■紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltz■
紺藤 碧
【3132】【レイリア・ハモンド】【魔石錬師】
 一応の決着はついたと思う。
 この先、エルザードの街が夢馬の脅威にさらされることは無いだろう。
 だが、それは本当だろうか。
 目的が見えず、暗躍している男が1人。
 そして、盲目に目的へと突き進み、それを成した双子。
 手を貸した自分は、知る権利があるのではないだろうか。
紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltz








 レイリア・ハモンドは、白山羊亭の入り口の前で立ち尽くした。
(夢馬を封じてアッシュが大切なものを失わずにすめたら、笑顔になれたら、私も嬉しい。そう思っていたのに)
 結果としてもたらされたものは、衰弱して倒れ、今も白山羊亭の奥のベッドで眠っているアッシュ。
 側について、無事を確認したい。そう思ったけれど、レイリアは決意にぐっと拳を握りしめると、白山羊亭に背を向けて、騒動が集結したあの場所へと足を向けた。
 あそこにはまだ紅玉と蒼玉の杖が置かれたままだ。
 何人か持ち運ぼうとしたという風の噂を耳にしたが、誰も杖を持てなかったとも聞いている。それでも、あの杖を置いたたまにしておいてはいけない気がして、レイリアは杖の前に立った。
 街の人々も今ではオブジェの一つと見ているらしく、誰も杖を気に留める素振りはない。
 レイリアはゆっくりと呼吸を繰り返す。
 アッシュ達のいた世界と法則が違っても、心の想いは同じはず。
 杖がどんな力を持っているのか分からないけれど、何もしないよりは、きっといい。
 地面に突き刺さったままの紅玉の杖の柄を握る。
「!!?」
 ガクンと、膝から一気に力抜けていく感覚が駆け抜ける。
 が、それは感覚ではなく、現実に立っていることが出来ず、杖を握ったまま、ずるずるとレイリアは地面に座り込んだ。
「…助けて、お願い。力を、貸して」
 無差別に、際限なく力が吸い取られていく。それは、魔力だけではなく、レイリアの生命力にまで及び始める。
 視界が朦朧とし始めた。
 彼らは普段からこの状況と戦っているのだろうか。
「止めろ」
 杖を握っていた手が解かれる。
 その解き方がアッシュと同じで、レイリアは無意識に少しだけ顔をほころばせて顔を上げた。
「あんたが死んだら、あいつの行動が無駄になる」
 見返していた蒼い瞳に、薄く開かれたレイリアの口元から薄い溜め息が漏れる。
「心配しなくても、杖はその内取りに来る」
 歩き回っているとは言っても、サックだってまだ本調子とは言いがたい。流石に杖を二つ持ち歩くのは骨が折れる。
「立てるか?」
「……大丈夫よ」
 まだ少し足元がふらついている気がするが、瞳の色は違っても、同じ顔で言われてしまったら、流石にこれ以上は無理もできない。
 レイリアは、サックに連れられて彼らが今世話になっている白山羊亭の奥の客間に入る。
 ベッドの上で浅い呼吸を繰り返しているアッシュに、眉を寄せて唇を噛んだ。
「…名の護りをもう一度かけることはできないの?」
 彼らだけでソレが出来るならば、もうしているだろうことは簡単に予想がつく。けれど、聞かずには居れなかった。
「かけなおすことはできるが、施せるヒトがいない」
「それは、この世界にその人が居ないってこと?」
 アッシュとサックが異世界からの来訪者ということはもう知れている。そして、その世界から夢馬を追いかけてきた結果が、今の2人なのだから。
「それもあるけど…まぁ、いろいろあんだよ」
 サックの返答に、レイリアは顔をしかめる。
 アッシュならば答えてくれただろうか。
「2人が動けないのなら、私が連れてくる。教えて。その人が居る場所、行く方法」
 ベッドの脇の椅子に腰かけて、レイリアはぎゅっとアッシュの手を握りしめる。
「あんたには無理だ」
「どうして?」
 きっぱりと一言で切り捨てられ、むっと口を引き締めて問い返す。
「あんたが時空間移動に耐えられるとは思えない。それに、本当に無理なんだよ」
 やる前から無理だと決め付けるサックに、レイリアは眉を吊り上げる。
「だから、どうしてそう言い切れるの?」
 本当に何も教えてくれないし、知らないのだから、説明してくれなくちゃ何も分からないのに。
「この手の護りがかけられるのは職人だけだ」
「職人?」
 レイリアも魔石を作る職人だ。けれど、彼らが言うような護りをかけられるような職人ではない。
「あー…」
 サックは面倒くさそうに頭をかくと、淡々と説明を始める。
 まず、彼が言う職人とは、双子が今持っているような杖を作った存在であるということ。そして、あの杖を創ったのは世界でも有数の職人である彼らの弟だということ。杖を操る手段として、名の護りを施されたということ。
「なら―――」
「あいつは、今……」
 その弟くんの元へ向かう、もしくは着てもらえばいいじゃないかと開きかけた口が、サックの言葉で上書きされる。
「…………」
 本人は気が着いているかどうかは分からないけれど、アッシュが倒れた時以上に沈んだサックの表情に、レイリアも言葉をなくす。
 そのまま閉ざされた言葉の奥に、彼らの弟はもう居ないのではないか。そんな気持ちに、させられた。
「……杖、創った本人じゃなきゃ、ダメなの?」
 名の護りを施せるヒト、というのは。
「相応の力を持った職人じゃなけりゃ無理だ」
 彼らの弟はどれだけの力を持った職人だったんだろう。
 杖の性能だけを考えれば、かなり力の強い――技術の高い職人だったのだろうことは想像がつく。
 それにしても、早熟だなと思うけれど。
 レイリアだって四捨五入すれば20歳いくけれど、まだまだ十台。それでも一流と呼ばれる魔石を作る職人だ。自分を思えば、何ら不思議なことではない――か。
「アッシュが元気になる方法、サックは知っているのよね?」
 その方法に頼れる可能性が余り高くなくとも。
 眠るアッシュを見つめ、レイリアは考える。アッシュが元気になるために、自分の力で、いや……何も出来ないなら、アッシュが元気になるまでに、何が出来るのか。
「!!?」
 ぎゅっと握っていた手に力が返される。
 レイリアは微かな驚きと喜びでその顔を覗き込む。
「……   …   」
 緩慢な動作で見返し、薄く口を開いた。けれど、その声は空気を全く振動させず、音にならなかった。それでも、レイリアの耳には彼の声が聞こえた気がした。
「何もしてあげられなくてごめんなさい。指輪このまま借りていてもいいかしら」
 微かにまた握り返された掌に、了解の意味を読み取って、レイリアは微笑む。
 握っていた手を布団の中に戻し、椅子から立ち上がる。
「また来るわ」
 ドアに向けて歩き出したレイリアは、サックに軽く頭を下げる。
 サックは部屋から出たその背を見送り、何かを決意したかのような足取りのレイリアを訝しげに首を傾げた。
「……あんた、本当に、変なこと考えるなよ」
「大丈夫よ。私にもやれること、思い出しただけだから」
 そう、例えそれがあの医者の掌の上で踊るようなことになったとしても。生まれた疑問をそのままにはしておけない。
 自分は大丈夫だと思っているけれど、それを彼らに言ったら大丈夫じゃなくなってしまうかもしれない。
 レイリアは指輪をぎゅっと握りしめ、ある場所へ向かう。
(あなたが元気になるまでけして諦めないわ)
 それは、レイリアが眠らされた、あの医者の診療所。言い方を返れば、夢馬の仮住まい、ねぐら。
(不自然なのよ)
 あの場所、あのタイミングでレイリアを眠らせるという行動を取った医者の動きが。奇妙と言ってもいい。
 だって、あのタイミングならば、レイリアの無事を引き換えにして、夢馬の封印を止めさせることだって出来たはずだ。なのに、そうしなかった。
 もしかしたら、あの建物内部に何か隠していることがあるのかもしれない。
 怖くないといったら嘘になるけれど、それ以上に信念は篤い。
「…アッシュが私に強さをくれたのよ」
 足取りに躊躇いはない。
 レイリアは、今も主が居るのか居ないのか分からない診療所に向けて、歩を進めた。




























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3132】
レイリア・ハモンド(12歳・女性)
魔石錬師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 この続きはもう一度円舞曲を開けるということはしませんので、よろしければ白山羊亭へと繋げていただければと思います。
 ただ、本文中に記載がない部分は実のとこあまり重要ではありません。要するに『場所』ではなく『人』だということです。
 それではまた、レイリア様に出会えることを祈って…… 


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