■双姫のとある一日■
みゆ |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
東京のとある高級住宅街、つまり一等地に斎家の広大な屋敷がある。古くからその場ある斎家は、旧家中の旧家だ。建物は増改築を繰り返していて、基本的に外装は和風だが内部は洋室と和室と両方ある。
退魔師、陰陽師としてはまだ二人で一人前の双子は、称えられてか揶揄されてか、「斎の双姫(そうき)」と呼ばれていた。
「瑠璃ちゃん、お仕事いくよ!」
ある日は学校から帰ってきてから仕事。緋穂が霊の関知と結界を担当し、瑠璃が浄化、討伐を行なう。
ある日は普通の学校生活。お嬢様ではあるが、二人は中学二年生。
ある日は街でお買い物。偶には電車を使ってみようという事になるが、緋穂はカードが使えると聞いてクレジットカードで改札を通ろうとしたりして。
そんな、二人の日常。
時には凛々しく、時には年相応に――
さて、今日はどんな一日を過ごすのだろうか?
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出逢い〜闇の中の閃光(ひかり)〜
●
闇の中、指定された場所へと向かう女性がいた。彼女の名は黒・冥月。ふと、足を止め空を見上げる。
彼女にとって闇は恐れるべき物ではなく、月明かりしかないこの場でも、その力はかげる事がない。
石段を上り詰めた先の小高い丘の上にある神社。形ばかり数本の木が植えられていて自然を保っているように見えるが、ひとたび石段を下りれば周りを覆うのはコンクリートの建物ばかり。それがここ、東京。
(――気配?)
冥月は石段の最後の一段を登りかけた足を止めた。気配があるのは当然だ。彼女は退魔の仕事で今ここにいるのだから。だが、感じたのは払う対象の気配ではなく。
(二つ)
そう、石段を上り詰めた辺りから内側に向かって――恐らく境内を中心に結界が張られている。
ピリ‥‥踏み入れようとした足先がしびれる感触がした。
(――)
結界が張られているということは、少なくとも中にいるのは一般人ではない。冥月と同じく「仕事」で訪れた者か――?
まさか
「バッティング、か?」
ここの仕事に行くように、と彼女に告げた男の顔が頭によぎる。
仕方がない。こちらも仕事だ。
冥月は次元操作の能力を使い、結界に無理矢理手を突っ込んだ。そして自分が入れる位のサイズにこじ開け、そのまま侵入する。
「えっ‥‥」
結界の中にいたのは二人の少女だった。長い銀の髪の少女の方が、驚いたように冥月を――破られた結界の方を振り返っている。だがそれが矜持なのか、誰何の前に素早く印を組み、そして呪を唱える。再び結界の構築に入ったのだ。
「――貴方、何者?」
代わりに問うたのは、髪の短い少女。髪の長い少女と瓜二つだ。水色の袴と白い千早に似た、巫女装束と見まごうような服を纏っている。
「ここの霊障を解決しに来た者だ」
「ここの解決は斎家(うち)が受けているはずよ?」
すっと短い髪の少女の瞳が細められる。冥月は腰に手を当てて、あくまでも余裕の表情だ。
ある程度の力を持つ物は、相手の力を推し量る事ができる。闇社会で有名だった力は伊達ではない。冥月はこの二人の少女の力をたいしたことないと踏んでいた。
「譲るつもりはない、か?」
それは質問ではなく、確認。
「当たり前でしょう」
予想通りの答えが返ってきた。
「小生意気な小娘共だな。なら勝負をして勝った方が請ける、それでどうだ」
「仕事を後回しにして勝負? 冗談じゃないわ。緋穂、続けるわ――」
「それでは勝負したくなるようにしてやろう」
冥月が地面を蹴った。そして二人に肉薄し、拳を繰り出す。だがそれは当てるためではない。挑発だ。
拳の風圧で、短い髪が揺れた。長い髪の少女が一、二歩後ずさり、印を結んでいる。それを片目に捉えた冥月は素早く長い髪の少女の背後に回り、その背中を押す。バランスを崩された少女は集中力を乱され、術は編み上げられる事はなかった。
「緋穂!」
短い髪の少女が叫びながら懐から符を取り出した。漸くやる気になったようだ。指の間に挟んだ三枚の符が、刃へと変わる。
ヒュンッ、ヒュン、ヒュンッ!!!
三本、素早く投擲されるも冥月はそれを軽く避け、そして髪の短い少女の眼前へと移動してその白い頬をぺち、と軽く叩く。少女は悔しそうな表情をして、袴で予備動作が見えぬことを利用して冥月に足払いをかける。だがそれもかわされることを判っていたのだろう。少女の反対の手には再び符から作り出したのだろう刃が挟まれていて、今度はそれを爪の様にして彼女は振るった。
「筋はいいがまだまだ未熟だな」
服を切り裂く事すら許さず、冥月はあざ笑うかのように告げる。髪の短い少女は刃を捨てて印を組む動作を見せた。
「術(それ)はタイムラグが大きい」
言いながら少女に肉薄。そしてその腕を掴み上げて印を解かせる。だが次の瞬間――
「なっ‥‥」
後方から、霊力の塊が飛んできた。慌てて少女の腕を放し、紙一重で避けたつもりだったが、上腕に傷をつけられた。ふと霊力の飛んできた方向を見ると、髪の長い少女が肩で息をしながらこちらを睨みつけている。
冥月が避けた事で霊力の塊は髪の短い少女を直撃したはずだ。だが――髪の短い少女は結界を張っていたのだろう、無傷だ。
「ごめん、瑠璃ちゃんの結界壊さないくらいに力を調節するの、手間取っちゃった」
「いいのよ。絶妙な加減だったわ」
(――なるほど)
ふと冥月の脳裏に浮かび上がったのはこの二人の将来性。ぱっと見、髪の長い少女が結界担当、髪の短い少女が攻撃担当に見えたが、それだけではないという事か。
「面白い」
ふ、と口元に笑みを浮かべた冥月は髪の長い少女の後ろから影を使役し――つまり一瞬だけ本気を見せてやろうと思ったのだ。だが。
ウグルアァァァァァァァァ!
「「!?」」
突如、境内の方から身体の芯を震わせるような気味の悪い叫び声が聞こえた。それで思い出す。そうだ、この霊の討伐に来ていたのだと。
「一時休戦、か」
「そうしてもらえるとありがたいのだけど」
恐らく二人の少女がこの霊の暴走をギリギリのところで抑えていたのだろう。それが、暴走しだした。
「緋穂!」
髪の短い少女が髪の長い少女に声をかけ、彼女達は頷き合う。髪の長い少女が何かを唱え、そして次の瞬間霊の動きが僅かに止まった。
髪の短い少女がどこから出したのか宝剣を手に、攻撃の術を編み上げる。その間に冥月は霊の後ろに回り、攻撃を加えた。
一拍の後、霊の正面を霊力の刃が切り裂いた。髪の長い少女が手にした宝剣で、切り裂くような動作を何度も見せたのだ。
ギャアァァァァァゥゥゥゥゥ!!
かろうじて男性だと判断できる霊が、痛みに叫び声を上げる。その右手が攻撃の態勢を見せたので、冥月はさりげなくそれを叩き落す事で助力をした。
「浄化の痛みよ。我慢なさい!」
「うん‥‥痛いよね。でもね、もうここにはいられないんだよ。わかってね」
短い髪の少女は厳しく、長い髪の少女は霊の痛みを感じているのだろう、優しく霊に話しかける。冥月は見守るようにその光景を見ていた。
「「――――――」」
二人の声が祝詞として合わさる。そして強大な霊力の奔流が、霊を包み込み――
まばゆい閃光が、それを滅した。
●
(やれば出来るじゃないか。今後に期待といったところか)
腕を組みながら二人の少女の退魔劇を見ていた冥月は頃の中で呟く。こっそり彼女が手を出していた事を二人は気がついていないかもしれない。だがそれでいい。
「お開きだな。今回は譲ってやろう。精進しろよ、小娘共」
「ちょっ、貴方は何者!? 一体どこの術者で、誰の命令で私たちの邪魔をっ‥‥!」
髪の短い少女が叫んだが、冥月は振り返らずに石段へと歩み行く。
「お姉さん、またねー!」
「ちょっと緋穂、何言ってるの!」
恐らく手を振っているのだろう髪の長い少女を思い浮かべて、冥月は背中を向けたまま軽く手を振った。
そして――
「茶番させおって。もうこんな下らない依頼は受けんからな」
――まあ、そういうな。仕方ないだろう、斎家から依頼があったんだから。
冥月が眉をしかめながら携帯で話す相手は草間・武彦。
「斎家はあの富豪のだろう? よほど金をつまれたんだろう?」
揶揄するように言ったが、武彦はその問いには答えず。
――だが、面白い双子だっただろう?
そう言われてみれば、こう答えるしかない。
「まあ、悪くはなかった」
まだ冷たい風が、冥月の頬を撫でた。
ならばいいじゃないか、携帯の向こうからそんな声が聞こえていた。
――Fin
●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・2778/黒・冥月様/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
●ライター通信
私事でお届けまで時間がかかって申し訳ありませんでした。
いかがでしたでしょうか。
双子との対決という事で、双子にも苦汁を味わってもらいました。
気に入っていただける事を、祈っております。
書かせていただき、有難うございました。
天音
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