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■青春流転・参 〜啓蟄〜■

遊月
【7401】【歌添・琴子】【封布師】
 突然、自分を取り巻く空気が変わった。覚えのある――青い空間が広がる。
 そして現れた人物――ソウ。しかし以前と何かが違う気がする。
 紫の瞳が自分を映したとき、それは確信に変わった。
「汝は苗床」
 冷たいとすら思える、何の感情も浮かばない瞳。
 別人かと思うけれど、そうではないと何故かわかった。
「――喰われたくなくば、離れよ」
 そうして告げられたのは――『警告』だった。
◇青春流転・参 〜啓蟄〜◇


 はらり、と桜の花びらがひとひら目の前を過ぎって、歌添琴子は反射的に己の手を見下ろした。
 一片の桜の花びらの形をした痣がそこにはある。そっとそれに指を滑らせて、琴子は顔を上げた。
 瞬間、周囲が一変する。どこまでも広がる青と、ひらひらと舞う桜の花弁。見覚えのある風景に、琴子は驚くこともなく視線を巡らせた。
 一瞬先まで誰もいなかったはずの場所に現れた人物に、柔らかに微笑みかける。
 忘れようにも忘れられない、そして忘れるつもりもなかった人――ソウ。
「お久しぶりです、ソウ様」
 しかし、彼は挨拶を返すでも微笑みを向けるでもなく、それどころか視線を合わすことさえしなかった。
 違和感に、琴子は眉を顰める。
 前回、前々回と会った際に触れた彼の人となりからは、既知の人物を無視をするようなことは想像しづらい。
 聞こえていない、ということはないだろう。ソウと琴子との距離は、十歩あるかないかほどだ。
 それに、反応を返さないからだけでなく、彼の纏う雰囲気そのものにも違和感を感じる。
 数秒の間をおき、それでも彼が反応を示さないのを見て取って、琴子はもう一度声をかけるか否かを逡巡した。
 不意に、つい、とソウの視線が宙を滑り、琴子を捉えて止まる。
 恐ろしく無感情な瞳に、琴子は思わず息を呑んだ。
「汝は苗床」
 冷たいとすら思える、平坦な声音が鼓膜を震わす。
 ソウではないのかと考えてしまうほどに、これまでとかけ離れた雰囲気を感じる。しかし、どこか――理屈ではない部分、直感というべきもので、理解する。
 彼は、限りなく別人に近いけれど、――それでも『ソウ』なのだと。
「――喰われたくなくば、離れよ」
 淡々と紡がれる言葉は、何の感情も含まないからこそ、真実なのだと雄弁に伝えてくる。
「『警告』だ。二度は、言わぬ」
 話は終わったとばかりに、ソウが踵を返そうとする。しかしその前に、琴子が一歩、踏み出した。
 琴子の表情を目にしたソウが、僅かに興を惹かれたように動きを止める。
「苗床とは、何ですか」
 また一歩、琴子がソウに近づく。
「手に浮かぶ痣、偶然とは思えぬ邂逅が……私とソウ様を結びつけているのなら」
 さらに、一歩。
「警告しても無駄です」
 強い意志を湛えた瞳でソウの紫の瞳を見返して、琴子は婉然と笑む。
「喰らうとおっしゃるなら、さあどうぞ。――私に喰らいついてみて下さいませ」
 手を伸ばせば触れる距離で、挑発にも似た言葉を告げた。
「……喰らわれても構わぬと?」
 見定めるような視線と共に問われて、頷く。心の内に確かにある想いが、そうさせた。
「私は二度は『警告』せぬ。あえて選ぶというのなら、止める道理もない。――好きにするがよい」
 言って、ソウはゆるりと目を閉じる。瞬間、纏う雰囲気ががらりと変わる。
 瞼が開かれる。そのときにはもう、琴子の知る『ソウ』だった。
 けれど、決定的に違うのは――瞳に映し出された、戸惑いと、怯えと、悔恨の情。
「どうして、――どうして、貴女は、」
 僅かに震えた声音が、まるで泣いているように聞こえた。
「会って間もない私に、そのようなことを仰るのです。その方が『都合がいい』のは確かです。これまでだってそうだった――それなのに、私は」
 恥じ入るように目を伏せて、ソウは唇を噛む。
「それをただ単純に、喜べなかった。……せめて私だけはと、思っていたのに。夏も、秋も、冬も、あの方の悲願を叶えることなく過ぎ去ってしまった。だから、私だけは――『青春』だけは、と思っていたのに」
 嘆く彼に、琴子はそっと手を伸ばす。きつく握り締められた拳に触れれば、ソウははっと顔を上げて琴子を見る。
「……そんな表情をしてみても遅いのです。私、ソウ様に心惹かれているのですから。あなたが何を想っているのか、知りたい。教えてほしい」
 爪のあとが残るほどに力の込められた拳をそっと解く。ソウは拒絶することなく、ただされるがままにしていた。
「こんなにも、私の心は揺れ動いています。――私がここへ来たいと思っただけでなく、あなたも私を呼んだのだと信じたい。その理由が、私への好意でなくても構わないのです」
「……本当に、そう思っているのですか」
「はい。ソウ様が私に何の感情を抱いてらっしゃらないとしても、こうして会って、言葉を交わして下さるだけでよいのです。――関わらせてください、この青空と桜のもとで行われている『儀式』に。私はどうしたらよいのです。何をすれば、よいのですか」
 紫水晶の瞳が閉ざされる。再びそれが琴子の目に映ったときには、揺らぎ一つそこには見えなかった。
「――何も。貴女は何をする必要もないのです。ただ、然るべき時にこの空間で私と共に過ごしてくださればいい。今のように、ただ私に心を寄せてくだされば。そうしてこの『印』を咲かせてくだされば、それでいいのです」
 言葉と共に手を取り返され、手に浮かぶ痣をなぞられる。触れられた部分が、熱を持った気がした。
 花弁の痣を見つめるソウの顔が、ふと悲しげに翳ったことに、琴子は気付く。
 気付けば、また口を開いていた。
「悲しそうな顔をなさらないで。あなたと成すべき事があるのなら、私は共にありたい……」
 改めて口にする己の願望に、僅かに気恥ずかしさを感じて、琴子は頬を染める。
 想いに時間は関係ないといえど、まだたったの三度しか会ったことのない相手に告げるには、性急過ぎる台詞だったようにも思えた。
「共にあることは、以前告げましたようにできませんが……また春分の頃に、ここへ貴女をお招きすることを、許していただけますか」
 是か否かを問われれば、返す答えは決まっている。
 琴子はそっと、答えを囁いた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7401/歌添・琴子(うたそえ・ことこ)/女性/16歳/封布師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、歌添さま。ライターの遊月です。
 「青春流転・参 〜啓蟄〜」へのご参加有難うございます。

 ソウとの三度目の接触、如何だったでしょうか。
 なんというか、前回以上に書いていて気恥ずかしかったです。かつてない速度で糖度が増しているような気がしてなりません…。
 ソウが色々揺さぶられている感じですので、これからまた対応が変わってくるんじゃないかな、と。
 
 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。