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■月の旋律―希望―■ |
川岸満里亜 |
【3677】【ルイン・セフニィ】【冒険者】 |
●帰還
「帰りましょう、お父さん」
娘ミニフェ・ガエオールの凛々しい顔に、ドール・ガエオールはゆっくりと頷いた。
大陸で療養生活を送っていた間、ミニフェは生き残った警備兵、傭兵達に指示を出し、島の復興に努めてきたらしい。
アセシナートが築いていた研究所は、破壊されたまま地下に残っているそうだ。
また、キャンサーについても今のところ調査は行なっていないとのことだ。
アセシナートの月の騎士団は、捕縛した騎士と冒険者が持ち込んだ情報によると、事実上壊滅しただろうとのことであった。
兵士はアセシナートへ帰したのだが、騎士はまだ島に留めてあるらしい。
全ては、ドールが戻ってから、島の民達と話し合って決めることになりそうだ。
一時は危険な状態に陥ったドールだが、現在はリハビリも終えて、普通の生活を行なえるようになっていた。
「すまない。ミニフェ」
ドールは立ち上がって、娘の手をぎゅっと掴んだ。握手をするかのように。
「皆、待っています」
ミニフェは強く優しい瞳で、微笑んだ。
●彼女の野望
アセシナートの魔道士、ザリス・ディルダはベッドに横になり虚ろな目で虚空を見ていた。
いや、彼女の目は何も見てはいない。ただ、目を開いているだけで、彼女の脳は何も見てはいない――。
彼女の中に入り込んだジェネト・ディアはザリスがしてきたことを覗き見た。
『ザリスちゃんの体の中には、フェニックスから作ったと思われる赤い石があった』
ジェネトは、キャトルにそう言葉を送った。
月の騎士団は、フェニックスを2匹狩ったらしい。
そして、宝玉を2つ作り出し、1つは優れた魔術師の手に。もう1つはザリスが自分の体内に埋め込んだらしい。
『薬に関しての知識は私にはないからな。見ても解らないが、必要ならばファムル君が得られるよう協力はしてもいい』
薬の開発には、多くの知識、沢山の研究員、長い年月が必要になる。
希望は消えはしなかったが、時間がかかることに変わりはない。
「希望がある……それが一番大事なことだよね」
キャトルは久し振りに笑顔を見せた。
体は改善してきているけれど、人の命なんてわからないものだから……。
1日、1日を無駄にはしたくないと、思った。
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『月の旋律―希望<命名>―』
制御は出来るにしても……。
いつでも持って歩けるわけでもなく、いつも制御できる状態にあるとは限らない。
そう考えると、作成した杖――キャンサーの力が凝縮された青い石を、不完全な状態にはしておけない。
ルイン・セフニィは、エルザード城を訪れ石を完全な状態にするための方法を求め始める。
この石はアセシナートの高度な技術で作成されていたものであり、ルインには勿論聖都の職人でもそれを完全なものにすることはできないだろう。
というよりも、その技術がどの分野の技術なのかも、判りはしない。
報告書を読み漁り、ザリス・ディルダとの面会を求め、彼女の状態について聞いているうちに、彼女の中にジェネト・ディアという魔術師が入り込んでいたという情報をルインは得る事が出来た。
現在はキャトルの中に居るそうだが、近いうちに自分の住処に戻ろうとしているらしい。
ルインはその日のうちに、ファムル・ディートの診療所に向かった。
「……というわけで、石を完成させるために力を貸して欲しいのです」
変換体――美女姿のルインの言葉に、キャトルの中に入ったジェネトは険しい顔つきを見せた。
「石は急ぎ完全なものとした方がいいだろうが、魔法や君の方法で、ザリスちゃんの記憶を見て、知識を得たとしても、自分のものとして私が石を完成させることは不可能だ。全く未知の分野だからな……。不完全なものを、完全なものとするような発想は浮かびはしないだろう。どちらかといえば、これはファムル君の専門分野だね」
「彼は薬を専門としているようですが……?」
「薬だけではなく、幅広い化学の知識を持っていたんだがな」
ジェネトが吐息をつく。
ファムルは薬草の調達に出かけており、診療所にはいなかった。
「他に、方法はありますでしょうか? 例えば……魔術的に。専門分野は違えど、あなたはザリスやファムルさんを越える知識の持ち主と伺っています」
「……石を見せてくれるかね」
首を縦に振って、ルインは懐の中から青い石のついた杖を取り出し、テーブルの上に置いた。
杖を手にし、ジェネトは眉間に皺を寄せながら調べていく。
目を細めて意識を集中し、石の力を探っているようだ。
「私に出来ることといったら……」
しばらくして、ジェネトはコトンと杖をテーブルの上に戻した。
「他の力を石の中に送り込み、制御することだろうか。だが、この石が効力を失うほど長い年月の間中、制御しておける魔力というのは膨大な力だ」
「力なら、私自身の力も。そして、この「太陽の結晶」も使っていただけたらと思います」
ルインは溜めていた太陽のエネルギーである結晶を取り出して、テーブルの上に置く。
ジェネトは太陽の結晶を手にとり、確かめ、しばらく考えこんだ後、大きく息をついた。
「この子も協力すると言っている」
ジェネトは自分――キャトルを指差して淡い笑みを浮かべた。
* * * *
ルインはキャトルを連れて、再びエルザード城を訪れた。
魔術で押さえ込むにしても、キャンサーの情報はあった方がいいということで、ザリス・ディルダとの面会、彼女の知識を視ることに対して、聖獣王の許可をとった。
「私の中に入ってください」
監視の騎士と共に、ザリスが寝かされた部屋に入ったルインはキャトルの中のジェネトにそう言った。
キャトルは頷いて、ルインに手を伸ばし額に触れた。
キャトルの中から、ルインの中へとジェネトの意識が飛ぶ。
「はあ……」
キャトルが息をついた。
「ジェネトって凄い。なんかね、あたしの身体の中の魔力のコントロールとかできちゃうんだもん。あたしの魔法の先生になってくれないかなー」
キャトルのその言葉に、ルインの中のジェネトは複雑な反応を示していた。彼に実体があったのなら、苦笑をしていただろう。
ルインはキャトルと一緒に、ザリスが寝かされているベッドへと近付いた。
彼女――ザリス・ディルダは起きていた。
目を開いてはいたが、音を立ててもこちらを見ることはない。
言葉も一切発することなく、ただ目を開き、呼吸をしていた。
こくりとキャトルと頷きあって、ルインは能力の『精霊手』で、ザリスの脳を探っていく。
その知識をジェネトへと送る。
膨大な記憶の中から必要な知識だけを選び取り、ジェネトへと送り続ける。
『方法はわからないが、別の強い力で凝縮し、安定させていたことは間違いないようだ。同じようにやってみるが……気を抜かないでくれよ。この力を暴走させたら、最後だからな』
「はい」
ルインはザリスを探る手を止めて、神妙に頷いた。
――そして、エルザード城の閉ざされた部屋を借りて、作業を始めることにする。
騎士達は部屋の外へ出て行ってもらった。
この部屋を覆う壁には特別な結界が施されており、魔法を外には通さないらしい。
ただ、それも程度による。限界を越える力が発せられたのなら、結界は破壊されるだろう。
ルインは杖と太陽の結晶を取り出して、テーブルの上に置いた。
「あたしはどうすればいい?」
「……魔力を借りたい……そうですが、構いませんか?」
ジェネトの言葉をルインは口にし、キャトルに問いかけた。
「うん、勿論! 余ってるから使って使って〜」
キャトルはルインに近付いて手を差し出した。
そのキャトルの手を掴んで、ルインはもう一方の手で石に触れる。
目を閉じた。
身体の中の力が手に集まっていく。
キャトルの身体から吸い上げた力も、石を持っている手の方へ。
熱く、燃えるように石が熱くなっていく。
抗う力が自分の中に流れ込んできそうになるが、その違和感に耐え、身体の中の存在に身を任せる。
5分、10分、30分――長い長い時間、戦っていた気がする。
そして――。
『終了!』
ようやく、心の中で声が響く。
太陽の結晶は全て消滅していた。
手を放すと、キャトルはふうと息をついた後、にっこり微笑んだ。
「ありがとう」
そう声を発したルインは、子供の姿になっていた。
「ありがとね!」
キャトルと、キャトルの中に戻ったジェネトに元気に礼をいった後、ルインは2人と分かれて宿へと向かった。
手の中にある青い石のついた杖をじっと見て、ルインは呟いた。
「……せきしき」
ぎゅっと握り締め、真剣な目で石を見る。
「積尸気。この杖、そう名付けよう」
それは東の地方の言葉だ。
この杖の能力を決して忘れることのないように、ルインはその名を心に刻む。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3677 / ルイン・セフニィ / 女性 / 8歳 / 冒険者】
●NPC
キャトル
ジェネト・ディア
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
月の旋律後日談、―希望―にご参加いただき、ありがとうございました。
石は安定した状態でルインさんが所持することになりました。
危険な力を秘めた杖ですが、その力が必要になることも……あるのかもしれませんね。
ご参加ありがとうございました!
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