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■双姫のとある一日■

みゆ
【8015】【緋影・那亜羅】【高校生・魔女】
 東京のとある高級住宅街、つまり一等地に斎家の広大な屋敷がある。古くからその場ある斎家は、旧家中の旧家だ。建物は増改築を繰り返していて、基本的に外装は和風だが内部は洋室と和室と両方ある。
 退魔師、陰陽師としてはまだ二人で一人前の双子は、称えられてか揶揄されてか、「斎の双姫(そうき)」と呼ばれていた。

「瑠璃ちゃん、お仕事いくよ!」
 ある日は学校から帰ってきてから仕事。緋穂が霊の関知と結界を担当し、瑠璃が浄化、討伐を行なう。

 ある日は普通の学校生活。お嬢様ではあるが、二人は中学二年生。

 ある日は街でお買い物。偶には電車を使ってみようという事になるが、緋穂はカードが使えると聞いてクレジットカードで改札を通ろうとしたりして。

 そんな、二人の日常。
 時には凛々しく、時には年相応に――
 さて、今日はどんな一日を過ごすのだろうか?

 深夜に舞う花びらと

●出逢い
 夜――それは彼女が姿を変える時間。
 輝かんばかりの長い金髪が、闇間を舞う。黒いゴシックロリータに黒いマントという黒ずくめの姿が、夜に溶け込んでいた。その中で赤いつり目が光る。

 カツン――

 閉じた日傘の先でアスファルトをつつき、緋影・那亜羅はきょろ、と辺りを見回した。ここは人気のなくなったオフィス街の路地裏。なのになんだか人の気配がしたのだ。
「こちらでしょうか♪」
 那亜羅は臆した様子などまったくなく、寝静まったビルの屹立するある種不気味な界隈を軽い足取りで歩いていく。目的地は、かすかに聞こえた声の主の所。
「だって〜」
「だって〜じゃないわよ。しっかりしてくれないと困るのよ、緋穂」
(まぁ)
 那亜羅はその声の主の姿を捉えて、小さく目を見開いた。てっきり一人かと思ったら、同じ声を発する少女が二人――双子だ。髪形は違うが、顔はそっくりである。
 銀の髪を肩口で切りそろえた少女が、緋穂と呼んだもう一人の長い銀髪の少女に対してため息をついている。
「お今晩は♪」
 那亜羅は努めて明るく、彼女達に声をかけた。那亜羅に背を向けていた髪の短い少女が振り返り、こちらを向いていた緋穂という少女が「こんばんは〜」と手を振ってよこす。
「ほら、瑠璃ちゃんも挨拶挨拶」
「‥‥こんばんは」
 髪の短い少女は瑠璃というようで、緋穂に促されてしぶしぶ口を開いた。その瞳は隙なく那亜羅を観察しており、こんな深夜に彼女が出歩いている事を不審に思っているようだった。自分達も14歳の少女であり、深夜に出歩いていい身分ではないことは頭にないらしい。彼女達の場合、「仕事」があるから仕方がないともいえるのだが。
「同い年くらいかな? ちょっと年下かなぁ?」
 緋穂が人懐こそうな笑顔を浮かべて那亜羅に近づく。対する那亜羅も同じく人懐こそうな笑顔を浮かべたあと、くくくっと笑い。
「わたくしはあなた方よりは年上なのですが」
 そう言い放ったがどう年上に見積もっても12歳くらいにしか見えない。瑠璃があからさまに怪訝そうな表情を浮かべたが、那亜羅は笑ったままだ。至極真面目に言っているのである。
 那亜羅は普通の学生でもあるが魔女であり、夜になるとその魔女の顔を覗かせる。年齢に至っては999歳という事だが、こうしてみる限り12歳くらいの可愛らしい少女である。
「この際年はどうでもいいけど、ここはこれから危険になるから。早く帰ったほうがいいわよ」
「あら、何かありまして?」
「うん、ちょっとねー」
 心配しているのだろうがそっけない口調の瑠璃。緋穂はさすがに一般人の子供に退魔について説明するわけにも行かないと思っているのだろう、ちょっと口ごもった。その刹那――
「っ!」
 緋穂が那亜羅から顔をそらし、そして印を組む。口の中で呪を唱え、即座に発動させるのは人払いの結界。
「来たのね……ごめんなさい、巻き込んじゃうけど守るから」
 路地の向こう側から異様な気配が近づいてきているのが那亜羅にもわかった。緋穂は続けて防御の結界を張る。どうやらこちらの少女が防御や補助担当のようだ。
 瑠璃が那亜羅を庇うようにして立つ。だが那亜羅は微笑んだまま、彼女の肩を押しのけた。
「巻き込まれ人生ですよね♪ けれども守りは不要ですわ♪」
 くくくっと笑って小さく首を傾げて見せると、頭の上の小さな王冠が揺れた。
「何を言って……」
「自分の身くらい自分で守れますの♪」
「瑠璃ちゃん、来る!」
 那亜羅の言葉と緋穂の叫び重なった。前方から迫ってくる人型をした黒いもやのような物体が腕を振りおろす。だがその腕はガツンっと結界に阻まれて。
「仕方ないわね……はじめるわよ」
 瑠璃が印を組み、呪を唱えて霊気を飛ばす。もやはよろめき、結界から数歩後図去った。
「後ろからあと3体!」
 緋穂が霊力を宿した符を投げると、後方から迫ってきた一体の動きが止まった。どうやら呪縛する符のようだ。
「それではわたくしもお手伝いいたしましょう♪」
 そう言った那亜羅を包むのは花びら。それも炎を宿した真っ赤な花びら。炎花吹雪だ。
「お行きなさい♪」
 彼女が示すと花びらは吹雪の様に舞い上がり、一番前のもやを覆う。もやは苦しげにのた打ち回り、やがてその動きを止めて霧散した。
「わーすごーいっ!」
 感心の声を上げながらも緋穂は符を放ち続ける。まだ敵は多い。瑠璃はといえば那亜羅の実力を認めたのか、帰れとも守るとも言わずに攻撃を続けている。那亜羅はそれを認められたと取って、続けて氷を宿した花びらを生み出し、手近なもやへとぶつけた。今度は氷花吹雪だ。
 ウガ……アア……
 そこに追い討ちを掛けるように緋穂と瑠璃の符と霊力が襲い掛かる。2体目が消えるまでそう時間はかからなかった。
「あと少しですわね。最後までお付き合いいたしますわ♪」
「……じゃあ、お願いするわ」
 那亜羅がくるりと傘を回して告げると、瑠璃は淡々とではあるが頷いて見せた。その言葉の中には、わずかではあるが信頼の色がこめられていたように那亜羅は感じた。


●戦いの後に
 路地は本来の静けさを取り戻し、夜のオフィス街特有の空気を放ち始めた。昼間は人でごった返すこの場所も、深夜の今は一種のゴーストタウンのようにも見える。
「お疲れ様っ。有難う、手伝ってくれて!」
 目を閉じて霊が残っていないか気配を探っていた緋穂が、その仕事を終えて那亜羅に微笑みかける。
「いえ、楽しませていただきましたわ♪ そういえば自己紹介がまだでしたわね。わたくし、ナアラ・ブラッドシェイドといいますの♪」
「私は斎緋穂。こっちは双子の瑠璃ちゃん!」
 にっこり微笑んだ那亜羅につられるようにして緋穂も笑顔を浮かべる。瑠璃は「よろしく」と言っただけだったが、最初よりか幾分態度は軟化しているようだった。
「手伝ってもらった御礼に、うちでお茶でもどうかな? あ、でももうこんな夜中だし……お家に帰らないといけないよね?」
 緋穂の懇願するような上目遣いに那亜羅は思わず笑い、そして瑠璃を見る。彼女は緋穂のこういう部分には慣れているのか、「ご迷惑でなければどうぞ」とため息混じりに付け加えた。別に那亜羅を招待するのが嫌だというわけではなく、他人の都合を考えずにいる双子の妹に呆れているようだ。
「それではお言葉に甘える事にいたしますわ♪ 美味しいお紅茶をいただけるととても嬉しいですの♪」
「じゃ、しゅっぱーつ!」
 緋穂の先導で、車が待っているというオフィス街の外れまで歩みを進める三人。
 これから斎家で、深夜のお茶会が待っている。
 女の子が三人集まれば、きっと楽しい会話が飛び交う事だろう。
 翌日、寝不足で登校する事にならない事を、祈るばかりだが――。


                      ――Fin


■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【8015/緋影・那亜羅様/女性/999歳/高校生・魔女】


■         ライター通信          ■

 いかがでしたでしょうか。
 こちらの体調管理の不手際で、大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音