■血塗られた十字架■
朝臣あむ |
【2895】【神木・九郎】【高校生兼何でも屋】 |
打ち付ける雨の音。
地面を叩き滴る雫の音に混じり、稲妻の音が響く。
鐘の音が鳴り響き、厳かな建物の中に二つの人影が立っていた。
一人は鎌を手に口角を上げてニヤつく男。もう一人は、己の手を見つめて呆然と佇む初老の男性だ。
聖職者の服に身を包んだ初老の男性の顔が、一瞬の稲光によって映し出される。
その口元が、服が赤く染まっている。
「聖職者と言っても、所詮は人間なんだなあ。そう思わねえ?」
喉奥で笑った鎌を持つ男――不知火は老人の顔を覗きこんだ。
近付くだけで匂う、錆びた鉄の香り。これは紛れもなく血が発する独特なものだ。
その香りを胸一杯に吸い込んで、不知火は赤い目を細めた。
「あんた、もう終わりだな」
ククッと嫌な笑いを残して踵を返す。
「ま、待ってくれ!」
引きとめる声に、不知火の足が止まる。
首だけを巡らして振り返れば、皺に紛れた瞳が縋るように細められている。
「わ、私はどうすれば……」
戸惑う声に合わせて閃光が走る。
ステンドグラスの鮮やかな光が建物の中に零れ落ち、男の顔を映し出した。
白髪の髪も、髭も、何もかもを赤く染めた男の手には、べっとりと血が付着している。
そして足元に転がるものも、光によって一瞬だけ映し出された。
「欲しければ狩れば良いじゃん♪」
そう言って顎で示した先には、土気色の肌をした人間がいる。
男に纏わりつく血液の全ては、この人間のものだ。
「し、しかし……」
不知火は己の手の中で鎌を回すと、その切っ先を男の喉元に添えた。
「なっ、何を――」
「人間の生き血を飲めば永遠の命が手に入る……確かに、間違っちゃいないぜぇ」
怯えたように表情に不知火は冷えた視線を寄こす。
その上で彼の口角がクッと上がった。
「けどな、血を飲んだらもう人間じゃねえ。そういう奴は、バケモンって言うんだよ♪」
外を走る稲光と同時に不知火の鎌が何かを刎(は)ねた。
途端に大量の赤い飛沫が上がる。
不知火はその中に立ちながら、赤い液体の付着した鎌を宙で翻した。
飛沫を浴びながらキラキラと輝く鎌。
そのすぐ傍には、白く輝く発光体が纏わりついている。
「さあ、思う存分血を吸って良いぜぇ♪」
口笛と共に振り下ろされた鎌。
その先に消えた白い発光体。
飛沫が納まりを見せ、辺りには建物を叩く水の音と、稲光の音だけが響く。
「――マスター、ご命令を」
精悍で良く通る声が響く。
目を向ければ先ほど初老の男性が立っていた場所に、白髪の紳士が立っていた。
彼は胸に手を当てながら不知火のことを見つめている。
「好きにして良いぜ。俺様は魂さえ狩れれば問題ないんだからよ♪」
じゃあな。そう言葉を残して不知火は姿を消した。
――数日後。
都内各所で複数の遺体が発見される。
発見された遺体の全てが、血液を抜かれた状態で発見された。
世間はこの事件を原因不明の通り魔事件として騒ぎ立てる。
しかし依然として犯人は捕まっていない。
そして今宵も、新たな犠牲者が現れる――。
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血塗られた十字架・九郎編
「娘を探してください!」
必死の形相で初老の男女がやって来たのは数日前のこと。
苦労はその願いを聞きいれ、行方不明の娘の捜索を行った。
調査を進めるうちに、娘がここ最近起きている連続殺人事件に巻き込まれたとの情報を掴んだ。
そしてそれを伝えに行った日、娘は無残な姿で発見された。
「バカ野郎のせいで報酬がパァになっちまった」
彼は今、深夜の住宅街にやってきている。
ここは娘が最後に目撃された場所だ。
世間を騒がせている吸血鬼が遺体を放置するのも、この近辺が多い。
「奴を殴りでもしねえと、イライラが納まんねえ」
報酬をもらえなかったことを理由に悪態を吐いているが、脳裏に浮かぶのは娘の亡骸を前に泣き叫ぶ親の姿だ。
雨の音がイライラを増させる中、九郎の足が止まった。
「今、何か聞こえなかったか?」
傘を下して耳を澄ます。
――イヤアァッ!
女の悲鳴だ。
「クソッたれっ!」
九郎は傘を捨てると、声がした建物に駆け込んで行った。
***
建物の中で響くパイプオルガンの音。
それを奏でるのは白髪の青年――吸血鬼だ。
彼は自らが奏でる音色に酔いながら、舌で唇を舐めとった。
「今宵も実に美味でした」
足元に視線を向ければ血の気の無い女性が、まだ乾いていない涙を頬に伝わせている。
さっきまで動いていた存在を見てから、再び指が鍵盤を叩く。
「悠長に音を奏でる、か」
突如響いた声に吸血鬼の手が止まる。
目を向ければ、礼拝堂の扉が開かれている。そこに立つ、金の髪を持つ少年――冷泉院・蓮生に吸血鬼は眉を寄せた。
「お客様ですか、珍しい。そちらの貴方も、何かご用ですか」
蓮生の後から来た九郎は、吸血鬼の足元に視線を寄こして舌打ちした。
「テメェが犯人かっ」
苦々しく呟きながら、ポケットの中で手を握り締める。中には犠牲となった少女の写真があるのだが、有無を確かめる必要などない。
九郎は怒りを込めて、吸血鬼を睨みつけた。
そこに声がかけられる。
「……お前はなんだ?」
問いかけたのは蓮生だ。
彼は九郎を見ると、不可解そうに眉を寄せてきた。
その表情をチラリと見て鼻で笑う。
「ハンッ。まずは自分が名乗るべきじゃねえのか、ボウズ」
礼儀がなっていないのは九郎も同じだろう。
だが蓮生は気にせずに視線を戻すと、ぽつりと呟いた。
「目的は同じ、か」
「だが協力する気はねえ。ガキはスッこんでろ!」
言いきるのと同時に、駆けだしていた。
目指すは勿論、吸血鬼だ。
一気に間合いに入り込んで、早々に決着をつけようという算段だ。
九郎は写真が入るのとは反対のポケットに手を入れ、中にあった物を握り締めた。
「これでも喰らいやがれっ!」
あと少しで吸血鬼に届く。そこまで来て手を出して思い切り振りかぶる。
相手の顔面めがけてキラキラ舞うのは、安物の十字架だ。
テレビや新聞の情報を見る限り、吸血鬼と同じ生き物だと思った。
だから効くと思ったのだが。
「食後の運動……そんなところですね」
難なく片手で受け止めた相手に目を見開く。
「どういうことだ」
話が違う。そう言いたいのだろう。
だが相手は待って来れない。
手にした十字架を、握り締めることで粉砕すると優雅にお辞儀をしてきた。
「今のが切り札ですか? でしたら、次は私から行かせて頂きましょう」
ニコリと笑った吸血鬼がふわりと近付いてくる。
「良い度胸だ!」
九郎は拳を握り締めると、足を踏み出した。
しかし――。
「うあぁぁっ!」
何が起きたのかわからなかった。
気づいた時には体が宙を舞い、地面に叩きつけられていた。
薄ら胸のあたりに熱を感じるが、その正体が何かはわからない。
「なんだ、今のは」
狐にでも摘ままれた気分で胸を抑える九郎に近付く気配がする。
「力を得た後だ。無闇に突っ込むのは危険だぞ」
蓮生だ。
静かな瞳で吸血鬼を見つめ、一歩を踏み出す。
武器も何もない、丸裸状態で近付く相手に、九郎は思わず手を伸ばした。
だがその手は届くことなく宙を掻く。
そこに蓮生の声が響いて来た。
「お前に問う」
穏やかな、抑揚のない声だ。
「お前は人の生き血を吸い、その生までも奪ったこと、後悔していないか?」
「オイ、どういう質問だ」
背しか見えないため、表情までは窺えない。
だからか、どういうつもりで問いを向けているのかわからない。
九郎は胸を押さえていた手を解くと、ゆっくり立ち上がった。
少し痛みが残るが、ダメージは僅かだ。
「これならいけるか」
拳を握りしめ、改めて吸血鬼を見る。
「答えろ。お前は、後悔をしていないか」
蓮生が近付く間、吸血鬼の顔には苦痛が浮かんでいた。だが、その表情がある一定の距離に達した時、一変した。
口角を上げて牙を覗かせる顔に、九郎の手が握り締められる。
「後悔などしていません。永遠の命を手に入れた今、何を後悔することがあるでしょう」
「クソッたれがっ」
答える声に、イライラが募る。
今すぐにでも駆けだして、冥府に送ってやりたい。そうした衝動が湧き上がる。
そしてその思いは、次の言葉で決定的なものになった。
「これが私の本心です。そして、神気に満ちた貴方の血を飲めば確実に、私は永遠の命を手にするでしょう!」
蓮生の体が吹き飛んだ。
吸血鬼が口を開けた瞬間、彼の体が弾かれたように後方に吹き飛ばされたのだ。
「ボウズッ!」
九郎は咄嗟に腕を伸ばして、蓮生を受け止めた。
「何してんだ、テメェはっ!」
「っ……救おうと、思っただけだ」
「何?」
九郎の目が眇められる。
蓮生は地面に足を着くと吸血鬼を見た。
「そいつが望むなら、天に召し還す事が出来る」
「天に、召し還す……だと?」
「ああ。どんな奴でも慈悲は必要だ」
九郎は奥歯を噛み締めると、蓮生を睨みつけた。
そして吸血鬼に視線を戻す。
「ふざけんなよ。コイツが襲った人間は1人や2人じゃねえ。それなのに、テメェはこいつを許すってのか。悪いが、俺は出来ねぇ――うりゃあああっ!」
叫びながら駆けだしていた。
「二度も同じ方法をとりますか。愚かですね」
穏やかに微笑んで、吸血鬼が口を開いた。
「テメェの胸クソ悪ぃ技は、もう見切ってんだよ!」
瞬時に横へ飛び退く。
その直後、九郎がいた場所で小さな爆発が起きた。
「口から妙な音波出して爆破させてんだろ。一度喰らえば、二度目はねえ!」
九郎は拳を大きく振りかぶると、それを吸血鬼めがけて振り下ろした。
「その程度の攻撃効く訳が――ッ!?」
吸血鬼の目が見開かれた。
攻撃を受けた体がよろけ、足が数歩下がる。
「な、何ですこれは……内から、破壊されるような……」
驚きながら胸に手を添えようとした時だ。
「今のは序章だ。これでケリをつける――奥義・散耶此花!」
今まさに吸血鬼が手を添えようとした場所へ九郎の拳が届く。
その刹那、吸血鬼の体が硬直した。
わなわなと震える唇が、何か言葉を紡ごうと動く。
「た、助け」
「死にたくないか?」
容赦ない冷たい視線が突き刺さる。
その視線に返ってくるものは、命乞いをする者の目だ。
だが九郎はその視線を真っ向から見据えて、否定した。
「お前の殺した娘も、そう思った筈だろ」
言葉が終るのと同時に、拳を引いた。
途端に上がる血飛沫。風船のように弾けた姿を見て、眉間に皺が刻まれた。
「こいつ……あいつの時と同じだ」
少し前に対峙した桜の怨霊。
それに酷似した散り方に違和感を覚える。だが、それが確実なものになる前に、九郎は己が目を疑った。
「コイツはっ」
先ほどまで降り注いでいた血が止まっている。不自然に浮いた血の雨が、一か所に集集中する。
「どういう……ッ、まさか!」
振り返った先に立つのは蓮生だ。
祈るように手を重ね、瞼を伏せる彼の周囲を、温かで神々しい光が包んでいる。
「ボウズっ」
「永遠の苦しみから解放する。安らかに眠れ」
パアッと辺りが眩いばかりの光に包まれる。
そして光が弾けると、何事もなかったかのように建物の中は静けさを取り戻した。
「っ、う」
ガックリと膝を着いた蓮生に、九郎は無言で近付いて行く。
その胸中は苛立ちと不満、怒りも少し含まれているだろうか。だが、それ以外の思いもある。
「お人好し……いや、バカなんだろうな」
ぽつりと呟いて苦笑を零す。
案外、似ているのかもしれない。そう思うと、怒る気も失せてくる。
「大丈夫か?」
差し伸べた手に蓮生の目が上がった。
手と顔を交互に見て、その手に自分の手を重ねてくる。それを見ながら九郎は口を開いた。
「俺の名は神木・九朗」
お前は? そう問うように視線を動かす。
「……俺は、冷泉院・蓮生」
「冷泉院か」
九郎は蓮生を立たせると手を離した。
「浄化したこと、怒っていないのか」
問いかける声に九郎は背を向けると歩きだした。
扉を開ければ湿った地面の香りがするが、すでに雨は上がっているようだ。
僅かに雲の隙間から月が覗いている。
「怒ってるぜ。だから覚えておくんだよ、テメェの名前をな」
そう言って九郎は闇の中に姿を消した。
***
窓の縁に腰を下し、鎌を手に消えゆく人影を眺めるのは不知火だ。
彼は鎌を軽く揺らすようにして持ち直すと、両目をスッと細めた。
「意外とやるじゃん♪」
讃辞の言葉を向けながら、彼は自らの手を掲げる。そこに集まるのは無数の魂だ。
「成果は上々。面白い玩具も見れたし、良いんじゃない♪」
そう言って笑うと、不知火は闇に姿を消した。
END
◎登場人物
【3626/冷泉院・蓮生/男/13歳/少年】
【2895/神木・九郎/男/17歳/高校生兼何でも屋】
NPC(不知火・雪弥)
◎ライター通信
こんにちは、朝臣あむです。
今回は参加PC様の各ノベルを読むと
「このPCはあの時こんなことをしていたのか」
という発見ができるような作りになっています。
楽しんでいただけたなら嬉しいです♪
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