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■D・A・N 〜Third〜■

遊月
【7092】【美景・雛】【高校生・アイドル声優】
 ――…失敗、した。
 まさかこうも容易く逃げられてしまうとは。
 早く見つけなければならない。アレは周りに害を与えるものでしかないから。
 必要だったとは言え、対策を万全にせずに呼び出したのは自分の落ち度だ。

 ……焦って、いたのかもしれない。
 もう、時間がないのだ。
 気配を探る。かすかに残るそれを辿って、空間を渡った。
【D・A・N 〜Third〜】




(あ、ここって……)
 ふらふらと散歩をしていた美景雛は、周囲の景色に既視感を覚えて立ち止まった。
 一度ぐるりと周囲を見回し、やはりそこが見覚えのある場所であると確認する。
(やっぱり……ここ、この間月華さんと行った喫茶店の近く…だよね?)
 誰にともなく心中で呟く。
 先日訪れた際は真夜中だったのもあって、周囲をきちんと把握することはできなかったが、間違いない。黄昏時のぼんやりとした視界の中でだが、確信する。
「せっかくだし、ちょっと行ってみようかなぁ」
 お財布にも余裕があるし。先に訪れた際は他に客が居なかったが、雰囲気も気に入ったし。
 そんなことを考えながら喫茶店があると思しき方向へと歩を進めていた雛は、突然何かにぶつかった。
「……ッ!?」
 悲鳴は、ぶつかった位置が悪かったため声にならなかった。顔面強打は痛い。
「っ、すまない」
 ぶつかった衝撃のまま一歩下がり、思わず顔を押さえた雛の耳に、謝罪の言葉が届く。――…聞き覚えのある、声で。
 同時に、声の主の方からも、何かに気付いたように息を呑む音が聞こえた。
「……美景、さん?」
「月華さん……」
 顔を上げた雛と、驚いたような表情の月華の視線が、交わった。
 しかし次の瞬間、弾かれたように雛から視線を外した月華が、虚空を射るような視線で睨み据えたと同時――周囲の景色が一変した。

◆ ◇ ◆

「これが狙いか…!」
 忌々しげに月華が舌打ちする。その険しい顔に、雛は何か良からぬことが起こっているのだろうと直感した。
 周囲は、見渡す限りの闇。先まで僅かなりと景色を照らしていた夕陽の残光はどこにもなく、夜闇よりも尚深い、完全なる闇だけがある。自分が立っている地面すらも危ういその空間に、雛は心許なく視線を彷徨わせた。
「あの……」
 とりあえず状況を把握したい。そんな思いから恐る恐る声をかけてみると、月華は自らを落ち着けるように一度深く息を吐いて、雛に向き直った。そしておもむろに頭を下げる。
「……すまない。また、巻き込んでしまった」
「巻き込んでしまった、って…」
「俺が追っていたもの――『魔』と呼んでいるんだが――それが、どうやら俺達をこの空間に隔離したらしい。俺だけに手を出すのなら、わざわざ召喚後に一度逃げ出す必要はない。恐らく、美景さんを巻き込むことが狙いだったんだろう」
 『魔』だの『召喚』だの、なんだか穏やかならない感じの言葉が混じっているのが気になるが――それより何より。
「どうして私を?」
 会ったことも見たこともない(多分)ような『魔』に狙われる理由がさっぱりわからないのだが。
「それは、恐らく美景さんと俺達――俺と陽葉に、『縁』が――」
 言いかけた月華の声が、不自然に途切れた。不思議に思って見上げれば、目を見開き雛の斜め後方あたりを凝視する月華の姿が。
「? どうしたんですか…?」
 尋ねつつ何か後ろにあるのかと振り向いた雛は、驚きに息を呑んだ。
「陽葉、さん…?」
 雛の背後――月華の視線の先にいたのは、一度だけ顔を合わせた陽葉。
 その顔にはとても楽しげな笑みが浮かんでいたが――何だか妙な違和感を感じて、雛は眉根を寄せた。
(なんだろう……目が、笑ってない…?)
 何かがおかしい――そう感じる心が、恐怖に近い感情を喚起してくる。
「こうして顔を合わせるのは、いつぶりだろうね、月華?」
「……」
「なんて顔をしているのかな。――まるでワタシが、とても恐ろしい存在だとでも言いそうだね」
「…ふざけるな」
 搾り出すような――そして、憤りに満ち満ちた声だった。
「ふざける? 何のことかな。ワタシはふざけているつもりなんてないのだけど」
「――その姿が、ふざけていると言っている。何のつもりだ」
「君こそ、何のつもりかな。ワタシの容姿にケチをつけようとでも言うのかな?」
 笑みを浮かべたまま――それも『貼り付けられたような』という形容が似合うほどに変化しない笑みで、『陽葉』は飄々と答える。
 そして雛は、やっとその場景の異常さに気付いた。
(どうして陽葉さんがいるの…!?)
 初めて会ったときの月華の言からすれば、月華と陽葉は同時に存在できないようだったのに、……今、二人は相対している。
 自分の理解が間違っていたのだろうか――一瞬そう考えかけた雛は、月華の表情を見て思い直した。
(……もし、単純に陽葉さんが目の前にいるだけなら、――それがおかしいことじゃないのなら、きっと月華さんはあんな顔しない)
 雛の考えを裏付けるように、斬りつける様な鋭さで月華が言い放つ。
「陽葉の姿を、汚すな…!」
 瞬間。
 にやぁり、と、『陽葉』が笑った。
「汚す?」
 心底おかしげに、『陽葉』は声をあげて笑った。
「それを、君が言うのかな? ……誰よりも、『陽葉』を汚しているのは、君じゃないか」
 びくり、と月華の肩が震えたのを、雛は視界の隅に捉えた。
「本来あるべきでない形で、『陽葉』を現世に留めた――それは、『陽葉』の魂を汚したことにはならないのかな? ……何より、『陽葉』は、死にたがっていたのに」
「っ、来るな…ッ」
 ゆったりした足取りで、『陽葉』が月華に近付く。対して、月華は無意識にだろうか、じりじりと後退さった。
「エゴ? 罪滅ぼし? それとも哀れみかな? 独り残されることに耐えられなかった? せめて『陽葉』だけでも助けたかった? ……たとえ、元凶だとしても」
「黙れ…!」
「責任でも感じていたの? 罪悪感でも抱いていた? ……そうだね、確かに事の発端は君にあった」
「や、めろ…」
 拒絶するような月華の声が、弱弱しく掠れた。月華と『陽葉』の間の距離は、もう幾らもない。
 雛は金縛りにあったように、二人の距離が限りなくゼロに近付くのを、ただ見ているしかできなかった。
 柔らかく、そして優しげに、『陽葉』は月華に微笑んだ。そうして口を開く。
「ねえ、月華。『私』を思うのなら――」


「早く、死なせて?」


「――ッッああぁああぁぁあ!!!」
 魂切るような絶叫が、月華の口から迸った。頭を抱え、痛みに耐えるかのように身体を折り曲げる。
「っ、月華さん!」
 叫ぶと同時、金縛り状態から抜け出した雛は、月華を満足げに見下ろしている『陽葉』を拘束しようと精霊召喚を試みる。何なのかははっきりわからずとも、明らかに『害あるモノ』だと判断したからだ。しかし次の瞬間、驚愕に言葉を失った。
(召喚できない…?!)
 何故、と思うものの、今はその原因を追究している場合ではない。
 動揺を抑え込んで『陽葉』を睨みつければ、彼女は雛に向けてにっこりと微笑みかけ――消えた。
「月華さんっ!」
 一瞬躊躇したものの、雛は月華に駆け寄った。彼は膝をつき、頭を抱えて身体を震わせている。
 幾度名を呼べど、反応はない。覗き込んだ目は焦点が合っていなかった。
 どうするべきか、と必死に頭を回転させる。
 月華は『魔』が自分たちをこの空間に隔離したと言っていた。恐らく、先程の陽葉の姿をしたものは、『魔』に関係のあるものではないかと思われる。しかし、それはどこかに消えてしまったし、どうやらこの空間では精霊召喚もできないらしい。
 どうすればこの空間から出られるかもわからない上、それらに詳しいだろう月華は錯乱状態だ。
「……っ」
 悩んだ末、雛は、ゆっくり手を振り上げて――月華の頬を、思いっきり叩いた。
 ぱぁんっ、と高い音があたりに響く。叩いた方の掌がじわじわ痛み出すが、それに構わず一喝する。
「私は、事情とか何もわからないし、どうすればいいのかも知らない…! なのに、貴方がそんな風になってどうするんですか!」
 きつく月華を見据えつつも、内心は冷や汗ものだ。月華を正気に戻すのが先決だろうと思っての行動だったが、それによって月華の様子がさらに悪化する可能性だってゼロではない。
 月華が反応を見せるのを待つ時間が、いやに長く感じた。
 ゆるゆると、月華が顔を正面に戻す。雛に向いた視線がだんだんと定まり、焦点を結んだ。
「み、かげ…さん」
 どこかまだぼんやりとした声音で、月華は雛の名を呼んだ。正気に戻ったらしいことに胸を撫で下ろして、雛はほっと息を吐く。
 意識をはっきりさせるためか、月華は軽く頭を振り、再び雛を見て頭を下げた。
「面倒をかけたようで、すまない」
「大丈夫ですか…?」
「ああ」
 淡々と、表面上は普段どおりに戻った月華が答える。何かを探すように視線を彷徨わせ、ある一点でそれが止まった。
「……出てこい。もう、気は済んだろう」
 虚空に向けて月華が言い放つと同時、その空間にぼんやりとした『影』が現れた。そして姿と同じようにぼんやりとした声が頭に響いてきた。
『先まで取り乱していた者とは思えぬ物言いだな。まぁ、主のそのようなところが気に入ってはいるのだが』
「余計なことはいい。気は済んだだろう、もう還れ」
 冷たく斬り捨てるような月華の言葉に、『影』は愉快そうに笑う。
『他の方法を知りたかったのではないのか』
「その様子だと、教えるつもりはないだろう。そもそも大して期待はしていなかった」
『強がるのも程々にしておいた方が良いと我は思うがな。……まぁいい。還れというのなら還ろう。そうだな、楽しませてもらった礼に、ひとつ助言をしてやろう』
 月華が怪訝そうに『影』を見遣った。
『主が“対”を永らえさせたいのであれば、主は他と繋がりをつくらぬほうがいい。……それだけだ』 
 その言葉を残して、『影』と――不可思議な空間は消えた。
 周囲の景色は『魔』の空間に隔離される直前にいた場所に戻り、空には煌々と月が照っている。
 先までの出来事がまるで夢か何かのように思えるその風景をぼんやりと眺めていた雛は、はっと我に返って、難しい顔で考え込んでいる月華に向き直った。
 そして意を決して口を開く。
「アレが何だったのか、教えてください。……私には、知る権利があると思います」
 何が何だかわからないままに巻き込まれ、目の前で月華が錯乱する一部始終を見た。以前にも似たようなことがあったし――このまま、何事もなかったように別れることはできなかった。
「……それは、あの――『陽葉』の姿をしたモノについてか?」
 それだけではないが、確かにそれについて知りたいのも確かだ。頷くと、月華は、苦笑のような、自嘲のような――そんな笑みを浮かべた。
「『魔』の能力によって作られた『幻影』――などという答えでは、満足してもらえないんだろうな」
 わざとだろう、茶化すような声音に、カッとなって雛は気付けば怒鳴っていた。
「ここまで巻き込んでおいて、……っまだ秘密にするって言うんですか?!」
 一瞬、虚をつかれたように目を見開いた月華は、目を伏せて「…すまない」と呟いた。
「その通りだな。ここまで巻き込んでしまったんだ。話そうが話すまいが、恐らく縁にもさほど影響はないだろう。……だが、事は俺だけの問題ではない。陽葉にも関わる。俺の独断で、話してしまうことはできない」
 すまない、ともう一度言って俯いた月華に、雛はそれ以上の追求をすることはできなかった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7092/美景・雛(みかげ・ひな)/女性/15歳/高校生・アイドル声優】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、美景様。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜Third〜」にご参加くださりありがとうございました。お届けが大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした…!

 色々『謎』に近づきつつ、説明はまだできない、という微妙な状態ですが、如何だったでしょうか。
 正気に戻すのはグーもいいなぁ、と思いつつも、パーにさせていただきました。単純に姿勢的に殴りにくいかな、と。
 月華は、諸々に関して秘密にしようと考えているわけではないのですが、自分一人の問題ではないからとこんな感じに。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。