■【楼蘭】茱・作薬■
紺藤 碧
【3087】【千獣】【異界職】
 村人の話からすればこの辺りだったと思う。
 道は獣道。よくただの村人が入れるものだ。
 だがこういった人が寄り付かない場所に薬草は多く生えているのだそうだ。
 歩いて移動する必要があまりない仙人にとってみれば、人のように生活に適した場所に家を構えずとも、目的に即した場所に家を建てたほうが効率的なのだ。
 ―――訪ねるほうにとってみれば、かなり厄介ではあるが。
 その過程の苦労こそが、仙人を讃えさせる要因になりえているのだろう。
 そしてこの先に住むという仙人は、訪れれば拒むことなく仙薬を分けてくれるらしい。
「この洞に人が尋ねてくるのは久しぶりですね」
 洞の主は賢徳貴人―――姜・楊朱。
 手短に、用件を話すと、姜はしばし考えたようだった。
「その仙薬を作ることは難しいことではありませんが……」
 どうやら材料が足りないらしい。
「必要ならば案内を着けますが…どうしますか?」
 あまり山や薬草には詳しくない。暫く考えることにした。



【楼蘭】茱・作薬 −答−









 千獣の手に渡った核を創った邪仙や、瞬・嵩晃とは違う。
 姜・楊朱が求めているものは、感情のまま紡ぎだす信念ではなく、時に感情さえも制する思考。
 奇しくもそれは、千獣自身の出自を考える結果になった。
 そう、千獣は自分を産み落とした者から育てられたのではなく、捨てられた森の狼に育てられた。
 姜を追うように洞から出る。
 そこに姜の姿は無く、千獣が着たことを告げた少女――確か狸茱と言ったか――が、一人で洞の周りに植えてある薬草の手入れをしていた。
 千獣は姜の行方を聞こうと狸茱に向かって歩き出す。だが、千獣が声をかけるよりも早く、狸茱は立ち上がり振り返ってにぱっと微笑んだ。
「どうされたのですか?」
「あの、姜、は?」
「お師匠様は、渡しそびれたものがあったそうで、桃様を追いかけていかれたのです」
 考える時間が増えたと思うべきなのだろうか。
 それでも導き出された答えを早く姜に伝えたくて、千獣の表情はどうするべきか思案するように、眉間に皺がよっていく。
「大丈夫なのですよ! お客様のことは狸茱が頼まれてるのです!」
 そんな千獣の厳しい表情を見て取り、狸茱は腰に手を当てて任せてくださいと胸を張った。
 難しく考えていた千獣の中で、何かがパチンと弾けた。そう、理屈――でも、ないのだ。
「……私、千獣」
 いつまでもお客様と呼ばれるのは嫌で、狸茱に名乗れば、またまた明るい笑顔が千獣に返ってきた。
 それでもどこか浮かない顔をしている千獣に、狸茱は困ったように眉根を寄せ、心配そうに告げる。
「お師匠様を嫌わないで欲しいのです。本当は凄く優しいのですよ」
 親を殺された自分を拾い、育て、今ではこうして弟子として共に暮らすことを許してくれている。
 そう、嬉しそうに話す狸茱に、千獣は眼を丸くした。
 捨てられた自分と、親を殺された狸茱では、厳密には違うが、関係の無い誰かが自分を育ててくれたという境遇は同じ。
「……同、じ、だね」
 千獣の表情が和らいでいく。今度は狸茱が眼を丸くした。
「関、係、ない、から…関係、しない、なら……私、たち、は、ここに、いない」
 それは姜に求められた答えの一端。そう、関係ないと言うならば、あの時、育ての母は自分を食べれば良かったのだし、姜だって狸茱を見捨てれば良かったのだ。
「狸茱は最初からお師匠様の弟子だったわけじゃないのですよ。一度は野性に返されて、普通の狸として生きていたのですけど、やっぱり忘れられなくて、一生懸命勉強して、変化の術を会得して狐狸精になって、土下座して弟子にしてもらったのです」
 どうして姜は狸茱を助けたのだろう。
 どうして最初から姜は狸茱を弟子にしなかったのだろう。
 どうして、関係ないのに、獣の母は千獣を育てたのだろう。
 どうしての気持ちは無くならない。けれど、
「私、は、自分、の、生を、悔やん、で、ない」
 関係のないものが自分の生を育んだ。この境遇を悔やんでいたら、きっと自分は核に身体を与えたいなんて思わなかった。
 最初は無関係でも、気持ちを向けた時点で関係が繋がっている。
 その行動に含まれる気持ちは、きっと姜も知っている。関係のない狸茱を助けた姜ならば。
「狸茱が聞いても構わないですか?」
 狸茱だって姜の弟子だ。何が起きているか知っているのだろう。それに、もしかしたら千獣より年下に見えて、永く生きている可能性もある。
「狸茱はまだまだ修行中の身ですから、お師匠様たちが行うことに何かしら口を挟むことはできないのですけれど、お師匠様の危惧と憂いは解るのです」
 その言葉の中には、核に形骸を与えることを危惧した瞬と、この先、生きていくことになる核の成長を憂いた姜が、含まれている。
 狸茱は核のことを、千獣が形骸を与えたいことを、知っている。きっと、姜が瞬に頼まれた宝貝のことも。
「私、が、あの子、の、大切な人、に、なれ、たら………私の、痛み、は、あの子、の、心に、別、の、苦痛を、与える、の、かも、しれない………」
 千獣の言葉を、狸茱はその見た目にそぐわぬ真剣な眼差しでうけとめる。
「でも……私、を、責める、だけ、の、子、なら、自分で、痛み、を、持って、生まれ、ても、対、等、には、なれない、と、思う………責めて、も、心の、痛み、を、乗り、越えよう、と、する、意志と、行動、が、あれば………それ、は、対等、に、なった、と、言え、ないかな」
 平等・不平等の天秤は境遇や条件に関わらず、意志と行動で平等にも不平等にも傾けられる。千獣はそう考える。
 だから、対等や平等の定義なんて、産まれではなく生きていく中で培うものではないか。
「……体、の、痛みと、心、の、痛み………どちら、の、痛み、が、重いか、わからない、けれど」
 口を閉じた千獣に、狸茱は困ったような顔つきで言いたいことはあるが上手い言葉が見つからず、手をもじもじとさせる。
「痛みに重さはないのですけれど」
「身体の痛みを教えることは容易いですが、心の痛みを教えることは容易ではありません。痛みを感じぬ者に痛みを気付かせることは不可能でしょう」
「お師匠様!」
 振り返ったその場所に、姜が立っていた。
「私たちは、そうなるかもしれないという仮定の話をしたのみ。それは経験をしなければ感じることもないのですよ。殴られれば痛い。その単純な根本原理を、痛みを感じぬ核にどう教えますか?」
 きっと、それが、姜が千獣に求めている“育む”の答え。
 自分はどうした? どうしてもらった?
 経験しなければ分からないようなことは、どうやって教わった?
「伝える」
 痛いんだよ。と言葉で伝えるだけで、どれだけ伝わるか分からない。けれど、何も言わないよりは何十倍もいいはずだ。
「母、達、を、始め……多くの、人達、に、優しさ、も、強さ、も、厳しさ、も、いっぱい、伝え、て、もらって、今、ここ、に、いる………だから、この、子、に、も、伝える」
 何度も、何度だって、分かるまで根気よく。
 絶対に投げ出したりしない。
 きっとそういうことなのだ。たとえ個であろうとも、最後まで責任を持つこと。自らが責任を負えるようになるまで。
 例え、成長して独立して自らの足で立つようになっても、その後ろにいる自分の責任が消えるわけではない。
 それが“親”と、いうものなのだ。
 自らの全てを託し、この世を去る日が来るまで。
「……説了不可能的事」
 姜の顔はどこか沈んでいるように見えた。だが、それ以上言葉を続けることはせず、一度眼を伏せ、ゆっくりと場を切り替えるかのように溜め息混じりに開く。
「ついて来なさい」
 裾を翻し歩き出した姜に、千獣はあわてて付いていく。
 人の歩みとは違うその速度に眼を瞬かせる。
 姜が立ち止まったのは、洞からそう遠くもない池。
「あ………」
 池には季節外れの蓮が咲き誇る。その光景は、まるで極楽浄土。白と淡い桃色のグラデーションを描く花びらは、池の底から茎を伸ばして咲いているのだろうが、まるで水面に浮いているかのように見えた。
 姜は袖の中から1つの巻物を取り出し、その止め具を外す。
 そして、巻物から、掌にすっぽりと収まってしまう、小さな種のようなものが呼び出され、その場に光を纏って浮かぶ。
 姜は俯いたまま、池を見つめ眼を細める。
 千獣がこの国を離れたら、あの宝貝人間はどうなるだろうか。
 宝貝人間は普通の人間とは違う。何かしら傷を負ったり、形骸に不具合――病気になってしまったら、普通の仙人でも治すことはできない。
 気が付いていない、きっと。
 終わりが無い――見えない生とは、時にとても重荷で残酷だ。
 それは自分たちにも当てはまる。けれど、同じではない。
「宝貝とはどんなものか知っていますか?」
「…ううん、知ら、ない……」
 振り返らずに問う姜に、千獣は首を振って答える。
 その答えが返ってくることは分かっていたというように姜は俯き、一拍置いて続ける。
「宝貝とは―――」
 使用者の力を吸って効果を発揮する道具。宝貝と使用者には相性が有り、それが悪かったり効果の高い宝貝だった場合、使うためより多くの力を必要とするもの。
「……力?」
「そうですね、今回の場合は、体力と、しておきましょうか」
 魔法力を要求されたら、そんなもの皆無な千獣はどうしようかと思ったが、体力ならば自信がありすぎるほどにある。千獣は少しだけほっとした。
 姜はすっと目の前の池に向けて腕を上げ、数多ある蕾に向けて指を差す。
「あなたに蓮華を差し上げます。選びなさい」
 一般的に親しみの無い呼び名でハスを呼ぶ姜に、千獣は一瞬小首をかしげたが、それが目の前の池に向けられていると分かるや、姜に並ぶように池のほとりに立つ。
 膨れた涙の形の蕾は、今にも咲き誇らんばかりにぴんと伸びている。
 千獣はその蕾を見つめ、そのままどれを選ぶべきかその場手立ち尽くした。


























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】茱・作薬にご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
 行き成り答えを話し出すのも可笑しな感じがしたので、狸茱と話しつつ答えを告げる感じにしてみました。
 どんな蓮(色は白からピンクのグラデオンリーですが、ピンクの色の濃さは自由です)で、その蓮に対してどんな感情を持つのか、ということを続きを望まれるのでしたら、プレイングにお書きいただくと良いかもしれません。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……


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