■レイニー・ブラック■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
名前を呼んでも、何の反応もない。
いつもなら、嬉しそうに鳴きながら傍に来るのに。
おかしいなと思うと同時に、背筋がヒヤリと凍りつくような感覚。
嫌な予感を感じ取ってからの動きは単調なものだった。
向かう先は、黒鳥の塒。
この空間を日々飛び回り、異変がないかと確かめて。
疲れた身体を、翼を休める安息の場所。
必要以上に、そこへ行ってはいけないと言われているけれど……。
この状況で、黙ってなんていられない。ジッと待つだけなんて、そんなこと。
バタンと扉の閉まる音。いつもよりも乱暴なその音。
耳にして、ヒヨリとナナセは顔を見合わせた。
「……向かったわ」
慌てて駆けて行く後姿を窓から見下ろし確認したナナセが伝えると、
ヒヨリは眼鏡を外し、テーブルに頬杖をついて溜息混じりに苦笑した。
「……マズイなぁ」
「追う、わよね?」
「そうだね。あぁ、俺一人で行くよ」
「了解。書類纏めておくわ」
「よろしく」
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レイニー・ブラック
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名前を呼んでも、何の反応もない。
いつもなら、嬉しそうに鳴きながら傍に来るのに。
おかしいなと思うと同時に、背筋がヒヤリと凍りつくような感覚。
嫌な予感を感じ取ってからの動きは単調なものだった。
向かう先は、黒鳥の塒。
この空間を日々飛び回り、異変がないかと確かめて。
疲れた身体を、翼を休める安息の場所。
必要以上に、そこへ行ってはいけないと言われているけれど……。
この状況で、黙ってなんていられない。ジッと待つだけなんて、そんなこと。
バタンと扉の閉まる音。いつもよりも乱暴なその音。
耳にして、ヒヨリとナナセは顔を見合わせた。
「……向かったわ」
慌てて駆けて行く後姿を窓から見下ろし確認したナナセが伝えると、
ヒヨリは眼鏡を外し、テーブルに頬杖をついて溜息混じりに苦笑した。
「……マズイなぁ」
「追う、わよね?」
「そうだね。あぁ、俺一人で行くよ」
「了解。書類纏めておくわ」
「よろしく」
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ハラハラと、闇に舞う白い花びら。
籠いっぱいに詰め込んで、向かうのは、きみの塒。
放っておいて欲しいって思ってるのかもしれない。
行くべきじゃないのかもしれない。それは理解るんだけど。
ジッとなんて、していられなかったんだ……。
あれからずっと、侵入者に捕まりそうになった、あの日からずっと。
きみの様子がおかしいことには気付いてた。
きみが、何かを隠してることも理解ってた。
いつか話してくれるだろうって、教えてくれるだろうって思っていたから。
訊くことはしなかったけれど……。きみは、教えてくれないまま。
こうして、会うこともままならなくなってしまって。
放っておけるわけないじゃないか……。
僕にとって、きみは大切な存在なんだ。
僕と、クロのんと、J。
三人で過ごした幸せな記憶、色褪せることなく心にあるよ。
ねぇ、クロのん。持ってきたよ。きみの大好きな、白い花びら。
嬉しそうに鳴いて。笑うように鳴いて。頬ずりしてよ、いつもみたく。
「クロのん……」
塒に、いた。クロノバードは、いた。
どんなに呼んでも来なかったクロノバードは、そこにいた。
青い枝を敷き詰めたベッドの上で、丸くなっていた。
名前を呼びながら近付いて、翼に触れようとするクレタ。
けれど、クロノバードは、それを拒んだ。
小刻みに震えている身体。艶を失った翼。
どこから見ても誰が見ても、その姿は弱々しくて。
唸るような声を上げながら、クレタを睨みつけるクロノバード。
近寄るな、来るな、来るな、来るな。そう訴えているかのような眼差し。
拒まれていることよりも、どうすることもできない現状がもどかしくて、辛い。
違う……。違うよね、クロのん。
どうすることもできないだなんて、そんな弱音、吐いちゃいけないんだ。
傍にいかせて。傍にいさせて。
どんなにきみが僕を拒んでも、僕はきみの傍に行くよ。
近寄ろうとすれば、その度にクロノバードはバサリと翼を揺らす。
大きな翼が揺れ、発生する突風に煽られて目を伏せてしまうクレタ。
けれど、クレタは諦めなかった。
何度拒まれても、突き飛ばされても、吹き飛ばされても諦めずに歩み寄る。
ボサボサになった髪は、そのまま。
下唇を噛み締め、涙を堪えながら必死に歩み寄る。
しがみ付くように翼に捕まって、クレタはポロポロと涙を零した。
振り払おうと翼を揺らしても、クレタは離れない。
悔しいんだ。こんなことになるまで、どうすることもできなかった自分が憎い。
無理矢理にでも、きみに訊けば良かった。
何があったの、どうしたのって訊けば良かったのに。
いつか話してくれる、その時まで待とうだなんて……。
怖かっただけじゃないか。きみに拒まれることが、怖かっただけ。
こんなにも苦しんでいたのに。きみは、苦しんでいたのに。
「ごめんね。ごめんね、クロのん……」
涙を零しながら、掠れた声で何度も何度も謝るクレタ。
その姿に心を打たれたのか、意地を張ることをやめたのか。
クロノバードは大人しくなり、翼を揺らすことを止めた。
抱きつく翼から伝わる温もり。柔らかな、この感触。
優しい気持ちになれる、柔らかな翼。
クレタは微笑み、涙を拭いながら顔を上げた。
聞かせて。何があったのか。何が起きているのか。
どうすれば、きみを救うことができるのか。
クレタの問いかけに、クロノバードは暫し黙り込んだ後、ゆっくりと翼を広げた。
目に飛び込む、妙なもの。
クロノバードの翼、その付け根に巻かれた……赤い糸。
この糸が、きみを苦しめているのか。
キツく巻かれた糸は、食い込んでいて見るからに痛そう……。
一体、誰がこんなこと。なんて、そんなの理解ってる。
あの人達だね。この空間に、勝手にやって来た、あの人達。
この糸に、どんな意味があるのか。
きみをどうするつもりなのか。
目的はハッキリしないけれど、解いてあげる。
きみを束縛して苦しめる、この忌まわしい糸を解いてあげる。
苦しいかもしれないけれど、痛いかもしれないけれど、少しだけ我慢してね。
コクリと頷き、付け根に巻かれた赤い糸を解き始めるクレタ。
小指に巻きつけていく赤い糸は、まるで滴る鮮血のよう。
どうして、こんなことするんだろう。
クロのんは、何も悪いことなんてしていないのに。
僕達のチカラが目的ならば、僕達に攻撃してくれば良いのに。
どうして。どうしてクロのんに、こんな酷いことするんだろう。
この糸の先が、術者に繋がっていたなら……。
辿って辿って、追いかけて追い詰めて、こらしめてやるのに……。
ゆっくりと、解いていく呪縛。
毛づくろいをするかのように、優しく、ゆっくり。
侵入者の能力は定かではないけれど、
二度の潜入操作から、見くびるべきではないことは理解っている。
思っているよりも、ずっとずっと強力な能力者。その可能性も高い。
見くびることなく、警戒を怠ることなく、それでも確実に。
早く元気になって欲しい。
その想いを込めて、焦らず根気良く解いて……。
「……赤い糸、呪縛に負けない気持ち。クロのんにも、あるよね」
何度も、そうやって声を掛けながら励まし、クレタは糸を解いた。
どれほどの時間が経過したか理解らない。
赤い糸が全て解けた瞬間、クレタは大きな溜息を落とした。
痛みに堪え抜いたクロノバードを労うクレタ。
ジッとしていてくれて、ありがとう。
僕を信じてくれて、身を委ねてくれてありがとう、クロのん。
ねぇ、もう大丈夫……? 痛くない? 苦しくない?
クレタの問いかけに、クロノバードは微笑むように頷いた。
「良かった……。あ、待ってて。ヒヨリたちに報告してくるから」
ホッと胸を撫で下ろして微笑み、立ち上がって報告へ向かうクレタ。
手には、解いた赤い糸が巻きついたまま。
何が目的だったんだろう。
もしかすると、クロノバードを介して、情報を得ていたのかもしれない。
とりあえず、この糸をヒヨリに渡して調べてもらって、それから―
急ぎ足で戻っていくクレタ。
その時だった。
後ろから、パァンと。何かが弾けるような音。
銃声にも似た、その音。
クレタは立ち止まり、バッと振り返った。
「……。クロのん……。……何で? ……どうして。……何で!」
震える声と足。立っていることすら出来なくなる。
クレタは、その場に崩れるように座り込んだ。
振り返った先、クレタの目に飛び込んだのは、黒い花火。
風船のように大きく膨らみ、大きな音を立てながら……。
クロノバードは、弾けた。
辺りに降り注ぐ、黒い雨。
その一粒一粒に、確かな温もりがあった。
花火になって、弾けて、消える。
雨になって、降り注ぐ温もり。
漆黒の闇、雨の中。
クレタは泣き叫んだ。
喉が潰れても、泣き叫んだ。
*
「要するに……これが、スイッチのようなものだったってことね」
「そういうことだな。全部解いた時に作動する、時限爆弾のようなもん」
「……。クレタくんは……」
「部屋にいるよ。ほとんど失神状態だった」
「そう……」
「……ナナセ」
「何?」
「それ、貸せ」
「……どうするの?」
「聞かなきゃわかんねぇか?」
「……いいえ。手伝うわ」
冷め切った氷のような目をして、赤い糸を握り締めたヒヨリ。
ナナセはヒヨリの隣へ腰を下ろし、長く垂れた赤い糸を紡ぎながら拾い上げて自分の膝上に乗せた。
糸を介して、この空間の情報を盗んでいたと見て間違いないだろう。
十分な情報を得ることが出来れば、もう用済みというわけだ。
世界に一匹しかいない、時の鳥。時を守る、聖なる鳥。
その命を奪うことが、何を意味するか。
当然、理解ってるんだろう? 理解ってて、仕掛けたんだろう?
受けてたとうじゃないか。お前達の宣戦布告……受けてやるよ。
ヒヨリとナナセが憤怒していた頃、自室のベッドの上。
クレタは布団に潜って、震える身体を抑えることに必死になっていた。
知らなかっただなんて、言い訳にしかならない。
わからなかっただなんて、言い訳にしかならない。
クロのんを殺したのは、僕だ。
本当は、知っていたのかもしれない。
糸を解けば、自分が弾けてしまうことを知っていたのかもしれない。
それでも解かせてくれた。救われないことを理解っていても。
僕の気持ちに応じてくれるように、おとなしく……痛みに堪えて。
きみを助けてあげたかったんだ。救ってあげたいと思ってた。
消してしまおうだなんて……これっぽっちも思ってなかったのに……。
救ってあげることが出来なかった。そればかりか、消してしまった。
この手で。きみを。大切な、大好きなきみを。
もう会えない……。もう、触れることが出来ない。
背中に乗って闇を飛び回ることも、その翼に身を埋めてお昼寝することも。
何も出来ない。もう、きみはいない。僕が消したから。
僕が、きみを消したから。
とめどなく溢れる涙、声にならない声。
現実から目を背けるように、クレタはベッドで蹲る。
仕事から戻らない、J。
早く戻って来てと願う反面、戻ってこないでとも願ってしまう。
何て言えば良い。あなたに、何て言えば良い。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守(トキモリ)
NPC / ナナセ / 26歳 / 時守(トキモリ)
NPC / クロのん / ??歳 / 時護黒鳥(クロノバード)
シナリオ参加、ありがとうございます。
辛い結末となってしまいましたが…。御了承下さい。
この結末があってこそ、とあるフラグが立します。
ホイッスルは、そのままお持ち下さい。
ただ、ヒビが入っておりますので…。
もう、吹いても音は鳴りません。それは即ち―
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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