■独占欲と所有物■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
Jと二人で外界:東京へ。
遊びに来たわけじゃない。今日は、お仕事。
小さな公園の片隅に発生した迷子の時間を、あるべき場所へ還す役目。
最近、外界で時の歪みが発生する例が増えてるような気がする。
あまり気にする必要はないだろうってヒヨリは言ってたけれど、
何か、良くないことの前触れなんじゃないかと不安に思う。
手馴れたものだ。
歪みを還す作業は、あっという間に終わる。
こうして迅速に処理できるから、ヒヨリは問題ないと言うのかもしれない。
顔を見合わせ頷いて、クロノクロイツへ戻る。
(…………)
気のせいかもしれないって思っていたんだけれど、
やっぱり、気のせいじゃなかったみたい。
ここへ来る途中から、ずっと感じていた怪しい視線。
その視線は、あからさまなものになった。
Jも気付いてるみたいだ。
「……面倒くさいなぁ」
溜息を落としたJの横顔に苦笑して、ピタリと足を止める。
振り返れば、そこには…。
うん、あからさまに悪党面の男が二人。
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独占欲と所有物
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Jと二人で外界:東京へ。
遊びに来たわけじゃない。今日は、お仕事。
小さな公園の片隅に発生した迷子の時間を、あるべき場所へ還す役目。
最近、外界で時の歪みが発生する例が増えてるような気がする。
あまり気にする必要はないだろうってヒヨリは言ってたけれど、
何か、良くないことの前触れなんじゃないかと不安に思う。
手馴れたものだ。
歪みを還す作業は、あっという間に終わる。
こうして迅速に処理できるから、ヒヨリは問題ないと言うのかもしれない。
顔を見合わせ頷いて、クロノクロイツへ戻る。
(…………)
気のせいかもしれないって思っていたんだけれど、
やっぱり、気のせいじゃなかったみたい。
ここへ来る途中から、ずっと感じていた怪しい視線。
その視線は、あからさまなものになった。
Jも気付いてるみたいだ。
「……面倒くさいなぁ」
溜息を落としたJの横顔に苦笑して、ピタリと足を止める。
振り返れば、そこには…。
うん、あからさまに悪党面の男。
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ああいう阿呆な輩は、相手にしないのが一番。
間違いなく「待ちやがれ」とか、そういうこと言ってくるだろうけど、無視。
待てと言われて待つ馬鹿はいないし、そもそも何で、言うこと聞かなきゃなんねぇんだって感じだしね。
無視無視。とことん無視。いないもの、存在しないものとして考えるのが大正解。
サラリと言い放ち、スタスタと歩いていくJ。
クレタは苦笑しつつも、その通りだなと思ったが故にJの後を付いて行く。
絵に描いたような悪党面の男。性格も台本通りのようで。
男はクレタのJの背中へ、お約束な言葉を飛ばす。
「おいこら。待ちやがれ」
Jの言ったとおりだ……本当に言った……。
台本通りに進んでいるかのような展開にクレタとJはクスクス笑う。
その態度が、余計に男を苛立たせた。
時の歪みを、在るべき場所へ還す。
それは、クロノクロイツ住人の確かな使命。
その作業は、外界に住まう一般人から見れば『異能』なるものとして映る。
超能力者? 魔法使い? とにかく、普通じゃない。おかしなチカラを使う奴。として映る。
もしも誰かに見られてしまえば、現在のように面倒なことになる。
不思議なチカラを使う時守たちを利用しようと考える不届き者。
見られてしまったのは、こちらのミスだ。気が緩んでいた証拠。
けれど、見られたからといって素直に従うなんてことは有得ない。
男の面構えからして、こいつは『愚かな輩』に属する人間だ。
おとなしく話を聞いてみたところで、良いことなんてありはしないだろう。
そう思うが故に冷静なスルー。見向きもせずに、クレタとJは歩いて行く。
このまま、みすみす逃してなるものか。
偶然とはいえ、こうして目の当たりに出来たんだ。
目の前に数え切れぬほどの札束が落ちてるようなものだ。
男はニヤリと笑い、クレタとJの背中へ引き続き言葉を飛ばす。
「お前ら、金欲しくないか? 美味い話があるんだ。聞くだけ聞いてくれよ」
この男は、どこまで馬鹿なのだろうか。
美味い話があるだなんて、罠にかけようとしているのがバレバレではないか。
そんなことを言われて、立ち止まる奴なんていないだろうに。
わざとなのか? いいや、違う。ただ単に、頭が悪いのだろう。
低脳な輩の言う美味い話なんぞ、たかが知れている。
美味くも何ともない、くだらない話に間違いない。
まぁ、例え、男の話術が巧みだったとしても、クレタとJが応じることはないのだが。
くだらないと心の中で一蹴するのは容易い。
けれど、あまりにもくだらなさすぎて腹が立つ。
お金が欲しいだなんて、そんな風に見えたの?
その台詞に足を止めるような人だと思ったの?
自分が、そんな低俗な男に映ったのかと思うと同時に、
いや、それ以上に、Jにまで、そんな無礼な台詞を向けたことに腹が立つ。
相手にしないのが一番だってJは言った。その通りだと思う。
でも、このまま黙って見過ごすなんて屈辱だ。
ただ一言、ふざけるなって言いたいだけ。
それだけ言えば、この沸き立つ一瞬の憤怒は払われるから。
ピタリと立ち止まったクレタ。静かに暗く、静まり返っていく瞳。
ただ一言、ふざけるなと言いたかっただけ。許せなかっただけ。
自分でも、どうしてこんなに腹が立つのか理解らないけれど、
一言言ってやらねば、気が治まらないと思ったから。
だが、クレタの怒りなんぞ、男には伝わらない。
立ち止まった、イコール、食いついた! の見解。
ふざけるなと言い放つ前に、男が先手を取ってしまう。
「よしよし。お前だけでも十分だ。そうだろ、やっぱり欲しいよなぁ、金」
ニヤニヤと笑いながら、クレタを後ろからガッと拘束した男。
愚かな輩に触れられた、その瞬間、クレタは悔やんだ。
あぁ……僕、何やってるんだろう……。
無視するのが一番だって、Jは、そう言ったのに。
この人は、生粋の愚か者なんだ……。どうしようもなく拙い人。
僕が「ふざけるな」と言ったところで、笑うだけ。
だって、この人は、ふざけてなんかいないんだから。
愚行を愚行だと理解できない、生粋の愚か者なんだ……。
迂闊だった。……ごめんね、J。僕の所為で余計に面倒なことになっちゃった……。
ゆっくりと振り返るJ。男に拘束されているクレタの申し訳なさそうな顔。
Jは肩を竦めて笑いながら、ダルそうに引き返す。
本当、困った子だなぁ、キミは。
無視しろって言ったのに、言うこと聞かないで勝手なことするから、そういう目に遭うんだよ。
でもまぁ、新しい発見でもあるかな。腹が立ったんだろ? 抑えきれなくなったんだろ?
俺とは少し違うけれど、キミも、どこか冷めた性格だと思ってた。
でも違うんだね。そうやってカッとなっちゃうこともあるんだ。
子供っぽくもあるけれど、素直で純粋で可愛いとも言える。かな?
何やら嬉しそうに微笑みながら近付いてくるJ。
じわじわと寄ってくるその姿を、男が『不気味』だと思うのも無理はない。
男は少々顔を引きつらせながら、クレタの頬にナイフをあてがって威嚇した。
「来るな。もう、お前にゃ用はねぇよ」
男の言葉にJは立ち止まる。
言うことを聞いたわけではない。
クレタの身を案じて立ち止まったわけでもない。
ただ、男が発した言葉が可笑しくて仕方ないだけ。
俺には用がない? だから失せろって? 本当、どこまでも阿呆だな、貴様は。
貴様の意見なんぞ、どうでもいいんだよ。
用があるのは、こっちだ。
「俺は優しい男だから、5秒待ってあげる」
その場で腕を組み、男を見やりながら言ったJ。
「はぁ?」
当然、男は首を傾げて苦笑する。
「5……4……3……2……」
開始されるカウントダウン。
唐突に選択を迫られた男が取った行動は……逃亡だった。
クレタの腕を掴んだまま、引き摺るようにして逃げる。
「2……1……」
まぁ、そうなるよね。
待てと言われて待つほどの馬鹿ではなかったか。
「0」
目を伏せてクスリと笑い、Jはパチンを指を鳴らす。
弾いた指先から出現し、真っ直ぐに伸びていく闇。
鋭利な闇は、ザクリと。逃げる男の踵に刺さる。
「ぐっ!?」
踵から全身へビリリと走る衝撃と痛み。
男はズシャッと、その場に倒れ込んでしまう。
その拍子に拘束が解かれ、自由の身になるクレタ。
クレタは、さっと男から離れてJへ駆け寄った。
面倒なことにしちゃってごめんね。反省してる。
あなたの言うとおり、無視するよ。もしも、また同じようなことがあったなら。
謝罪と反省の言葉を述べて、甘えるように腕に絡みついたクレタ。
だが、Jはクレタを払い除けた。怒ってる? いいや、そうじゃない。
口元に笑みを浮かべ、痛みにもがく男に向かって行くJの横顔。
その、あまりにも冷め切った表情にクレタは心を奪われる。
本当、貴様は馬鹿だな。
おい、貴様のどこが馬鹿だと言ってるか理解るか?
まぁ、そうだな。声を掛けてきたことが、そもそもの愚行なんだけど。
その中で、貴様は更に愚行を、いいや、罪を犯した。
くだらないことをダラダラと喋るのは構わないよ。好きにすればいい。
ただ、触れるのは駄目なんだよ。それだけは駄目なんだよ。
クレタに触れていいのは俺だけ。何があっても、それは絶対なんだよ。
特例? まぁ、なきにしもあらずだけど、貴様には関係ないこと。
もう二度と会うことはないだろうけど、教えてあげるよ。
その身に、叩き込んであげる。
絶対にしちゃ駄目なことっていうものが存在することを。
とりあえず、そうだな。クレタに触れた、その手からいこうか。
触れたままにしておくなんて不快極まりないからね。
もう触れない? そんなこと、どうでもいいんだよ。
貴様は触れただろう? その手で触れただろう?
それはね、即ち、貴様の掌に残ってるってことなんだよ。
感触も温もりも、何もかも。ね? 不快を極めて当然だろう?
「っぎゃぁあああああ!!」
ザックリと、男の両手に突き刺さった鋭利な闇。
Jはクスクス笑いながら地に伏せる男を見やる。
うるさいな。悲鳴も下品だね、貴様は。
じゃあ、次は……クレタをお前呼ばわりした、その喉を潰そうか。
ついでに耳障りな悲鳴も潰せるから、一石二鳥だね。
クスクス笑いながら、Jが男の喉を貫こうとした瞬間。
それまで硬直していたクレタが、ハッと我に返る。
目の前には痛みにもがき苦しむ愚かな男の姿。
男を見下ろすJの指先には、鋭利な闇。
クレタは慌てて駆け出し、Jにしがみついて訴えた。
「J、もういいよ、もうやめて」
僕が迂闊に立ち止まったのがいけなかったんだ。
あなたの言う通りに出来なかった僕が悪いんだ。
この人を庇う気なんて更々ないけれど、もういいじゃない。
こんな人に構うことないよ。放っておいて、帰ろう?
もう十分だよ。これ以上続けても、無意味だよ。時間が勿体ないよ。ねぇ、J。
しがみつき、懸命に訴えるクレタだが、Jは聞く耳持たず。
「クレタ、邪魔。向こうで、おとなしく見てなさい」
笑いながらそう言って、Jは、しがみつくクレタを少々強引に突き飛ばす。
クレタがJから離れた瞬間、男の喉と声が闇に貫かれて奪われた。
路地裏に響く、声なき悲鳴。
めげずに、クレタは何度もJにしがみついて訴えた。
もうやめて、もうやめて、もうやめて。
けれど、懸命な訴えが心に届くことはなかった。
静まり返る路地裏。
残るのは、亡骸。
闇に刺された、愚かな男。
その姿は、まるで昆虫標本。
「さぁ、帰ろうか」
ニコリと優しく微笑み手を差し伸べたJ。
その手を取り、ゆっくりと立ち上がりながらクレタは思う。
我を忘れたのは、僕を想うが故に。
抑制が効かなかったのも、僕を想うが故に。
それだけ大切に想われてるってこと。あなたに、大切に想われているってこと。
愚者の亡骸は醜いもので、決して綺麗だなんて言えないものだけれど。
あなたに、どれほど想われているかを把握できる、何よりの証拠。
これからは、気をつけるよ。迂闊な行動を取らないように。
仕事で身の危険を顧みず行動することもあるから、気をつけるよ。
僕の身体は、僕だけのものじゃないんだ。
僕の心は、僕だけのものじゃないんだ。
ふたつでひとつ。あなたと連動する身体と心。
僕が痛めば、あなたも痛む。あなたが痛めば、僕も痛む。
胆に銘じておくよ。ふたつでひとつ。永遠に変わらない、その繋がりを。
でもね、心のどこかで、こういうのも良いかも、だなんて思ってる。
あなたにどれほど想われているか。確かめることが出来るなら。
我を忘れてキレる、あなたに見惚れるのも……素敵かもしれない。
なんて、そんなこと思ってるって言ったら、あなたは笑う?
残酷で良いんだ。背筋がヒヤリとするくらい、身震いするくらい残酷で良い。
あなたの独占欲を、もっと感じさせて。
あなたの所有物であることを、もっと実感させて。
構わない。ううん、寧ろ求めてる。
お前は、俺のもの。
何度も聞かせて。その事実を、何度も聞かせて。
その度に酔いしれるから。幸せに酔いしれるから。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
NPC / J / ??歳 / 時狩(トキガリ)
シナリオ『 独占欲と所有物 』への御参加、ありがとうございます。
異常な愛情表現を異常と思わない。思えないのではなくて、思わない。
幸せだと酔いしれることが出来るのは、あなたも異常、その証。
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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