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■時を操る少女■

朝臣あむ
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】
 カチ、カチ、カチ……。
 暗がりに響く規則正しい音。
 その音に聞き入る存在は、瞼を伏せたまま静かにその身を横たえている。
 鼻を突く消毒液の匂いと、清潔感あふれた室内。
 ここは病院の一室だ。
 点滴を受ける腕の先には、古びた懐中時計が握られている。それが規則正しい音を室内に響かせていた。
「もう直、魂を手放すか」
 部屋の隅に姿を現した緑銀髪の男――不知火は、肩に棒を担ぐと瞼を閉じる人物に近付いた。
 酸素マスクを嵌めた顔に血の気はない。
 繰り返される呼吸にも覇気はなく、ただ心臓の鼓動だけが規則正しく脈を打ち出していた。
「こいつは、奇妙だな」
 不知火の目が落ちた。
 その先にあるのは懐中時計だ。
 カチ、カチ、カチ……。
 秒針を刻む時計の音と、脈の動きが連動している。
 不知火は口角を上げると腰に下げていたランプを取り上げた。
 金色の光を納めるそれを眠り続ける人物の顔に寄せる。
「可愛そうになぁ。その年で死んじまうのは嫌だろ?」
 覗きこんだ先に在るのは、幼く可愛らしい少女の顔だ。
「俺様がアンタに生をくれてやるぜぇ」
 悪魔の囁きだった。
 眠っている筈の少女の鼓動が少しだけ秒針とずれる。
「ふふん♪ その時計――アンタの爺さんの物か。アンタに願いを託したんだなあ。可哀想に、このままじゃあ、アンタは願いを聞くこともできやしないぜぇ?」
 金色の光の中に照らし出される老人の姿。
 その前には元気だったころの少女の姿がある。
 彼女は老人から懐中時計を受け取ると、嬉しそうに笑った。
「『時計と共に年を取り、時計と共に生きてゆく。次の子孫に時計を託し、新たな時を刻んでもらう』それが、爺さんの願いか」
 ドクンッ。
 少女の鼓動が大きく跳ねあがった。
「――くだらねぇ。けど、利用はできるじゃん♪」
 不知火はクツクツ嫌な笑いを零すと、ランプを元の位置に戻した。
 もう老人の姿も少女の姿もない。
 あるのは棒に刃を携えた、不知火の鎌だけだ。
「願いどおり、時計と一緒に生かしてやるぜ♪」
 くるりと宙を舞った鎌が、妖しげな光を帯びて少女の体へと突き刺さる。
 舞いあがった飛沫を浴びながら、不知火の口角は一層上がった。
「さあ、俺様のために働け!」
 不知火の鎌が少女の持つ時計を掬いあげた。
 宙を回転しながら落ちる時計が、少女の血液を吸い上げるように彼女の中に落ちてゆく。
 そして時計が彼女の身に落ちるのと、彼の鎌が桃色の発光体を纏って少女に刺さった。
 溢れんばかりの光が室内を照らす。
 そして光が消え去ると、そこには幼い顔をした少女が立っていた。
 大きな黒い瞳と、左右に結われた黒い髪。
 口元に浮かぶ楽しげな笑みと、身に纏う青の着物が可愛らしい少女だ。
 彼女は不知火に目を向けると、にっこりと笑った。
「わたしが、お兄ちゃんのお願いを叶えてあげる。わたしに任せて!」
 笑顔でそう言った少女は、病室の窓を開けると軽々窓枠に飛び乗った。
「なあ、お嬢ちゃん」
 今にも飛び降りそうな少女に、不知火が声をかける。
 その声に少女が振り返った。
「お嬢ちゃんの名前は?」
「綾鶴よ」
「そうか……頑張れよ。綾鶴ちゃん♪」
 不知火の言葉に笑顔を返すと、綾鶴は地上へと飛び降りた。
 その瞬間、不思議な事が起こる。
 辺りで響いていた救急車の音や、車の音などが一切消えたのだ。
「こりゃすげぇ♪」
 不知火は窓の外を覗き見ると、小さく口笛を零した。
 ありとあらゆるものが動きを止めている。
 まるで世界の時が止まったかの光景だ。
「時計と共に――か。マジ、人間ってくだらねえ♪」
 楽しげに呟くと、不知火はその場から姿を消した。

 その頃、都内に事務所を構えるSSでは月代・佐久弥が異変に気付いていた。
 自らの足を動かし、事務所の外を伺い見る。
 人も鳥も雲さえも、時間を止めた世界に表情が曇った。
「雪弥くん。君はまだ罪を重ねるのですね」
 そう呟き、彼は時間の止まった外へとその身を溶け込ませた。
時を操る少女・慎編

 時間が止まる直前に、月代・慎は異変に気付いた。
「常世姫、永世姫」
 咄嗟の判断で自らを守護する、金と銀の蝶を呼ぶ。その瞬間、全ての時間が止まった。
 辛うじて時間が止まるのを防ぎはしたものの、慎は苦痛に歪んだ顔で自らの胸を押さえた。
「これ……ちょっと、まずいかも」
 鱗紛が舞い散る範囲は時が動いている。だがそれ以外の場所は時が止まり、動けば自らの時が止まることもがわかった。
 空では鳥が飛んだままの状態で止まり、行き交う人の姿もピタリと止まっている。
「これってどういう――」
「動ける方が居たんですね」
「え?」
 振り返った先に佇む人物に目を見開く。
 この場にいる誰もが時を止めているというのに、平然と立っている人物がいるのだ。
 白髪の髪に穏やかに微笑みながら近付いてくる姿に警戒を滲ませる。
「あんた、誰」
「貴方は雪弥くんに会ったことがあるんですね。ならば、適格者です」
 そっと伸ばされた手が額に触れる。
 その瞬間、体が急に軽くなった。
「これで自由に動けるはずです」
 何処かに裏を隠していそうな笑みだが、嘘ではないようだ。
 試しに蝶の傍から離れてみる。
「……動ける」
「時間を止めたのは怨霊です。ですが、その怨霊はまだ闇に落ちていません。雪弥くんの怨霊を完全に浄化した貴方なら、救うことができるかもしれない」
 体が動く不思議に手を見つめていた。
そのことで反応するのが遅れたのだが、顔を上げた時には、すでに先ほどの人物はいなかった。
「雪弥……それって、この前会ったおじさん? じゃあ、この時間を止めたのも」
 慎は自らの手を握り締めると、金と銀の蝶を振り返った。
「時を止めた怨霊を探して」
 慎の声に、常世姫と永世姫が舞い立つ。
 その姿を見ながら、慎もその場を動き始めた。

   ***

 ヒラヒラと蝶が舞うその後を追いながら、慎が向かったのは何もない、ただの広場だった。
 時間が止まり誰も存在しないその場所に、1人の少女――綾鶴が佇んでいる。
「あの子が、あの人が言っていた怨霊」
 子供が置き忘れたのだろうか。手に持ったボールを真剣に見つめる姿に思わず笑みが零れる。
「確かに、汚れた気配はしないね」
 純粋で無垢な魂の気配がする。
 どうやら、特殊な能力は与えられたが、時間を止めることだけにその力を使ったようだ。
「ふぅん、あれが救いを求めている人、か」
 背後から声がした。
 振り返れば慎よりも背のある青年が、綾鶴を見ながら立っている。
 左目の下にホクロを携え、何処か楽しげにさえ見える笑みを浮かべた男――葛城・深墨は、慎に視線を向けると、ニッと笑って見せた。
「あんたも動けるんだな」
 そう言って横を通り過ぎる姿に、目を瞬く。
「えっ、ちょっと、お兄さん誰?」
「ん? 俺は葛城・深墨」
 あんたは? そう目で問い返すのを見て慎は神妙に頷いて見せた。
「月代・慎……」
「慎か」
 深墨は慎の名前を聞くと、再び綾鶴に向かって歩き出した。
「深墨さん、か。この人も、あのおじさんが動かしたのかな」
 慎を自由にしてくれた男の事を思い出す。不思議な雰囲気のその人が、慎以外に動ける人物を作っていたとしても不思議ではない。
 慎が思案している間にも、深墨は綾鶴の元へ近付いていた。
「お嬢ちゃん、1人じゃつまんなくない? お兄さんが遊び相手になろうか?」
 屈託なく笑いかける深墨に、綾鶴は驚いたように目を見開いている。
「そりゃ、驚くよね」
 時間を止めた本人だからこそ、予想外の来訪者に驚くのだろう。
 目をパチクリさせる様子に、深墨は必死に話し掛けている。そこに声が響いた。
「『あなたがた』か。幼子1人に男3人をけし掛けるなんざ、何考えてんだ」
 苦笑じみた声だ。その声には覚えがある。
 目を向ければいつぞやかに会ったことのある人物が立っていた。
「九郎、さん」
「よお、慎。お前も、変な男に頼まれた口か?」
 若干バツが悪そうに呟く九郎に、頷きを返す。
「そうだよ。白髪の変なおじさんにね」
 九郎の言葉に応えながら、慎は視線を綾鶴に向けた。
 そこでは既に綾鶴と深墨が一緒になって遊び始めている。
「お前ならわかるだろ。あれは人間か?」
「違う。純粋で無垢な気配はするけど、人間じゃない。怨霊と同じ種類の魂だよ」
「そうか」
 呟くと九郎は足を踏み出した。
 その姿に慌てて駆け寄る。
「待って! まさか、倒すつもり?」
 腕を引いて止めた慎に、九郎の足が止まった。
「純粋で無垢、なんだろ。だったら今の内に終わらせる」
 九郎は慎の手を振り解くと、遊び始めようとする2人に近付いた。
 その姿を見ながら、慎の視線が落ちる。
「純粋で無垢だから、終わらせる?」
 普通に受け取れば、退治をするという意味に取れる。だが、以前見た、九郎の退魔の方法を思い出すと、その考えはいささか違う気がした。
「やっぱり、変な人だな」
 九郎は綾鶴の傍まで来ると、彼女と目線の高さを合わせて話をしている。
 なんとも微笑ましい姿だ。
「あの人なら、何か別の考えを持っているのかもしれない」
 自分と同じ、退魔以外の方法で終わらせることを望んでいる。そう信じることができる。
 そして、その考えが正しかったことが直ぐに証明された。
「慎、お前なら出来るよな?」
 突然聞こえて来た九郎の声に、首を傾げる。
 唐突すぎる言葉だが、1つだけ思い当たることがあった。
「やっぱり、別のことを考えてたね」
 クスリと笑って大きく頷いて見せた。
「勿論、俺ならその子を救える」
 自信を持って笑顔を見せる。
 綾鶴が怨霊であるなら力の媒体がある筈。もしそれを探すことができ、彼女の執念を断つことができれば、穏便に天に召すことができるかもしれない。
「いざとなれば、魂を引き離して浄化することだってできる」
 時の止まった世界で上手く気を操れるかは心配だった。
 しかしそれを見越したかのように、常世姫と永世姫が周囲を舞い、少しでも慎を補佐しようと鱗紛を巻いてくれる。
「ありがとう、常世姫、永世姫」
 そう呟いて瞼を伏せた。
 綾鶴の気を探り、その媒体を探し出す。そして彼女の心臓部分に探りを入れた時、慎の眉がピクリと動いた。
「オイオイ、俺様の怨霊ちゃんを勝手に消さないでくれるかなぁ」
 クツクツと嫌な笑い声と共に渦巻いた黒い気配に、慎の瞼が上がる。
「九郎さん、深墨さん、あの子の後ろ!」
 気を探っていたせいか、誰よりも早く異変に気付いた。
 目を向けた先に光る黒い物。それを見た慎の目が見開かれる。
「残念でした。もう遅いよん♪」
「あっ……」
 綾鶴の口からか細い声が上がる。
 それは悲鳴でもなく、ただ何かが起きたと認識するための物にも似ていた。
 そしてその声の正体は直ぐに明白になる。
「て、テメェ」
 九郎の怒気を含む声にハッとなった。
 綾鶴の後ろに現れた緑銀髪の男――不知火が、彼女の胸に鎌を突き刺していたのだ。
 怨霊となった身でも血液は流れているのか、鎌の刃を通じて地面に赤い染みが広がる。
「綾鶴ちゃん、自分のお仕事忘れちゃ駄目でしょ。悪い子は、オ・シ・オ・キ、だよ♪」
 綾鶴の耳元で囁くと、不知火はニッと3人を見て笑い、刃を引き抜いた。
「いやあああああっ!」
 視界を染めるほど大量の飛沫があがり、綾鶴の悲痛な叫び声が響き渡る。
 そこに不知火のランプに宿る金色の光が彼女を包み込んだ。
「さあ、怨霊は怨霊らしく逝こうか。そうじゃなきゃ、面白くないよなあ?」
 まるでこの場の全員を挑発するように声を発してくる。そして綾鶴を包んでいた光が消え去った。
 そこに佇む黒い着物を纏った少女に、慎の眉が顰められる。
「ふふん♪ さあ、純真無垢なお嬢ちゃんと、精一杯遊んでくれよ♪」
 高らかな笑い声と共に姿を消した不知火に、慎の目に冷たい光が宿った。
「あの人、本気で許せない」
 彼は紙型のヒトガタを取り出すと、2人に向かって叫んだ。
「その子は時計を媒体に動いてる。時計と引き離せれば、魂だけを浄化することもできるはずだよ!」
 先ほど気を探っていてわかったのは、綾鶴の胸元にある媒体の存在だ。
 それは規則正しく時を刻み、自身を主張するように慎に語りかけてきた。
「時計には強い思念が残ってる。それをヒトガタに移せれば」
 慎は気をヒトガタに練り込むと、それを勢い良く放った。
「常世姫、永世姫、ヒトガタの道の確保をして!」
 命じて気の糸を練り上げヒトガタを操る。
 視線の先では九郎と深墨の両者が綾鶴相手に苦戦していた。
「俺が囮になる」
 九郎の声に、慎の目が眇められた。
「……また無茶言ってるし」
 思わず苦笑してヒトガタの操作を止めた。
 宙にヒトガタを浮かせた状態で、2人が立てる作戦に耳を澄ます。
「キャハハ、そんなんじゃ効かないよ!」
 笑いながら九郎の拳を受け止めた綾鶴に、慎の手が動いた。
 その直後、間髪入れずに深墨の刃が抜刀の構えから一気に綾鶴に向かう。
「ぎやあああああっ!!!」
「――あの子の魂と想いを引き離す」
 宙を浮かせていたヒトガタを綾鶴に放った。
「ひっ、い、いやああああああ!」
 自らの体内から何かが出てゆく感覚に悲鳴が上がる。
 しかし慎は手を緩めない。
 ヒトガタに気を練り込ませて、一気に彼女の中から時計に宿る想いを引きだす。
「だめぇぇぇぇ!!!」
 カランッと綾鶴の足元に懐中時計が落ちた。
「今だよ。あの子の魂を浄化してあげて!」
 慎は月の子を召喚すると、それを綾鶴に向かわせた。
 慎の言葉に月の子が綾鶴を大きな腕で包みこむ。それは光が彼女を包み込む姿に似ていた。
 だがその力だけでは足りない。無理に闇に引き込まれた魂が、浄化されることを拒んでいる。
「っ、あと少しなのに」
 そう呟いた時、深墨の黒い刃が綾鶴を刺した。
「――行ける!」
 深墨が作り出した魂の隙。
 慎は月の子に自らの力を注ぐと一気に彼女の魂を浄化した。
 光となって弾ける綾鶴の姿を見つめる慎の耳に、小さな声が響いてくる。
――……ありがとう、お兄ちゃんたち。
「っ」
 慎は目を見開き固まった。
 そこに生きた音が響いて来る。
 クラクションの鳴り響く音、人々のざわめき、遠くからは工事現場の音も聞こえてくる。
「……動きだした」
 慎はそう呟くと、綾鶴の傍にいた2人を見た。
 それぞれの想いを噛みしめる面々に、一度だけ息を吐く。そして大きく手を上げた。
「俺、もう行くよ」
 その声に2人の視線が向かう。
 刀を上げてそれに応える深墨、そして軽くて上げて見せる九郎に笑顔を見せる。
 そして慎は踵を返した。
「これからレッスンなのに、大丈夫かな、俺」
 呟きながら歩き出す。
 向かうのは自身が所属する事務所だ。
 胸の奥にくすぶる思いは消えないが、仕事に引き摺るわけにはいかない。
 彼は無理に笑顔を浮かべると、この場を後にした。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】
【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】
【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】

登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】
【 月代・佐久弥 / 男 / 29歳 / SSオーナー 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
前回に引き続きの発注、ありがとうございました!
個人的には慎PCの綾鶴と遊ぶシーンを入れたかったのですが、これだけの役者が揃っているなら、ぜひ不知火にもう一肌脱いでもらおうと、戦闘にもって行きました。
プレイングに頂いた情報を元に止めを……となりましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。
今回も他のPCさまのリプレイを読むと、この時あのPCはこんなことをしていたのか! と分かる仕様になっていますので、そちらも楽しんでいただければと思います。
ではまた機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、ありがとうございました。