■月の旋律―希望―■
川岸満里亜
【3601】【クロック・ランベリー】【異界職】
●帰還
「帰りましょう、お父さん」
 娘ミニフェ・ガエオールの凛々しい顔に、ドール・ガエオールはゆっくりと頷いた。
 大陸で療養生活を送っていた間、ミニフェは生き残った警備兵、傭兵達に指示を出し、島の復興に努めてきたらしい。
 アセシナートが築いていた研究所は、破壊されたまま地下に残っているそうだ。
 また、キャンサーについても今のところ調査は行なっていないとのことだ。
 アセシナートの月の騎士団は、捕縛した騎士と冒険者が持ち込んだ情報によると、事実上壊滅しただろうとのことであった。
 兵士はアセシナートへ帰したのだが、騎士はまだ島に留めてあるらしい。
 全ては、ドールが戻ってから、島の民達と話し合って決めることになりそうだ。
 一時は危険な状態に陥ったドールだが、現在はリハビリも終えて、普通の生活を行なえるようになっていた。
「すまない。ミニフェ」
 ドールは立ち上がって、娘の手をぎゅっと掴んだ。握手をするかのように。
「皆、待っています」
 ミニフェは強く優しい瞳で、微笑んだ。

●彼女の野望
 アセシナートの魔道士、ザリス・ディルダはベッドに横になり虚ろな目で虚空を見ていた。
 いや、彼女の目は何も見てはいない。ただ、目を開いているだけで、彼女の脳は何も見てはいない――。
 彼女の中に入り込んだジェネト・ディアはザリスがしてきたことを覗き見た。
『ザリスちゃんの体の中には、フェニックスから作ったと思われる赤い石があった』
 ジェネトは、キャトルにそう言葉を送った。
 月の騎士団は、フェニックスを2匹狩ったらしい。
 そして、宝玉を2つ作り出し、1つは優れた魔術師の手に。もう1つはザリスが自分の体内に埋め込んだらしい。
『薬に関しての知識は私にはないからな。見ても解らないが、必要ならばファムル君が得られるよう協力はしてもいい』
 薬の開発には、多くの知識、沢山の研究員、長い年月が必要になる。
 希望は消えはしなかったが、時間がかかることに変わりはない。
「希望がある……それが一番大事なことだよね」
 キャトルは久し振りに笑顔を見せた。
 体は改善してきているけれど、人の命なんてわからないものだから……。
 1日、1日を無駄にはしたくないと、思った。
『月の旋律―希望<確認>―』

 テルス島の事件から数ヶ月が経った。
 島の方も随分と落ち着きを取り戻し、復興作業も順調だという。
 そしてここ聖都エルザードは普段と変わらず、賑やかで、笑みが溢れている。
 今も。
 テルス島で戦闘が繰り広げられていた時も。
 月の騎士団の幹部であるあの女――ザリス・ディルダの精神が消滅したあの日も。

 クロック・ランベリーは、緊急時にすぐ動けるよう、聖都に留まり小さな依頼を受けつつ、時を過ごしていた。
 カンザエラの人々が暮らす村の様子も、時折エルザード城を通じて耳にしてはいたが、なかなか出向くことが出来ずにいた。
 複雑な心中だった。
 ザリス・ディルダという人物を、生かすべきだったか、別の方法を考えるべきだったか。
 まだ答えは出ない。
 寧ろ、この答えは永久に出ないかもしれない。
 ザリスが生きていなければ、ザリスが生きていた際の結果は知ることが出来ないから。
 今すぐに、カンザエラの人々を治療できる手段がないのは事実だ。
 こうしている間に、発病し、苦しみ、消えた命があるかもしれない。
「……それを言えば、あの村だけではなく、病気で苦しみ、命を落とす人はどこにでもいるわけだが」
 だが、自分が関わった人を助けたいと思うのは、人として当たり前のことだ。
 功績が欲しいわけではない。
 感謝を求めているわけでも、褒められたいわけでもない。
 ただ、やるせない気持ちがずっと残っている。
 何が出来るわけでもなく、何かしなければいけないことがるわけでもなく、クロックはエルザード城に向かっていく。

    *    *    *    *

 門を潜り、最初に向かったのはザリス・ディルダの元だった。
 騎士の監視下にあるが、ザリスの様子は変わらず――目を開けたまま、何も喋ることはない。
 聖獣王はジェネト・ディアの協力を得て、彼女を動かし、遠目で配下の者達に見せていたようだがそれもそろそろ限界だろう。
「完全に精神を失っているようですし、肉体の中にある物を摘出した後は、記憶を利用されないためにも肉体を残しておくべきではないという意見もあります」
「報告書によると、体内にフェニックスから作ったと思われる石があるそうだが?」
 クロックの言葉に、医師は眉を寄せつつ頷いた。
「効果などは、私達にはわかりませんが、魔術に長けたものによると、強いエネルギーを秘めた石だとのことです」
「摘出は慎重に行なわねばならんな……。配下の者達はどうしている?」
 続いてクロックは、護衛の騎士に目を向けた。
「主体性のない者達のようです。ザリス・ディルダの命令がなければ……もしくは、彼女の身が危険に晒されなければ、自ら動くことはさそうだと判断しています。しかし、既に何かがおかしいということは、彼等自身も気付いているでしょう。行動を起こす前に、説明をして……円満な解決方法を求めたいとは思いますが、これといって良案はありません」
「そのまま話すことは危険だ。研究中の事故として上手く納得させられればいいのだが。誰か……ファムル・ディートやジェネト・ディアの協力を得て、行なうべきだな。ただ、彼等を人質には取られたりせんように」
「心得ておきます」
 騎士は神妙に頷いた。
「あとは……カンザエラの人々が暮らす村には、何か変わりがあったか?」
「特に報告は受けていません」
「つまりそれは、良い報告もないということだろうな」
 深く溜息をついて、クロックは騎士と医者に礼を言い、最後に目を開けて虚空を見続けているザリスをちらりと視界にいれて、その部屋をそして、エルザード城を後にした。

    *    *    *    *

 雑草を掻き分けて進み、広場の診療所へとたどり着く。
 小屋のような建物の周りは随分と綺麗になっており、裏側には菜園も見えた。
 古びてはいるが、窓ガラスも玄関も丁寧に掃除がされている。
「はーい」
 ドアをノックすると元気な声が響き、少女が顔を出す。……キャトルだ。
「……あ、いらっしゃい。今日はねリルドも来てるんだよ! 一緒に夕飯食べてく?」
「いや、結構。そんなに余裕ないんだろ?」
「ん、まあね。前よりずっと生活楽になったけどね〜。あたしが居候してるし、リミナも稼ぎには行けないしね……。でもでも、もうちょっとしたら、バンバン依頼に出て、ガンガンあたしが稼いで、ファムルに楽させてあげるんだからっ」
 そう言うキャトルは、元気そうだった。
「あー、じゃ俺帰るな」
 クロックが診療室に入ると、ソファーに腰掛けていたリルド・ラーケンが立ち上がる。
 鋭い目を合わせ……軽く会釈だけし合う。
 意見の相違で剣を交えはしたが、争うつもりは両者共になかった。
「うん、またね! 明日も来てくれていいからねーねーねー」
 キャトルの言葉に、イエスでもノーでもない頷きを見せたあと、リルドは診療室から出て行った。
「……お世話になっております」
 リルドが去った後、奥の部屋から、顔を出したのはリミナだった。
「お姉さんの様子は?」
「変わりありません。何も……」
「そうか」
 勧められて、ソファーに座るとキャトルがクロックに水を出し、リミナと並んでクロックの前に腰かけた。
「ファムルが作っている薬はね、カンザエラの人々の所に定期的に届けてるんだよ。だけど、ルニナは起こすわけにはいかないから……」
「そうだな」
 水を飲んだ後、クロックはルニナを見舞うことにした。

 眠っているだけのようだけれど、息をしていない。
 生きてもいない、死んだわけでもない。
 その状態のまま、ルニナの体と心は、ただその場に留まっていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】

【NPC】
キャトル
リミナ
ルニナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
状況の確認ということで、エルザード城とファムルの診療所を少々描かせていただきました。
同時に参加をされたリルドさんと僅かにですが、一緒に描写させていただきております。
ご参加ありがとうございました。

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