■表裏一体■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
一体、何が起きたのか。理解できなかった。
後頭部には、未だに痺れるような痛みが走ってる。
うっすらと目を開き、辺りを見回せば、そこは見慣れた景色。
ただ、この状況は普段どおりとは言い難いだろう。
「……これ、外して」
虚ろなままの意識で見上げて口にする要望。
両腕、両足を拘束する銀の鎖。
自力で解けやしないかと少し捻ってみたけれど。
肌に食い込み痛みが増すだけ。自力で解くことは不可能だと、すぐに悟る。
吐き出した要望を、受け入れてくれるはずもない。
満足そうな笑みを浮かべて、あなたは首を左右に振った。
あぁ、何て冷たい目だろう。どうして。どうして、こんなことするの。
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表裏一体
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一体、何が起きたのか。理解できなかった。
後頭部には、未だに痺れるような痛みが走ってる。
うっすらと目を開き、辺りを見回せば、そこは見慣れた景色。
ただ、この状況は普段どおりとは言い難いだろう。
「……これ、外して」
虚ろなままの意識で見上げて口にする要望。
両腕、両足を拘束する銀の鎖。
自力で解けやしないかと少し捻ってみたけれど。
肌に食い込み痛みが増すだけ。自力で解くことは不可能だと、すぐに悟る。
吐き出した要望を、受け入れてくれるはずもない。
満足そうな笑みを浮かべて、あなたは首を左右に振った。
あぁ、何て冷たい目だろう。どうして。どうして、こんなことするの。
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あなたは、臆病なヒトだ。
あなたは、臆病なヒトだから。
こうすることしか出来ないんだ。
理解るよ。理解るからこそ、苦しいよ。
絞められている首じゃない。苦しいのは、心の奥深く。
可哀相だなんて、そんな同情をしたところで何になるだろう。
あなたを不憫な立場に追いやっているのは、僕なのに。
やめてくれなんて言わない。足掻くこともしない。
僕はただ、ジッと動かずに、あなたの目を見つめよう。
あなたのことだから、きっと全部わかっているのでしょう。
僕がどんな思いでいるか、心の中で呟いたところで、あなたにはバレてしまうのでしょう。
抵抗しないから。逃げないから、そのまま続けて。
絞めながら、御話してよ。
あなたが、欲しいものは何?
僕の身体? 僕の呼吸? 僕の声? 僕の心?
聞かせて。ヒヨリ。
本気で、きみを殺そうだなんて。そんなこと思ってないよ。
出来るはずがないでしょう。俺は、きみのことを弟のように可愛いと思っているんだから。
いいや、違うか。弟のように可愛いと思っていた……んだな。
クレタ、覚えてるかい?
俺ときみが初めて言葉を交わしたのも、ここだった。
銀色の時計台が僅かに見える、闇と光、その隙間、ギリギリの位置。
きみに手を差し伸べたのは、救いたかったから。
そう、あの時は、ただ純粋に救いたかった。
心が痛んで当然だろう?
あいつをイカれてると倦厭して当然だろう?
生まれたての赤ん坊に、あまりにも過酷な教育。
身体には勿論のこと、心にも深く刻み込まれる記憶。
きみが何も知らないまっさらな状態であるのを良いことに、
あいつは、きみを弄り倒した。隅から隅まで、自分の思うが侭に。
傍から見ていれば、それは外界で言う『虐待』そのものだったんだよ。
抵抗しないように、とことん恐怖を植えつけて。
逃げる気力を失った状態になっても、まだ弄り倒す。
優しく抱きしめて、キスをして、頭を撫でてやれば、
赤ん坊は『愛情』を覚え、それに包まれるようにして成長していく。
俺には子供なんていないけれど、そうするのが普通なんだってことくらい理解ってた。
それなのに、あいつは、きみを弄り倒すだけ。
何度も、数え切れないくらい聞こえてきたよ。
きみの、泣き叫ぶ声が。いいや、鳴き叫ぶ声……かな。
見えなくとも、十分に理解った。
あいつが、きみにどんなことをしているのか。容易に理解できたよ。
どうやって愛情を注げば良いのか、愛情表現の術を知らないくせに、あいつは、人一倍、愛に飢えていた。
何て不器用な奴なんだろうと思ったよ。今も、思ってる。心から思ってる。
だって、何も変わってないじゃないか。
毎夜、あいつの部屋から聞こえてくる、きみの鳴き声は、あの日と何ら変わらない。
痛みと恐怖を刻み込まれている、耳を塞ぎたくなる鳴き声。
それなのに、どうしてなんだ?
どうして、きみは、毎夜、毎夜、毎夜、あいつの部屋に行く?
手を引いて、そうじゃないって教えてあげたのに。
間違いなんだと教えてあげたのに。
どうして、あいつの部屋に行く?
理解できないんだよ。
こうして疑問を口にすると、余計にイラつくな。
クレタ。俺は、このまま、きみの呼吸を奪ってしまうかもしれない。
喋れなくなるのも、笑顔を見れなくなるのも嫌だけれど、
聞きたくもない鳴き声を、これ以上聞かされるのなら、それこそ堪えられない。
クレタ。きみは、みちがえるほどに成長したね。立派になった。
能力だけでいうなれば、俺の立場さえも危ういほどに。
でも、そこじゃない。
何よりも成長せねばならないのは、変わらねばならないのは、心だ。
正直に言おうか。
ものすごく腹が立つよ。
せっかく正しい道へ導いてあげたのに、引き返すなよ。
どうしてなんだ。どうして、引き返す? そっちじゃないって言ってるだろう?
クレタ。苦しいかい? 苦しそうだね。呼吸が拙くなって、もうどのくらいかな。
このまま、首を絞め続ければ、きみは息絶える。
このまま、息絶えたくはないだろう?
きみは、欲も覚えたはずだ。
やりたいこと、見たいもの、まだまだたくさんあるはずだ。
俺だって、きみを殺めたくはない。可愛いと思うから、愛しいと思うから。
きみが「やめて」と訴えるなら、未来に夢を描くのなら、手を離してやっても構わない。
ただし、条件がある。
いくつも提示するわけじゃない、ひとつだけ。
もう二度と、あいつの部屋に行かないこと。
話すなとまでは言わないよ。あの甘くも激しい鳴き声を、もう二度と聞かせてくれるなってことだよ。
それだけ。この条件を飲んでくれるのなら、今すぐ、この手を離すよ。
どうする?
吐き落とされた条件。
クレタは顔を歪めたまま、キュッと目を閉じた。
首を縦に振ることは出来ない。提示された、その条件を飲むなんぞ、出来るものか。
ずっと傍にいるって、永遠に一緒にいるって誓ったんだ。
離れるなんて、そんなこと出来るものか。
確かに、あの人は異常かもしれない。
けれど、そんなところも愛しいと思えるんだ。
どうして引き返すのって、そんなの決まってるじゃないか。
大好きだから。それ以外に、何があるの。
僕がいなくなったら、繋いだ手を離して逃げていったら、あの人はどうなるの。
もう嫌なんだよ。あの人を、ひとりぼっちにさせるのは。
ひとりぼっちにさせちゃ駄目なんだ。あの人は、寂しがりやだから。
僕がいないと、自分を保つことが出来なくなってしまうんだよ。
同じように、僕も必要としてる。いなくなってしまったら、僕は僕でいられなくなってしまう。
洗脳じゃない。恐怖じゃない。従順なんかじゃないんだ。
ただ、互いに求め合っているだけ。
どんなに離れても、求めてしまうんだ。
もう、誰にも止められないんだよ。
どうしようもないくらい、大好きなんだ。
だから、その条件を飲めない。その条件だけは飲めない。
いいよ。このまま、還してくれて構わない。
条件を飲むくらいなら、死んだほうがマシだ。
どう足掻いても、僕の気持ちは変わらない……。
ヒヨリの気持ちは、痛いほどに理解る。
あなたを、ここまで追い詰めたのは、僕なんだから。
だからこそ、このまま抵抗することなく痛むよ。
心の中で、何度も繰り返すよ。
それは、条件を飲めぬことに対する謝罪。
それは、条件を提示させたことに対する謝罪。
ごめんね。
*
*
*
スヤスヤと寝息を立てて眠る、まるで天使のような寝顔。
そっと頬に触れ、そのまま唇、首へと指を這わせる。
クレタの首に、はっきりと残る痣。
勿論、Jは尋ねた。どうしたんだ、これ? と。
クレタは、何て返したと思う? たった一言だけ。
何でもないよ、って。そう返した。淡く微笑んで、そう返した。
何でもない? こんなにも紫色に変色した首で、何をホザく。
誤魔化すのなら、マフラーでも何でも巻いてくれば良かったんだ。
あぁ、わかってる。キミは、誤魔化す気なんてなかったんだよな。
隠さずに来たのは、見せる為。何があったのか、俺に知らせる為。
何でもないって言葉こそ嘘で、本音は、その裏にある。
でも、それも今更だ。
キミは馬鹿だな。馬鹿で……とてもいじらしく可愛い。
気付かないわけがないだろ? 戻って来て、すぐに理解ったよ。
俺の代わりを務めていた男がいることくらい。理解って当然だ。
キレる? あいつに? それはナイよ。
だって、キミが求めたんだろう?
一時的にでも、安らげる腕を。
あいつは、それに応じただけ。
この間交わした会話にあった、あいつの本音。
例え、それが嘘でも偽りでもなく正直な気持ちだったとしても、俺がキレることはない。
想うのは自由だからね。キミが魅力的なのも喜ばしいこと。
キレずに余裕をブッこいていられるのは、自信があるから。
断ち切れない絆が、俺とキミの間にあると確信しているから。
確信させてくれたのも、自信をくれたのもキミだよ、クレタ。
可愛い寝顔を見やるJの耳に届く、独特のノック音。
ベッドから抜け出して客人に応じようとするJ。
クレタは夢中にいつつも、キュッとJの袖を掴んだ。
Jは淡く微笑み、そっと袖に絡んだ指を解いてクレタの頭を撫でる。
大丈夫。喧嘩なんてしないよ。そんなことするだけ時間の無駄だから。
俺がこれから、あいつと話すのは『マザー』について。
他人の欲望を操る、悪戯好きな時の神について。
キミにも、語るべき時がきたら、ちゃんと話してあげる。
大丈夫。喧嘩なんてしないから。ゆっくり、おやすみ。クレタ。
扉を開けた先、ヒヨリは苦笑しながら頬を掻いていた。
申し訳なさそうに見える、その表情へ。Jは苦笑を返しながら、ヒヨリの頭を小突いた。
「随分とキツく絞めてくれたもんだね」
「……覚えてないとしか言えない自分が、もどかしいよ」
「っくく。まるっきり覚えてないってわけでもないくせに」
「……さぁ、どうだろうね」
「それ止めろ。イラッとくるから」
「っはは。ごめんごめん。じゃあ、リビングへ。ナナセも待ってる」
「紅茶は?」
「もちろん、用意させてる」
「いいね」
「今夜は寝かさないぞ〜」
「……それ、お前に言われても何とも」
「え。言うの? クレタ、こんなことまで言うの?」
「さぁ、どうだろうね」
「……ん。確かに、イラッとくるね」
「だろ?」
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守(トキモリ)
NPC / J / ??歳 / 時狩(トキガリ)
シナリオ『 表裏一体 』への御参加、ありがとうございます。
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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