■マザー・スパイダー■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
声が聞こえた。
愛しい人の声。
名前を呼ばれたら、無視なんて出来ない。
どこから聞こえてくるのか理解らなかったから、問い掛けながら。
どこにいるの? って尋ねながら、声が聞こえる方へと歩いていった。
唐突にカクレンボだなんて、随分、お茶目なことをするね。
……あぁ、そうだ。その時点で、おかしいかもって気付くべきだったんだ。
でもね、声は反則だよ。あの人と同じ声で呼ばれたら。
無視なんて出来るわけないんだ。導かれるまま。
……何て、何を言ったところで言い訳にしかならないね。
真っ白な檻の中、捕らわれている事実。
小さな溜息は、言い訳がましい自分への呆れ。
近付いてくる足音に、目を伏せたまま尋ねる。
「……誰?」
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マザー・スパイダー
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声が聞こえた。
愛しい人の声。
名前を呼ばれたら、無視なんて出来ない。
どこから聞こえてくるのか理解らなかったから、問い掛けながら。
どこにいるの? って尋ねながら、声が聞こえる方へと歩いていった。
唐突にカクレンボだなんて、随分、お茶目なことをするね。
……あぁ、そうだ。その時点で、おかしいかもって気付くべきだったんだ。
でもね、声は反則だよ。あの人と同じ声で呼ばれたら。
無視なんて出来るわけないんだ。導かれるまま。
……何て、何を言ったところで言い訳にしかならないね。
真っ白な檻の中、捕らわれている事実。
小さな溜息は、言い訳がましい自分への呆れ。
近付いてくる足音に尋ねる。
「……誰?」
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コツコツとヒールを鳴らしながら近寄ってきたのは……綺麗な人。
ただ純粋に、綺麗だと心から思える美しい女の人。
あなたに会うのは……今日が初めてじゃないね……。
僕は見たよ。あの日、空から闇の雨が降り注いだ日。
あなたを見た。後姿だけだったけれど、あれは、あなただ。間違いない。
聞きたいことはたくさんあるよ。あなたは、誰なの。
どうしてギルドを襲ったの。どうして、僕を捕らえたの。
次から次へと質問は浮かぶけれど、口にはしない。
どうしてって……無意味なんでしょう?
聞いても、教えてなんてくれないんでしょう?
あなたの目を見れば理解る。悪戯な微笑みを見れば理解る。
その笑い方……似てるね。Jに、似てる……。
だからなのかな。こうして捕らわれてるのに、慌てたりしないのは。
ポツリポツリと、独り言のように言葉を吐き落とすクレタ。
妖艶な女性は、微笑みながら近寄り、白い檻の中で目を伏せるクレタの頬に優しく触れた。
冷たい、氷のような感触。けれど、痛みはない……優しい気持ちになるような、不思議な感覚。
抵抗する様子もなく、ただジッと目を伏せて動かないクレタへ、女性は声を掛けた。
返答を求めているわけじゃない。女性もまた、独り言のように。
いらっしゃい、クレタ。こうして、貴方と御話するのは初めてね。
少々手荒だったかしら。ごめんなさいね。
でも、どうしても触れておきたかったの。
誰もを虜にする……貴方という存在に。
綺麗な肌ね。まるで雪のよう。吸い込まれてしまいそうだわ。
小さな唇も、細い手指も……まるで作り物のように綺麗。
微笑みながら、女性は、檻の隙間から手を伸ばして、クレタの右目を覆う眼帯を外す。
露わになる、美しき青の瞳。相反する、右目と左目。
片方は燃える炎のように。片方は凍てつく氷のように。
両目を交互に確かめるようにジッと見つめる女性。
何故だろう。とても恥ずかしい気持ちになるのは。
何もかもを見透かされているようで……くすぐったい気持ちになる。
この感覚も似てる。Jに見つめられたときと……凄く似てる。
俯くクレタへ、女性は尋ねた。独り言じゃなくて『返答』を求める問い掛けを。
「あの子に呼ばれたら、貴方はどこへでも行ってしまうのかしらね?」
「…………」
「上手だったかしら、私」
「…………」
言葉を返すことなく、ただコクリと小さく頷いたクレタ。
愛しい人。Jの声。僕が、ここにいるのは、その声に導かれたから。
上手だったよ。本当に、微塵も疑わなかった。偽者だなんて思わなかった。
Jの声で呼ばれたら……応えるに決まってる。無視なんて、絶対に出来ないよ。
どこにいても、何をしてても、応えるよ。
僕にとって、Jは特別な存在だから。
特別すぎて、時々わからなくなることもあるくらい。
Jの声を真似て、僕を呼びつけた。
あなたの行為は、決して許されることじゃないけれど。
不思議だね……。不快だとか、そういう気持ちが、まったくないんだ。
それよりも聞かせて欲しいのは、どうしてなのか。
どうして、僕を呼んだのか。その理由が聞きたいよ。
教えてくれないんだろうけれど……それでも尋ねさせて。
どうして、僕を呼んだの? あなたの目的は、何?
ねぇ、あの日、闇の雨を降らせたのは、あなただよね。
どうして、あんなことしたの? 何の為に、あんなことしたの?
事実を話しても、誰も信じてくれなかったよ。
そりゃあ、証拠が何も残っていなかったから仕方ないのかもしれないけれど。
でもね、気になることがあるんだ。
ジャッジ。
あの人だけ、ずっと真剣に僕の話を聞いてくれてた……。
疑うことも、笑うこともせずに、真剣に聞いてくれてた。
もしかしたらって思ってたんだ。
ねぇ、あなたとジャッジ。二人は、どういう関係なの?
無関係じゃないよね……? 絶対に、無関係じゃないと思うんだ。
そのまま、触れていて構わないから。嫌な気持ちにもならないし。
だから、教えて。そのまま、僕に触れながら話して。
あなたのこと、教えて……?
潤んだ瞳で見上げて訴えたクレタ。
女性はクスクス笑うだけ。
求める言葉も返答も返ってこない。
ただ目を伏せて、優しくクレタに触れるだけ。
もどかしい気持ちはある。けれど、それ以上に……安らいだ。
身体に、あなたの指先が触れる度、優しい気持ちになるんだ……。
Jに触れられた時に似てるけれど、少し違う。
ドキドキはしない。ただ、心がスーッと安らいでいく感じ……。
何だろう。この感覚。懐かしいような、優しい気持ち……。
あなたに触れられていると、そう、あやされているみたい。
親猫が、子猫を優しく舐めて毛づくろいするような。
あなたの指先が成すのは、慈しみ。
愛しい存在を包み込むように、慈しむ……そんな行為。
この温かい感覚は、まるで……。
「……おかあ……さん……?」
ポツリと呟いた。自分が呟いた言葉に、クレタは目を丸くした。
僕、何言ってるんだろう……母親なんて、そんなこと。
僕は知らない。母親なんて。僕には、母親なんて―
「いないだなんて、そんな悲しいこと言わないで頂戴」
「……えっ」
*
*
*
聞き慣れた独特のノック音。応じれば、書類を持ったナナセが入ってくる。
読んでいた分厚い本をパタッと閉じて、ヒヨリはソファに凭れた。
「戻ってきたか」
「えぇ。ついさっきね」
「外傷は?」
「ないわ。ただ、一糸纏わぬ姿だった。それだけ」
「中に出されてたりしたら、どうしようもないな」
「そうね。でも、その可能性も低そうよ」
淡々と言いながら、書類を差し出したナナセ。
受け取り、目を通しながらヒヨリはクスクス笑う。
隠蔽なんて、いくらでも出来るからなぁ……。
まぁ、お前がそう言うのなら、心配する必要はないだろうけど。
記載された情報を確認し、把握したヒヨリは書類をナナセに返して尋ねる。
「Jは?」
「もちろん、クレタくんの傍にいるわよ」
書類をファイルに納め、棚に保管しながら微笑んで返したナナセ。
勿論、か。まぁ、そうだね。今更だよな、今の質問は。
さて……。もうそろそろ、良いんじゃないかと俺は思ってるんだけど、お前は、どう思う?
もしも、お前も同意見なら、このまま執裁室に向かうけど。
あなたって、本当に自分に正直な人よね。
私の意見なんて、どうでも良いくせに。
ドアノブに手を掛けながら、そんなこと言わないで。
従うわ。あなたが、そうすべきだと思ったのなら、従うまでよ。
私は、あなたの補佐なんだから。全ての決定権は、あなたにあるんだから。
ヒヨリとナナセが部屋を出て、執裁室へと向かった時。
クレタは夢の中。神妙な面持ちで、Jは額に触れる。
あぁ、J。そんな顔しないで。大丈夫。何もされてない……。
女の人に会ったんだ。あなたに雰囲気が凄く似た……綺麗な女の人。
彼女はね、悪い人じゃないよ……。絶対に悪い人じゃない。
どうしてって言われたら、根拠があるわけじゃないから困ってしまうんだけれど。
彼女は……僕に何かを思い出させようとしてたんじゃないかって思うんだ。
J、あなたと同じように。僕にとって大切な『何か』を、思い出させようとしてたんじゃないかって。
何を思い出させようとしているのか、それは理解らないけれど、追求する気もない。
無理に思い出そうともしない。その必要がないから。
優しい気持ち、不思議な気持ち、温かくて……心が安らぐ。
心地良いような、浮き立つような……踊りたくなるような。
僕を、こんなにも幸せな気持ちにさせる人が、あなた以外にもいるだなんて。
そんなの……ありえないのに、不思議だね。
ねぇ、J。あの人は誰なのかな。
もう一度、逢いたいな……。
呟いた、純粋な気持ち。
夢の外にいるJに伝わらなかったのは、幸いと言うべきか。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守(トキモリ)
NPC / ナナセ / 17歳 / 時守(トキモリ)
NPC / J / ??歳 / 時狩(トキガリ)
シナリオ『 マザー・スパイダー 』への御参加、ありがとうございます。
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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