■D・A・N 〜Fourth〜■
遊月 |
【7266】【鈴城・亮吾】【半分人間半分精霊の中学生】 |
幾度かの関わりの中で、色々と知られてしまった。
一度出来た『縁』はそう簡単に切れはしない。
腹を決めるべきなのか、と――…そう、思った。
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【D・A・N 〜Fourth〜】
「……俺は、ケイさんに逃げるなと言った。だから俺も逃げない」
す、とシンが目を眇めた。何かを見極めようとするかのようなその視線を真っ向から見返して、亮吾は続ける。
「支えになるかどうかはこの先の話を聞かなきゃ分からない、俺がどう判断をするか、ケイさんがどうするか、それ次第だけど、どんなことになっても最後まで向き合う覚悟はあるし、決して見捨てたりなんかもしない。ケイさんが間違ってると思ったらどんなことをしても止めるし、正しいと思ったら全力でサポートする」
ケイに向かって自分が叫んだ内容を思い返す。プッツンと切れた末の言葉とはいえ、ただ勢いだけで言ったわけじゃない。
(……覚悟なんてのはもうあの啖呵をきった時点で出来てたんだ。どんな結果が待っていようと最後まで関わるって。最後まで自分の信じた道を行く、それはいつもと変わらない事じゃないか、…今回はちょっと回り道をしちゃったけど)
自分らしくもなくうだうだ悩んだりもしてしまったけれど、結局のところ、自分が選ぶ道はひとつだ。
(――だからシンさんが俺に託してくれるというなら全力で受け止める)
先のことなんてわからない。絶対なんてありえない。
それでも自分は、ケイに向き合うと決めたのだ。
「話してよ、シンさん。覚悟、できてるから」
数秒か、数十秒か、もしくはそれ以上か――無言で亮吾を見つめていたシンは、ひとつ息を吐いて目を伏せた。
「……そうか」
吐息のような微かな声で呟いたかと思うと、組んでいた腕を解くと同時に舌打ちをし、片手で顔を覆う。
乱暴な印象のその仕草に、多少の違和感を感じる。決して長いとは言えない付き合いの中でだが、シンは基本的に落ち着いた雰囲気で、所作もそれにそぐったものだったからだ。
「――…勘付いたか」
小さく呟いたシンは、亮吾を見、「すまないが、」と言葉を紡いだ。
「少し待っていて貰えるか。――そうだな、五分ほど」
「え、あ、…いいっすけど」
「有難う」
礼と共に立ち上がったシンは、そのまま部屋を出て行く。扉の向こうにシンが消えるのを見届けて、亮吾は所在無く辺りを見回した。
……本当に、生活感の無い部屋だ。起き上がる前からそうじゃないかと思っていたが、部屋にベッド以外の家具が見当たらない。
そんな状態だから余計にそう見えるのかもしれないが、それなりの広さのある部屋にベッドだけがあるというのは物寂しいを通り越してちょっとシュールだ。
住居の全貌はわからないが、これがその一室であることを考えると、結構広そうな気がする。マンションか何かなのだろうが、定職に就いている様子の無いケイとシンがどうやって資金を調達しているのだろう。
そんな益体のないことを考えているうちに時間が経っていたらしい。先程シンが出て行った扉が開く音がして、亮吾はそちらへ視線を向けた。
「すまない、待たせた」
戻ってきたシンは、どうしてか服が変わっていた。髪も湿っている。シャワーを浴びでもしたのだろうか。それにしては時間が短かったが。
亮吾の疑問に気づいたのだろう、シンは僅かに苦笑する。
「ケイが、何か勘付いたらしくてな。だが、今ケイに知られる――このような形で知らせるのは私の本意ではないし、都合が悪い。だから少々、細工をしてきた。今頃は夢の中だろう」
説明のようで説明になっていない。シンの言い方からすると、ケイを眠らせたようだが――そもそも、同じ身体の中に存在しているケイをどうやって眠らせるというのか。気絶させることが出来るわけでもないだろうに。
「では、続きといこうか」
しかしシンはそれ以上詳しく話す気は無いようだった。再び亮吾の前に腰を下ろし、静かに話し始める。
「ケイがセンとも『対』になってから暫くは、何の問題も無かった。……無いように、見えていた。だが、それは表面的なものに過ぎず、前例の無い試みの、その歪みは確かに存在していた。――先程、『対』というのは『呪』によって『魂』に繋がりがつくられると言っただろう。それは一族の役割によるものだと。その役割というのひとつに、『浄化』というのがある。『陽の一族』は退魔――人ならざるものに関わる仕事を、『月の一族』は人相手の…そうだな、要人に向けられた呪いの解呪や――場合によっては暗殺などの仕事を請け負っていた。……退魔にしろ、呪いを扱うにしろ、負のものに触れるのに変わりは無い。『陽の一族』はそれに弱く、『月の一族』は耐性があった。『月の一族』はそれをただ受け入れるしかできなかったが、『陽の一族』は『浄化』できた。それ故の、『対』。繋がりをつくることで互いの短所を補い合い、その命を永らえる。そういう関係だったのだ、私達の一族は」
それでも短命には違いなかったが、とシンは言った。
「ここで問題になるのが私達――異例となってしまった私達三人の場合だ。天秤を思い浮かべてみるといい。ほぼ同じ重さの錘が三つある。それぞれの皿にひとつずつ錘を載せれば、釣り合いが取れる。だが、その片方にもうひとつ錘を載せれば、傾くだろう? ……つまるところ、負担が大きすぎたということだ。ケイ一人では、私とセンの二人分の『浄化』は荷が重かった。そもそも、『呪』は二人分を想定して作られていない。幾らケイにその適性が高くとも、綻びができるのは必然だったのだろう。釣り合いが取れないという事実が、繋がりによる恩恵を、充分でないものとした。『対』でありながらそうではない――そのような関係へと変えた。……ケイがセンの『対』になって、三月ほど経った頃だろうか。私は自分の異変に気付いた。最初は、ただの不調だと思った。少々力の調子が悪い、それだけのことだと。だが、幾らもしない内に身体にも不調が現れ始めた。……その時も、ただ私の限界が来ただけだと思ったのだ。兆候が現れるにしては早すぎたが――まあ、許容範囲だと思っていた。私が死んでもケイにはセンがいるのだから狂うことは無いだろうと思っていたし、後顧の憂いも無い。一先ずケイにそれを伝えようと思っていた矢先――センが私を訪ねてきた。その頃私は一族の務めの関係であまり家に帰っておらず、センは務めを始める直前で不安だったのか、ケイについて回っていた。久方ぶりに顔を合わせたわけだが――」
その時のことを思い返してだろうか、シンは困ったような笑みを浮かべた。
「会って早々に『兄様、死ぬの?』と尋ねられた。センの能力の応用で、他者の死期を見ることが出来た故の問いだったわけだが、センはそれが自分のせいだと言った。自分がケイの『対』になったからだと。しかし私にその真偽を測る術は無かった。とりあえずセンを宥めて休ませた。――そして、その数日後、ケイがセンを心配して訪ねてきた。塞ぎ込んでいたセンを元気付けようと、ケイはちょっとした遠出を提案した。私は過去の事例からセンの言葉の真偽を確かめようとしている最中だったが、センをそのままにしておくのはまずいと思っていたから、遅れて合流することにした。――それもまた、取り返しのつかない失敗だったわけだが」
いっそ不気味なほどに淡々と、シンは語り続ける。それは努めて平静を装うとしているようだった。
「――『月の一族』の特性に、負のものを引き寄せる、というのがあった。それは、『陽の一族』と関わりを持つようになってからは殆ど忘れ去られていたことで――私も、センも、ケイも…それを、知らなかった。一族の所有地には結界があったんだが、『対』を持たない者がそこから出てはいけない理由に、負のものを引き寄せないように、というのがあることすら、知らなかった。……私がケイ達との待ち合わせ場所へ辿り着いたとき、そこにはケイと――『月の一族』に向けられた、『呪い』の産物だけが在った。蓄積された負の気が凝り固まった末に生み出された、歪な――化け物とでも呼ぶべきものが、センを『喰った』後だった。……その化け物が獣型だったせいなのか、随分と凄惨な場景だった。今でもまだ、夢に見る程度には。化け物の標的は『月の一族』のみだったから、ケイの身は無事だったが……心の方は、もう殆ど壊れかけていた。化け物の方は何とかしたものの、ケイを正気に戻すことは私には出来なくてな。何の反応も返さない、自主的に動くこともない、人形のようなケイが段々と衰弱していくのを、見ているしか出来なかった。――そして、考えた挙句に、その原因――目の前でセンが喰われた記憶を隠すことで、正気に戻らせることが出来るのではないかと思ったのだ。『対』の繋がりを利用して、ケイの記憶を弄った。部分的に記憶を隠したことによって、その他の部分は都合のいいように改変された。……ケイはセンが死んだ事実は覚えていても、それが病死だと認識しているし、センの『対』になったことも覚えていない」
シンは、深く息を吐いた。亮吾に目線を合わせ、区切りをつけるように僅かに声音を変えた。
「――これが、私がケイから隠した記憶の、全てだ。だから、鈴城君が見たという『セン』は本物ではない。魂までも喰われたセンは、どんな形であれ再び現れるはずはないからな。あれは私達が『魔』と呼んでいるものが…恐らく、ケイを試したのだろう。あれは少々性格が悪い。今回はケイが呼び出したから、本気で害するつもりはなかっただろうが――まあ、あれにとっては悪ふざけのようなものだったのだろう。『魔』と、先日の『呪具』については、ケイから話を聞くといい。何もかもを私が話してしまうのはどうかと思うしな」
じわり、と。
シンの輪郭が、揺れた。霞み、薄れ、溶けそうになっては、不意に元に戻る。
それはまるで、ケイとシンが入れ替わるときのような。
「――思ったよりも早かったな。これもまた、『縁』の為せる業か」
夜闇よりも深い色の瞳が、亮吾を見つめる。
「鈴城君。……できるのなら、あいつを、支えてやってくれないか。私にはもう、できそうもないから」
そして瞬きの間に――その姿は、ケイのものへと変わっていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7266/鈴城・亮吾(すずしろ・りょうご)/男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、鈴城様。ライターの遊月です。
「D・A・N 〜Fourth〜」にご参加くださりありがとうございました。
『秘密』編の後編ということで、『隠された記憶』について言及されました。
大半が過去語り状態(…)になってしまいましたが、これでシンが『語るべき』だと思っていることについては終わりです。
本来明かされるはずの『目的』についてシンが話さなかったのは、それを告げても告げなくてもシンにとっては変わりないからです。
それ故にケイから明かされることになります。ご了承ください。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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