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■路地裏■

藤森イズノ
【7707】【宵待・クレタ】【無職】
 正直なところ、気が重い。
 出来うることならば、引き返したい。
 でも、それは出来ない。割り切ることが出来たなら、どんなに楽だろう。
 大きな溜息を落とし、一歩踏み出して時の回廊を行く。
 向かう先は、外界:東京。
 仕事の内容は至って簡素なものだ。
 東京にある、とある路地裏。そこの時空が歪みかけている。
 その修繕を自分は任された。ヒヨリから直々に。
 けれど、外界に発生した歪みを修繕するのには時間が掛かる。
 一気に修繕したいところだけれど、そうもいかない。
 急いてしまうと、逆に歪みを大きくしてしまう可能性があるからだ。
 そもそも、どうして外界に歪みらしきものが発生しているのだろう。
 この疑問は、当然、仲間達に投げかけた。でも、誰も理解らない。
 ただ、何か良くないことの前触れのような……そんな気はしている。
 神妙な面持ちで歪みの修繕に全力を尽くす、その最中。
「あ、また来てる〜」
「…………」
 背後から、聞き慣れた声が聞こえてくる。
 振り返ることはしない。誰なのか、何の目的で声を掛けてきたのか。
 全てを把握しているからこそ、振り返ることはしない。
 歪みの修繕を続けながら、近付いてくる足音と声に、また溜息が漏れる。
 どうしてだろう。どうして、あの日、見つかってしまったのだろう。
(……はぁ)
 路地裏

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 正直なところ、気が重い。
 出来うることならば、引き返したい。
 でも、それは出来ない。割り切ることが出来たなら、どんなに楽だろう。
 大きな溜息を落とし、一歩踏み出して時の回廊を行く。
 向かう先は、外界:東京。
 仕事の内容は至って簡素なものだ。
 東京にある、とある路地裏。そこの時空が歪みかけている。
 その修繕を自分は任された。ヒヨリから直々に。
 けれど、外界に発生した歪みを修繕するのには時間が掛かる。
 一気に修繕したいところだけれど、そうもいかない。
 急いてしまうと、逆に歪みを大きくしてしまう可能性があるからだ。
 そもそも、どうして外界に歪みらしきものが発生しているのだろう。
 この疑問は、当然、仲間達に投げかけた。でも、誰も理解らない。
 ただ、何か良くないことの前触れのような……そんな気はしている。
 神妙な面持ちで歪みの修繕に全力を尽くす、その最中。
「あ、また来てる〜」
「…………」
 背後から、聞き慣れた声が聞こえてくる。
 振り返ることはしない。誰なのか、何の目的で声を掛けてきたのか。
 全てを把握しているからこそ、振り返ることはしない。
 歪みの修繕を続けながら、近付いてくる足音と声に、また溜息が漏れる。
 どうしてだろう。どうして、あの日、見つかってしまったのだろう。
(……はぁ)

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 歪みの修繕は丁重に。けれど断じて、手を抜くことはなく。
 こうして一人で仕事をしていると、懐かしく思う。
 歪みの修繕の仕方を教えてもらった日のことを思い出す。
 自分に、こんな大そうなことが出来るだろうかと不安だったけれど。
 こうして……ちゃんと、使命を果たすことが出来るようになった。
 ヒヨリやナナセのように綺麗な歌のように繕うことは出来ないけれど……。
 僕の修繕は、Jのやり方に似てるらしい。
 荒っぽくありつつも、丁寧で。そのギャップが面白いんだとか……。
 まぁ、Jはね……。時を繕うんじゃなくて、消す仕事をしてた人だから。
 それを傍で見ていたから、自然と覚えたんだろうな、こういうやり方……。
 何て思いに耽っていても、状況は変わらない。
「ね〜。終わったぁ〜?」
「…………」
 先程から、ずっとクレタの傍にいる女の子。名前は弥生。
 この子は……僕に、好意を寄せているらしい。
 どうしてなのかは理解らない。尋ねたこともあったけど……。
 好きになるのに理由なんてない! ……のだそうで。
 壁に凭れて、足をパタパタとさせながらクレタを見やっている弥生。
 まぁ、その眼差しからして、好意を寄せていることは誰の目から見ても明らかだ。
「お話しようよ〜」
 可愛らしい口調で催促。クレタは弥生を見やることなく、
 歪みの修繕の仕上げを続けながら小さな声で返した。
「……仕事、終わってから」
 そう言い置いて、歪みの修繕と真剣に向き合うこと、およそ5分。
 その間、弥生はジッと動かず、クレタの手指を見つめていた。
 何をしているのか、どこから来たのか、そのような質問は一切飛んでこない。
 明らかに妙なことをしているように映っているはずだ。
 モヤモヤとした黒い影のようなものを、少しずつ直しているのだから。
 けれど、弥生にとっては、そんなことはどうでもいいらしい。
 大切なのは、何よりも重視するのは、クレタと話す時間。
 出来うることならば、もっともっと距離を縮めることが出来ないかと願いながら。
 二人が出会ったのは、一週間ほど前。
 その世界の住人に見つからぬように仕事をこなすこと。
 そう約束されていたのにも関わらず、クレタは見つかってしまった。
 考え事をしていたのが、見つかってしまった理由なのだが。
 それ以降、弥生はクレタにベッタリだ。
 会わぬように時間を遅らせれば、来るまで待っているし、
 それならば早く来てはどうかと思い切り早く来てみれば、先読みして待っている。
 そうこうする内、クレタは会わぬように心掛けることを止めた。
 いや、諦めたというべきか。無駄な努力だと悟ったか。
 歪みの修繕を終え、クレタはフゥと息を吐いた。
 一週間かけて、丁寧に繕ってきた。
 修繕された歪みは、クルクルと踊るように回って消える。
(在るべき場所へ……お還り)
 歪みが還ったことを確認して、クレタは振り返り、そこでようやく弥生を見やる。
 バチリと視線が交わると、弥生は嬉しそうに駆け寄った。
 クレタの腕に絡みつき、お喋りを始める。
 お話するといっても、弥生が一方的に話しているだけだ。
 今日、こんなことがあってね。昨日、あんなことがあってね。
 他愛ない話を、クレタは、ただ目を伏せて聞いているだけ。
 始めの内は……こうして、くっつくことをしなかったよね、きみは。
 様子を窺っていたのかな。怖かったのかな……。
 薄暗い路地、闇の中、互いの姿が見えない状態で言葉を交わしたのが始まり。
 僕等の間にあったのは言葉だけで。それ以上にも、それ以下にもならないと思ってた。
 ううん。そうならないように、一線を引いていたんだ、僕は。
 でも、きみは、その一線を越えてきた。
 超えてくることはないだろうって思っていたのに。
 根拠はなかったけれど……そう思っていたのに。
 きみは、自分のことを、たくさん話す。
 でも、ごめんね。
 今まで、きみとどんな話をしていたのか、思い出せない。
 きみのことを知りたいとも思わないし、僕のことを知って欲しいとも思わない。
 言葉を交わしたことが間違いだったのだろうか。
 あの日、きみの声に応じなければ、
 こんなにも、きみに切ない思いをさせずに済んだんだろうか。
 気付いているでしょう?
 嬉しそうに笑っているけれど、きみの笑顔は、どこか引きつってる。
 僕の心が、決して傾くことなきものだと悟っているから。
 無理だと理解ったなら、引いてくれないかな。
 引いてくれないと……もっと悲しい思いをさせてしまうから。
 目を伏せ、俯いて考え込んでいたクレタ。
 そこへ、柔らかな感触。
 唇に乗った、その感触は……。
「―!」
「きゃあ!」
 咄嗟にクレタがとった行動は、乱暴なものだった。
 突き飛ばされた弥生は、壁に背中を打ち付けて痛みに顔を歪めている。
 綺麗だなって思ったの。ただ、それだけのことなのよ。
 揺れる睫毛とか、白い肌とか。
 見ていたら、我慢できなくなったの。
 理解ってるわ。あなたの心を手に入れることが出来ないくらい。
 でも、無理だなんて思わない。
 頑張れば、あなたを振り向かせることが出来るかもしれないもの。
「今すぐに好きになってなんて、そんなこと言わないから」
「…………」
「せめて、私の目を見て、お話聞いてよ」
 自分のことを曝け出し話す、その過程。
 一度も交わったことのない視線。
 視線が交わるのは、いつも一度きり。
 クレタが振り返る、その瞬間だけ。
 泣きそうな顔で訴えた弥生。
 その気持ちは、痛いほどに理解る。
 愛しい人に見つめてもらいたいと願うのは当然のこと。
 けれど、きみの、その願いに応じることは出来ない。
 きみが、どんなに僕を求めても、頷き返すことは出来ない。
 あげられないんだ。何をどうしても、あげることが出来ない。
 僕はもう、誰かのものなんだよ。
 奪える? 僕を、あの人の手から奪うこと、出来る?
 出来ないよね。絶対に出来ない。きみには出来ないよ。
 させてももらえないだろうし、何より、僕がさせたくないから。
 もしも、きみが……。
 あの人のように、目をギラつかせて想いを告げていたなら。
 貪欲に貪欲に、躊躇うことなく僕を求めていたのなら。
 変わっていたかな。
 変わって……いなかっただろうな……結局。
 何をどうしても、どう足掻いても変えることの出来ない事実。
 引き離すことなんて、誰にも出来やしない。それが、事実。
 クレタはスッと立ち上がり、弥生に手を差し伸べた。
 差し伸べられた手を取り立ち上がる弥生。
 上目遣いで見つめる弥生へ、クレタはハッキリと言い放つ。
「さよなら」
 もう、ここには来ない。その必要がないから。
 歪みが、在るべき場所へ還っていったように、僕も、在るべき場所へ還る。
 悲しい辛い想いをさせて申し訳なく思う。
 でも、優しい言葉で繕ってしまえば、また、きみを惑わせてしまうから。
 いつか、きみにも。この人しか、考えられないって、
 そうお互いに想い合えるような人が現れますように。
 それ以上言葉を放つことなく、クレタは静かに、その場を去って行く。
 遠く小さくなっていく背中を見つめながら、弥生は呟いた。
「名前くらい……最後に教えてくれてもいいじゃない……ばか……」
 駄目だよ。名前も、貰ったものだから。
 教えてあげることは出来ないんだ。
 あげるようなものだから。
 教えてしまったら、きみは、どこかで僕の名前を呼ぶでしょう。
 そうしたら、あの人が嫌な思いをするから。出来ないんだ。
 例え、心の中で呼んでも同じこと。


 *
 *

「おかえり」
「……ただいま」
「どうだった?」
「……ちゃんと、還してきたよ」
「そっか。お疲れ様。報告書は、明日で良いよ」
「うん……」 
 在るべき場所へ還っても。あなたは、いない。
 あなたがいてこその、在るべき場所なのに。
 切なくて寂しい気持ちを、誰かに打ち明けることが出来たら何かが変わっているのかな。
 もう、嫌だよ。何をしてても、どう足掻いても、あなたのことばかり考える。
 どんなことも、あなたへ直結してしまうんだ。
 そう考えるようにしたのは、あなたなのに……。
 仕事は、きちんとこなすよ。それが、僕の使命だから。
 でもね、どんなに上手に仕事をこなすことが出来ても達成感は皆無。
 戻ってきた時、褒めてくれる、あなたがいないから。
 こんな言い方をするのは酷いかもしれないけれど、
 ヒヨリやナナセに褒められても……嬉しくないんだ。
 全然嬉しくないわけじゃないけれど、笑うことは出来ない。
 あなたじゃないと駄目なんだ。
 よくできましたって、頭を撫でてくれる、あなたじゃないと駄目なんだよ。
 俯き、溜息を零しながら自室へと戻っていくクレタ。
 その丸い背中には、限界の二文字が浮かんでいた。
 懐からミントキャンディを取り出し、その一粒を口に放ってヒヨリは頭を掻く。
「もうそろそろヤバめだな……」

 自室へ戻り、報告書を書こうと試みてみるものの。
 心、ここに在らず。手指は痺れたように動かない。
 机の上には、提出出来ていない報告書の山。
 それらに、バサリと顔を埋めてクレタは大きな溜息を落とした。
 ヒラヒラと桜のように舞い落ちる、未完成の報告書。
 願わくば、部屋が悲しい桜で埋め尽くされる前に。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 路地裏 』への御参加、ありがとうございます。
 失踪持続中。もう少し…もう少し御辛抱下さいませ。
 楽しんでる? そ、そんなこと御座いませんよ。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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