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■【SS】非情の選択・前編■

朝臣あむ
【2895】【神木・九郎】【高校生兼何でも屋】
 立ち入り禁止のフェンスの向こう。
 廃墟と化したその場所で、砂塵を巻き上げる異形の存在がいた。
 上半身は人、下半身は蛇のように伸びて地面に螺旋を描く生き物は、行く手を阻むモノを見据えている。その視線の先にいるのは金の髪を持つ少女――SSの非社員、星影・サリー・華子だ。
彼女は頬に受けた傷を手の甲で拭うと、自らの武器である警棒を握りしめた。
「なかなかやるじゃない。でも、あたしの敵じゃないわ!」
 ジャリッと砂を踏みこむ音が響き、その直後彼女の身体がその場から消えた。
 突然の動きに狼狽した異形の存在は、周囲を見回し消えた姿を探そうと顔を巡らす。
 そこに鋭い蹴りが飛んできた。
「どこ見てんのよ、こっちでしょッ!」
 砂塵を割って表れた足に不意打ちを喰らった異形のモノが、激しい音を立てて地面に倒れ込む。それと同時に、砂塵が消え去った。
「さあ、仕上げと行きましょう」
 ニヤリと笑った華子の手が掲げられる。彼女の持つ警棒が、僅かな光を浴びて輝く。
「――迷わず成仏しなさいっ! とりゃあぁぁぁ!!!」
 異形のモノの胸に、警棒の先に仕込んだ刃が突き刺さる。勢い良く赤い飛沫が上がり、彼女の頬を濡らすが手は緩めなかった。突き刺した刃を更に奥まで埋めて一気に止めを刺す。
 その直後、異形のモノが光りに包まれ粉砕した。
「よしっ、完璧ね♪」
 満足そうに笑って警棒を仕舞う。そんな彼女の前に桃色の欠片が現れた。
 キラキラと輝きながら浮遊しているのは魂の欠片だ。通常、純粋な魂を持った怨霊のみが残す物だが、何故ここにあるのか。
「今の怨霊が純粋だったってこと? そんなのありえない……っ!?」
 呟きながら欠片に手を伸ばした時だ。突然それが光を放った。
 強烈な光りに目を瞑って飛び退こうとしたが、反応が遅すぎた。
「力が……はいら、な……い……」
 ドサリと崩れ落ちる瞬間、華子はあるものを目にした。それは不敵に笑う緑銀髪の青年だ。
「――……」
 不知火。そう口に出そうとしたが、それよりも早く意識が無くなってしまった。
「や〜っぱり、怨霊じゃ駄目だったか。さっすが、華子ちゃんだ」
 クツクツと笑いながら華子を見下ろすのは、彼女が最後に目にした不知火だ。
 彼は華子のすぐ傍で膝を折ると、気を失っている彼女の肩を抱き起こした。その目の前には、輝きを保ったままの欠片がある。
 不知火は欠片を手にすると、瞳を眇めて華子の顔を覗きこんだ。
「……ごめんねぇ。あんまり手荒なことはしたくなかったんだけど、これも俺様の為だと思って、諦めてねん♪」
 彼女の顔を赤く染めた雫を拭いながら囁く。そして手にした欠片を目線上に掲げた。
「そう言えば、華子ちゃん知ってるかな? 魂が1つしか存在できない器にもう1つ、魂と同じ存在が入り込んだらどうなるか」
 不知火はニヤリと笑って欠片を彼女の顔に寄せた。
キラキラと輝く欠片は手の中にすっぽり収まるほど小さい。不知火はそれを華子の唇に乗せると口腔に押し込んだ。
「さあ、呑み込もうね」
 口を指先で閉じさせながら、ゆっくりと囁きかける。と、次の瞬間、彼女の喉が上下に揺れた。
 それに合わせて、不知火の口角も上がる。
「良くできました♪」
「――……ッ!!!」
 不知火が満足そうに笑顔を浮かべるのと同時に、華子の目が見開かれた。
 硬直した身体とそこに襲いかかる激痛に唇がわなわなと震えている。その目が不知火を捉えた。
「ようこそ、俺様の操り人形ちゃん♪」
 ニンマリ笑った不知火に華子が更に目を見開く。その直後、彼女の記憶は途絶えた。
【SS】非情の選択・前編 / 神木九郎

 人通りのない路地裏。そこで対峙する影がある。
 冷え切った空気の中で、冷たい視線を注ぐ碧眼の少女。彼女の目に映るのは、苦痛に歪んだ表情を浮かべる黒髪の青年だ。
 切れた学生服から覗く傷口をそのままに、腹部を押さえて蹲った神木・九郎は、少女が向ける武器の切っ先に目を眇めた。
「――ッ、馬鹿女が……何、トチ狂いやがった」
 苦々しく呟きながら痛みを押さえていた手を退ける。その上で自らの拳を握り締めた。

   ***

 昼過ぎ、九郎は残りの授業もそこそこに学校を出た。その目的は新たな仕事探しだ。
 ここ最近不穏な事件が多すぎて、自らの食い扶ちを探す時間が減ってしまった。その為、必要最低限の出席日数と時間を稼いで学校を後にしたのだ。
「ひと先ず、この前連絡を貰った人の家にでも行ってみるか」
 呟きながら多くを書き込んだ手帳を取り出す。あと少しで全てが埋まる手帳の最後の方を捲って目的地を確認する。そうして路地に入った足が止まった。
「――ッ!」
 前髪を掠った鋭い風。
 咄嗟に後方に飛び退いて前方を見据える。舞いあがった砂と、その向こうに見える人影に眉を潜めた。
「いきなり何しやがる!」
 徐々に引く砂の風と、地面にヒビを落とした武器に叫ぶ。それを手にするのは金の髪を持つ人物だ。顔は俯いていて分からないが、自分が狙われたことだけは確信が持てる。もし避けるのが遅ければ、大怪我をしていただろう。
 九郎は砂が納まるのを待ちながら、いつ何が起きても良いように構えを取った。
「……よく、避けたわね」
 耳に届いた声に、眉が僅かに上がる。
 眇めた瞳が顔を上げた人物の相貌を捉えた。
「お前は……」
 碧眼を持つ勝気な表情をした少女。何度か目にしたことのある顔に目が見開かれる。
「――馬鹿女ッ!?」
 驚きを含んだ叫びを向ける九郎に、彼を襲った少女――華子は口角を上げて冷えた目を向けてきた。
「でも、次は避けられるかな?」
 口調こそ何処かおどけた雰囲気を持つのに、目は冷めたまま。そこに違和感を覚えるが、それを口にするよりも早く、相手が行動に出た。
「ッ!」
 風を鋭く切った突き。鋭利な刃物がのぞく警棒を何の迷いもなく向ける相手に、九郎は困惑したまま攻撃を受け流す。その上で彼女の後方に回って首後ろに手刀を落とそうとした。
「馬鹿ねえ。そんなのお見通しに決まってるでしょ」
 ニヤリと笑った華子が、地面を蹴ってその身を反転させた。向かい合うような形で迫る九郎の腕を払い除ける。そして一気に彼の首めがけて刃を突き出した。
 その直後、彼女の目が見開かれる。
「!」
 突きと同じ角度で迫って来た腕。刃で服が裂け皮膚が傷つくことを物ともせずに迫る腕に飛び退く。しかしそれで諦める九郎ではなかった。
 離れた間合いを瞬時に詰めて、伸ばした手で相手の武器を掴んだ。
「どういう了見か知らねえが、向かってくるってんなら相手になるぜ!」
 間近に迫った相手に言葉を放つ。
 その声に口角だけ上げると、華子は警棒を強引に引き寄せた。
「なっ!」
 際どい部分まで近づいた顔に、反射的に顔を後ろにそらす。それを目にした華子の目が眇められ、隙を突いて彼女の膝が腹部に打ち込まれた。
「――ッ、馬鹿女が……何、トチ狂いやがった」
 ほんの僅か奪われた息に目を見開き、蹲る九郎に華子は容赦なく警棒の切っ先を突きつける。その動きに顔を上げた九郎は、ようやく異変を感じ取った。
 違和感の原因はやはり目だ。以前会った時の嬉々とした色が消え、感情を凍らせたような冷たい色が浮かんでいる。始めは自分を襲うのだから冷めた目をしていても仕方がないと思った。
 だが明らかに感情を押し殺している目ではない。無理矢理閉じ込められたような、そんな違和感を覚える目だ。
「……こいつ、まさか」
 九郎は苦々しげに呟くと、腹部を押さえていた手を退けて拳を握り締めた。
「なによ、もう終わりなわけ? ダッサ〜イ」
「……ッ、こんの、馬鹿女っ」
 おどけた声に必要以上に拳を握り締める。
どんなに状況が変わっても、ふざけた口調と態度は変わらないらしい。そんな相手に苛立つ自分にも苛立ちが募る。
「ほぅら、早くしないと止めを刺しちゃうわよ?」
 警棒の切っ先をチラつかせる相手に、九郎の鋭い視線が飛んだ。その目に、上がっていた彼女の口角が引き締まる。
「何だ。まだ動けそうじゃない」
 言うが早いか、華子の腕が振り上げられた。その手に握られた武器が、僅かな日を浴びて輝く。そしてそれが一気に振り下ろされた。
 その瞬間、彼女の視界から九郎が消えた。
「何やってんだ。さっさと目を覚ましやがれ!」
「!」
 九郎は、瞬時に彼女の背後に回っていた。
 身体能力を飛躍的に上げることができる彼だからこそ出来た技だ。
 驚いて振り返った華子を見ながら、気絶するのを狙って拳を叩きこむ。
 だが、またもやその攻撃は、彼女に届く前に阻まれた。
「何だ!?」
 突如舞いあがった砂塵が、彼女を護るように砂の壁を作り上げたのだ。
 腕を引いて呆然と見詰めるその向こうでは、苛立たしげに九郎を見る華子の姿がある。
「馬鹿女。この力はどうした。どう考えても、人間にできる芸当じゃねえよな?」
「……知らないわよ、そんなの」
 明らかに人外の力を放つ華子に完全に疑問を持った九郎が問いかける。それに対して言葉を返した華子の表情が険しい。
「完全に操られてるわけじゃないのか? いや、でもこの力は……」
 九郎は自らの拳を一度開いてから閉じると、深呼吸をして構えを低くした。
「とにかく、あの馬鹿女をどうにかしないことには解決しなさそうだ。少しの無茶は許してくれよな」
 そう呟いて地面を蹴った。
 真っ直ぐに砂塵に突っ込む姿に華子の目が見開かれる。
「起きろ、この馬鹿女が!」
 華子を護るように舞い上がる砂が九郎の皮膚を裂く。だが九郎は怯むことなく突き進むと、相手の間合いに入り込んだ。
「っ、あんた、何考えて……」
 うろたえた華子の腕が、一つ覚えのように警棒を振り上げる。
 至近距離で攻撃を繰り出す相手に、チラリとだけ視線が飛ぶ。しかし、それさえも怯むことなく左腕で受け止めると、握った拳を解いて相手の左腕を掴んだ。
 そして強引にそれを引き寄せると、外側に捻って足をかけた。
「ッ!」
 当然、華子の身体はバランスを崩して地面に倒れ込む。その瞬間を逃さず組み敷くと、九郎は苦々しげに彼女の肩を押さえこんだ。
「コーヒー一杯じゃすまねえぞ。ったく」
 ぼやくように呟きながら、負傷した左腕を見る。そして華子に視線を戻そうとした時、彼の視界が飛んだ。
「!?」
 いや、正確には九郎の身体が宙に飛んだのだ。
 咄嗟に受け身をとって着地するが、負傷した腕と全身の切り傷、そして体に受けた衝撃に膝は着いたままだ。
「あーあ、失敗かあ」
 砂塵はすでに納まって、先ほどまで華子が倒れていた場所には緑銀髪の青年――不知火が立っている。その腕には、気を失ったのか、気を失わされたのか、大人しく横たわる華子の姿があった。
「またお前かっ!」
 叫ぶ九郎に、不知火は面倒そうな視線を寄こすとクルリと背を向けた。
 その姿に九郎は自らの身体を叱咤して立ち上がった。その上で不知火に向かって駆けだす。
「待ちやがれッ!」
 振るいあげた拳が不知火に叩きこまれる。しかしそれを難なく避けると、彼は何かを思いついたように九郎を見た。
「そうだ。一度怨霊になった人間の魂を埋め込まれた人間は、怨霊になれるのか?」
「……何だと?」
 再び拳を振ろうとする九郎に、不知火の口角が上がる。
「試してみる価値はありそうじゃん♪」
 そう言って喉奥で笑うと、不知火は忽然と姿を消した。
 後に残された九郎は、訳も分からないままその場に立っている。その脳裏に残るのは不知火の言った言葉だ。
「怨霊になった人間の魂を埋め込まれた人間……」
 言葉を反芻するように呟き、ハッとなった。
「まさか、あの野郎ッ!」
 九郎は不知火が消えた方を見やると、急いでその場を後にしたのだった。

――続く...


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】

登場NPC
【 星影・サリー・華子 / 女 / 17歳 / 女子高生・SSメンバー 】
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは初の前後編ものにご参加いただきありがとうございました。
後の展開を考えつつ調整しながら書いたにもかかわらず、九郎PCが大分負傷しております;
しかもリプレイの殆どが戦闘というこのお話。
楽しんで頂けたなら悩みつつ書いた甲斐があります。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。