■縁の協心■
水綺 浬 |
【4929】【日向・久那斗】【旅人の道導】 |
腕時計を覗くとそろそろ予定時刻だった。
遠く視線を飛ばした時、定刻どおりにバスの姿が現れる。エンジン音を唸らせ停留所に止まって扉が開く。
乗車してすぐに知り合いとばったり遭遇した。
「祐」
声をかけると嫌な顔をせずに微かに微笑む。
祐は天理と会うため待ち合わせ場所に行く途中だという。ついて行ってもいいか、と確認すると良い返事が返ってきた。
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縁の協心 - 繋がる光陰の道 -
久那斗はどこ行く風に煽られながら飛翔していた。傘の柄をきゅっと握って、町を見下ろしどこまでも空を渡る。
そこに、ひとけがない廃墟へ向かって連なる道を歩く祐の姿。
音もなく舞い降りながら傘を閉じた。
ドン
「うわっ」
重さはないのに、べったりと背中に引っ付く何か。
一瞬警戒したが、顔見知りだと知って頬を和らげた。
「なんだ、びっくりさせるなって言っただろ? 久那斗」
「祐……見つけた」
突然振ってきた十歳前後の少年。
「どこから来たんだ?」
久那斗は無言で空を指差す。
「は? 上?」
軽く頷く。
「……」
そういえば……と、以前”魔”を祓っていた能力者だということを思い出す。
これからは死角となる上も注意しておこうと心中で呟く。今回は久那斗だったが、敵であれば、しがみつかれた時点ですでに死ぬことになるのだから。
久那斗を地面にそっと下ろす。
「その傘で”魔”を祓っていたよな。オレは天に還す力を持っているんだ」
「……還す……?」
「……説明するより見た方が早いか」
ぼそっと独り言をこぼす。「こっちだ」と朽ち果てた廃墟へ足を踏み入れる。
足元は床が見えなくなるほど草が茂っていた。――鉄骨で出来た建造物。壁はあるものの、機能は果たしていない。ところどころに壊れ、外の景色が目に飛び込んでくる。上を仰ぎ見れば、天井がなく日差しがまともに入り込んできていた。もはや二階部分はなくなっている。つるだけが懸命に生きて広がっていた。人が見放した建物は急速に風化していく。
「あれを見ろ」
存在していただろう部屋の角を指差す。
そこは影になっていた。だがそれだけではない。影の中を動き回り、煤のようなものがうごめいている。
「あれは”魔”が人にとりつく前の状態なんだ」
祐が一歩ずつ近づくたびに、ざわざわと騒ぎだす。
我慢できなくなったかのように、”魔”が飛び出す。獲物がやってきたと喜びながら。
祐は冷静に手の平を目の前にかざした。
純白の光が放出され、”魔”をくまなく照らし出す。あっという間に、光の網にとらえて消えてしまった。
祐が踵を返して、「これが還す力」と応える。
”魔”に使えば地球の気へと浄化され、霊魂に使うと天へと魂を送り届けるのだ。
それを見た久那斗は、もう一箇所、はびこる”魔”の元へと足を運ぶ。
「久那斗?」
真似るように手でもって浄化する。
「!」
祐は放たれた光に目を丸くした。
久那斗が祐と同じ――いや、似た力を使ったのだ。初めて見たそれに、衝撃が走る。
「お前も、出来るのか?」
「でも……しない……」
「しない?」
久那斗にとって、基本的に還す――導きはほとんどするべきではない、と思っていた。
「イザナミ……。イザナギ……」
祐ははっとする。その名前はかの有名な黄泉比良坂という神話に出てくる名前。
久那斗は続けてしゃべり始めた。
イザナギは亡くなった妻のイザナミに逢いたくて黄泉の国へ行った。そこは死者の世界。イザナギは帰ってきてほしくて願ったけれど、約束を破り、変わり果てたイザナミの姿を見てしまう。イザナギは逃げようとしたが、イザナミは許せなくて黄泉の国の者たちを引き連れて追いかけた。イザナギは桃の実を投げつけて退けたがイザナミは追ってくる。そこでイザナギは黄泉比良坂にあった大きな岩で道を塞いだ。
そして、輪廻転生の話も付け加えた。
もしかしたら、イザナミもどこかで生まれ変わっているかもしれない、と。
「魂……同じ。同じ……存在……。でも……記憶……残らない。哀しい」
前世の魂が蘇えれば、器は別人でも中身は同じ。けれど前世の記憶が残らない、それが切なかった。
そして。
いつか魂は天に還り、また生まれてくる。それの繰り返し。
その理を外れて、強制的に天に還す行為はしない方がいい、そう考えていたのだ。
「確か、その場所って島根にあると聞いた、な……」
「しまね……? なに?」
「え、知らないか? 同じ日本にあるぞ」
「……にほん……?」
脳裏に掠める、あの日のこと。そういえば久那斗は世界のことを知らなかった。以前、何度も質問攻めにあったことがある。
無意識にため息をつく。
「日本というのはここのことだ」
「……ここ?」
「今立っている、国のこと」
「葦原中国……?」
数秒の沈黙が流れた。
久那斗が言った葦原中国の言葉を知らないわけではない。神々、天津神の住む天上世界を高天原と言ったら、その逆、人間の住む日本の国土を指す言葉だ。
祐は頷くが疑問が湧いてきた。
葦原中国と言い、祓うことのできる能力。気配すらもなくしてしまう、その力。何者なのか、と初めて本気で考えてしまう。
「行く?」
「どこに?」
「黄泉比良坂」
小さい手を祐に差し出した。
漆黒の瞳が祐を捕らえる。半信半疑だったが久那斗が嘘を言っているようには見えない。
恐る恐る手をとると、一瞬で廃墟から二人がかき消える。
二人はすでに黄泉比良坂のある大岩へと踏み込んでいた。
二本の石柱が細いしめ縄で結ばれ、黄泉の国への境界を示しているかのよう。その先には大きな石がでんと構えている。林の静けさから何者かが息を潜めているように感じて震えが走る。
「こ、ここなのか」
確かに得体のしれない気が漂っている。この先に侵入すれば帰ってこれない、そう直感した。
久那斗を見れば、何かの名前を呟きながら一心に大岩へと目を向けている。
何か関係しているのか、と疑わずにはいられなかった。
その後すぐに帰還した。行きと同じく一瞬だ。瞬きするうちに元の場所へと戻ってきていた。
「帰った……。本当にすごいな、久那斗」
隣を見ると、足取りがフラフラで眠たそうに目をこすっている。
「どうした? 眠いのか?」
(まぁ、相当な距離を飛んだもんな。疲れるのも無理はない)
久那斗は声がした方に振り向いて、そのまま体ごと寄りかかった。意識が朦朧としている。力を使うと眠たくなるのだ。
「しょうがないな、ほら」
祐は背中に久那斗を受け入れた。すぐに久那斗は寝息を立て始める。
他人には一切背中を見せない祐だったはずなのに、今は違う。
(オレも変わったってことか……)
無防備に寝ている子供にふっと柔らかく微笑んだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4929 // 日向・久那斗 / 男 / 999 / 旅人の道導
NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年
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■ ライター通信 ■
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日向久那斗様、発注して下さりありがとうございます!
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。
水綺浬 拝
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