■不知火の厄日■
朝臣あむ |
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】 |
冥界門。
それは全ての魂が一度は訪れる、終焉を迎えるための門。
厳重に閉じられた門は来る者を拒むように常に閉ざされており、門前で審査を受けてから足を踏み入れる。下界ではこの場を「リンボ」や「煉獄」などと呼び、自らの審判が下る前の待機場所や、行き場場の無い魂の終着地として古くから言い伝えられてきた。
ここを訪れた魂は、この奥にある冥界で天界へ召されるか、地獄へ召されるかを審査される。その内容は未知のものとなっているが、今までに幾つか、人の手により審査を擦り抜けて展開に召された魂も存在した。
不知火はこの冥界門と人間世界を常に行き来し、この場で回収した魂の受け渡しを行っている。
「ご苦労。次回の回収目標を後ほど送っておこう」
門前で魂を回収するのは冥王補佐官だ。
顔を牛のような被り物をして隠して、受け取った魂の選定を事前に行う。今回は回収した魂のほとんどが補佐官の手に渡ったようだ。
「して、いつそれを我々に預けてくれるのかね」
補佐官が示すもの。それは不知火の腰に下げられたランプだ。
中では常に変わることのない金色の光が、輝きを保ったまま存在している。
「その代わりのモノは毎回届けてるじゃん。それ以上のモノをあんたらは望むのか?」
欲張りだねえ。そう嘲るように笑って、不知火は手にしていた棒を振り下ろした。
一変して鎌へと変じた棒を見ながら、補佐官が息を吐く。
「怨霊を生みだし、魂を狩る能力……人間でなければ容易にこの門を潜れるものを。何故そうまでして君は人間に拘るのかね」
「何のことか、さ〜っぱりわかんねえなあ」
喉奥で笑って目を細める。飄々とどこか人を馬鹿にしたような笑い方に、補佐官の口から再び溜息が洩れた――その時だ。
「し、不知火殿!! その者を止めてください!!!」
補佐官の後方から響く声にチラリと目が動く。
そうしてから、不知火の横を通り過ぎた「何か」に彼の目が向いた。
「――ケルベロス。冥王のペットじゃん」
牙を剥き威嚇する犬に似た獣。大きさ的には牛にも近いが、それでも姿は犬や狼の類に似ている。
不知火は鎌に変じさせた武器を構えると、黒光りする刃を振り下ろした。
「不知火!」
刃がケルベロスのギリギリの所で踏み止まる。
突然の攻撃に驚いたケルベロスは、当然のように獣の本能で逃げ出してしまった。
「……俺様を呼び捨てにすんじゃねえ」
ドスの利いた声を響かせ振り返る。
赤く鋭い瞳が冷たい殺気を覗かせて、補佐官を見据えた。
「っ、す、すまない……だが、ケルベロスを殺めては冥王様に示しが……」
「知らねえよ。狩ったってあいつなら戻せんだろうが」
「そ、それはそうだが……」
言葉を詰まらせた補佐官に舌打ちを零し、不知火はケルベロスが去った方向を見やった。
「チッ、人間界に行きやがった」
呟くと、冥界門に背を向けて歩き出した。
そこに声が届く。
「不知火、殿……ケルベロスは」
「魂回収、1回免除」
ヒラリと手を振り去ってゆくその背を見ながら、補佐官が息を吐く。
「……誰か、不知火殿の代わりに魂の回収を。冥王様へは私が報告する」
こうして冥界門を飛び出したケルベロスを回収するために不知火が姿を現す。
それは普段とは違う、目的をもって。
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不知火の厄日・慎編
穏やかな午後。
冷たい空気の中で感じる暖かな光に目を、細めながら歩いて行く。
買い物袋を片手に街を歩くのは、トレーニングを終えたばかりの月代・慎だ。
「う〜ん、疲れたあ」
大きく伸びをして外の空気を吸い込む。
カサカサと鳴るビニール素材の買い物袋の中には、明日の朝食に必要な材料が入っている。
「やっぱり、日々の練習は大事だな。昨日出来なかった分、今日はちょっと勝手が違ったし」
呟きながら買い物袋を持つ手とは別の手を握ったり開いたりしてみる。
今のままでも十分芸能界でやっていくことはできるだろう。それでもやるべきことはきちんとやっておきたい。それがこの先の自分のためにもなると、慎は思っている。
「帰って復習でもしてみようかな」
そう呟いてスクランブル交差点に達した時だ。
不意に横断歩道を渡ろうとした慎の足が止まった。
――……ッ。
微かに耳を掠めた音に振りかえる。
立ち並ぶビルと行き交う人の姿はいつものものだ。だが、その中に違和感を覚える。
「……何か変だ」
慎はそう呟くと、迷うことなく自らが見据える方向に走って行った。
***
慎が辿り着いた頃には、辺りは収拾がつかなくなるほどの混乱に陥っていた。
逃げ惑う人々の中心にいるのは牛ほどの大きさの犬――ケルベロスだ。
一見すれば何の生き物かわからないそれは、全身に殺気を漲らせ息荒く佇んでいる。
――……グウウ、ウウウウウッ。
「さっき聞こえたのは、あの化け物の声」
慎は手にしていた買い物袋を、邪魔にならない安全な場所に置いた。
「さてと、あの化け物をどうにかしないと……ん?」
自らに気合を入れるつもりで拳を握り締める。そしてケルベロスに向かおうとしたところで、彼は思わぬものを目にした。
ケルベロスと対峙する緑銀髪の青年。そしてその姿を苦々しげな表情で見つける黒髪の青年に目を瞬く。
「あれって、まさか」
慎は少し考えた後、黒髪の青年に歩み寄った。
閑静な顔立ちと、遠くからでも良く分かる高い身長。一見すると怖い印象を受ける存在は、間違いない。
今までに何度か一緒に闘ったことがある、神木・九郎だ。
「……何で、九郎さんがここに」
呟きながら彼の視線を追って前を見る。
彼が見据えるのは緑銀髪の青年――不知火だ。不知火の先にはケルベロスがいる。
このまま不知火と獣が衝突すれば、逃げ惑う人々を巻き込んで、被害は尋常ではなくなってしまうだろう。
「どうにかして避難させないとダメだよね……あれ、あのおじさん、何か――」
思案していた慎の思考を九郎の行動が遮った。
「ちょっ、九郎さん!?」
突然駆けだした九郎に、慌てて駆け寄りその腕を掴む。
「っ、誰だ――って、お前ッ!」
怒りの滲んだ目が、慎の顔を見て驚きに変わる。それを見て取って、慎はホッと息を吐いた。
「‥…慎」
「九郎さん、相変わらず無茶するな。でも、少し待った方が良いかもしれないよ」
意味深に笑って首を傾げる。
そして視線を向けたのは、不知火に対してだ。
「あのおじさん、何かしようとしてる」
鎌を片手に獣を見つめる不知火は、もう片方の手でランプを持つと、それを獣の前に差し出した。
ゆらゆらと輝く金色の光が辺りを包み込む。
その瞬間、不思議な事が起こる。
「人が、消えた?」
「結界だね」
九郎の疑問に慎がすぐさま応える。
周囲にあった筈の人の姿は何処にも無く、今この場にいるのは、慎と九郎、そして不知火とその視線上に居る獣だけだ。
「なんだか良くわからないけど、あのおじさん、今回は人が目当てじゃないみたいだね」
人間が目当てであればわざわざ結界を張る必要などない。けれど結界を張ると言う事は、目的はケルベロスだけということだ。
慎の言葉を聞いた九郎は、何かを考えるように歩きだした。
それに続いて慎も歩きだす。
「おい!」
九郎が声をかけたのは不知火だ。
彼の赤い瞳がこちらに向き、九郎を捕らえ、慎にも視線が寄こされた。
「お前、何しに来やがった!」
殺気を隠そうともしない九郎に、不知火は鎌を構えてケルベロスに視線を戻す。
「ケルベロス狩り♪」
クツクツと笑う声に、慎の目が獣に向かう。
やはり不知火はケルベロスをどうにかしに来たのだ。
「あの化け物、ケルベロスって言うんだ……」
ふーん、と慎の目が細められる。
そこに九郎の呟きが聞こえてきた。
「協力する気に一切ならねえ」
目を向ければ、苦々しげに眉を寄せる九郎の顔がある。彼の心情を考えるなら当然の反応だろう。
そんな九郎に対して、不知火が言い放つ。
「協力する必要ないじゃん。やりたいようにやれば?」
不知火はそう言ってニヤリと笑うと、ケルベロスに鎌を向けた。
「ハイハイ、ペットは大人しく人間様に服従してな♪」
どう見ても楽しそうにしか見えない、不知火を見てから九郎に歩み寄る。
「九郎さん、どうするの?」
後ろで手を組んで、九郎の顔を覗き見る。
不知火はやりたいようにやれと言っていた。だが協力したくない九郎の考えを汲み取るなら、何もしない方が良い気もする。
「あいつを手伝う義理はねえ。けど、放ってもおけねえだろ」
やれやれと息を吐いた九郎に、慎は先ほどから気っかかっていた言葉を口にした。
「ケルベロスと言えば、音楽を聴くと眠るって話があるけど……それって、本当かな?」
「あん?」
九郎の訝しむ視線に慎は少しだけ笑う。
「あのおじさんが引き止めてる間に、少しだけ試してみない?」
「……そりゃ、構わねえが」
目を向ければ、ケルベロスの攻撃を紙一重で交わし、攻撃を当たらないように繰り出す不知火が見える。
「ありゃ、どう見ても遊んでるな」
九郎が様子を見る限り、少しくらい何かを試しても問題はなさそうだ。
「けど、どうやって音楽を用意する気だ?」
「勿論、俺が歌うよ」
ニッコリ笑うと慎は前に進み出た。
大きく息を吸い込み、昂揚した気分を落ち着かせる。そして瞼を閉じれば、そこは自分のステージだ。
ゆっくりともう一度息を吸い込んで、吐き出す息に音を混ぜる。
その歌声に、九郎は感心したように息を吐いた。
「へえ、上手いもんだ」
九郎の呟きに思わず頬が緩む。
慎が歌うのは、彼が練習しているバラード曲だ。少し切ないラブソングで、慎自身も気に行っている。
レッスン後と言うこともあって、声の伸びが良い。このままいけば今まで歌った中で一番の完成度で歌いきれるかもしれない。そう思った時だ。
――グアアアアアアッ!
ケルベロスの雄叫びが響き、慎の目が上がった。
視界に映ったのは物凄い勢いで突き飛ばされる不知火の姿だ。
「あれ……もしかして、逆上?」
動きが鈍るどころか活性化している。
結局、慎が知っているケルベロスとは勝手が違うということだろう。
照れ隠しに笑って首を傾げるが、正直それどころではない。
不知火を突き飛ばした勢いのまま、ケルベロスが突進してきている。
「ん〜……やっぱり、闘うしかないのかな」
呟くが、それ以外に方法はなさそうだ。
慎は少し躊躇しながら闘う体制を整えようとした。
そこに九郎が飛び出してくる。
「ここは俺の出番だな」
九郎は慎の前に出ると、突進してくるケルベロスに向き直った。
そして――。
「猪突猛進、真っ直ぐ過ぎるのは考えものだぜ」
九郎の手が獣を掴んだ。
走ってきた勢いのまま引き寄せたケルベロスの体が巴投げ要領で空に舞う。
蹴り上げた際に気を叩きこんだだけあり、ケルベロスの体は大きく舞い上がっている。
その姿は隙だらけだ。
「了解!」
九郎の声に慎が技を繰り出そうとしたのだが、それよりもケルベロスの体が真っ二つに割れた。
「なっ!」
「えっ、俺まだ……」
呆然とする九郎と慎に、鎌を振り下ろしたままの不知火がニヤリと笑う。その口元が若干切れているが、そこら辺は気にしていないようだ。
「いやあ、美味しい場面頂き、ってな♪」
ニヤニヤと笑うその顔に、普段とは違う怒りが2人の中に芽生える。
しかし当の本人は知らんぷりだ。
「はい、任務完了♪」
魂と化したケルベロスを回収して手の中に納めるとスタスタと歩きだした。
「冥王に元に戻してもらうしかねえな。まあ、回収できただけで――ぬあっ!?」
突如、不知火の背中に衝撃が走った。
「な、なんだ……って、あれ、何?」
「ジジイ、ちょっと待て」
視線を巡らした不知火の目に、九郎の冷たい視線が突き刺さる。そして追い打ちをかける様に慎の蹴りも、不知火の足に入った。
「っ……ちょ、マジで入った」
涙目で足を抑える不知火に、慎も仁王立ちで冷たい視線を注ぐ。
完全に2人に囲まれる形となった不知火に、追い打ちをかける様に九郎が指をポキポキと鳴らす。
「ちょうど良い機会だ。質問に答えるくらいの時間はあるよなあ?」
「まあ、答えた後の無事は保証しないけどね♪」
ニッコリと笑った慎と、ニヤリと笑った九郎に、不知火の口元が引き攣る。
「あ〜……俺様、これから急用が――」
「拒否権は無いの♪」
笑顔で顔の横を掠めた拳に、不知火の表情が固まった。
「さあ、九郎さんどうぞ」
丁寧に発言権を譲ってくれる慎に、九郎は頷くと不知火の顔を覗きこんだ。
「テメェ、魂を集めてるそうだが、何が目的だ」
「目的って……そりゃあ、アレだよ……」
ツッと視線が逸らされる。
バキッ☆
容赦なく不知火の頭が地面に沈んだ。
「答えろって」
次いで顔の横に叩きこまれた足に、サッと血の気が引いて行く。そこまで来て不知火は顔に表情らしいものが浮かんだ。
「マジ、容赦ねえな、このガキんちょども」
ぼそっと呟きながら苦笑する。
まあ、締めの大事な部分を横取りしたのだから仕方がない。
不知火はのっそり起き上がると、九郎と慎の双方の顔を見て口を開いた。
「仕方ねえな。んじゃあ、答えるけどよ……聞いたからって殴るなよ?」
「保証はしねえ。けど、言わなきゃもっと殴る」
もう1つおまけに九郎の指が鳴る。その音に首を竦めると、不知火は仕方なく呟いた。
「……強いてあげるなら、快楽の追求?」
ヘラっと笑った不知火に、慎と九郎、2人の拳が叩きこまれる。
こうしてケルベロスの件は終結を迎えた。
その後、結界が切れた現場に、不知火のボコボコになった姿があったとか、無かったとか。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】
【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
慎PCともこれで三度目のご一緒ということで、本当にありがとうございますv
神木PCとも三度目のご一緒ということで、謀らずしも息が合ってきたのではないかと思う今日この頃。
お互いの役割ができつつある状況に感心しながら楽しんでいただければと思います。
今回、慎PCにバラードを歌ってもらったのは個人的願望です;
また買い物袋の中にはバナナが入っているという設定だったのに、結局使えず、申しわけなかったです;
また機会がありましたら、冒険をご一緒させていただければなと思っています。
このたびはご参加、本当にありがとうございましたv
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