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■「あなたのお手伝い、させてください!」■

ともやいずみ
【8090】【クロス・リミテッド】【『Alice』の社長・魔術師】
 トラブルメーカー。迷惑を振りまく疫病神。
 などなど。
 彼女はそんなイメージを持つサンタクロース。
 宅配便を仕事にしてはいるが、世間は不況。彼女はいつも貧乏で、おなかを空かせている。
 そんな彼女とあなたの一幕――。
「クロス・リミテッドさんのお手伝い、させてください!」



「ふむ……」
 軽く瞼を閉じ、目を細める。そのぼやきは、あまりにも小さくて、誰の耳にも届かない。
「なんか、ピンとくる子がいないんだよね」
 街中を散歩しているクロス・リミテッドは、それでも視線を周囲にさりげなく向けている。
 今頃彼の秘書は、手当たり次第にクロスを探し回っているはずだが……まあ、それはそれで、いいダイエットになると思う。
 走り回ったり、忙しくするのは人生に活力を与える。ただし……適度にしなければいけない。
 『Alice』と聞いて、知る者は知っている。若き娘たちのためのファッションブランドの名称だ。クロスはそこの社長なのである。
 まだ二十歳にもならないクロスを見て、社長を思う人間は多くない。外見から相手を判断する者は少なくないからだ。
 新製品が出来上がったのはいいのだが……それを着るモデルがいない。そう、これだ! というモデルがいないのだ。
(うちの商品を着て、尚且つ、こう……すごーく……)
 すごーく……?
 視線が妙なものに引っかかった。思わず足を止める。
 そんなクロスを避けて、人波は動き続けた。
 ちょうど何かのキャンペーンでもやっているのだろうか? 頭にうさ耳をつけた金髪の少女がなにかを配っている。
 衣服はダサいプリントTシャツ。下はひらひらの白いスカート。そしてショートブーツ。
 ……全体的に見て、とんでもなくセンスのない格好だ。でもそれは、キャンペーンの一環なのだろう。
「おねがいしま〜す。あ、おねがいしまーす、どうぞー」
 配布物を笑顔で渡している小学生くらいの少女を、じぃっと見つめていたクロスは彼女を上から下まで見つめてから、
「うん」
 呟きと同時に、ぽん、と掌を打った。
 すごーく、イメージぴったり。



「おじょーさん」
「はひ?」
 クロスの呼び声に振り返った少女は、遠目に見た時よりも小柄で、かなりちっこい。
 こちらを見上げてくる彼女は「はえ?」と首を傾げてから、慌てて手に持っているチラシを差し出した。
「サンプルですぅ〜。どうぞ〜」
「うん。ありがとう」
 受け取ったクロスは笑顔で少女を見る。彼女はきょとんとし、見返してきた。
「? あのぉ……?」
「これ、バイトだよね?」
「はふ?」
「うちでもちょっとバイトを募集していて。その気があれば、ぜひあなたにやって欲しいんだけど」
 名刺を出そうとして、一瞬手が止まる。
 さて、信用してくれるだろうか? いや……待て。こんな小さな女の子がバイト?
「あ、そうだ。ついでにこれもどうぞー」
 冷汗を浮かべつつ、どこかよこしまな笑みを浮かべる少女がクロスに違うチラシを差し出してくる。
 コンビニでコピーされたような、手作り感あふれるそのチラシには、でかでかと「サンタ便」と書いてあった。
「……サンタ便? 聞いたことないね」
「う……っ。た、確かにうちはかな〜り弱小ですけど! でもでも、配達速度なら誰にも負けません〜!」
「うち?」
「はい。これ、わたしが経営している宅急便なのです〜」
「…………」
 つまり。
 チラシの下のほうへと視線を走らせ、クロスは今度こそ名刺を差し出した。
「宅急便じゃないけど、お仕事、頼みたいんだけど」
「?」
 きょとんとした瞳で、彼女は首を傾げたのだ。
「お願いできるかな?」
 クロスもまた、首を傾げて言ったのである。



 案内した撮影スタジオで、彼女は――ステラは、「ぼえー」と妙な奇声を発していた。
「リミテッドさんて、社長さんて、本当だったんですねぇ〜」
「……冗談で言うわけないじゃないか」
「だってだって! その外見と」
 と、掌で示されるクロス。
「このお洋服と」
 と、人差し指で示される用意された新製品たち。
「どこをどう考えても繋がらないですぅ。幼女好きの変態さんかとちょっぴり思っちゃいました〜」
「あはは。面白いこと言うね、ステラちゃんは」
「あはー。そういう人は実在しているのですよ〜。存在してないファンタジーだとわたしも嬉しいのですけどねぇ」
 疲れたように笑うステラは、体ごとクロスのほうへ向き直った。
「モデルさんのお仕事ってことですけど、わたし、そういうお仕事、あまり向いてませんけどいいんですかぁ〜?」
「うん。イメージぴったりだし、こっちはプロのカメラマン使うから」
「はぁ……。まぁ、そうおっしゃるのでしたら止めませんけど」
「……ああいうの、嫌い?」
 人気ブランドだと自負しているだけに、指差した自分の社品たちを嫌う娘に着せるのもどうかと思う。
 誰が見ても「可愛い」と称するデザインが売りの衣服である。可愛いと言っても様々だろうが、一般ウケする、一般的な「可愛い」だと思う。
 過剰なフリルがあるわけでも、過剰なびらびら感があるわけでもない。一般大衆に広くウケのいいデザインのほうが、色々アレンジできていいのだ。
 『Alice』はシャレていて、可愛い。このブランドが好きな者ならば、口を揃えて言う言葉だ。
 いかにも西洋人形のような見てくれのステラが着て映えるのは、ゴシックロリータ系の衣服だろうが……。
(いやぁ、うちのもののほうが意外性があって絶対似合うと思うんだよね)
 うんうん。
 クロスの社の衣服は、純粋に女の子が見て「可愛い」と素直に洩らすようなものだ。女の子っぽいものに憧れている者ならば余計に反応する。
 ステラはじぃっと用意された衣服たちを眺めて、それから「うーん」と唸る。
「嫌いではありません〜。とぉってもかわゆいと思いますぅ」
「そう?」
「……でもでもぉ、わたしはその、どうやっても幼く見えちゃうので……あはぁ」
 最後のほうは溜息のような、諦めの境地のような声音だった。クロスはちょっと吹き出して笑いそうになる。あまりにも情けない声だったからだ。
「そうかな? 女の子ってのはちょっとお化粧して、髪型を変えちゃえば印象がガラっと変わると思うけど」
「……うー」
 今度はまるで低い猛獣の声のようだった。
 が、彼女は唐突にぐっと拳を作って顔を毅然と上げた。
「いえ、やります! 何事もチャレンジ精神! でなければ、部長に笑われてしまいますぅ!」
「ぶちょう?」
「はっ! い、いえ、こっちのことで……」
 たっぷりと冷汗を流して視線をズラすステラには、幼い外見とは不似合いな何かを感じた。不穏な空気とでも言うべきか。
「と、とにかく! やりますぅ! で、でも、わたしに似合ってなくても、後悔したって知りませんからね!」
「……ツンデレっぽい言い方だね」
「はひぃ? つんでれ? 寒そうな地域の名前ですかぁ?」
「それはツンドラ」
 頭の上に疑問符を浮かべているステラの前で、クロスはにっこりと微笑む。
(あぁ、ちょっと顔の筋肉が痛いかも。思いっきり笑ったら、さすがに失礼だよね)



 くるくると巻かれた金髪を、ストレートアイロンで直す。アイシャドウやアイブロウを使い、見た目の幼さを多少は抑える。
 マスカラは少なめ。あまりつけると、「作った」感じがありありと出て、よくない。
 大人しくメイクされているステラを眺め、クロスは不思議になった。
(そういえば、ステラちゃんは……俺に見惚れないなぁ、一度も)
 だいたいは、なにかしら妙な視線を向けられたり、もじもじされたりすることが多いのだが……。
(変な子)
「はひー! 着替えるのでどっか行ってくださいよぉ!」
 鏡越しに唇を尖らせて言うステラに、クロスは気さくな笑みを向ける。
「似合うかどうか見てもいいと思うけど」
「……変態さんのセリフですぅ……」
「すごい恐慌の表情で言わないで欲しいな」
 可愛い顔が台無しだ。
 メイクを施していた女性が苦笑し、こちらに視線を向けてきた。クロスは肩をすくめて個室から出て行く。

 数分後、衣服を着て個室から出てきたステラは最初の印象とがらりと変わっていた。
「わあ、可愛いね。似合ってるよ」
 素直に賛美するが、ステラは「うむぅ」と妙な声をあげただけだ。
「こ、これはその……」
「?」
「す、すごいというか……。ぬはぁ……」
「白い帽子かぶって草原を走り回って欲しいかも」
「ぎゃー!」
 悲鳴をあげてうずくまるステラの右腕を慌てて掴んで、引っ張り上げる。
「服がシワになっちゃう」
「ひぃー! そうでしたぁ〜!」
「あ、泣かない泣かない。お化粧が落ちちゃう」
「はひー! そうだったぁー!」
 ぎゃーぎゃーと喚くステラは、姿見の鏡を見て、頭を抱えた。
「誰ですかこれ! なんですかこれ! あぅー! お化粧マジックですよ! クロスさんの陰謀ですか!」
「なにを企むの」
「せ、せかいせいふく、とか」
「顔をそむけて言っても説得力ないなあ」
 とにかく。
「撮影しよう。お仕事だから」



 出来上がりにクロスは満足した。ステラのほうは気力を消耗したらしく、ぐったりとしている。
「うん。いいね。イメージ通り」
「そ、それは良かったですぅ……」
 力のない笑みを浮かべるステラのおなかが「ぐぅ〜」と音を鳴らした。
「ぎゃひっ! 最悪ですぅ!」
「……おなかすいてるの?」
「ひぃー! ち、違いますぅ!」
 ばたばたと両手を振り回す彼女にくすりと笑い、クロスはうんうんと頷く。
「じゃあさ、御礼にお食事。行きません?」
「は、はい?」
「その衣服も、お礼に差し上げますので」
「はう?」

 高級レストランへ連れて行くにはぴったりな格好だ。テーブルの上に並んでいく豪華で繊細な料理にステラがよだれを若干流している。
「どうぞ、ステラちゃん」
「……うぐぅ、高そう……。でも美味しそう……」
 生唾飲んでないで、とクロスは内心で思ってしまう。
「はひ……。いただきますぅ」
「どうぞどうぞ」
 がつがつと、お世辞にも綺麗とはいえない食べ方で食事をすすめるステラを、クロスはつい、肘をついて眺める。
 なんて美味しそうにがっつくんだろう。
(あぁでも、後日、びっくりするかなぁ)
 笑みが浮かぶのを、とめられない。

***

「なんですかこれわぁー!」
 絶叫をあげた少女は、雑誌の表紙を飾っている自分自身にわなわなと震えた。
 書店の前で迷惑なことだが、彼女はむんずと掴んでクロスの顔を思い浮かべる。
「本に載るなんて言ってなかったのにぃー!」
 悔し涙と羞恥で「ぎゃああ」と悲鳴をあげて彼女がその場にうずくまったのは……また別のはなし。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8090/クロス・リミテッド(くろす・りみてっど)/男/18/『Alice』の社長・魔術師】

NPC
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初めましてクロス・リミテッド様。ライターのともやいずみです。
 素敵なお兄さんとして描かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。