■血塗られた十字架■
朝臣あむ |
【3626】【冷泉院・蓮生】【少年】 |
打ち付ける雨の音。
地面を叩き滴る雫の音に混じり、稲妻の音が響く。
鐘の音が鳴り響き、厳かな建物の中に二つの人影が立っていた。
一人は鎌を手に口角を上げてニヤつく男。もう一人は、己の手を見つめて呆然と佇む初老の男性だ。
聖職者の服に身を包んだ初老の男性の顔が、一瞬の稲光によって映し出される。
その口元が、服が赤く染まっている。
「聖職者と言っても、所詮は人間なんだなあ。そう思わねえ?」
喉奥で笑った鎌を持つ男――不知火は老人の顔を覗きこんだ。
近付くだけで匂う、錆びた鉄の香り。これは紛れもなく血が発する独特なものだ。
その香りを胸一杯に吸い込んで、不知火は赤い目を細めた。
「あんた、もう終わりだな」
ククッと嫌な笑いを残して踵を返す。
「ま、待ってくれ!」
引きとめる声に、不知火の足が止まる。
首だけを巡らして振り返れば、皺に紛れた瞳が縋るように細められている。
「わ、私はどうすれば……」
戸惑う声に合わせて閃光が走る。
ステンドグラスの鮮やかな光が建物の中に零れ落ち、男の顔を映し出した。
白髪の髪も、髭も、何もかもを赤く染めた男の手には、べっとりと血が付着している。
そして足元に転がるものも、光によって一瞬だけ映し出された。
「欲しければ狩れば良いじゃん♪」
そう言って顎で示した先には、土気色の肌をした人間がいる。
男に纏わりつく血液の全ては、この人間のものだ。
「し、しかし……」
不知火は己の手の中で鎌を回すと、その切っ先を男の喉元に添えた。
「なっ、何を――」
「人間の生き血を飲めば永遠の命が手に入る……確かに、間違っちゃいないぜぇ」
怯えたように表情に不知火は冷えた視線を寄こす。
その上で彼の口角がクッと上がった。
「けどな、血を飲んだらもう人間じゃねえ。そういう奴は、バケモンって言うんだよ♪」
外を走る稲光と同時に不知火の鎌が何かを刎(は)ねた。
途端に大量の赤い飛沫が上がる。
不知火はその中に立ちながら、赤い液体の付着した鎌を宙で翻した。
飛沫を浴びながらキラキラと輝く鎌。
そのすぐ傍には、白く輝く発光体が纏わりついている。
「さあ、思う存分血を吸って良いぜぇ♪」
口笛と共に振り下ろされた鎌。
その先に消えた白い発光体。
飛沫が納まりを見せ、辺りには建物を叩く水の音と、稲光の音だけが響く。
「――マスター、ご命令を」
精悍で良く通る声が響く。
目を向ければ先ほど初老の男性が立っていた場所に、白髪の紳士が立っていた。
彼は胸に手を当てながら不知火のことを見つめている。
「好きにして良いぜ。俺様は魂さえ狩れれば問題ないんだからよ♪」
じゃあな。そう言葉を残して不知火は姿を消した。
――数日後。
都内各所で複数の遺体が発見される。
発見された遺体の全てが、血液を抜かれた状態で発見された。
世間はこの事件を原因不明の通り魔事件として騒ぎ立てる。
しかし依然として犯人は捕まっていない。
そして今宵も、新たな犠牲者が現れる――。
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血塗られた十字架・蓮生編
降り注ぐ雨と稲光。本来なら月が臨めるはずの空を、どんよりとした雲が覆っている。
その中を、蓮生は傘をさしながら歩いていた。
「この辺りだろう」
彼がいるのは住宅街だ。
最近起きている怪奇事件は、全てこの場所で起きている。
血を抜かれた状態で発見される遺体に、世間は吸血鬼の仕業と騒いでいる。
「血を奪う点から吸血鬼と発想するのは悪くない。だが疑問は残る」
吸血鬼と言うものは本来、血を吸うだけの存在で、命まで脅かすものではない。
万が一命を奪っても、その人物は吸血鬼となって生存の道を辿るのが常だ。
「これ以上の犠牲を出さないためにと足を運んでみたが」
黒く澄んだ瞳が辺りを見回した。
蓮生がこの場所に足を踏み入れてから誰にも出会っていない。
「犠牲が出るよりは良い、か――?」
蓮生の動きが止まった。
稲光を受けた十字架を掲げる厳かな建物を目にした瞳が、ゆっくりと眇められる。
「血の匂いがする」
呟くと、蓮生は建物へ足を向けた。
***
建物の中で響くパイプオルガンの音。
それを奏でるのは白髪の若い青年――吸血鬼だ。
彼は自らが奏でる音色に酔いながら、舌で唇を舐めとった。
「今宵の贄も美味でした」
足元に視線を向ければ血の気の無い女性が、まだ乾いていない涙を頬に伝わせている。
さっきまで動いていた存在を見てから、再び指が鍵盤を叩く。
「悠長に音を奏でる、か」
突如響いた声に吸血鬼の手が止まる。
目を向ければ、礼拝堂の扉が開かれている。そこに立つのは蓮生だ。
彼の姿を見るなり吸血鬼は眉を寄せた。
「お客様ですか、珍しい。そちらの貴方も、何かご用ですか」
蓮生の後から来た黒髪の青年――神木・九朗は、吸血鬼の足元に視線を寄こして舌打ちを零した。
「テメェが犯人かっ」
苦々しげに呟く声に、蓮生の視線が動く。
荒々しい口調と同様に、怒りに満ちた目で吸血鬼を睨みつける横顔に目を瞬く。
「……お前はなんだ?」
様子からして大体の想像はつく。
だがあまりに怒りの感情が露骨すぎて、このままでは危険な気がした。
それを危惧して眉に皺が刻まれるが、九郎はそんなことなど気にせずに鼻で笑うと、吸血鬼に視線を戻してしまった。
「ハンッ。まずは自分が名乗るべきじゃねえのか、ボウズ」
外見同様に荒々しい答えが返ってくる。
蓮生は仕方なく、視線を吸血鬼に戻した。
「目的は同じ、か」
「だが協力する気はねえ。ガキはスッこんでろ!」
「無茶な男だな」
無計画に駆けだした九郎に呆れたように呟く。
その上で蓮生は、自らの胸に手を添えて瞼を伏せた。
細心の注意を払い探すのは、吸血鬼の足元に転がる女性の魂だ。
出来ることなら迷える魂を天界へ導いてやりたい。
だが――。
「いない?」
吸血鬼が女性を襲ってから時間は経っていないはず。
ならば魂は近くにいるはずだ。
「どういうことだ。なぜ」
「これでも喰らいやがれっ!」
九郎の声に目が弾かれたように上がった。
吸血鬼に向けて放たれる十字架に息を呑む。
吸血鬼の弱点に十字架は妥当だ。だが致命的な欠点がある。
「浄化を施していない十字架など、無意味だぞ」
蓮生の言葉通り、十字架は容易く吸血鬼の手の中に落ちた。
「食後の運動……そんなところですね」
吸血鬼は紳士然とした態度で十字架を落とすと、突っ込んでくる九郎を迎えた。
その口が大きく開かれる。
そして――。
「うあぁぁっ!」
九郎の体が宙を舞った。
人形のように地面に叩きつけられる姿に、思わず駆け寄る。
大丈夫か。そう声をかけようとしたが、それよりも早く九郎は起き上がった。
「なんだ、今のは」
苦痛に顔を歪ませながら呟く姿に、ホッと息を吐く。
「力を得た後だ。無闇に突っ込むのは危険だぞ」
捕食前ならば隙を突いて攻撃すれば容易に倒せたかもしれない。だが、今は捕食を終え、体力的にも精神的にも潤っている時だ。
このままでは分が悪い。
それに、蓮生には成したいことがある。
それは、闘うだけでは達成することが出来ない。
彼は意を決して前に踏み出すと、一歩ずつ吸血鬼に近付いた。
「お前に問う」
穏やかで抑揚のない声が建物の中に響く。
その声に吸血鬼の目が細められた。
若干、彼の顔が苦痛を伴うように歪んでいる。その顔を見ながら、蓮生は言葉を続けた。
「お前は人の生き血を吸い、その生までも奪ったこと、後悔していないか?」
吸血鬼の手が胸に添えられる。
じっと相手の真意を問うように見つめる視線に、蓮生も真っ直ぐに視線を返した。
「答えろ。お前は、後悔をしていないか」
未だ吸血鬼の顔には苦痛の表情が浮かんでいる。だがその表情が、突如一変した。
蓮生が、吸血鬼の手に届く範囲に来たのだ。
口角を上げて牙を覗かせる顔に、目が見開かれる。
「後悔などしていません。永遠の命を手に入れた今、何を後悔することがあるでしょう」
蓮生の瞼が少しだけ落ちた。
「それが、お前の本心なんだな?」
憂うように俯いた蓮生の耳に、追い打ちをかける答えが返ってくる。
「これが私の本心です。そして神気に満ちた貴方の血を飲めば、私は確実に永遠の命を手にするでしょう」
蓮生の体が突然吹き飛んだ。
「ボウズッ!」
衝撃に備えて受け身を取ろうとしたが、それよりも早く温かな物に包まれた。
目を向ければ、怖い形相で睨みつける九郎がいる。
「何してんだ、テメェはっ!」
「っ……救おうと、思っただけだ」
「何?」
九郎の目が眇められる。
蓮生は地面に足を着くと吸血鬼を見た。
「そいつが望むなら、天に召し還す事が出来る」
「天に、召し還す……だと?」
「ああ。どんな奴でも慈悲は必要だ」
助けられる御魂があるのなら助けたい。
それが蓮生の考えだった。
だが九郎は違う。
「ふざけんなよ。コイツが襲った人間は1人や2人じゃねえ。それなのに、テメェはこいつを許すってのか。悪いが、俺は出来ねぇ――うりゃあああっ!」
そう叫ぶと九郎は吸血鬼に向けて駆けだしていた。
蓮生は一瞬表情を悲痛のものに変え、そっと己の手を組み合わせる。
「終結、か」
呟きながら瞼を伏せた。
手に気を集中させる中、九郎と吸血鬼のやり取りが聞こえてくる。
「テメェの胸クソ悪ぃ技は、もう見切ってんだよ!」
九郎の声が聞こえた直後、爆発音が響いた。
しかし蓮生は瞼を上げない。
じっと来るべき時のために出来る限り気を集中させておく。
「その程度の攻撃効く訳が――ッ!?」
吸血鬼の同様を含む声が響いた。
それを合図に蓮生の瞼が上がる。
「今のは序章だ。これでケリをつける――奥義・散耶此花!」
吸血鬼が胸に手を添えようとした瞬間、九郎の拳がそこを突いた。
その刹那、吸血鬼の体が硬直する。
わなわなと震える唇が、何か言葉を紡ごうと動く。
「た、助け」
「死にたくないか?」
容赦ない冷たい視線が突き刺さる。
その視線に返ってくるものは、命乞いをする者の目だ。
だが九郎はその視線を真っ向から見据えて拳を引いた。
途端に上がる血飛沫。風船のように弾けた吸血鬼を見て、蓮生は自らが集めた気を解放した。
彼の周囲を眩いばかりの光が包み、目の前に清らかな花が現れる。
「魂をあるべき場所へ」
蓮生は花を手にすると、飛沫の中にそれを放った。
光を纏いながら飛沫の中に落ちた花が血の雨を止める。
「どういう……ッ、まさか!」
九郎の声が聞こえたが、今はそれどころではない。
蓮生は祈るように手を重ねて瞼を伏せた。
「悪行より離れ、無の心を持って天に還れ」
血を吸うように光を増す花。
彼が呼んだのは、見る者が自ら悪行を離れるという天界の花だ。この花で吸血鬼であったものを包めば、何かしらの効果があると踏んだ。
そしてその読みは間違っていなかった。
血を吸収する花は更に輝きを増し、目を開けているのすら辛いほどに大きくなっている。
「永遠の苦しみから解放する。安らかに眠れ」
パアッと辺りが眩いばかりの光に包まれる。
そして光が弾けると、何事もなかったかのように建物の中は静けさを取り戻した。
「っ、う」
力の使い過ぎだろう。
全身から力が抜けて膝を着く。そこに手が差し伸べられた。
「大丈夫か?」
目が上がった。
そこには苦笑しながら蓮生を見る九郎の顔がある。
蓮生は、手と顔を交互に見てから、自分の手を重ね立ち上がった。
「俺の名は神木・九朗」
お前は? そう問うように視線が向けられる。
「……俺は、冷泉院・蓮生」
「冷泉院か」
九郎は蓮生を立たせると手を離した。
「浄化したこと、怒っていないのか」
背を向けた九郎に問いかける。
その声に彼は振り返ることなく足を進めると、建物の扉を開け放った。
外はすでに雨がやみ、薄らと月が見え始めている。
「怒ってるぜ。だから覚えておくんだよ、テメェの名前をな」
そう言って九郎は闇の中に姿を消した。
「神木・九朗、か。真っ直ぐな男だったな」
自らの手を見ながら呟く。
そして辺りを見回した後、彼も建物から姿を消した。
***
窓の縁に腰を下し、鎌を手に消えゆく人影を眺めるのは不知火だ。
彼は鎌を軽く揺らすようにして持ち直すと、両目をスッと細めた。
「意外とやるじゃん♪」
讃辞の言葉を向けながら、彼は自らの手を掲げる。そこに集まるのは無数の魂だ。
「成果は上々。面白い玩具も見れたし、良いんじゃない♪」
そう言って笑うと、不知火は闇に姿を消した。
END
=登場人物=
【3626/冷泉院・蓮生/男/13歳/少年】
【2895/神木・九郎/男/17歳/高校生兼何でも屋】
NPC(不知火・雪弥)
=ライター通信=
初めまして、朝臣あむです。
今回は参加PC様の各ノベルを読むと
「このPCはあの時こんなことをしていたのか」
という発見ができるような作りになっています。
楽しんでいただけたなら嬉しいです♪
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