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■第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗■

石田空
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
 聖学園生徒会室。
 学園の中で聖地とも墓地とも呼ばれ、生徒達からある事ない事様々な噂が漂う場所である。
 その奥にある生徒会長席。
 机の上には埃一つなく、書類も整理整頓され、全てファイルの中に片付けられていた。
 現在の生徒会長の性格と言う物がよく分かる光景である。

「何だこれは、ふざけるのも大概にしろ」
 普段は品行方正、真面目一徹、堅物眼鏡、などなどと呼ばれる青桐幹人生徒会長は、眉間に皺を寄せて唸り声を上げていた。
「会長、口が悪いですよ……」
 隣の副生徒会長席に座って書類を呼んでいる茜三波は困ったような顔をして彼を見た。
「……済まない、茜君」
「いえ」

 青桐が読んでいたのは、学園新聞であった。

『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』

 ゴシック体ででかでかと書かれたトピックが、今日の学園新聞の1面記事であった。

「学園のゴシップがこんなに大々的に取り上げられるとは、学園の品性にも関わる由々しき問題だ」
「理事長には進言したんですか? 新聞部に自重するようにと……」
「学園長は「好きにさせなさい」の一言だ。理事長のお墨付きだと、新聞部は怪盗オディールの英雄気取り記事を止める気はないらしい。困ったものだ……」
「学園の外部への連絡は?」
「それはできない。学園に怪盗が出たなんて言ってみろ。マスコミや警察、探偵や魔術師、何でもかんでも土足で踏み込んでくるぞ。ただでさえ生徒が浮き足立っているのに、ますます生徒がお祭り騒ぎで授業や芸術活動に勤しむ事ができなくなる。学園内の騒動は学園内で解決するのが筋だろう」
「ますます困りましたね……」
「全くだ……」

 茜は青桐に紅茶を持ってくる。今日はストレートでも甘い味のするダージリンだ。
 茜の淹れた紅茶で喉を湿らせ、青桐は眉に皺を寄せた。

「……仕方がない。あまり典雅な方法ではないが」
「どうされるおつもりですか?」
「生徒会役員全員召集する。その上で自警団を編制し、怪盗を待ち伏せる」
「……そうですか」

 茜は心底悲しそうな顔をした。
 聖学園の生徒会役員は、クラスからの選挙制ではなく、学園の理事会から選ばれた面々である。
 品行方正、文武両道、その上で自警団を編制したら、きっと怪盗も無事では済まないだろう。
 茜は目を伏せた。いかに怪盗であり、学園の秩序を乱すと言われても、争い事は嫌いであった。

「そう悲しい顔をするな茜君。私も別に彼女を殺したりはしない。ただ速やかに理事会に引き渡すだけだ」
「……はい」

 茜の悲しそうな顔から目を逸らし、青桐は歩き出した。
 これから生徒会役員の編制作業があるのである。
第1夜 時計塔に舞い降りる怪盗

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 午後10時20分。
 学園内は、物々しい空気に包まれていた。
「構え、打てー!!」
 自警団は、指揮の下、次々と弓矢が放たれる。
 彼らの標的は、学園の秩序を乱すもの。学園の平穏を崩すもの。
 その正体は。

「やーめーてー! 痛、何これ本物じゃない! 死んだらどうしてくれるの!? どう考えてもこれ傷害罪になるんじゃない!? あー、もう、人の話を聞けー!!」

 ……明らかにこの深刻な雰囲気にそぐわぬ人物であった。
 藤田あやこ。24歳。現在高卒資格取得に向けて驀進中。
 彼女は羽をパタパタさせて飛んでいた所、こうして弓矢の標的として射られたと言う訳だ。
 彼女が何故空を飛んでいたのか。こんな夜中に。
 それを語るには今から時間を遡らないといけない。

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 午前7時30分。
 学園の予鈴があと少しで鳴る時間。

「……はあ……はあ……はあ……」

 藤田あやこは息を切らし、額の汗を拳で拭いた。額に張り付いた髪が落ちる。
 ここは体育館はバレーボールコート前。
 ボールが跳んでくる。
 反射的に、あやこも跳ぶ。

「はあ……!」

 あやこは高く跳び、コートにレシーブを叩き込んだ。
 ボールは大きくリバウンドし、コートに落ちる。

「うむ、ノルマ、レシーブ100回達成!」
「お疲れ様です、監督!」

 監督は満足そうに頷いて、あやこにタオルを投げた。
 あやこは嬉しそうに受け取る。

「うむ、朝練に加えて、自主練習。感心感心。これで、次の試合に藤田をレギュラーとして出しても問題ないな」
「ありがとうございます!」
「最近は学園内が乱れている。運動により心身ともに律する事が重要となってくるのだ」
「監督っ、質問です!」
「うむ。言ってみろ」
「最近皆騒いでますけど、何かお祭りでもしてるんですか?」
「うむ。何でも、怪盗が学園に現れて、色んなものを盗んでいくらしい」
「ほう、悪い奴なのですね?」
「全くもって悪い奴だ。今晩は時計塔にやってきて時計塔を盗んでいくつもりらしい」
「何と、とっても長身な方なんですね!」
「学園のシンボルを盗んでいくとは、全くもってけしからん。……奴とは、いずれ決着をつけなければならないだろう」
「監督、まさか怪盗に何か盗まれたんですか?」
「うむ……格好つけて言ってみただけなんだけどね」
「えー」

 監督とのやりとりをしながら、あやこはゴシゴシと身体を拭き終える。
 そして、人差し指を天に向けて突き出す。

「決めました、監督!」
「む? 何だ?」
「私藤田あやこ、怪盗をとっ捕まえてきます! この稲妻サーブでバシッと怪盗を改心させてきますよ!」

 あやこは胸を張る。
 監督は感涙をする。藤田の中の正義の心がそれを告げるのだなと。
 ……そしてあやこは予鈴の鐘が鳴った事に気付くのは今から30秒後、慌てて更衣室で着替えて教室にダッシュ、ギリギリの所で担任と鉢合わせて遅刻認定されるのを拝み倒すのは今から10分後の事である。

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 午後10時45分。
 あやこは命からがら飛び続け、学園内の森に逃げ込んだ。

「うー、もう限界……」

 ボテッ。
 たまらず落ちる。
 顔から地面に突っ込む。幸い土は腐葉土になっていてふかふかだったから痛くはないのだが、顔は泥だらけだ。
 あうー、踏んだり蹴ったりだわ。あやこはムクリと起き上がりパンパン泥を叩く。

「……大丈夫?」
「おろ?」

 あやこは振り返る。
 いるのは自分と年恰好はそう変わらない少女二人だ。
 一人は制服を着て、一人は明らかに似合わぬ自警団の服を着ている。

「さっき飛んでたのあなた?」
「あっ、そうですー。怪盗捕まえようって思ったんですけど、いきなり自警団に攻撃されたんですよー。あー、びっくりしたー」
「ごめんなさいね。皆この数日の出動で気が立っているの。普段だったら会長の指揮がなければ矢を射るなんて事しないんだけど」

 自警団服の少女は申し訳なさそうに謝る。
 もう一人の少女は慌てて鞄からハンカチと水筒、絆創膏を取り出した。ハンカチはお茶で湿らせてあやこを拭き、少し血が出ている部分には絆創膏を貼る。

「ああ、怪我してる。大丈夫?」
「ありがと、監督のしごきに比べたら全然平気だけどね……あなた達は? 片方は生徒会さんみたいなのに、怒られないの?」
「……ちょっとだけ裏技だけどね」

 自警団服の少女と制服の少女は顔を見合わせいたずらっぽく笑う。

「私は、音楽科所属の茜三波。副生徒会長です」
「私も音楽科。樋口真帆。三波ちゃんに頼んで怪盗見に行けるようにお願いしたの」
「あらら……本当に裏技。普通科の藤田あやこよ。で、一体どうやって怪盗を見る訳?」

 三波はやんわり笑う。

「この辺りは自警団の巡回からは外れているの。見通しが悪いし木が低いから、この辺りに怪盗が来る事はないだろうって」
「隠れるには充分でも?」
「隠れるには充分でも、この先は学園の中庭。こちらは逆に見通しが良すぎて、外に逃げる事も、生徒になりすまして逃げる事もできないから」
「なるほど……」
「三波ちゃんいいの? そんなに教えちゃって……」

 真帆はおろおろ三波に言う。

「怪盗はいつも目立つ事はするけど、自分からわざわざ矢に当たるような事はしないから。だから彼女は怪盗じゃないわ」

 三波はやんわり言う。
 おろ、私信用されてる。なら、これで怪盗を見る事は……ん?

「見るだけなの? 捕まえるとかしなくていいの!?」
「いいのよ……会長は今日は席を外しているから、自警団巡回中に会う事もないし、それに……」
「三波ちゃんは優しいから。怪盗でもあんまり怪我とかしてほしくないんだよ。だからあんまり過激過ぎる自警団運営反対なんだよね?」
「真帆ちゃん、あんまりそれは言わないであげてね。会長も必死なんだから」
「なるなる……。ならとりあえず今日は偵察って事で……どこに行けばいいの?」
「この奥よ……中庭に入るまでの道……」

 三波が先頭に立ち、それにあやこと真帆が付いていく。
 森の奥、もう少しで中庭と言う道を三波はわざと外れた。

「道じゃないの?」
「これも裏技の一つかな。こっち」

 木と木の間をぬって、少し歩くと、そこに大きな樹が見えた。
 ねむの木だ。

「これに登って。この上からなら時計塔も見えるわ」
「うわ……学園にこんな場所があったんだ……」
「この辺りは自警団の見回りじゃないと人が寄り付かない場所だから。早く。時間が」

 その声にあやこは腕時計を見た。
 いつの間にやらもうすぐ11時になろうとしていた。
 あやこはパタパタ飛んで程よい太い枝に座り、上から真帆を引き上げた。後を三波が登る。
 なるほど。確かにここは穴場だ。学園の中心にある時計塔がよく見える。
 時計塔の針はもうすぐ11時を指そうとしていた……。

「あれ?」

 あやこはキョトンとした顔で時計盤を見ていた。
 時計の針は、急速に速度を速めたのだ。
 グルグルグルグルグルグル。5分。10分。15分。
 やがて時計の針は、12時を過ぎ、さらに、5分。10分。15分……。
 そこであやこは気がつく。
 長針が1周した瞬間、12のあったはずの数字が、変わっていたのだ。
 1から12までの数字が少しずつずれ、13の数字が出現したのだ。12のあるはずの位置に、13が。
 やがて、針は止まった。
 長針も短針も、ぴったり空の上を見て。

 カーンカーンカーンカーンカーン

 月明かりの下、時計の針の上に、何かが降りてきたのが見えた。

「あれえ? あれが怪盗? 普通の人と同じサイズね? もっと大きい人だと思ったのに」
「怪盗だから悪目立ちしないようにだと思うけど……」

 あやこが「ぶー」と文句を垂れ、真帆が曖昧に突っ込みを入れるのにもお構いなく、怪盗は跳んでいってしまった。
 先程あやこを射った自警団が矢で迎撃しているようだが、彼女には何故か当たらない。あ、そこはいい気味ね♪ と思ったのはあやこの内緒の話である。

「えー、怪盗何盗んだの? せっかく悪い事したら稲妻サーブが火を吹く所だったのにー」

 あやこは少しがっかりした顔をして三波を見る。

「三波さんは知ってるのー? 怪盗何を盗んだか……」
「……知ってるわ」

 彼女の表情は分からなかった。
 真帆だけは複雑な顔をしている。

「ふーん。まあいっか」

 あやこはねむの木からストンッと降りた。

「怪盗! 今回は見逃してあげたけど、次はそうはいかないわよ! この藤田あやこがあなたをズバッとビシッと捕まえて正義の鉄拳を食らわせてあげる!」

 あやこはビシッと人差し指を指してそう宣言した。

「あっ、自警団」
「えっ、嘘マジやめて、刺さないで!」
「冗談だけど、あんまり騒いだら本当に来るよ?」
「えー」

 こうして、あやこの「打倒・怪盗!」作戦が決行される事となった。
 その先に待ち構えているものが何かは、あやこはちっとも気にしない。

<第1夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7061/藤田あやこ/女/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】
【6458/樋口真帆/女/17歳/高校生/見習い魔女】
【NPC/茜三波/女/17歳/聖学園副生徒会長】
【NPC(非登録)/監督/男/???歳/バレーボール部監督】

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■         ライター通信          ■
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藤田あやこ様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は茜三波とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

第2夜は近日公開の予定です。よろしければ参加お待ちしております。