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■第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗■

石田空
【8015】【緋影・那亜羅】【高校生・魔女】
 聖学園生徒会室。
 学園の中で聖地とも墓地とも呼ばれ、生徒達からある事ない事様々な噂が漂う場所である。
 その奥にある生徒会長席。
 机の上には埃一つなく、書類も整理整頓され、全てファイルの中に片付けられていた。
 現在の生徒会長の性格と言う物がよく分かる光景である。

「何だこれは、ふざけるのも大概にしろ」
 普段は品行方正、真面目一徹、堅物眼鏡、などなどと呼ばれる青桐幹人生徒会長は、眉間に皺を寄せて唸り声を上げていた。
「会長、口が悪いですよ……」
 隣の副生徒会長席に座って書類を呼んでいる茜三波は困ったような顔をして彼を見た。
「……済まない、茜君」
「いえ」

 青桐が読んでいたのは、学園新聞であった。

『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』

 ゴシック体ででかでかと書かれたトピックが、今日の学園新聞の1面記事であった。

「学園のゴシップがこんなに大々的に取り上げられるとは、学園の品性にも関わる由々しき問題だ」
「理事長には進言したんですか? 新聞部に自重するようにと……」
「学園長は「好きにさせなさい」の一言だ。理事長のお墨付きだと、新聞部は怪盗オディールの英雄気取り記事を止める気はないらしい。困ったものだ……」
「学園の外部への連絡は?」
「それはできない。学園に怪盗が出たなんて言ってみろ。マスコミや警察、探偵や魔術師、何でもかんでも土足で踏み込んでくるぞ。ただでさえ生徒が浮き足立っているのに、ますます生徒がお祭り騒ぎで授業や芸術活動に勤しむ事ができなくなる。学園内の騒動は学園内で解決するのが筋だろう」
「ますます困りましたね……」
「全くだ……」

 茜は青桐に紅茶を持ってくる。今日はストレートでも甘い味のするダージリンだ。
 茜の淹れた紅茶で喉を湿らせ、青桐は眉に皺を寄せた。

「……仕方がない。あまり典雅な方法ではないが」
「どうされるおつもりですか?」
「生徒会役員全員召集する。その上で自警団を編制し、怪盗を待ち伏せる」
「……そうですか」

 茜は心底悲しそうな顔をした。
 聖学園の生徒会役員は、クラスからの選挙制ではなく、学園の理事会から選ばれた面々である。
 品行方正、文武両道、その上で自警団を編制したら、きっと怪盗も無事では済まないだろう。
 茜は目を伏せた。いかに怪盗であり、学園の秩序を乱すと言われても、争い事は嫌いであった。

「そう悲しい顔をするな茜君。私も別に彼女を殺したりはしない。ただ速やかに理事会に引き渡すだけだ」
「……はい」

 茜の悲しそうな顔から目を逸らし、青桐は歩き出した。
 これから生徒会役員の編制作業があるのである。
第1夜 時計塔に舞い降りる怪盗

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 午後11時。
 夜中だと言うのに、学園の鐘が鳴り響く。
 喧騒が聞こえる。たくさんの矢が飛ぶ音。そして月明かりの下、飛び去っていく怪盗の影。
 それらを見守る時計塔の時計盤はないはずの数字、13に針をぴったり合わせていた。
 ありえない光景。ありえない時間。
 そして一番ありえないのは。

「……何故でしょーか? 時計塔は見えていると言うのに」

 金髪のおさげを揺らした一人のメガネの少女(に今は見えるが、時々老婆にも幼女にも見える)は、途方に暮れた顔をしていた。

「ありえませんっ、時計塔に進めば進むほどにどんどん離れていってしまうのです! これは不思議です。ああ、部長。これが怪盗さんの呪いと言うものなのでしょうか!?」

 明後日の方向を向いて叫ぶ少女。
 怪盗が現れて時計塔に集中してしまったのか、自警団の姿すら見られない中、風だけがピューっとむなしく吹いた。
 少女は少し泣けた。

「負けません! 時計塔を盗むその瞬間を見るまで! 魔女もびっくり、時計塔を盗む怪盗さん! ……あっ、魔女は冗談ですよ♪ 冗談。信じちゃダメです」

 誰に向かって言う訳でもなく、彼女は涙目で明後日の方向を見た。
 ふと、チェロのメロディーが聞こえた。

「え?」

 こんな夜中にチェロ?
 緋影那亜羅、なあらは振り返った。

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 午後4時25分。
 聖学園の部活塔地下にある倉庫は、怪しげな空気に包まれていた。
 倉庫の小さな窓はカーテンで閉め切られ、代わりに辺り一面にろうそくが立てられていた。
 床には魔法陣が描かれた紙が敷かれ、その上を黒ローブの少女2人が踊っていた。
 魔術同好会。聖学園においていつの間にか存在し、会員数が5人を超えた事がないと言うこの同好会。同好会室は「1:光が当たらない、2:香水を焚いても怒られない、3:踊ったり歌ったりしても騒音や振動で苦情が来ない」と言う条件から、必然と地下倉庫に自主的に引っ越したと言う、怪しいにも程がある同好会であった。

「エロヒームイッシームエロヒームイッシーム、地獄の業火よー」

 怪しげな呪文を唱えて踊りつつ、魔法陣にパラパラと香水を振り掛ける。
 ローズマリーの怪しげな匂いが漂う。
 魔法陣はシューシューと煙を立て、その煙は白煙から黒煙へと変わり……やがてシュッと消えた。
 魔法陣も、燃え尽きた訳ではなく、そのまま消えた。

「会長、やはり失敗ですー」

 なあらはしょんぼりとうなだれた。
 もう一人の黒ローブの少女、魔術同好会会長はうーむと手を当てた。

「やはり呪術を使う力が弱くなっておる」

 会長は魔法陣を敷いていた跡を触った。
 何の名残も残っていない。

「これが、怪盗さんの呪いなのでしょーか?」
「そうじゃ」

 会長はそう断言する。

「何度も生徒会に嘆願書を出しておるのに、生徒会は全て無視をする。理事会に出してもだ。一応新聞部にわたしの記事が載ったが、どこまで届いたかは分からぬ」
「そんなに大変な事なんですかー?」
「大変じゃ。怪盗は呪いを撒いておる」
「オデットさんの像を巡って皆で喧嘩♪ 鍋のせいで皆ぽっちゃりさん♪ でも次は何の呪いなんでしょうねえ?」
「次はズバリ、これじゃ!」

 会長はなあらに学園新聞を広げて見せた。

『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』

 そう書かれていた。

「何と、怪盗さんは時計塔を盗むのですか!?」
「そうじゃ。恐ろしい。オデット像だけでなく時計塔まで盗もうとは、やはりあの怪盗は呪われておる!!」
「びっくりです! しかもこれ、今晩ですねえ……」
「くくぅ、これで私が生徒会に睨まれておらねば自ら成敗に行く所だったのに……」

 ちなみにこの会長、「怪盗騒動=呪い」説立証のために生徒会長に向けて呪詛を行い、呪いに対する恐ろしさを学園に広めようとしたのだが、呪詛は失敗。返って「学園内で不要な魔法を使う事は校則で禁じられている」と同好会活動1ヶ月停止処分を喰らった事がある人物である。活動はついこの間再開したばかりだったため、これ以上目立てば同好会は廃止処分になるだろうと、うかつに目立つ行動は取れないのであった。

「会長! ならば私が行くですよ♪」
「行ってくれるか? なあら」
「はい♪ それに怪盗さんはバレリイナでらーらるーって踊るんでしょう? 見てみたいですう♪」
「一言言っておく。「遊びではない」ぞ?」
「はいです〜、遊びつつ怪盗さんを見に行くです〜♪」
「……そうか、では行くがいい」
「はい〜♪」

 噛み合わない会話のまま、なあらは会長から出る約束をしたのである。

『それに、あの怪盗に、学園全部に呪いをかけるなんて技、できるなんて思わないけどねえ?』

 無邪気に笑うなあらの中で、那亜羅は呟いた。

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 午後11時16分。
 なあらはチェロのメロディーの流れる方角に歩いていくと、中庭に出た。
 中庭の少し先には、白亜の館が見える。
 白亜の館は理事長館。理事長の住む館なのだが。

「この曲は……」

 曲名「白鳥」。
「動物の謝肉祭」と呼ばれる組曲の一曲であり、ひどく物悲しい曲である。
 余談だがこの曲はバレエでも踊られる事がある。
「瀕死の白鳥」。死に行く白鳥の死に様を踊る曲として。

 なあらはひょこひょこと理事長館の方へと歩いていった。
 普段は開け放たれている理事長館の門も、さすがに夜中のプライベートな時間は閉め切られている。なあらはこそこそと門に近付き、隠れて門越しに館の庭を覗いた。
 庭に立っていたのは、青年であった。
 先程まで雲隠れしていた月が顔を覗かせ、その月明かりを浴びながら一心にチェロを弾いている。
 黒く肩まで伸びた髪。シャツとジーンズと言うラフな出で立ちにも関わらず、彼からは気品を感じた。それと同時に荒々しさも感じる。まるで、ワイルドローズの匂いを嗅いだような、不思議な感覚。
 曲は突然止まった。
 青年は門の方をじっと見た。
 はわわ、気付かれてしまいましたか!?
 なあらはきょろきょろするが、生憎門以外で覗き見できる所も、隠れる所もない。
 少し目があったような気がする。
 ?
 彼女はきょとんとした。
 どこかで見た事ある顔だなあと少し思った。

『まるで蝋人形ね』

 那亜羅は呟いた。
 青年からは生気を感じられなかったのである。

「あら? こんな時間に人?」

 青年と入れ替わりに出てきた人に、なあらは先程よりもよりいっそうきょろきょろおろおろしだした。
 理事長館に住んでいる女性は、一人しかいない。
 しかしなあらはどれだけ慌てても、中庭は芝生が広がるばかりで、隠れる場所などある訳ない。

「すみませんごめんなさい怪盗さんが時計塔盗むのを見にワクワク〜♪ していただけなのですよ! チェロの音楽キレイ〜♪ と思ってフラフラ〜としてたらここに来てしまっただけなのです! ごめんなさい〜!」

 かなり奇天烈な言い訳をまくし立てて、ふみゅふみゅと泣き始めたなあらを見て、女性は「ぷっ」と笑い出した。

「うふふふ、別に怒ったりしないわよ」
「理事長さん……」

 女性……聖栞理事長はおかしそうに口に手を当てて笑っていた。

「でもこんな時間に歩いていたら、自警団の子達が来ちゃうわねえ。多分もうそろそろ撤収するとは思うけど……自警団の子達が帰るまでここにいる?」
「えーっと……いいです。コソコソ隠れながら帰るです〜」
「あらそう? 残念ね」
「あの……さっき素敵な人がチェロ弾いてましたけど、理事長さんの彼氏さんか何かですか?」
「彼氏?」

 栞は背中を丸めて笑い始めた。

「??? 理事長さん?」
「うふふ……ごめんなさい。彼氏じゃないわ。あの子は私の甥っ子なのよ。家が遠いから、本当はよくないけどうちで預かってるのよ」
「甥っ子さんですか……あれ? 寮入らないですか?」
「……あの子、問題起こしてね。仕方ないからうちで引き取ったの」
「問題……」
「さあ、帰るなら、こっそり帰りなさいな。ここの裏の森からなら、そんなに人もいないと思うから」
「うーん、そうですねえ」

 なあらは空を見上げると月はまた雲に隠れてしまった。
 月さえある夜なら魔法で隠れられるのだが、今日は日が悪そうなので、森から帰るのが後腐れがなさそうだ。

「ありがとうございますっ♪」
「いえいえ、緋影那亜羅さん。また会いましょう」

 そう言って別れた。

『あの女……何で私の名前を知ってたのかしら? おまけにまるであの館……。まあいいわ。面白くなりそう』

 那亜羅はほくそ笑んだ。

「あ、思い出した」

 なあらはスキップしながら森に入った所で気が付いた。

「海棠秋也。双樹の王子様だ。そっか〜♪ 理事長さんの甥っ子だったんだ〜♪」

 知っているはずだ。同じ音楽科のアンサンブルで時々一緒になるのだから。
 双樹の王子と呼ばれる音楽科の優等生でピアノの名手だったが、チェロまで弾くとは知らなかった。
 なあらは少し得をした気分になってルンルンとスキップした。

<第1夜・了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8015/緋影那亜羅/女/999歳/高校生・魔女】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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緋影那亜羅様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は海棠秋也・聖栞とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

よろしければ第2夜参加もお待ちしております。