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■独りきりの街、鳴り響く竪琴■

藤枝ツカサ
【7851】【栗花落・飛頼】【大学生】
 愛してるの、と少女が泣いた。
 きらきらと銀色のハープが囁くように月光を照り返す。
 コンクリートに囲まれた血の海の中、華奢な腕が動かなくなっていった。
 黒い目からは涙がただ滴り落ちるだけ。

 ◆

 ふ、と顔を上げる。
 暮れかけた空には薄白い満月。
 そんな空から、漣のように、音が聞こえた。酷く哀しい曲が。
 だが、響く琴の音に誰も気が付かないように、街行く人々は少しも表情を崩さない。
 この音が、聞こえないのだろうか。こんなにも哀しげな演奏なのに。
 そう思いながら、仕方なく再び顔を元に戻すと、目の前に少女が立っていた。
 細いのに癖毛らしく、ピンク色に染められた長い髪は大きく膨らんでいる。緑色の目は、年齢をわからせない奇妙な輝きに満ちていた。
 明らかに彼女の小さな体には合っていない大きな白衣が風にあおられてバタバタとはためく。
 そして少女は、静かな声で、こう訊いた。
「貴公、この音が聞こえるのであるな? ……この、悲劇の音色が」
 こちらに何の問いも許さないまま、少女はさらにこう言った。
「ならば手伝うのである――たった一人の少女の絶望を終わらせるために」

独りきりの街、鳴り響く竪琴

 愛してるの、と少女が泣いた。
 きらきらと銀色のハープが囁くように月光を照り返す。
 コンクリートに囲まれた血の海の中、華奢な腕が動かなくなっていった。
 黒い目からは涙がただ滴り落ちるだけ。

 ◆

 ふ、と顔を上げる。
 暮れかけた空には薄白い満月。
 そんな空から、漣のように、音が聞こえた。酷く哀しい曲が。
 だが、響く琴の音に誰も気が付かないように、街行く人々は少しも表情を崩さない。
 この音が、聞こえないのだろうか。こんなにも哀しげな演奏なのに。
 そう思いながら、仕方なく再び顔を元に戻すと、目の前に少女が立っていた。
 細いのに癖毛らしく、ピンク色に染められた長い髪は大きく膨らんでいる。緑色の目は、年齢をわからせない奇妙な輝きに満ちていた。
 明らかに彼女の小さな体には合っていない大きな白衣が風にあおられてバタバタとはためく。
 そして少女は、静かな声で、こう訊いた。
「貴公、この音が聞こえるのであるな? ……この、悲劇の音色が」
 こちらに何の問いも許さないまま、少女はさらにこう言った。
「ならば手伝うのである――たった一人の少女の絶望を終わらせるために」

 ◆

 目の前の少女に唖然としながら、飛頼は首を傾げた。
 絶望を終わらせる、とはどういうことだろうか。この音に何か理由があるのだろうか。
 彼が首を捻っていると、途端に目の前の少女が口を開いた。
「ああ、まず名乗ろうか。我が輩はドロテアという」
 少女、ドロテアは細い足で飛頼の元まで歩いてくると、その緑色の目で彼を見上げた。
「ふむ、貴公、妙であるな……我が輩は、未だかつて他人がこれだけ近くにいるのにこんなに安心した気持ちになったことはない」
「あ、そう言う能力なんだよ」
 飛頼が頬をかきながらドロテアを見下ろすと、少女はふうむ、と小さく頷く。
「貴公ならば、あの哀れな娘を助けられるやも知れぬのである」
「誰のこと?」
 尋ねる飛頼を見上げながらドロテアは少しだけ悲しそうに眉をひそめた。
「……この音はな、報われぬ少女が出しているのである。愛しながらも愛されず、挙げ句の果てには殺された、悲しい女がな」
 それを助けたいのである、とドロテアは目を伏せる。
 飛頼は顎に手を当ててしばらく無言だったが、すぐに「いいよ」と笑顔で頷いた。
「本当か!」
「うん」
 よし、と彼女はにんまり笑って、飛頼の手を取る。
「ならばついてくるのである」
 そしてドロテアは踵を返し、飛頼はそれについていった。

 ◆

「随分暗いね」
「彼女の死体は廃棄されたビルに捨てられていた。おそらくそれに似た場所を彷徨いているのであろう、嫌な話である」
 ドロテアと飛頼は薄暗い空間を並んで歩いていた。
「酷い話だね、本当に……」
 建築中のビルの中を歩きながら、飛頼はため息をつく。
「まったくである。どうしてそんなに人を殺したがるのであろうな、自分だって人のくせに」
 ドロテアが吐き捨てるようにそう言って、すぐに「あそこだ」と小さな声で叫んだ。
 彼女が示した先には、成る程、年頃の少女が竪琴を持って立っている。
 だが、その姿は半透明で、瞳はどこを見ているのかわからない。
 髪の毛の一本たりとも動かない少女の全ての中で、華奢な指先だけがひたすら繊細に琴を鳴らしていた。
「あれだ、あの娘が、琴の音の原因である」
「綺麗な子じゃないか……」
 飛頼は唇を歪め少女を見つめる。
「我が輩もな、みすみす殺すのも哀れなので説得しようとしたのである。しかし、我が輩は他人の心情の機微が今ひとつわからぬようでな、昨日も危うく暴走させかけた」
 たまらぬよ、とドロテアは舌打ちした。
「だから、代わりに説得出来そうな人間を探していたのである。頼むぞ」
 ドロテアにしっかり見据えられ、飛頼は力強く首肯する。
「任せて」
 そして、飛頼はその場から一歩踏み出すと、少女の方へ近づいていった。
 間近で見ると、少女が非常に整った顔をしているのがよくわかる。
 茶色の巻き毛に二重の瞼、造作は申し分ない。
 飛頼は悲しい気持ちでいっぱいになりながら、少女に声をかけた。
「ねえ」
 声をかけられ、少女がゆっくりと首を飛頼の方へ向ける。
『なあに?』
 少女が鈴の音のような声で返事をして、リン、と空気が震えた。
 警戒心は抱いていないようで、飛頼は自分の能力に感謝してから言葉を続ける。
「あなたは、こんなところにいてはいけないよ。あなたはもっと幸せになる権利があるんだ」
 少女はゆっくりとした動作で首を傾げてから、『な、ぜ?』と飛頼に聞き返してきた。
 そんな少女に、飛頼は「あなたがあんまりにもいい子だから」と優しく言ってやる。
「あなたみたいな子は、天国で幸せになるのが一番だよ」
『でも、あの人が』
「あなたの好きな人も、天国で待ってる」
 不安そうな少女に、飛頼は嘘をついた。飛頼は彼女を殺した犯人を知らなかったし、知っていたとしてもその犯人が天国に行けるとは思わなかった。
 しかし少女には効果があったようで、驚いたように目を見開くと、『そうなの?』と囁く。
「うん。だから、もう安らいでいいよ。貴女の悲しみも、絶望も、全部ここに置いていくといい。だから逝こう? ね?」
 飛頼は少女の目を見つめ、言った。
 それから少女は微笑んで、飛頼に手を伸ばし頬に触れると、ぽう、と光に包まれる。
『ありがとう……お兄さん』
 そのまま少女はふわりと光の粒子となり、消えていった。
 薄い暗闇に覆われた中、飛頼の背後からドロテアが声をかける。
「ふむ、凄いのである」
「……僕は救えたかな」
 自信なさげに言う飛頼の背中をぽん、と叩き、ドロテアは笑顔で言った。
「そんなものは主観でしか無い。だが、少なくとも最後、娘は笑顔だったのである。それで良いだろう?」
 飛頼はその言葉に、ふ、と笑って、それから満面の笑みを浮かべたのだった。


<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7851 / 栗花落 飛頼 / 男 / 19歳 / 大学生】


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■         ライター通信          ■
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うええええ!日にちを一日間違えていました……。遅れてしまい大変申し訳ありません……。
体内時計が狂っていると大変なことが起こってしまいますね……。
でも優しい男性を書くことができて楽しかったです。藤枝は優しげな男性を書くのが大好きです。
飛頼さんで今度はバトルシーンなんかも書いてみたいものです。電撃を使ってみたりとか。
御意見御感想、ぜひともお待ちしております!

飛頼さんに再びまみえることを祈って。