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■母子想恋、討伐■

朝臣あむ
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】
「この子を贄に捧げます。さすれば、我が一族は助かるでしょう」
 幼いころの、僅かな記憶の中に存在する母の顔。
 鬼のような形相で我が子を差し出す母を、不知火は赤く濡れた瞳で見ていた。
 そうしなければ助からない。
 全ての人間を助けるための、たった一つの代償。それが幼い命だった。
 それを眺めるだけだった父も、泣いて助けを求める兄も、幼子だった不知火にはただの人形にしか映っていない。
 身勝手で、自分のことしか顧みない愚かな人間ども。
 その全てにどうしたら愛着など持てよう。
 彼が鎌を振るうのは、当然のことだったのかもしれない。

   ◆◇◆

「わからねえ。わからな過ぎる」
 不知火は呟きながら自らの足元を見下ろしていた。
 珍しく眉間に刻んだ皺が、彼の苦悩を物語っている。
「何だって、そんなことが出来るんだ……」
 彼の足元には胸元に鎌を突き刺した女性の姿がある。
 すでに意識はなく、彼女の手には幼い子供を模した人形が握られていた。
『愛しきわが子をこの胸に抱き、再び笑いあえるのならば、修羅の道へも進みましょう』
 女性はそう言って自らの胸に鎌を刺し、怨霊になることを望んだ。
 そうなる経由はなんとなく想像がつく。
 だが――。
「自分が生きるために子供を殺すのが親だろ。何だってこいつは……」
 苦々しげに奥歯を噛みしめて、鎌を引き抜いた。
 昇る血飛沫を見ながら鎌を横に薙ぎ払う。
「っ……」
 眉間に刻まれた皺が一層濃くなり、血を纏った鎌が一気に振り下ろされた。
 ザッ。
 女性の首を刎ね、不知火の目が見開かれた。
 自ら死を選んだ人間と言う者は、死ぬ間際には苦痛で表情を歪ませる筈だ。
 外傷を受けての死ならば尚更。
「――何で」
 不知火の目に映る女性の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
 飛沫の中で微笑む顔は、血の気を失ったというのに美しく不知火の目に焼きつく。
「っ、クソッたれ!!」
 不知火は舌打ちを零すと、振り下ろした鎌を人形に突き刺した。
「出て来い――怨霊・母子想恋(ぼしそうれん)!!」
 自分でもどうかしていると思った。
 母と子、二つの魂を掛け合わせて怨霊を生むなどあり得ない。
 なのに不知火は母と子、二つの魂を合わせて人形を媒体に怨霊を生みだした。
 炎に包まれた母と、その腕に抱かれる子。
 その二つを見てから、不知火は鎌を下した。
「……魂を狩り集めろ」
 呟いて背を向ける。
 その声に覇気がなかったことに、本人だけが気付いていなかった。
母子想恋、討伐・慎編

「怖いわね、放火ですって」
 新聞を手に若い女性が呟いた。
 彼女が読む記事は、ここ最近起きている連続放火事件についての特集だ。
「へえ、どれどれ?」
 女性の声から興味を持ったのか、小柄な少年が新聞を覗きこんだ。
 彼の名は月代・慎(つきしろ・しん)。
 女性の家にお世話になっている子で、年齢的にはまだ11歳だ。
 彼は好奇心に満ちた目で記事を読むと、「あれ?」と首を傾げた。
「どうかしたの?」
 女性も同じように記事に視線を落とす。
そこに書かれていたのは、火事の現場から無事逃げることが出来た人のコメントだ。
『火の中に女性がいたんです。腕に赤ん坊を抱いていて、薄ら笑ってこっちを見ていたんです。あれは火事で亡くなった女性の亡霊か何かですよ』
「亡霊、か。この新聞、つまんない記事書くね」
 慎は女性に同意を求めて視線を向けた。
 きっと彼女も同じ考えに違いない。そう思っていたのだが、その考えは間違いだった。
 不安そうに俯く顔には、明らかに恐怖が浮かんでいる。その顔を見て、慎は彼女の傍を離れた。
「慎くん?」
 歩いて玄関に向かう姿に声をかける。
 その声に靴を履き終えてから振り返った。
「ちょっと、お買いもの。買い忘れた物があったんだ」
 ニッコリ笑って部屋を出た。
 扉が閉まる直前、「気をつけてね!」との声が聞こえ、それには思わず笑みが零れた。
「あの人を怖がらせるなんて、ダメだよね」
 そう言いながら歩き出す。
 こうして彼は母子相恋と対峙する道を選んだ。

   ***

 遠くで消防車のサイレンの音が鳴り響く。
 その音を聞きながら、母子想恋は川辺に佇む柳の下に立っていた。
 腕には赤子を抱き、愛おしげに視線を送っている。彼女はか細い声で子守歌を歌い、赤子を寝かしつけようとしていた。
「さあ、寝んね、寝んねしなさい……」
 夢の中に落ちてゆこうとする我が子を見るというのに、その目は悲しげだ。
 手にした我が子は目も開け、口も開く。なのに声を発しない。
 泣きもせず、乳もせがまず、起きているか寝ているかを繰り返す赤子。その存在に疑問を感じながらも手放せない。
 母子想恋は我が子の瞼が落ちるのを見て、視線を滑らせた。
 穏やかな川の流れを見つめ、やがてその目が橋の向こうへと向かう。
 そこまで目を動かして、ようやく表情に変化が生まれた。
 虚ろな瞳に若干の色が乗り、スッと細められる。
 辺りに明かりらしきものはなく、あるのは空に煌々と輝く月のみだ。
 その明かりに照らされる人物がいる。
 黒く澄んだ瞳で射抜くような視線を注ぐ青年――神木・九朗(かみき・くろう)だ。
「あんた、何が目的だ」
 静かに問う声には怒気が含まれている。
 母子想恋がその声に応える間もなく、今度は別の声が響いて来た。
「あれ、先客がいたんだ」
 緊迫した雰囲気の中に響いた明るい声――慎だ。
 彼は九郎が振り向くのを見てから近付いた。
「何だ。坊主もこいつが目当てか」
「『坊主も』ってことは、お兄さんもそうなんだね」
 ニッコリ笑って、冷静に九郎の事を観察する。
 どう見ても年上。その上背も高いし、見た目も若干怖そう。それに何処となく普通の人とは違った雰囲気を持っている。
「ふぅん、この人、結構強いかもね」
 口中で呟きながら笑みを深めた。
 そして無邪気さを含ませながら、母子想恋に視線を戻す。
「ねえ、連続放火事件の犯人。この怨霊でしょ」
「あん? 何でそう思うんだ」
「この時間に赤ん坊を抱いて外に出てること自体、まずおかしいよ。それに、あの人からは生きてる者の匂いがしない」
 母子想恋を見る慎の瞳が鋭くなる。
 彼女からは悪霊の類が出す不穏な匂いがする。その上、微かに血の臭いもしている。
「確定、だね」
 そう呟くのだが、どうにも違和感が拭えない。
 新聞の記事を読んで想像した怨霊と、母子想恋があまりに違うのだ。
 眠ったわが子を起こさないようにあやす姿は、自ら進んで悪行を働く怨霊には見えない。
「坊主。お前は何ができる」
 突然向けられた問いに、視線が上がった。
「逆に聞くけど、お兄さんはなにができるわけ?」
 小首を傾げると、九郎は目を瞬いて黙ってしまった。
 そして返ってきた言葉が――。
「話、か?」
 意外というか、意外じゃないというか。
 少しばかり論点のずれた言葉が返って来た。
「……それなら、俺もできるかな」
 2人の間に奇妙な沈黙が走る。
 そこに母子想恋の子守唄が響いて来た。
 か細く、水の流れに消えそうな声で歌う様子に慎の冷めた目が向かう。
「子守唄……怨霊らしくない。けど、善良な霊でもないよね」
 低く呆れた声が漏れる。
 その直後、九郎が再度問いを向けてきた。
「俺は敵を倒す事が得意だ。お前はどうなんだ」
 少し焦りの混じる声に、慎は母子想恋に視線を注いだまま呟く。
「あの怨霊は2つの魂で出来てる。俺ならそれを引き離す事が出来るよ」
 自らが持つ、物質や概念を切り取ることができる右手と、それを繋ぎ合わせる左手。 それを使えば2つの魂を引き離すことは可能だろう。
 とは言ってもきっと理解してもらえない。そう思っていたのだが九郎はあっさり頷いた。
「そうか。で、その魂ってのは?」
「……勘だけど、母親とその子供ってところじゃない?」
 少し驚きながら答える。
 すると九郎は、「なるほど」と頷いて足を踏み出した。
「ちょっと、どうするの?」
「俺が時間を稼いでやる。坊主はその魂を引き離すとかってことをやってくれ」
 ヒラリと手を振る姿に、思わず笑みが漏れる。
 今の口ぶりから察するに、慎の言った言葉の意味を理解したわけではないのだ。
「変わったお兄さんだね」
 慎はそう呟くと、糸を取り出した。
「手っ取り早く引き離すには、近付くのが一番だけど、お兄さんが気を引いてくれてるんだもん。ここからやってみようかな」
 手に糸を絡めて指先で操る。
 空中で踊るように舞う糸は、月明かりを浴びて輝き、飴細工のように綺麗だ。
「うーん、上手く纏まらないな」
 どうにかして複数ある糸を1つに束ねたいのだが上手くいかない。そこに声が聞こえてきた。
「魂を狩ることが、この子と共にある唯一の方法なのでございます」
 ピクリと慎の指先が震えた。
 母子想恋の自分勝手な言い分に眉が寄る。
「この糸で魂を引き離す!」
 呟いた瞬間、今まで手こずっていた糸が小枝のように纏まった。
 そしてそれを母子想恋に向けて放った。
 九郎との話し合いに夢中になっているその身を、闇に潜んだ糸が絡め取る。
「この子を助けて……お願いです」
 母子想恋が我が子を九郎に差し出した。
「今だっ!」
 糸を通じて慎の右手に宿る力が母子相恋に届く。
 そして――。
「いやあああああっ!」
 悲痛な叫び声を上げて、彼女の腕から赤子が落ちた。
 まるで何か重い荷物が落ちたような音と共に、赤子の身体から黒い影のようなものが飛び出す。そしてそれが母子想恋の中に消えて行った。
「何だ、これは……」
「今まで殺した人間の怨念だね。赤ん坊の中に凝縮されてたものが、引き離したことで出てきちゃったみたい」
 ちょっと予想外。そう呟いて母子想恋を見た。
 赤ん坊から飛び出した怨念は、母子想恋を変化させている。
 黒々としていた髪が炎のように赤く染まり揺らめき、優しかった相貌は鬼のように変化し、目からは赤い血の涙を流している。
 その周辺は炎に包まれ、殺気に満ちた目が2人を見据えていた。
「ヨクモ、ヨクモ、ボウヤヲッ!!!」
 雄叫びと共に、母子相恋の周りにあった炎が矢となって襲いかかって来た。
「退いて!」
「おい、危ねぇ――」
 慎は九郎の前に出ると、手にしていた糸を操りそれで炎の矢を受け止めた。
 細い糸が、1本1本確実に炎を受け止め気化させる。先ほど母子想恋の魂を引き離したのと同じ、右手の力を使っての行動だ。
「っ、数が多いよ」
 右手で操れる糸には限界がある。
 それでも襲いかかる矢を1つ残らず絡め取るのは、後ろに九郎がいるからだ。
「何か打開策を考えないと」
 慎は周囲に視線を巡らし、母子想恋の気を引くものを探した。
 そうして目に入ったのは母子想恋から少し離れた場所に転がる赤子の姿だ。
 もぞもぞと動く様子から、赤子の魂はまだそこにあるのだろう。
「あの子供……」
 慎がそう呟いた時だ。
「えっ、お兄さん!?」
 炎を分解させていた慎の目が見開かれる。
 視線の先には炎の中に突っ込んで行く九郎がいた。
「子供を攻撃する。坊主はその間にアイツを倒せ!」
 容赦なく矢の炎が降り注ぐ中を躊躇いもなく突き進んでゆく。
 その姿を見て慎は苦笑した。
「本当に、変わったお兄さんだ」
 慎は九郎から視線を戻すと母子想恋に視線を戻した。
 いつの間にか炎の矢の全てが九郎に向いている。
「この機を無駄にしちゃいけないよね」
 慎は母子想恋めがけて走り出した。
 彼は九郎に気を取られている母子相恋に狙いを定め自らの力を終結さてゆく。
「これで終わりにするよ、照日流退魔術!」
「ヤ、ヤメロ――ッッッ!」
 慎の力が母子想恋の身体に直撃する。
 その瞬間、子供と母子想恋の両方の体が風船のように膨れ上がり破裂した。
「ふう。これでもう、どっちも大丈夫だね」
 ニッコリ笑って頷く。と、そこに鈍い物音が響いた。
 足元に転がっているのは、子供の形を模した人形だ。
「まさか、これが媒体?」
 そう言って手を伸ばすと、人形は触れる前に粉々に散ってしまった。
 その中央に2つの珠が転がっている。
「何だ、それ」
 息を整えながら九郎がやって来た。そして珠を拾い上げようとする。しかし、それよりも早く、鋭い光が彼の動きを遮った。
 咄嗟に身の危険を感じて、慎と九郎は飛び退いた。
 だが、2人の服が若干切れている。
「これって……」
「少し当たったか。意外と鈍いじゃん」
 驚く慎の耳に、クツクツと嫌な笑い声が届く。
 目を向ければ光輝く大きな鎌を持った男――不知火が立っていた。
 彼は赤い目を細めて2人を見比べている。その手には九郎が手にしようとしていた赤い珠が握られていた。
「……魂が完全に浄化されてやがる。使い物になんねえな」
 不知火はそう言うと、2つの珠を放った。
「なっ!」
「おっと!」
 それぞれの手の中に落ちる赤い珠に、2人は目を瞬く。
「怨霊を滅した褒美だぜぇ。くれてやるよ」
「この珠、水晶とかじゃない。何か不思議な力が――」
「待ちやがれっ!」
 去ろうとした不知火に、九郎が噛みついた。
 拳を振るい殴りかかろうとしたのだが、それは容易に交わされてしまう。
「……あの人、強い」
 慎は手の中にある珠を見てから、悔しげに地面を殴りつけている九郎に近付いた。
「あのおじさんと知り合いなの?」
 手の中にある珠を転がしながら問う慎に、九郎は苦々しげに首を横に振る。
「知り合いじゃねえ。ただ、アイツのおかげで犠牲者がたんまり出てんだ。許せねえ、あの赤目野郎」
 九郎はもう一度地面を殴りつけると、額の汗を拭って立ち上がった。
 そしてそのまま歩き出したのだが、その動きを慎が止めた。
「お兄さん!」
「ああ?」
「俺、お兄さんの名前聞いてない」
 無邪気に笑って問いかける。
 この仕草に癒されない相手は男女問わずいないだろうという、若干の計算もあっての笑顔だが、それが功を制したようだ。
 九郎は少しだけ呆れたように笑うと、軽く手を上げてくれた。
「神木・九朗だ。じゃあな、坊主」
 ヒラリと手を振って歩き出す姿に、ピクリと眉が動く。
「今さらだけど、坊主って呼ばれてたんだ」
 目を瞬いて、やり取りを思い出して思わず笑う。
 そして大きく手を挙げた。
「俺は月代・慎だよ。またね!」
 元気良く手を振りながら去ってゆく九郎の姿を見送る。そして自らの手に残った珠に視線を落とした。
「邪悪な気配はしないし、とりあえず貰っておこうかな」
 そう呟いて歩きだした。
 その足が少し早くなっているのは、彼を待っている人がいるからかもしれない。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】
【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】

登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、朝臣あむです。
この度は、発注ありがとうございました!
いろいろ試行錯誤はしたので、慎PCの特殊能力、そして彼の魅力が巧く発揮されていると良いのですが……。
なにはともあれ、読んで楽しんでいただけたなら嬉しいです!
また、今回のリプレイは他のPCさまのリプレイを読むと、この時あのPCはこんなことをしていたのか! と分かる仕様になっていますので、そちらも楽しんでいただければと思います。
ではまた機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、ありがとうございました。