれる。つられるようにして、レティシアが艶然と微笑み、目を細めた。
「仲良くやってるようね。よかった」
そんな言葉に、思わずみなもはうなずいた。対してマリーは愚痴を零していたが、その憎まれ口が照れ隠しのようなものであるのは、その場にいる全員が嫌というほど理解している。そういう性格なのだ。
「それじゃ、マリーのお手いれ、お願いします。せっかくのお正月なんで、きれいにしてあげたくて」
――別にそんなこと頼んじゃいないけどね。って、無視しないでよあんた達! ちょっと、話は終わってないっ……
声の余韻を引きずりながら、炬に抱きかかえられ、マリーは部屋から運ばれていった。彼女は自ら動くことはできないから、抵抗しようも無い。
部屋が、静かになる。
「さて、と」
こちらの視線をしっかりと捉えて、レティシアが口を開く。吸い込まれそうな青い瞳に、何もかも見透かされているような感覚を覚える。いや、実際そうなのだろう。
「はい。他にもちょっとお願いがあって」
相手の質問を予想して、そう答える。
これから話す内容を思うと、顔に血が上っていく。もちろん怒りに震えて、なんてことではない。ただ、恥ずかしいから。照れるから。口に出しづらい。
「えっと、レティシアさんのところには……、……って、無い、ですか? 」
え? と返される。聞こえなかったらしい。それはそうだろう。自分でも聞き取りづらいと思う。気恥ずかしさから、どうも口ごもってしまう。自然と声が小さくなる。
でも、それじゃ話も進まない。意を決して、もう一度はっきりと伝えることにする。
「あのですね、あの……着ぐるみ、ってないかなあって。普通の着ぐるみじゃなくて、その……パジャマになるようなもの?」
自らお願いしているのに、なぜか最後は疑問形になってしまった。
言葉を反芻するかのように、レティシアの反応が遅れる。ほんの少しの静寂の間が、場を凍らせる。
その直後。彼女の笑みが、涼やかな、和やかなものに変わった。それはまるで、幼子を見る保護者の微笑みだった。少なくとも、みなもにはそう感じられた。
「違うんです、違うんです、その……「お人形」の分類ではないとは思いますけど、その、普通のお店にはサイズがなくて、それに着心地もなんかしっくりこなくて……こんな歳になって、ああいうのをほしがるのはおかしいですけど、可愛らしくて温かくて好いかなぁ、って」
言葉が勝手に飛び出してきて、止まらない。顔が赤面していくのも止まらない。もし今、鏡を見たら、きっとトマトのように真っ赤になっているだろう。
「ちょっと、落ち着いて、わかったから。確かにうちや博物館で扱うものとはちょっとジャンルが違うけど……うーんと」
少し間をおいて、ぽん、と手を打つ音が聞こえた。俯いていたので見えなかったけれど。直後、ちょっと待っててね、と声がかかって、扉が開き、足音が遠ざかっていく。
顔を上げると、部屋にはもちろん、誰もいなくなっていた。探しに行ってくれたのだろう。
紅茶をすすりながら、じっと待つ。期待半分、不安半分。さらにいまだ残る恥ずかしさ。
感情がオーバーフローしそうだった。
目の前の壁に掛けてある、アンティーク調の時計の針の動きが遅く感じる。
どれだけ経っただろうか。無闇に立ち上がり、部屋の中をうろうろしてみたり、座りなおしたりしていると、ようやく扉が開く。見上げると、レティシアだった。続いて炬も部屋に入ってくる。
二人とも荷物を抱えていた。炬はすぐに分かる。マリーだ。だとすると、レティシアの持っているものは――
「お待たせ。ちょうどマリーのお手入れも終わったし、あとね……あったわよ、ちょうどひとつ。サイズも合うんじゃないかしら。ほら、これ」
言いながら、両手を広げる。その手で端をつかまれていた布が、みなもの眼前に広がる。
白と黒の斑模様。
フードと思しき部分には、黄色い棒状のものが左右に二本。
言われなくても、何を模しているかはすぐ分かった。
「なんといっても、今年は丑年だし、ね?」
そう、牛だ。着ぐるみパジャマとしては、まあ、定番なのだろう。
――ちょ、そんなの着るの!? やめてよ、恥ずかしい! 一緒の部屋にいるなんて、それだけでも鳥肌がたちそう!
マリーがまた喚きたてる。人形なんだから鳥肌になんてならないだろうに、と心の中でだけツッコミを入れて、無視する。
「ありがとうございます! おいくらですか……?」
それに対しては、倉庫に眠っていたものだし、使ってみて気に入ったら、言い値でいいと返ってきた。聞いてみると、昔人形を売りに着た人からまとめてで引き取ってしまったらしいとのことだった。
なんにしろ、渡りに船とはこのことだ。
声だけで抵抗し続けるマリーをキャリーケースに押しこんで。運ぶのを手伝おうか? とまで言ってくれるレティシアに断りを入れて、みなもは帰途に着くのだった。
そして、その日の夜。
マリーに見せびらかすように、さっそく牛の着ぐるみパジャマを着てみせる。
ふわっとしているのに、寒くはない。包み込んでくれているような感触。サイズもぴったりだ。まるで、みなものために誂えたような着心地。
思わず、くるっと回ってみたり。
――まあ、あんたにはお似合いかもね。それだけは認めるわ……
ため息でも聴こえてきそうなマリーの声は、呆れと諦めと、少しだけ照れが入っていたのは自惚れだろうか。
だいぶ早い時間だけど、上機嫌のまま、ベッドに入る。今日は良い夢が見れそうだった。
すぐに、意識が闇の中に落ちていく。
――目が覚めた。
部屋は真っ暗だから、何も見えない。
それでも、明らかな違和感を覚える。
部屋全体から感じる気配のようなものが、明らかにそこが自分の部屋ではないと告げている。
慌てて、立ち上がろうとした。
腰に力が入らない。体が重い。立ち上がれない。
四つんばいになって、手足に力を込める。
暗闇に目が慣れてくる。周囲の状況が見えてきた。
何もない部屋。壁だけが広がり、正面だけは大きな窓のような形になっていて。
その先に見えるのは――あまり見慣れない光景だった。
牛が一頭。
立派な体躯をしたそれが、にらみ合う格好で、じっとこちらを見つめている。気味が悪くて、目を逸らす。
相手も目を逸らす。そこで気づく。目を瞠る。あまりのことに、信じられない。眼を擦ろうとするけど、手が届かない。牛も、前脚を必死に持ち上げようとしている。
もう、疑いようがない。
視線を落とす。明らかに人間ではない肌が見えた。
正面にあったのは、窓ではなく、鏡。
そこに映っているのは、自分の姿だった。
悲鳴を上げる。けれど、それは間抜けな鳴き声にしかならない。
残響が消えたころ、別の音が耳を打った。
金属がきしむ音。体ごと振り返ると、重そうな格子扉が開くところだった。
見知った顔が現れる。闇の中でも微かに輝く、流れる金髪。レティシアだった。でも、その顔つきは、見たことのないもの――怜悧で酷薄な笑みを浮かべながら、近づいてくる。
手には大鉈が。何か呟いているけど、聴こえない。
目線が合う。にやりと、笑みが大きくなる。
その腕が、軽々と振り上げられた。
そして――振り下ろされる。
今度こそ人間の悲鳴を上げて。
――そこで、目が覚めた。
全身が汗を帯びているのが分かる。自分の顔を触る。大丈夫だ。
部屋も真っ暗だけど、自分の部屋だと分かる。
夢だった。安堵感と共に、虚脱感が襲ってくる。
「起きてくれたわね――良かった」
そんな声が耳元からした。慌てて横を向くと、レティシアがいた。
状況を理解できない。まだ夢の中だろうかと、目を擦ってみる。
特に何も起きない。
そんな様子を見て、レティシアは安堵の笑みを広げた。
「ごめんなさいね。ご家族の許可をもらって、勝手に上がらせてもらったの。あの後すぐに鴉から連絡があって、どうもこの着ぐるみ、曰くつきのものだったみたい。相当酷い悪夢を見せるっていう……」
笑みが消え、すまなさそうにする。なぜだか、こっちが悪いことをしている気分にすらなるから不思議だ。
「その代わりと言ってはなんだけど、時間もまだ早いし、お詫びに色々持ってきた……んだけど、夜中に食べ物は良くなかったかしら」
目線を向ける先には、大きなバスケットを提げた炬と、そして鴉の姿までもがあった。
クッキーあたりだろうか。香ばしく、甘い香りがする。
その香りで、完全に目が醒める。
「いただきます! そうだ、紅茶淹れますね! いつもいただいてるんで」
元気よく答える。これから楽しい時間がすごせるなら、さっきの悪夢なんてたいしたことはない。
――まったくもう。はた迷惑な……。
マリーの嫌味は、しかしその中に安堵のニュアンスが混じっていた。
「みなもちゃんがよければまたいつでも遊びにくるわね、ご家族の許可もとったし」
レティシアのそんな申し出には、危うく涙がこぼれそうになった。
そこから数時間続いたパーティは、とっても楽しくて。まるで家族の団欒のような暖かさがあった。
それは、月明かりが、とってもきれいな夜のことだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/女学生】
【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】
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■ ライター通信 ■
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ご依頼ありがとうございます。
かなり無茶な展開になってしまってる予感がしますが、いかがでしたでしょうか?
気に入っていただければ幸いです。
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