■【SS】非情の選択・前編■
朝臣あむ |
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】 |
立ち入り禁止のフェンスの向こう。
廃墟と化したその場所で、砂塵を巻き上げる異形の存在がいた。
上半身は人、下半身は蛇のように伸びて地面に螺旋を描く生き物は、行く手を阻むモノを見据えている。その視線の先にいるのは金の髪を持つ少女――SSの非社員、星影・サリー・華子だ。
彼女は頬に受けた傷を手の甲で拭うと、自らの武器である警棒を握りしめた。
「なかなかやるじゃない。でも、あたしの敵じゃないわ!」
ジャリッと砂を踏みこむ音が響き、その直後彼女の身体がその場から消えた。
突然の動きに狼狽した異形の存在は、周囲を見回し消えた姿を探そうと顔を巡らす。
そこに鋭い蹴りが飛んできた。
「どこ見てんのよ、こっちでしょッ!」
砂塵を割って表れた足に不意打ちを喰らった異形のモノが、激しい音を立てて地面に倒れ込む。それと同時に、砂塵が消え去った。
「さあ、仕上げと行きましょう」
ニヤリと笑った華子の手が掲げられる。彼女の持つ警棒が、僅かな光を浴びて輝く。
「――迷わず成仏しなさいっ! とりゃあぁぁぁ!!!」
異形のモノの胸に、警棒の先に仕込んだ刃が突き刺さる。勢い良く赤い飛沫が上がり、彼女の頬を濡らすが手は緩めなかった。突き刺した刃を更に奥まで埋めて一気に止めを刺す。
その直後、異形のモノが光りに包まれ粉砕した。
「よしっ、完璧ね♪」
満足そうに笑って警棒を仕舞う。そんな彼女の前に桃色の欠片が現れた。
キラキラと輝きながら浮遊しているのは魂の欠片だ。通常、純粋な魂を持った怨霊のみが残す物だが、何故ここにあるのか。
「今の怨霊が純粋だったってこと? そんなのありえない……っ!?」
呟きながら欠片に手を伸ばした時だ。突然それが光を放った。
強烈な光りに目を瞑って飛び退こうとしたが、反応が遅すぎた。
「力が……はいら、な……い……」
ドサリと崩れ落ちる瞬間、華子はあるものを目にした。それは不敵に笑う緑銀髪の青年だ。
「――……」
不知火。そう口に出そうとしたが、それよりも早く意識が無くなってしまった。
「や〜っぱり、怨霊じゃ駄目だったか。さっすが、華子ちゃんだ」
クツクツと笑いながら華子を見下ろすのは、彼女が最後に目にした不知火だ。
彼は華子のすぐ傍で膝を折ると、気を失っている彼女の肩を抱き起こした。その目の前には、輝きを保ったままの欠片がある。
不知火は欠片を手にすると、瞳を眇めて華子の顔を覗きこんだ。
「……ごめんねぇ。あんまり手荒なことはしたくなかったんだけど、これも俺様の為だと思って、諦めてねん♪」
彼女の顔を赤く染めた雫を拭いながら囁く。そして手にした欠片を目線上に掲げた。
「そう言えば、華子ちゃん知ってるかな? 魂が1つしか存在できない器にもう1つ、魂と同じ存在が入り込んだらどうなるか」
不知火はニヤリと笑って欠片を彼女の顔に寄せた。
キラキラと輝く欠片は手の中にすっぽり収まるほど小さい。不知火はそれを華子の唇に乗せると口腔に押し込んだ。
「さあ、呑み込もうね」
口を指先で閉じさせながら、ゆっくりと囁きかける。と、次の瞬間、彼女の喉が上下に揺れた。
それに合わせて、不知火の口角も上がる。
「良くできました♪」
「――……ッ!!!」
不知火が満足そうに笑顔を浮かべるのと同時に、華子の目が見開かれた。
硬直した身体とそこに襲いかかる激痛に唇がわなわなと震えている。その目が不知火を捉えた。
「ようこそ、俺様の操り人形ちゃん♪」
ニンマリ笑った不知火に華子が更に目を見開く。その直後、彼女の記憶は途絶えた。
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【SS】非情の選択・前編 / 月代・慎
秋風涼しい昼下がり。
ゆったりとした気候を満喫するように、枯草の混じる草の上に寝転ぶのは、幼さを顔に残した少年、月代・慎だ。
彼は眠りの世界と現とを行ったり来たりしながら、この季節独特の穏やかな日差しを楽しんでいた。
人目から離れた、穴場的スポットで寛いでいた彼が異変に気付いたのは、眠りに引き込まれる寸前だ。
「……?」
徐々に近付く人の気配。それに混じる僅かな人外の気に眉を潜める。そして瞼を上げた彼の目に、思いもかけないものが飛び込んできた。
薄青く広がる空の中、鰯雲が秋空を演出しているその合間に、何か光るものが見えた。
「……――ッ!」
まどろみの中にあった思考が一気に覚醒する。その直後、起き上がって飛び退いた。
目の前で上がる土煙。そこに響く爆音に目を瞬く。
「何が……」
呆然と目の前で納まりつつある土煙を見つめる。その中に見えたのは金の髪を頭上で束ねた少女――華子だ。
彼女は地面に刺した日本刀を抜きとると、真っ直ぐに慎を見据えた。その目に冷えた光が見える。
「人間? ……でも、おかしい」
人間でありながら人外の気配を漂わせる相手に警戒を見せる。
慎は手早く印を刻むと、月の子を召喚した。
「――やっぱり、能力者」
慎の前に守護するように立つ存在に華子の目が眇められる。その直後、華子は刀についた土を払うと駆け出した。
「っ、早いッ!」
人間にしては早い足で間合いを詰める相手に、慎を守護する月の子が結界を放った。
放たれた結界は攻撃を防ぐだけでなく、触れたモノに害も与える。防御と攻撃の二面性を持つ結界、通常なら気付かずに突っ込む筈だ。
だが、意外にも華子は突っ込んでこなかった。
「何か危険な気配がする」
そう呟くと、華子は結界に触れる寸前で後方に飛んだ。そして適度な間合いを計って、刀を構え直す。
「へえ、気付けるんだ」
半分感心、半分警戒を滲ませて呟く。その声が聞こえていたかどうかは分からないが、華子の目が眇められた。
「……近付けないわね」
華子は右手に持つ刀を左手に持ち、空いた手に三段伸縮の特殊警棒を取り出して、それを一振りした。
一瞬にして長さを増した警棒の先端に鋭利な刃物が覗く。
「二刀流? でも、それだけじゃ近付けないよ」
慎はニッコリ笑うと、彼を守護している常世姫と永世姫を招いた。ヒラヒラと周囲を舞う2匹の蝶に視線を寄こす。
「本当は、綺麗なお姉さんと闘うのは好きじゃないんだけど、仕方ないよね」
そう言って、常世姫と永世姫を華子に向けて仕向けた。
その動きに彼女の口角が上がる。
「綺麗って言ってくれてありがとう……」
ゆっくりと挙げられる右腕。その切っ先が向かい来る蝶の方を向いた瞬間――。
「これは、そのお礼♪」
笑ってない目を歪めて囁いた、華子の手から警棒が放たれた。
鋭利な刃物を先端に携えた武器が、迷うことなく慎に襲いかかる。
「月の子!」
慎は糸を指に絡めて壁を作った。その目の前には月の子が結界を張って攻撃を防ごうとする。しかし二つの防御が出来るよりも早く、武器が慎の元に到達した。
「っ!」
咄嗟に身を横に逸らして避けるが、鋭利な刃物は彼の頬を掠めていた。薄らと滲んだ血に、慎の目が細められる。
「……芸能人は、顔が命なんだけどな」
呟きながら親指の腹で滲んだ血を拭う。それを舌で舐めとってから姿勢を正した。
視線の先では華子に到達した常世姫と永世姫が蝶の鱗紛を振りかけているのが見える。
「あれで暫くは動けないはず」
そう言いながら月の子に視線を向ける。結界を張るよりも早く到達した刃は、月の子の体を擦り抜けて慎に到達したようだ。
「あの武器は実態。となると、あのお姉さんはやっぱり人間――」
視線の先で蝶を見上げて佇む華子は、身動き1つしない。ぼうっと蝶を見つめて、両手をだらりと下げている。
「近付けないから武器を投げるなんて、無茶するお姉さんだね」
常世姫と永世姫は華子に幻覚を見せている。それは彼女にとってとても大事なもののはずだ。だからこそ今は動かずにじっとしている。
だが万が一それが解けた際、残る武器で斬りかかってくるのは明白だ。
「今の内に、その武器もどうにかしちゃおう」
そう言って手を動かした。
先ほど指に巻きつけた糸に気を張り巡らせる。そしてそれを相手めがけて放った。
まるで生き物のように彼女の周囲を囲った糸が、迷うことなく刀に巻きつく。そしてそれを見た慎の指が動いた。
「――切れるって言う概念を、俺の手で切り取ってあげる」
囁きながら、糸で刃を撫で上げる。
その直後だ。
――ピシッ……ピシピシ……パリンッ!
何か割れるような音が響き、刃に巻き付いていた糸が切れた。
「成功だね」
見た目こそ変わっていないが手ごたえはあった。あとは彼女自身をどうにかすれば、この訳の分からない戦いは終わりだ。
「とりあえず、お姉さんが何でこんな事をしてるのか……それを探らないと――え?」
思案する慎の目の前で華子が動いた。
片足を引いて踏み込みを低くする姿に目が瞬かれる。
「どういうこと」
刃の先端を、獲物を狙うように構える姿は、明らかに戦闘態勢に入るものだ。
「あのお姉さんには、お姉さんの弱点が見えているはずなのに」
目を凝らして鱗紛の中に浮かぶ幻を見る。
そこに映るのは優しげな表情をした2人の人物だ。
1人は白髪に白髭を携えた穏やかな老人。そしてもう1人は穏やかな微笑みを湛えた男性だ。
慎はその内の1人、微笑みを浮かべる男性を見て、目を見開いた。
「あの人……」
まだ忘れることなどできない、新しい記憶。
「時間が止まった空間で、俺を導いてくれた人」
時を止める怨霊と対峙した際、身動きが取れなくなっていた慎を動けるようにしてくれた人物。それが華子の見る幻の中に現れている。
「あの人がお姉さんの弱点……と言う事は、2人は知り合いなの?」
思案げに呟く中で、更に驚くべき事が起きた。
弱点である筈の人物に、華子が刃を振るったのだ。しかもそれを白髪の老人が難なく受け止めた。
「!?」
あまりにあんまりな出来事に思わず目を見張った慎に、月の子が近付いてくる。
いくら幻とは言え、相手の記憶にない部分までは行動することが出来ない。つまり、老人は華子の刃を止めるだけの技量があると言うことだ。
「……何なの、この人たち」
呆然と呟くが、そうしている間にも華子の攻撃は続いている。それを交わす人々と、攻撃を繰り出す華子。その双方を見て慎は月の子に視線を向けた。
「早々に決着をつけた方が良さそうだね」
慎の声に月の子が動いた。
「あのお姉さんを夢の世界に案内するよ!」
慎の声と同時に月の子が浮遊したその身を翻して術を放った。
直後、華子の目が見開かれ、ガクッと膝が落ちる。必死に瞼が落ちないように格闘しているが、それは直ぐ無駄に終わった。
大きく揺らいだ体が後方に倒れ、ドサッと物音が響く。そこに慎は駆け寄った。
覗きこんだ相手の顔には怪我らしいものは見当たらない。そのことにホッと息を吐く。
「怪我はないみたいだね。それにしても、この気配……」
近付いてみてハッキリとわかった。
それは彼女の中から湧き出る禍々しい気についてだ。放たれている気は明らかに人間のものではない。そのことに眉を潜めると、慎はぽつりと呟いた。
「お姉さんの気と、それ以外の気が混同してる。俺の力で禍々しい気を切り離せるかもしれない」
慎は自らの右手を見てから、それを華子に伸ばした。
「おっと、そこまでだ」
響いた声と同時に、彼の視界が大きく揺れた。
いや、正確には揺れたのではなく、飛んだのだ。何か大きな力によって弾かれた体が、宙で2匹の蝶の力を借りて止まる。そしてそのまま地面に着地すると、慎の眉が寄った。
「悪いんだけどさ、まだ切り離させる訳にはいかないんだよ」
飄々とした口調で話す声には覚えがある。
見つめた視線の先に立つ緑銀髪の青年は不知火だ。
「華子ちゃん、また失敗だねえ」
彼は意識を失った華子の身体を抱き上げて眠る相手に囁いている。その姿に眉を潜めると、慎は手に新たな糸を巻いた。
「あの人が関わってるからまさかと思ったけど……本当に、またおじさんなわけ?」
神出鬼没にも程がある。
不機嫌そうに言葉を発した慎は、月の子を傍らに招くと糸に気を絡めた。その動きに不知火が背を向ける。
「えっ、ちょっと、何処に行くんのさ!」
華子を抱き上げたまま去ろうとする相手に叫ぶ。その声に顔だけを巡らせて振りかえった不知火は、悪戯を思いついた子供のように無邪気な笑みを浮かべて見せた。
「そうだ。坊主なら知ってるんじゃないか?」
問いかけ……と言うよりは、確信をもっての呟き。その声に僅かに首が傾げられる。
「一度怨霊になった人間の魂を埋め込まれた人間は、怨霊になれるんだっけか?」
「……人間を怨霊に?」
驚く慎に不知火は笑みを浮かべたまま頷く。そして前を向くと歩きだした。
「試してみる価値はありそうじゃん♪」
そう言って笑い声をあげると、彼は忽然と姿を消した。
後に残された慎は、訳も分からないままその場に立っている。その脳裏に残るのは不知火の言った言葉だ。
「怨霊になった人間の魂を埋め込まれた人間……あのお姉さんが総ってこと? じゃあ、あのお姉さんに感じた禍々しい気は、怨霊の魂?」
サッと血の気が引く。
浮かんだ考えを、首を横に振って否定する。しかし直ぐに不知火ならやりかねないと言う思いが浮上してくる。
「そんなことして、人間が耐えられるわけない!」
慎は不知火が消えた方角を見やった。
沸々と沸き上がる多くの疑問とそれに対する答えに、もう一度首を横に振る。そして大きく息を吐くと、彼は走りだしていた。
「常世姫、永世姫、あのお姉さんを探して!」
こうして慎は、穏やかな秋の気候に背を向けた。
――続く...
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】
登場NPC
【 星影・サリー・華子 / 女 / 17歳 / 女子高生・SSメンバー 】
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは初の前後編ものにご参加いただきありがとうございました。
月の子の技の詳細を勝手に考えて動かしてしまいましたが大丈夫でしょうか。
慎PL様の世界観を壊していないと良いのですが……。
今回は次に続く個人戦ということで戦闘が半分以上のリプレイではありますが、
楽しんで頂けたなら悩みつつ書いた甲斐があります。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。
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