■紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltz■ |
紺藤 碧 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
一応の決着はついたと思う。
この先、エルザードの街が夢馬の脅威にさらされることは無いだろう。
だが、それは本当だろうか。
目的が見えず、暗躍している男が1人。
そして、盲目に目的へと突き進み、それを成した双子。
手を貸した自分は、知る権利があるのではないだろうか。
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紅玉の円舞曲 ruby-waltz
「お前!」
突然腕をつかまれ、怪訝そうな面持ちで振り返る。
そこに立っていたのは、見ず知らずの少年。――いや、多分、声質からして少年だろう。
少年は、足元まである長いマントを羽織り、深く被ったフードで顔も分からない。
けれど、そのきつく引き絞った口元が、冗談でも悪戯でもないと告げているように感じた。
「お前から奴の気配がする……遭ったな! 奴に!!」
彼が言う“奴”という存在が誰かは分からず、思わず問い返す。
「……そうか、シラをきるのか。奴に手を貸しているのは、お前か!」
少年は間合いを取るように飛びのくと、紅色の宝石がついた杖を自分に向けてきた。
「消え去れ…!」
リボンを編むように、一瞬にして自分を取り囲む方陣。
流石にコレはやばいと思った。
なすがままという表現がばっちりと当てはまりそうなほど、どこか魂が抜けたような様子で、千獣は事の起こりをただ呆然と眺めていた。
「…………や……つ…………?」
聞き取れるかどうかさえも分からないほど小さな声音で、千獣は聞き返す。
少年はそんな千獣の様子をただ見据え、杖を構える手に力を込めた。
その動きに呼応して、千獣を取り囲む方陣の光が増していく。
周りの空気が徐々に蒸発し、乾燥するように唇が乾き始めるが、それさえも一向に気にならないほど、千獣の心はどこかここにあらずという風体だった。
「…………やつ…………なんて…………名前の…………人…………知ら……ない…………」
まるで、遅く帰り、戸口で「オレオレ」とか「わしわし」と言って、家人に「そんな人知りません」とはぐらかされる、問答のようだ。
元々口調がのんびりな千獣ではあるが、今日はいつにもまして言葉がたどたどしく、かなりのロースピードローテンション。
そんなのんびり加減に少年はイライラと奥歯を噛み締め、構えた杖をついっと小さく動かした。
瞬間、千獣の横を駆け抜けた炎の弾。
「時間稼ぎにしても、上手くねぇよ」
じゅっと小さく焦げたような音がしたが、千獣の皮膚はその火傷さえも無かったことのようにすぐさま回復する。
少年の瞳がフードの下で鋭く細められた。
暫くそのまま立ち尽くしていた千獣だが、やっと思い出したかのように癒えた頬に手をあて、興味もないと言わんばかりにすとんと手を下ろし、微かに残った魂さえも吐き出してしまいそうなほど長くゆっくりとした溜め息をつく。
(クルス……)
森には行っていない。
先日の青年がクルス本人ではないと分かってはいるが、万が一本物だったと言われてしまったら、立ち直れそうも無い。
確認しに行くのはとても簡単だが、一瞬で見抜けなかった自分も少しだけ情けなくて、事が終わるまで合わせる顔がないとどこかで感じてしまっている自分。
それに、本人じゃなくても、大切な彼と同じ姿をした人を攻撃してしまったことが、千獣自身かなり堪えていた。
少年の杖の構え方が変わる。
方陣が微かに光をおび、熱量が増した気がした。
千獣はそんな方陣を虚ろな眼でぐるっと見回して、微かに残る欠片を口から零しつつ、徐に腕を獣化。普通であれば驚くソレも、少年は警戒するように口元を引き絞るばかりで、動揺した素振りはない。
千獣は腕を振り落とす。同時、少年は杖を凪いだ。
叩き割れる地面と、巻き起こる爆発音。
力を爆発させた方陣は、一度粉砕し飛び上がった土の塊が地面に落ちたとしても、その効力を失くすものではない。
「!!?」
ただ、少年が驚いたのは、その中心で千獣が膝を抱えて座り込んでしまっていたからであった。
本日何度目かもう本当に分からないほどの溜め息は、精神的に、千獣の中の魂をどれだけすり減らしたのか。
ぎゅっと膝を抱えてしゃがみこむ姿は、身を縮めて哀しみに耐えるそれに似ている。
「…………やつ……とか……知らない…………」
未だ方陣に囲まれたままなのも、少年に杖を突きつけられたままなのも忘れて、千獣はブツブツと呟く。
「……むしろ…………私が…………教えて……ほしい…………」
それはまさに独白というものだった。
答えを求めるよう言葉を発しても、本当に答えを求めているのではなく、起こってしまった事象に対しての、怒り。
クルスの偽者。攻撃してしまった自分。そうさせてしまった誰か。
千獣の頭の中は、もうそのことしか考えられなくなっていた。
「………大切な…………人の…………姿…………声…………記憶…………使った」
「てめぇの事情なんてどうだっていいんだよ! 鬱陶しい喋り方しやがって!!」
元々流暢に喋れる方ではなかったが、それでも会話が成立したのは、周りの人々が気遣ってくれていただけなのだ。
それは千獣の育ちに起因するもので、そんな喋り方になってしまうのも千獣に何の罪もない。
けれど、事情を知らない――特に、激昂した――相手にとってみれば、苛立ちの対象となってしまうのは仕方が無いことだった。
「………私、は………」
どう頑張っても、少年が望むような速さで言葉を紡ぐ事はできない。
千獣はまた強く膝を抱える。
半分もうどうでもいいやという気分になっていた。
それに、千獣にとっても少年の事情なんてどうでも良かった。ただ、大切な人の姿を取ったあの存在がどうしても許せなかったのと同時に、攻撃してしまった自分が情けなくて、それ以外のことが考えられなかった。
そのまま少年を無視して微かな怒りを含めてボソボソと呟く。
そっくり、似ている、けれど違うクルス。
悪戯にしても笑えない。誰が何の目的を持って千獣を騙そうとしたのか。
今、与えられているパズルのピースは二つ。
偽者のとクルツと、夢魔。
夢魔は男性の精を抜き取るものだと言っていた。二つを繋げる糸はどこに?
「…………夢魔…………」
千獣の口から出た夢魔の言葉に、少年の眼がピクリと動く。
「お前―――っ」
どちらにせよ、千獣にとって結論は一つ。
「絶対に…………許さ…………ない…………」
どうして夢魔の言葉がその口から出るのかと言いかけた少年の言葉が止まる。
許さないという感情に近しいものを感じて。
けれど、少年は自分が知る名称と認識が、千獣の呟きと違いがあることに、見えない眉根を怪訝そうに寄せる。
「お前は確かに遭ってるが、それは奴の特徴じゃねぇよ」
千獣が言った、記憶を使って姿かたちを取るというその行為が。
「奴は使うなんて事はしない」
「………じゃあ、どうして………?」
千獣の目の前に、あのクルスは現れたの?
余りにも真面目に問いかける千獣に、少年はふんっと鼻で笑う。その名称を知っていて、どうしてその特徴を知らないのかと、その笑いが言っていた。
だが、千獣は本気で分からなかったし、そもそも夢魔という存在も先日知ったばかり。
尚も問い詰める千獣に、少年は逆に方陣で牽制するように詰め寄った。
「んなことはどうでもいいんだよ。奴と何処で遭った」
「………知らない…………あなたの………やつ……は………知らない………」
首を振る。繋がらないなら、自分には遭った覚えがない。
「…………夢魔の……事…………知ってる……なら………教えて………」
少年はしょうがないと言わんばかりに舌打ちして、口を開く。
「あんたの想いが形作る。それがムマだ」
そう、奴に特定の姿かたちは存在しない。
「あんたがそいつを思い続ける限り、あんたの眼に奴はそいつの姿でしか映らない」
それは使っているわけでもなんでもない。標的が勝手にムマにその姿を投影させ見ているだけなのだ。
だから、全ての人が同じ人を想わない限り、同じ場で出遭ったとしても、ムマの姿は十人十色。
だったらどうやって対処すればいいのだろうか。
気がつけば、自分の周りを囲んでいた方陣が消えていた。
けれど千獣はそれさえも気がつかず、少年から言われたムマの事をただひたすらに考える。
使っているわけではなく、想う限りその姿ならば、もし次があったとしても、千獣の眼にムマはクルスの姿で映る。
想うのを止めればいい。でもそれは出来ない。
どうすれば―――
千獣はただ立ち尽くす。
そこに、少年の姿はもうない。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
今回紅玉を選択されましたので、紅玉の円舞曲 ruby-waltzとなりました。
殆ど認識を正すことに使ってしまった感が否めません。今回ののんびり口調に対して少年がキレてますが、多分概ねこんな認識で行ってしまうかもしれません。すいません。
それではまた、千獣様に出会えることを祈って……
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