■ラドゥの筆◆夢現世界■
ハイジ |
【7134】【三島・玲奈】【FC:ファイティングキャリアー/航空戦艦】 |
東京都彩色町萌葱町で興行を続ける、サーカス団【ゼロ】。
その演出と脚本を手がけるラドゥの本職は、小説家である。
黙っていれば北欧美人と言えなくもない美青年だが、口を開けば毒舌がほとんど、傲岸不遜さが皇帝とは違った意味で厄介だ。
面倒が嫌いと豪語する彼が、何故小説家という職業を選んだのかは甚だ疑問だ。確かな知識、綿密な構成、登場人物の魅力や設定――そういったものを考えたり、調べたりという仕事が、面倒の内に入らないのかという意味で。
しかし彼には速読と筆記、記憶力という武器があり、妄想力が半端ないという利点があった。本を浚って知識を手に入れる事も、日常のありとあらゆる事を記憶しておく事も容易に出来れば、それこそ脳の中の知識は膨大だ。そして何より常日頃から想像力の豊かな彼にとっては、何もかもを【小説】としえる。
彼の中では現実自体が既に、夢なのか現なのか判別しがたい程に、その境界と言うものがあやふやだった。
だからこそ、彼は。
物語を創作する、という行為を苦にしない。
そうして彼は、今日もまた、無意識ともいえる間に妄想する。
時には、身近な人物から、ただ目にしただけの他人までを、その対象としながら。
例えば。
もし彼らが――。
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ラドゥの筆◆夢現世界【究極の悲恋を特集せよ】
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これは、そう――もしもの話。
小説家ラドゥの妄想の産物。
想像上の物語――
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扇風機禁猟区
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アトラス編集部一情けない男、三下・忠雄[サンシタ・タダオ]、碇編集長の犬よろしく、とんでも無い依頼に何時も振り回されている男は、今日も不幸な事に碇編集長に捕まってしまう。
しかも『究極の悲恋を特集せよ』と言われた内容は、三下にとって今まで縁の無かった方面の話なのだ。恋愛すらまともにした事がないのに、それが悲恋とは如何なものなのかさっぱり予想がつかない。思い浮かぶ悲恋となると【お岩さん】などの怪談話だけなのだ。
「陳腐な史実や、読者の不幸自慢は言語道断、しっかり調べて来なさいね!」
と厳命されてただただ困惑するしかない。
偶然その場に居合わせた三島・玲奈[ミシマ・レイナ]は、その情けなくしょげた背中が憐れで、助け舟を出す。
どんなツアーでも案内する、が売りの、流離いの添乗員である彼女は、
「取材旅行にご同行しましょう!」
と、三下の腕を引っ張って、半泣きの彼を連れ出した。
どういう経緯でそこが選ばれたのか、兎に角玲奈が三下を連れて行ったのは、常人ではけして辿り着けない場所だった。
「こ、ここって……」
そのおどろおどろしい雰囲気に、何を言う前から逃げ腰だ。
添乗員の制服に身を包んで、玲奈はおもむろに旗を振った。そこには、扇風機禁猟区ツアーなどとけったいな文字。
「扇風機、禁猟区……?」
「そうだよ。ここはね、未婚女の霊が宿る、扇風機のじ・ご・く!」
最後の三文字を強調して、玲奈が両手を広げる。その背後には彼女の言う通りに、大小様々な扇風機の山。扇風機と言えば夏場に重宝する、涼しい風を送り出してくれる機械である筈なのに――辺りの空気は淀んでいる。
天空は赤黒い。
いや、それよりも扇風機の地獄とは如何なる場所なのだ。何より未婚女が宿るっていうのは――興味津々ヤル気満々で「いざ行かん」等と拳を振り上げている玲奈のテンションに、三下がついていけるわけが無い。
「あの、これ……どう悲恋なんですか?」
最もな問い掛けに、玲奈はやっと振り返った。その勢いに日本人形のような長い黒髪が宙を舞う。
「つまりね、扇風機って本来左右に首を振るわけじゃない?」
逸れはその通り、という意味を込めて三下が頷く。
「で、ここにはね何百人という浮遊霊がやってきて、未婚女性達に求愛するの。それが罪人である浮遊霊の贖罪の形なんだけれど、まあ兎に角扇風機の首を縦に振らす事が出来れば転生出来るってわけよ」
「……はぁ……」
「これが中々難しくて、殆ど成就しないんだけど……稀に彼女達のハートを射止める猛者がいるらしいの」
興奮気味の玲奈の言葉のほとんどを、三下は理解出来ない。ただ相槌を打ち続ける。
「そんな噂が広まって、本来この扇風機地獄に落ちる予定の無い霊達がね、天才軟派師に転生したいが為に、扇風機を乱獲し出したのが事の始まり。純粋な未婚女性を練習台にしようなんて、何を考えてるのかしら、全く」
そこに愛は無いのー!!と可愛らしい顔を怒らせる玲奈。
まだまだ話は続く。
「そうやってボロボロにされた扇風機の中でね、未だに未婚女性が宿っている扇風機が、何と残り一つなのよ!」
「はぁ……」
「だから! その最後の扇風機と三下さんが恋に落ちるっていうシナリオなの!」
「……」
最早言葉も無い。
「最後の扇風機と恋に落ちる人間、だけどせっかく相思相愛になっても、けして結ばれる事のない二人――最高の、究極の悲恋じゃないの!」
ああ、そこに落ち着くわけですか。やっとこさ今回のツアーの目的を理解して頷きかけた三下だったが、次の瞬間には悲鳴を上げた。
「って、えぇー!?」
「じゃ、早速面会を願い出るわよ」
勿論玲奈が三下に拒否権を与えるわけもない。碇編集長ばりの鬼だった。
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最後の囚人
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二人を出迎えた獄卒に案内されて、最後の囚人という扇風機への面会が許された。
小型の、家庭用扇風機である。
首を振るたびギシギシと音を鳴らす、古びた扇風機である。とてもでは無いが誉める所が見つからない。動いているのが不思議なくらいの体だった。
「……」
思わず反転して来た道を辿ろうとする三下を、背後から玲奈はにっこり笑顔で押し留める。
「何処行くの、三下さん?」
「あの、ちょっとおトイレに……?」
「三下さん?」
左右色違いのオッドアイはけして笑っていない。怖い。
「無理、無理です……だって僕、軟派とか告白とか成功した事ないんですー!!」
「そんな事知ってるよ!!」
大概ひどい発言である。
「だからこそ、三下さんもここで練習してみれば良いでしょ!?」
先程と言っている事が真逆だ。
「そういう気持ちでほら、行って来て!!」
「でも……」
「取材の為でしょ!」
そう言われては否と言うわけには行かなかった。三下は渋々と扇風機の前に移動する。
「えっと……いい天気ですね」
ギシ――と扇風機の首が右に振れる。
「一緒にお茶でもどうですか?」
今度は左に。
「綺麗な肌ですね。キラキラしてて……」
それはただの錆びである。またしても右に。
「触ってもいいですか?」
勿論左に振れる。
「ここで一人って寂しくないですか」「僕と少しだけお話しませんか」「何処かに行きませんか」「喉渇きますね」「えっと、ご趣味は……?」
もう最後には何を言っているのかすら分からない。お見合いの席か、という突っ込みが玲奈から入ったくらいだ。
扇風機の首振りも心なしか乱暴になっている気がした。玲奈から見ていても、最後の方はギシ、というよりミシッ、と支えの部分が捻じ切れそうだった。
何より、軟派は弱気ではいけない。必要なのは押しだ。
「ちょっと待ってて下さいね……」
最早二人の間に沈黙しかない。居た堪れなくなったのであろう三下が、数メートル離れて二人を見守っていた玲奈の元へやって来た。
「僕には無理ですよぅ〜」
と半泣きだ。これに強気でと求めるのは無体な気もする。それでも、ツアーを成功させるのも敏腕添乗員の務めだ。
「大丈夫、もう一押しだよ、三下さん! 反応するのは気がある証拠っ」
「ふえ?」
「女は、嫌いな男は無視するものよ」
それはある程度真理をついた発言ではあるけれど。とは言わない。
真剣な顔でそう助言された三下は、単純なもので自信を回復したらしい。
そんなヤル気の三下に、玲奈はもう一つ助言を落とす。
「三下さん、強気で! 俺様で!!」
「分かりましたっ!」
両手でガッツポーズを作った三下が駆け去っていく――。
「一緒に、お茶を飲んであげてもいいですよ!?」
――それは何か違うだろ。
玲奈の心中での突っ込み甲斐も無く、何とその台詞で最後の囚人は落ちた。
ココに来て、控えめに縦に振ったのである。
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愛を引き裂く凶弾
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先程までギシギシと五月蝿かった扇風機は、軽やかに回扇している。初々しいカップルそのままに、お互いを意識して並んで座っている三下と扇風機。
シュールだ。
自分で煽っておいて何だか、三下は本当に不憫な人だ。
とは言え大成功を収めたツアーに、玲奈も満足顔であった。
それなのに。
甘い空気を引き裂くは、耳を劈く銃声。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
無意識に動いたのは身体だけ。的にならないように体勢を低くしたのは、お互いに本能だった。
けれど狙いは玲奈でも三下でも無かった。
扇風機の首が、三下の彼女の首が、パキリと折れた。
それが密猟者の凶弾であったと知るのは、後の事である。
扇風機は物悲しそうにカラカラと回った。左右に首を振る力はもう無い。
何かを訴えかけるように三下に向けられた顔。
「僕は君を、愛してないよ……」
ああ、これこそ悲恋!!
玲奈はデジカメでも手にして居れば、思わずその二人の姿を写真に収めたい程興奮していた。
こんなに悲しい事って無い!
最後にもう一度キィと音を鳴らした後、首は前のめりに転落した――。
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鬼の編集長
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「――で?」
編集室に戻って作り上げた記事を碇に差し出した所、最初の行で既に冷めた視線を食らってしまった。
「これ、何?」
「三下さんと扇風機の悲恋です」
表情を固くする三下の変わりに、玲奈は笑顔で答えた。
「愛に飢えつつも猜疑心の強い未婚女性が、軟派されて恋するんですよ。なのに成就したかと思ったら、自分は凶弾に倒れて、更に男に愛してないなんていわれちゃうんです。更に更に、二人の間には異種という壁が!」
「三島さん、ありがと」
そんな玲奈に、碇は労いの言葉をかけた。
「次もよろしくね」
なんて余所行きの笑顔は酷く美しい。「はいっ」と元気良い返事をして、玲奈はルンルンしながら編集室を後にする。
残されてしまった三下はというと、
「さ・ん・し・たー!!」
当たり前のように記事を投げつけられて悲鳴を上げる。碇が三下をさんしたと呼ぶのは相当怒っている証拠なのである。
「これじゃ読者の不幸自慢の羅列と変わんないでしょうがー!!!」
何時も通り、アトラス編集部は平和である。
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ゼロ
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ラドゥは妄想して出来上がった物語をノートに書き連ねる習慣がある。
そしてそれは団員の目に、当然の様に晒される事になる。
「何時も思うんやけど、あん人時々おかしいんやない?」
「素晴らしい感性だと思うがね?」
ノートを覗き込む大阪弁と、美貌の青年がそれぞれ正反対の言葉を呟いた。
完
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登場人物
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【整理番号/PC名/性別/年齢】
【7134/三島・玲奈[ミシマレイナ]/女性/16】
【NPC/三下・忠雄[ミノシタタダオ]/男性/23】
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ライター通信
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こんばんわこんにちわ!! お届けが大変遅くなりまして申し訳ありません!!
えぇっと……こんな感じで意図を掴めていれば良いのですが。
ちょっと新しい試みだったのでドキドキしております。
少しでもお楽しみ頂ければ嬉しいです。
有難うございました。
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