|
■街のどこかで■ |
|
神城仁希 |
|
【3098】【レドリック・イーグレット】【異界職】 |
あなたが『明日に吹く風』という酒場に足を踏み入れたのには、大した理由は無かった。この街に来て、何も頼る術がなかっただけの事である。
だが、テーブルでとりあえずの酒を飲んでいると、なかなか面白い連中が集まってきている事に気がついた。
「ジェイクさん。週末なんですけど……俺らの冒険に付き合ってもらえませか？ 色違いの飛竜が手ごわくて……俺らだけじゃ突破できないんすよ」
「付き合うのはかまわんが……。あそこはまだ、お前らには早いぞ？ 西の洞窟に獰猛な巨大猿が住みついたっていうじゃないか。そっちの退治が適当なとこじゃないのか？」
歴戦の風格を漂わせる戦士に話しかける、若い冒険者たち。
「じゃ、頼んだよ。レベッカちゃん」
「うんうん。山向こうの村に手紙を届ければいいのね？ 待ってるのって、彼女なんでしょ〜？ 羨ましいなぁ……。ＯＫ、任せて！ グライダー借りて、行ってくるよ！」
手紙をしまい、肩までの髪をなびかせて、軽やかに走り出す少女。あなたのテーブルにぶつかりそうになったが、風のようにすり抜けていった。
「いや、会ってみてびっくり。そこの歌姫ときたらメロンが２つ入ってんじゃねえのかって胸をしてるのさ。だから、俺はハゲ親父に言ってやったね。あんたじゃ、あの子の心を射止めるのは無理だって。キューピッドの矢も刺さらねぇ、ってさ」「おいおい、カイ。いい加減にしとかないと、また彼女に相手にしてもらえなくなるぞ！」
「おっと、それだけは勘弁な！」
背の高い男を中心に、酔っ払った男達が集まって何やら話に夢中になっているようだ。中心の男はよく口の回る軽いノリの男であったが、周りの男達もその話を楽しげに聞いているようだった。
どうやら、この酒場にいれば退屈しのぎにはなるらしい。さて、誰のところに話を持ちかけようかな……？
あなたが踏み出したその一歩は、新たな冒険譚の始まりであった。
|
『明日への敵陣突破』
●レッドの策
「空を飛んで……か」
「ええ。こちらの長所を最大限に活かせないかと思って」
レドリック・イーグレットの言葉に、キルカはしばらくまぶたを閉じた。
しばらくの後、彼は首を振りながらそのアイデアを否定した。
「正直厳しいな。こちらには子供や老人も多い。峡谷の読みにくい風を抜けての高高度飛行は困難だろう」
「そうですか……」
戦いを避ける方法を模索しての言葉だったが、やはり人数が人数だ。
「それに飛行中に何らかの攻撃を受けた場合、下手すると全滅という恐れもある。それはお前も考えていただろう？」
無言のまま、レッドは頷いた。
一応、飛び道具への対抗手段は考えてはいた。だが、広域範囲魔法などへの対抗策はない。
仲間達、特にゼラあたりの力を借りられればどうにかなるかもしれないが、今は無いものねだりというものだ。
そうなると、敵との戦闘は避けられないという事になる。
レッドは腹をくくった。
「分かりました。それではもう一つの作戦なんですが……」
彼が伝えたもう一つの策。
キルカはそれを聞き、僅かに目を細めて思案した後で、大きく頷いた。
「なるほど。数は多くないが、それぐらいなら何とかなるだろう」
どうにか協力は受けられそうだった。
パスティスたちの村を出発するまで、あと半日。レッドはもう一度、自分達の装備の点検に入る事にした。
●峡谷にて
狭い峡谷を抜けていく集団。
その背に、両手に、多くの荷物を抱えながら、峡谷の一本道を進んでいく。
時折、谷から吹き上げる強い風が彼らの衣服を揺らすものの、バランスを崩すことなく一行は先を急いでいた。
その時である。
ヒュン！
一本の矢が彼等の行く手を遮った。
いや、それは一本どころではない。谷の上に姿を見せた無数の兵士達が持つ弓から、まさに雨あられとばかりに降り注いで来たのだ。
「レベッカ！」
「任せて！」
先頭を行くレベッカがローブを大きく跳ね除けた。
高速で舞い上がった彼女のアミュートから、『風の翼』が最大出力で展開される。
降り注ぐ矢を止めるのではない。峡谷に吹く風を読んで、その流れに乗せてやるのだ。
第一波を防いだレベッカはそのまま飛翔し、空中から『ライトニングダーツ』を放つ。兵士達の動揺が広がるのを見ながら、彼女は自分が囮になるかのように飛び回った。
「ふん！ 女子供を守ったままで突破できると思ったか……嘗められたものだな！」
真紅の神霊鎧に身を包んだ火天アグニスが一直線に降りてくる。
逃げ場の無い一本道では、蹴散らされるのは時間の問題かと思われた。しかし。
「待っていたぞ、アグニス！」
先頭に立つ男がローブを跳ね上げる。
無論、ドラゴンアミュートを装着したレッドの姿がそこにあった。元々、一騎打ちで大将を討ち取るしか無傷での突破はありえないと踏んでの戦術である。
「うぉぉぉぉっ！」
打ち込まれた双刀を真っ向から受け止める。狭い足場でバランスを崩そうものなら、瞬く間に谷底へと転落するだろう。しかし、幾多の修羅場を潜り抜けてきたレッドは、腕力に勝る相手の一撃にも怯むことなく立ち向かっていく。
数合の打ち込みの後、アグニスが身を引く。
「来たか」
呟いて、谷底に視線を向けるアグニス。その視線の意味をレッドが察知するより早く、巨大な水柱が屹立した。
「水天ユヴァーシャ推参！」
水柱の頂点に立つ、神霊鎧の女性。彼女が右手を振るうと、幾筋にも分かれた水龍が放たれ、空中のレベッカや、背後の村人達に襲い掛かった。
「きゃっ！」
「レベッカーー！」
不意をつかれ、三本の水龍に襲われたレベッカが姿勢を崩して谷底に落ちる。また、後ろにいたはずの村人達の姿が霞んでいき、少人数の集団が姿を現した。
幻術で少数の集団を本隊に見せかける作戦だったのだが、戦いに不慣れな幻術士達では維持が出来なかったようだ。
「ちぃっ！」
「小細工を弄しおって……沈めぇっっ！！」
レベッカに気を取られた、その一瞬の隙を突いて、アグニスが迫る。
放たれた斬撃をエクセラで止めようとしたレッドだったが、それはフェイクだった。剣筋を陽炎で生み出す技に引っかかったレッドが、無防備な左脇をさらす。
（炎で攻撃力を上げても無効化できるだろうが、この太刀はかわせまい。基本的な威力なら、体格に勝るこちらの方が有利なはず！）
致命傷を確信したアグニスの一撃が、レッドの左脇腹に入る。そう見えたが。
「なんだと！」
渾身の一撃を、アミュートの左の手甲が受け止める。
本来ならば手甲ごと断ち斬るはずだったそれを受け止められ、さすがのアグニスの顔に動揺が走った。しかも、その手甲の表面には、鱗にも似た可視の防壁が張られていたのだ。
「ドラゴンアーツ……『龍鱗』」
それは、レッドの切り札の一つであった。
かつて『竜王の騎士』として覚醒した時に得た知識の多くは忘れてしまったが、その特異な戦闘技術の幾つかは彼の記憶に今も遺されている。
精霊力とオーラの力。
通常であればけして同時に使えない二つを、融合する事で倍化させる奥義である。
今まではオーラ魔法を失っていた為に使えなかったのだが、キルカによって力を取り戻した事で使用が可能になったのだ。
しかし、戦況は圧倒的に不利になっていた。
幻術が解けたことで、後方に配置していた本隊が丸見えになってしまい、敵の弓兵や水天ユヴァーシャからの攻撃を妨げるものが無くなったからだ。
実際、レベッカが離脱した事で弓兵達が落ち着きを取り戻し、本隊に狙いを定めようとしていたのだ。
「やらせるかっ！」
アグニスの二の太刀を掻い潜り、レッドの姿が瞬時に消える。
次の瞬間、弓兵と本隊との間に『転移』した彼は、飛んでくる無数の矢に対して炎の翼を展開させた。
十六に分かれた翼が、まるでそれぞれ独立した生き物であるかの様に飛び回り、飛来する矢を燃やし尽くしていく。
彼を中心として形成された陣が、空間を支配するかのように熱波を撒き散らしていった。
そして。
「やはりドラゴンモード抜きでの『火翼陣』は無理……か」
十一秒の後、始まりと同様に唐突に炎の翼が消えた。
それでも翼から放たれた火矢によって、敵の陣営は壊滅的な損害を受けていた。レッドは荒くなった息を整え、もう一度オーラマックスを発動させた。
「フェニックス・ブレイカーーッ！！」
エクセラから放たれた巨大な炎を纏い、不死鳥が飛翔する。
「ああ！」
ユヴァーシャが生み出した水柱を軽々と貫き、空中で彼女を捉えた火の鳥が、そのまま大地に叩きつける。
そのままで勢いで、術を解いたレッドが、アグニスにイリュージョンラッシュを仕掛ける。
余力は既に考えていない。全力に近い飛ばし方であった。
四体の分身が与える効果は薄かったが、スピードで圧倒的に勝るレッドが次々と斬撃を加えていく。
舞台を谷の上に移し、戦いは続いていった。
「ぐぅっ……」
急所だけをカバーし、強靭な肉体に気を通わせて耐えるアグニス。
豪壮な神霊鎧が見る影も無くボロボロにされていくが、反撃の機会を窺う瞳には、今だ敗北の色は無い。
（さすが……手強いな……！）
一方的に押している様に見えるレッドだが、余裕は無かった。
先程の『火翼陣』と、フェニックスブレイカーで二度のオーラマックスを発動している以上、次に来る反動はかなりのものだろう。一気に片をつけないかぎり、勝機は無い。
二刀流にしていたエクセラを大剣へと戻して、その時を窺う。
残された時間を削り、相手との空間を支配する。
三体の分身を犠牲にして作り出したその場所に……。
「ヴォルカニック……ブレードーーーッ！！！」
残りの精霊力を開放し、必殺の一撃を叩き込む。アグニスの持つ耐火能力の上から、それでもダメージを与える一撃を。
エクセラを振りきったままの姿勢で、レッドの動きが止まる。
両手を交差し、歯を食いしばって猛攻に耐えていたアグニスが、彼の方に向かって数歩近づき。
ズシーン
そのまま大地に崩れ落ちた。
最後の一撃を耐えた事で、勝利を確信していたのか。その表情に笑みを浮かべて力尽きていった。
「レッド……！」
膝をつく彼の元に寄るレベッカに微笑を返し、ゆっくりと立ち上がる。
オーラマックスの反動が体の芯までずっしりと圧し掛かる。正直、立っているので精一杯というところだった。
最後の一撃でなお、アグニスに反撃する力が残っていたら危なかっただろう。
そんな二人の元に、ようやく本隊も追いついてきた。
何人かが流れ矢に当たったり、ユヴァーシャの水龍によって怪我を負っていたが、生命に別状は無いようだ。
ただ、二人を遠巻きにして近づかない。
それが少し寂しかった。
「よ、ご苦労だったな。疲れてるとは思うが、一気にここを抜けちまうぞ」
キルカだけが以前と変わらぬ様子で話しかける。
それに頷き、レッドは重い体を引き摺りながら歩き始めたのであった。
●異能者
谷を抜けた一行は、もう少しでソーンへの月道へと通じるところまで来ていた。
先頭をレベッカに任せ、レッドはしんがりで警備を続けていた。
（体調は好調時の八割ってとこか……）
キルカによって治療は受けたものの、全開で戦った疲労は簡単に抜けるものではない。ましてや、ろくに休憩も取らず、気を張ったままの逃避行ではなおさらである。
だから、それが接近していた事にさえ気づけなかったのかと、レッドは後にそう思った。
「ふ〜ん……火天、水天の二人を退けてここまで来たのか。なかなかやるね、君」
「……誰だ！」
樹上の男は、疲れていたとはいえ、レッドに気配すら察知させなかった。
合図が無かったという事は、先頭を行くレベッカも気づかなかったのだろう。
レッドは最後尾を行く村人に声をかけ、先に行かせた。万一の時はレッド一人が残って食い止めることになっている。
それは、自分一人であればどうにでも出来るという自信からでもあったのだが。
「……よっと」
目の前に降り立ったのは、底の知れない男であった。
軽やかな身のこなしは、既に只者ではなかったが、相対していてさえも殺気を感じさせない。
絶やさぬ微笑みが、レッドの脳裏に危機感を訴え続ける。
「天王ラドロック。神霊王の命により西方域の討伐中の身だ。別に君らを倒す必要もないが、一応あの二人は僕の部下でね。尻拭いくらいはしなくちゃならない」
レッドがドラゴンアミュートを纏うのと同時に、相手も金色の神霊鎧を身に纏った。
手にした小さな武器にはそれほど殺傷力があるとも思えないが、エクセラのように変形するかもしれない。
そう、身構えた時だった。
フッ
唐突に。
レッドは天王ラドロックを見失った。
次の瞬間には眼前にいて、彼の首筋に武器を振るったのを、かろうじて受け流す事ができた。
「……大したものだね。二秒しか削れないとは」
大きく間合いをとるレッド。
無造作に振るわれた一撃は、アミュートの中程まで達していた。
（今のは何だ……？ 瞬間移動……？ それにしても気配も感じさせないなんて……！）
ゆったりとした構えからは、次の行動が読みづらい。そして、完璧なまでに消された気配がそれを後押ししている。
タイプこそ違うが、ギルドナイトのレグ・ニィと同様の読みづらさだった。
そしてまた、一瞬で間合いを詰められ、至近距離から五発の気弾を受けたレッドが後方に弾き飛ばされた。
（これは……！）
その僅かな時間のうちに、レッドは敵の能力に気がついていた。
彼の空間認識力を超えて接近し、ノータイムで気弾を放つなど、殆んどありえない事である。師であるエランも零距離オーラショットの達人であったが、その彼女でさえ五発を連続して撃ち込むことなど不可能だろう。
つまり。
（奴は時間を止めている……？）
そう考えるしか無かった。
『竜王の騎士』としての知識の中に、そういった力を持つ者の存在があった事は事実だ。
技でもなく。
魔法でもなく。
種族としての力でもない。
それは、レッドが初めて遭遇する『異能の力』であった。
「くっ！」
ネタがバレたからといって、敵の攻撃を防げるわけではない。
だが、戦い方はある。
「む……？」
レッドのとった構えを見て、ラドロックが訝しげな視線を向ける。
それは、『龍鱗』で防御力を上げ、カウンターの一撃を待つ構えだった。エクセラも二刀流に変えている。
ラドロックが何秒時間を止められるのかは知らないが、無限に止められるわけでもないのだろう。致命的な一撃を放ってこないのも、何らかの制限があるものと見ていた。
ならば、相手の一撃を受け、返しの一撃を放つしかない。
「こちらの力に気がついた？ そうだね。じゃあ、こんなのはどうだい？」
八つ身に分身したラドロックが迫る。
レッドが知覚出来る限りでは、ほぼ同時に八方向からの斬撃が彼を襲った。
イリュージョンラッシュの完成形に近い。時間を止める事で擬似瞬間移動を果たしているのだろう。
それでも、ぎりぎりのところでレッドはそれらをかわし、逆に一撃を与えていた。
「……やっぱり君は危険な存在だね」
ラドロックの目が細くなる。
二人の間に緊張感が高まっていく。
その最中、レッドは遠くからの合図をじっと待っていた。レベッカからのものだ。村人達が無事に聖獣界へと脱出すれば、彼がここにいる理由も無い。ラドロックの擬似瞬間移動とは違い、本当に瞬間移動出来る彼ならば、逃げ切れるはずだった。
「お待ちください」
その場に女性の声が響いた。
ラドロックが小さく舌打ちする。
そしてほぼ同時に。
「レッド、こっちは終わったよ」
レベッカからの『風の声』が届いた。
先程のが誰の声かは分からないが、ラドロックからは先程までの緊張感が失われていた。
それを確認し、レッドはドラゴンバニッシュでその場を離れたのであった。
「……滴る毒よ」
レッドが消えた後、ラドロックは忌々しげに呟いた。
「何故止めた？」
「まだ彼らには利用価値があるのですよ。特に『英雄の血筋』にはね」
それを聞いてもなお、ラドロックには興味が無さそうだった。
「そんな事はどうでもいい。私は神霊王にお仕えてしているのであって、貴様らの指示に従う理由など無いという事を忘れるな。確かに王は、貴様達カオスの力をお認めになった。だが、手先になる気など無いぞ」
「心しておきましょう」
それっきり、女性の声はしなくなった。
後に残ったラドロックは一人、レッドの消えた場所を見つめながら佇んでいた。
●エピローグ
レベッカと合流したレッドは、難民の一行をレクサリアへと誘導し、そこで受け入れの手続きを取った。
ジェイク・バルザックに貸しを作る形にはなったものの、元々、それを気にするような間柄でもない。
ただ、それからしばらく、二人はギルドからの仕事で『混沌の迷宮』に出入りする事になった。
その事が、新たな冒険の始まりとなる事に、まだ二人は気がついていない。
了
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
3098／レドリック・イーグレット／男／29歳／精霊騎士
【ＮＰＣ】
レベッカ・エクストワ／女／23歳／冒険者
※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
どうも、神城です。
どうにか東方編も終わりました。元々は王国相手に皆で一戦交えるという原案だったのですが、さすがにそこまで書く余裕も無く。
次の話も考えてはいますが、また始めると長くなりそうな話なので、どうなるかは未定です。
ただ、レベッカの話にケリをつけるとなれば避けては通れないかなぁといったところで。
機会があれば、書きたいと思います。
まぁ、これで全員『墜ちた都市』に戻ってきたので、その状態でもいいかなとも思っていますが。
それでは、また。
|
