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■双姫のとある一日■

みゆ
【8090】【クロス・リミテッド】【『Alice』の社長・魔術師】
 東京のとある高級住宅街、つまり一等地に斎家の広大な屋敷がある。古くからその場ある斎家は、旧家中の旧家だ。建物は増改築を繰り返していて、基本的に外装は和風だが内部は洋室と和室と両方ある。
 退魔師、陰陽師としてはまだ二人で一人前の双子は、称えられてか揶揄されてか、「斎の双姫(そうき)」と呼ばれていた。

「瑠璃ちゃん、お仕事いくよ!」
 ある日は学校から帰ってきてから仕事。緋穂が霊の関知と結界を担当し、瑠璃が浄化、討伐を行なう。

 ある日は普通の学校生活。お嬢様ではあるが、二人は中学二年生。

 ある日は街でお買い物。偶には電車を使ってみようという事になるが、緋穂はカードが使えると聞いてクレジットカードで改札を通ろうとしたりして。

 そんな、二人の日常。
 時には凛々しく、時には年相応に――
 さて、今日はどんな一日を過ごすのだろうか?

住宅街の迷路にて


●追いかけっこ――出逢いと交戦
 夜の帳の下りた東京都某所。開発中の住宅街は、夜になればゴーストタウンのような不気味さと静寂を増す。建売一戸建ての住宅は、出来上がればたくさんの家族が移住してきて暖かい街となるだろう。だが今のこの街には生命の反応はなく、ただただ無機質な函が並んでいるのみだ。
 細い路地の両脇には似たような家がたくさん立ち並んでいる。横道に入ってしまえば似たような建物の間で迷子になってしまいそうだった。昼間ですらそうなのだから、闇の降りた今は更に道の区別はつきにくくなっている。なにせ外灯すら点灯されていないのだ。
「ははは‥‥ヤベェなこりゃ」
 そんな闇の中、細い道を走っているのは黒いジャケットにジーンズ姿の青年。軽くひとつにまとめた銀色の長い髪が、彼の動きに合わせて右に左にと揺れる。
 彼、クロス・リミテッドは月の光にのみ頼って住宅街を走っていた。すでに方向感覚はなくなって久しい。同じところをずっと走り続けている気がする。後ろから彼を追ってくるのは数体の異形たち。一言で言い表せば『鬼』だろうか。なぜこのような者達が存在するのかはわからない。だが、何らかの理由で現れた鬼達がクロスのチャームの能力に引き寄せられているのは事実だった。
(ただ散歩していただけの筈だったのにな〜)
 走りながらふと振り返る。だが敵さんたちは都合よくあきらめてなどくれないようで、相変わらずクロスの後を一定の距離を保って走ってきていた。ドスドスと巨体が走る足音が、住宅街に響き渡る。いつも無意識でチャームを発動しているとはいえ、さすがにガタイのいい鬼に追いかけられるのは嬉しいとはいえない。
 この後どうしようかと思考の端に浮かべたその時、前方の路地から二つの影が飛び出してきたことにクロスは気がついた。
「っとっ‥‥!?」
 そのまま走り続けてはぶつかる、そう判断したクロスは慌てて足を止める。
「観念しなさい!」
「もう、逃げられないよ〜」
 飛び出してきた二つの影はちょうど逆光で、顔ははっきり見えなかったが声から推測すると少女であるようだった。右手に符のようなものを構えているからして、どうやらクロスを敵だと思っているようだった。
「ちょっと、まって〜。いまいち話が見えないんだけど、たぶん私は君達の獲物じゃないね」
「「え?」」
 二つの同じ声が、同時に驚き、そしてクロスを上から下までしげしげと見やる。
「君達の獲物はたぶんあっち‥‥じゃないかな?」
 クロスが指したのは後方――大鬼達が追いかけてくるほうだ。鬼達はこの会話の間にもだんだんと距離をつめてきている。
「鬼を呼び出した首謀者ってわけでもなさそうね」
 髪の短い少女が思案気に呟く。
「じゃあ、お兄さんは何でこんなところにいるの〜?」
 髪の長いほうの少女が、人懐っこい笑みを浮かべて首を傾げた。
「いや〜ただ散歩していただけなんだけどね」
「散歩は時と場所を選んだほうがいいわよ。ここは新興開拓で土地の霊気が乱れて、元々土地にいた気が噴出して形が乱れているの」
「あの鬼さんはそういうわけで、地上に出てきちゃったわけだね。だからこんな場所を散歩していると危ないよ?」
 髪の長い少女の説明に加え、クロスを敵ではないと認識したのか、髪の長い少女は一歩一歩近づいてきてクロスの隣にたった。
「いや〜好きで追いかけられているわけじゃないんだけどね」
 その少女が後方から追いかけてきている鬼を見ているのだと気づき、クロスは同じように振り返る。少女二人はクロスの横を通って前に出て、鬼達と対決するつもりのようだ。
「あなたは危ないから下がってて」
 クロスに背を向けたまま短い髪の少女はそれだけいうと、呪を唱えながら掌に霊気を集め始めた。髪の長い少女も何かしら唱え、そしてクロスを振り向く。
「防護の結界を張ったから、そこから出なければ大丈夫だよ」
「えーと‥‥」
 心遣いは嬉しいのだが、かわいい少女二人にただ守られるだけというのもなんだか居心地悪い。
 そうこうしている間に鬼との間合いが縮まり、短い髪の少女がためた霊気を一匹の鬼に投げつけた。それを受けた鬼は一瞬苦しげな様子を見せたが、次の瞬間大腕を奮って髪の短い少女に振り下ろした。二匹の大鬼に二方面からその攻撃をぶつけられた髪の短い少女は、片方はよけたもののもう片方をダイレクトに食らってしまい、横塀に激突した。その様子から、敵はただ馬鹿でかいだけでなく相応の力の強さを持っていることがわかる。
「瑠璃ちゃん!」
 髪の長い少女が叫んだ。急いで髪の短い少女――瑠璃に近づいて何がしかの術を唱え始める。
 その様子を見たクロスは、手元に日本刀を二本呼び出し、少女の張った結界から一歩一歩歩みだした。
「なにやってんだ? あんた?」
 その顔に浮かんでいるのは笑顔。だが普通の笑顔ではなく、限りなく黒に近い、研がれた刃のような笑顔。
「雷雨」
 彼が呼ぶとその足元に顕現したのは、雷をまとった双頭の狼。そして軽やかな踏み込みと同時に刀を振る。狼の雷雨にも、他の鬼の攻撃をさせた。
 普段は戦うことはしないのだが、女性を傷つけられたことが許せないのだ――だからクロスは戦う。
「援護するから!」
 軽く治癒の術を使ってきたのだろう、髪の長い少女があらかじめ呪のこめられた符を投げつけると、後方の鬼の動きか止まった。今のうちにクロスは前方の鬼にすばやく二刀を叩き込む。
「っ‥‥只者じゃなかったのね」
 瑠璃も流れた血の跡はそのままだったが一応傷はふさがったようで、戦場復帰しては霊気を放った。
「きゃあっ!」
 鬼の爪が髪の長い少女の腕をえぐった。クロスはすかさずかばうように前にでる。
「だから女性を傷つけるなっていうんだよ!」
 クロスの一閃と雷雨の攻撃で、雷に包まれたまま一体の大鬼は消える。
「まだまだ!」
 前衛で剣を振るうクロスの動きがつかめてきたのか、瑠璃ともう一人の少女は彼の動きの邪魔にならないようにと動いた。そして一体一体と鬼を消し去っていく。

 ――数分後、住宅街は本来の静けさを取り戻していた。



 ふぅ‥‥誰の吐息だろうか、敵がすべていなくなったのを確認した安堵のため息だ。
「お兄さん、怪我はない?」
 髪の長い少女が瑠璃の傷を癒しながら顔をクロスに向ける。クロスは笑みを浮かべたまま髪の長い少女に近寄り、そしてその腕と顔にできた傷に触れた。クロスに触れられた傷は、むみるみるうちに回復していく。
「女性の顔に傷があっちゃあれだしな!」
 浮かべられたさわやかな笑顔に、髪の長い少女は「ありがとう」と無邪気に微笑んで。
「私、斎緋穂。こっちは双子のお姉ちゃんの瑠璃ちゃん。お兄さんは?」
「クロス。クロス・リミテッドだ」
「今回は私たちの仕事に巻き込んでしまって済まなかったわね」
 手当てをしてもらった瑠璃が、クロスをみやる。
「まあ、乗りかかった船というか、追われていたのは事実だから、ちょうど良かったかな」
 双子が現れなかったら、さてどうなっていただろうというところだろうか。
「じゃ、ありがとうの握手ー」
「え? ああ」
 緋穂に握手を求められ、クロスはその白い手を握り締めた。そして、やさしい笑みを浮かべた。



                      ――Fin



●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・8090/クロス・リミテッド様/男性/18歳/『Alice』の社長・魔術師

●ライター通信

 いかがでしたでしょうか。
 双子との退魔での邂逅ということで、このような形をとらせていただきました。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音