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■第3夜 舞踏会の夜に■

石田空
【7348】【石神・アリス】【学生(裏社会の商人)】
「今晩舞踏会だってねえ」
「そうねえ」
「またイースターエッグ公開されるのかしら?」
「されるんじゃない?」

 昼休み。
 雪下椿、喜田かすみ、楠木えりかのバレエ科仲良し三人組はおしゃべりをしていた。
 話題はもっぱら今晩行われる舞踏会の事である。

「いいよねえ。行ける人は」
「あらあら椿ちゃん踊りたい人いるの〜?」
「いっ、いる訳ないじゃない!!」
「あらあらあら。ならえりかちゃんは?」
「そんな、そんな人いないよ!?」
「そう言うかすみはどうなのよ〜?」
「あら〜? 私は普通に海棠先輩と踊りたいけど? まあ、無理だけどね」

 互いをくすぐり合いながらキャッキャと芝生を転がり回る。

「社交界に入れる人が条件だもんねえ。17歳以上で、ワルツをマスターしてて、マナー検定取得してる事」
「げええ……どれも私達持ってないじゃない……と言うか、それ高等部でもどれだけ行けるのよ?」
「でっ、でも、特例とかもあるって聞いたよ!?」
「うーん……私達だと無理かもねえ? あっ、椿ちゃんはあるいは行けるかもしれないけど♪」
「……何でもいいけど、何でアンタそんな事にイチイチ詳しいのよ?」
「乙女には108個の秘密があるのよ♪」
「それ、煩悩の数……」
「でも私達が17歳になっても、もうあんまり意味ないかもね?」
「何でよ?」

 ゴロゴロ芝生で転がっていたかすみが座り直す。
 寝転がったままそれを椿とえりかが見ていた。

「だってえ、新聞部も配ってたけど、怪盗オディールの予告状で、今晩来るって言ってたのよ〜? どう考えても次盗むのってあれよねえ?」
「イースターエッグ? うちのOBが作った宝石加工してる奴」
「あれそんなにすごいものなの?」
「もう〜、えりかちゃん無知! あれは代々学園の定期舞踏会に現れては皆に見つめられ、やがて舞踏会の雰囲気を吸収したイースターエッグは魔力を帯び、その魔力によってその前で踊ったカップルを必ず縁結びして永久の愛を誓わせるって言う、とーってもすごいものなのよ♪」
「ふーん……そんなすごいものだったんだあ」
「あれなくなったら学園の女子から暴動起こらない?」
「さあねえ。生徒会も今回は厳重に警護するみたいだから」

 三人はようやく芝生から起き上がり、パンパンと芝を叩き落とした。

「まあ私達はあんまり関係ないけどねえ」

 三人はそう言いながら帰っていった。
 予鈴が鳴ったのは、その直後である。
第3夜 舞踏会の夜に

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 午後1時15分。
 石神アリスはいつものように中庭のベンチで座っていた。
 膝の上の写真を何枚か見比べては分けている。
 この所何故か忙しい。
 最近写真部が忙しいのだ。
 今までの目立たない部はどこに行ったのか、あちこちから写真の依頼が増えたのだ。そして、今まですっかりもらい損ねていた部活の活動費が生徒会から謝罪も含めてたくさん送られてきた。
 写真が盗まれたせいなのかしら? アリスはそう考えながら、サンドイッチを頬張る。
 だとしたら、あの写真には魔力でも込められていたのかしら? なら、何故今まで誰も気付かなかったのかしら?
 謎と言ったら、あの理事長も謎だった。
 魔力無効化の魔法と言うものは、本来魔法の中でも上位の魔法である。
 それを平気で使える魔力を持っているなら、写真に付いていたものも全部気付いていただろうに。
 考えても、分からない事が多過ぎた。

 それはそうと、今晩は舞踏会である。
 アリスは舞踏会の年齢制限にしっかり引っかかっていたので、当然参加できない。

「悔しい……」

 誰に言う訳でもなくボソリと呟く。
 今晩怪盗が盗むイースターエッグは、学園の卒業生が作った中でも最高の品である。それが今日盗まれると言うだけでも我慢ならないのに、盗むのは自分が追いかけているオデットなのだ。なのに、自分が行けないと言うのが尚アリスを苛立たせる。
 自警団に催眠をかけて潜入する事も考えたが、あの堅物眼鏡の事が脳裏に浮かんだ。
 奴には何故か魔眼が効かないのだから、正攻法で舞踏会に潜入しないと、反省室だけじゃ済まないかもしれない。
 正攻法……。
 アリスは「うー……」と唸りながらサンドイッチをかけらを飲み込んだ。

「こんにちはー」

 知っている声が聞こえた。

「何の用?」
「いえ、その後の写真部の様子についてです」
「記事には書けないんじゃなくて? 確証ある事じゃないと文字数裂けないんでしょ?」
「ですが、後々必要かもしれないじゃないですか」

 そう返すのは小山連太である。
 そう言えば。
 アリスはまじまじと連太を見た。
 新聞部は取材で舞踏会に入れるんじゃなかったかしら?

「ねえ、小山君」
「はい?」
「あなた、今晩の舞踏会に参加する?」
「はい、定期舞踏会の取材は恒例行事ですし、今晩は怪盗も出ますしね」
「ならっ、私も連れて行ってくれない?」

 アリスはニコッと笑った。
 笑顔には自信がある。
 連太は顔を赤くし、そっぽを向いた。あら脈あり?

「……一応予備の招待状はありますが」
「あら、なら問題ないんじゃない?」
「けど……」
「なら、交換条件。写真部についての今の実情、あなたに定期的に報告するわ。そしたらあなたもわざわざ部員回りをしなくてもいいんじゃない?」

 連太は少し「うーん」と上を見て唸った。

「……分かりました。これ、舞踏会の招待状です。あっ、できればこれを自分が渡した事は内密にして下さい」
「ありがとう」

 アリスは「何で内密?」とは思いつつも、招待状をありがたく受け取った。
 連太は「自分もまだ用事ありますんで」とさっさと去って行った。
 さあ、今晩は忙しい。さっさと仕事を終えないと。
 膝の写真を手早く仕分けした。
 どこかの部の部誌に載せる写真の依頼をされていたのだった。

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 午後8時45分。
 アリスは連太と待ち合わせしている芸術ホール前に着いた。

「こんばんは」
「あっ、石神さんこんばんは」

 連太は黒いタキシードを着ているが、どう頑張って見ても七五三の風体である。
 対するアリスは黒いふんわりとしたプリンセスラインのドレスに、金色の蛇を模したネックレスをつけていた。

「自警団の数が多いわね……」
「まあ当然っすね。さすがに定期舞踏会にまで乱入されたら学園の面子が潰れるんでしょう」

 会場前は自警団が招待状の確認だけでなく、手荷物検査、さらに男女別に服装チェックまでした。
 全部を終えた後は、さすがにうんざりした。
 会場に足を踏み入れると、すでに音楽科の奏でる演奏で溢れていた。
 白いドレスを着た女子と黒い燕尾服を着た男子の集団がウィンナーダンスを踊っている。ああ、社交界デビューの予行練習かしらね。アリスはそう思って見ていた。
 一曲終わった後、ウィンナーダンスを踊っていた集団が去っていった。

「じゃあ、俺はそろそろ取材がありますんで」
「ええ。ここに入れただけで嬉しいわ。ありがとう小山く……」

 そう言って連太と別れようとしていた時だ。
 連太が思いっきり拳で殴られた。

「ちょっ……」
「何よこのハゲ……!!」

 顔に青筋立てた白いAラインドレスの女の子である。髪は丁寧に白いリボンで輪二つに束ねていた。

「もしかして、小山君の知り合い?」
「そうっすけど……何すんだよ雪下! 第一俺と同い年なのに何でここにいるんだよ」

 腫れた頬を触る連太を仁王立ちで睨む少女。

「あたしバレエ科で優秀だから、デビュタントの見本で踊りに来たの! 何よ、こーんな綺麗な人連れてきちゃってさ……」

 今度はアリスを睨む。
 あら、何これ。もしかして修羅場?
 アリスはちらりと連太を見る。

「何だよそれ! 石神さんに失礼だろ!?」
「何よハゲの癖に結構なご身分ね!」
「ハゲじゃなくって坊主!」

 付き合ってられないわ……。
 アリスは年下2人のののしりあいから、そそくさと逃げ出した。

 次の曲が始まる間に、いそいそと探す。
 会場の奥には貴賓席があり、そこには学園のOBやOGが座ってしゃべっていた。
 さらに奥は主賓席である。生徒会に理事会。……幸い今は青桐は席を外しているのかいない。

「理事長、ご機嫌よう」
「あら、石神さん?」

 主賓席で優雅に紅茶を飲む栞が顔を上げた。
 今日は紫色のドレスである。胸元のプラチナのネックレスが美しい。

「ご機嫌よう」
「今晩は質問に参りました」
「あら、何かしら?」

 栞はいたずらっぽく笑う。

「まずは、報告です。写真部のその後ですけど、最近部が忙しいです」
「結構な事ね」
「今までは部が存続してるのも不思議だったのに変ですわ。まるで、写真に魔法でもかかってたみたい」
「例えばどんな魔法?」
「こう……影を薄くするとか」
「だから誰も気が付かなかったと?」
「多分……ですけど」
「そうねえ……なら、怪盗は何故その魔法の写真を盗んだのかしら?」
「え……?」

 考えてもみなかった。
 そう言えば連太も言っていた第2の事件の時は、過食症が発生し、それが騒動の後ピタリと止まったと聞いた。
 まさか、怪盗は魔法のかかっているものを盗んでいる……?
 後一つ聞きたい事を思い出した。

「前に生徒会長に魔眼を……」

 栞はアリスの唇をつねった。
 首を横に振る。

「口は慎みなさい。気付かれたら、魂を抜かれるわよ?」
「痛っ……前からおっしゃってる魂抜かれるって、誰にですか? まさか怪盗?」
「怪盗は人の心は盗んでも人の魂までは盗まないわね」
「……何で生徒会長には魔法が効かないんでしょうか?」
「あら。あの子のメガネ、特別製だもの。私があげたものよ」
「生徒会長に何故そんな魔除けを?」
「……来るべき時のために。ね。あら、そろそろイースターエッグが出る頃ね」
「え……?」

 アリスが振り返ると、青桐がガラス箱を持って会場の中央に歩いていく所であった。周囲は自警団に囲まれている。
 アリスはとっさに自警団の位置と窓の位置、扉の位置を目算した。
 怪盗が逃走するとなったら、会場の中央から少し離れた窓からであろう。
 そう推測し終えた後、栞に頭を下げた。

「色々教えて下さりありがとうございます」
「ええ、気をつけてね」

 栞は何故か悲しそうな笑みを湛えていた。
 アリスが栞から離れ、目算通りの窓の下に来た所であった。
 突然照明が切れた。
 流れていた音楽は途切れ、周囲がざわめいた。
 来たか。どこに?
 アリスは目を光らせてあちこちを見た。
 踊っていた集団が突然ざわり、と揺れる。
 黒い影が中央に躍り出て、ガラス箱を割った。
 夜目が効くものがあまりいないらしい。そのまま黒い影が跳んだ。
 よし、計算通り、こっちに来た……。

「ご機嫌よう。オディール。いえ。私のオデット。私の、オデットになってちょうだい……」

 アリスの目が、金色に光った。
 しかし、怪盗は止まらなかった。
 彼女は、かつて青桐の剣を受け止めた扇で顔を隠していたのだ。

「ごめんね……私はこれを、どうしても盗まないといけないから……」

 すれ違いざま、怪盗が確かにそう言っていたのを、アリスは聞いた。
 背後でガラスが割れる音が響いた。
 破片が飛び散り、会場は大きく揺れた。

 やられたわ……。
 アリスはギリリと唇を噛んだ。
 計算は合っていた。
 運が怪盗に軍配を与えたのだ。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7348/石神アリス/女/15歳/学生(裏社会の商人)】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/雪下椿/女/13歳/聖学園中等部バレエ科1年】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】

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■         ライター通信          ■
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石神アリス様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第3夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は雪下椿とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
また、アイテムを入手しましたのでアイテム欄をご確認下さいませ。

第4夜公開は9月上旬の予定です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。