■【りあ】 鹿ノ戸千里ルート （前）■
朝臣あむ |
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【7348】【石神・アリス】【学生（裏社会の商人）】 |
千里は目の前で起こる出来事を、まるで夢の中のことのように見つめていた。
月光を浴びて刀を構える父。それに対峙するように立つ巨大な太刀を構えた男。
双方の間には見えない火花が散っているように見えた。
――大人しくしているんだぞ。
父はそう言って千里の頭を撫でた。
大きく逞しい手の感触が、今でも頭に残っている。そこに手を添えて、千里は止むことなく父に視線を注いだ。
そんな中、互いが地を蹴った。
舞い上がる草に混じり、刃の重なり合う音が響く。千里は咄嗟に目を閉じたが、直ぐにその目を開いた。
（見ていなくては）
そんな使命感が彼を動かしてした。
だがその瞬間、彼の目に想像もしていなかったモノが飛び込んでくる。
「父さんッ！」
父の言い付けは頭になかった。
咄嗟に飛び出して駆け寄る。そして草で汚れた手で父の服を掴んだ。
「せん、り……」
普段は力強い光を放つ父の目が、弱々しく千里を捉えた。その目を見て彼の目から大粒の涙が零れ落ちる。
「父さん、父さん！」
必死に呼びかけてその身を揺する。そこに大きな手が伸びてきた。
頭を撫でる優しい手。その手に千里の目が見開かれた。
「……お前に、聞かれた、問い……答え、られなくて……すまな、ぃ」
頬を撫でる様に滑り落ちた手。瞼を閉じた父に縋るように抱きついていた。
「嫌だ！ 父さん、目を開けて！ 父さん！」
必死に叫ぶが父が目を開けることはなかった。
変わりに彼の気を惹く物が迫る。
白銀の光に赤く滑った液体を滴らせる刃。それが千里の眼前に晒された。
「鹿ノ戸の血筋の者か」
重低音の嫌でも耳に入る音に、千里の目が飛ぶ。その目に浮かぶのは怒りだ。
「良い目だ。だが――」
男の刃が振り下ろされた。
その瞬間、千里の左目に、払われた液体が飛び込む。
「うあああああああっ！！！」
突如訪れた激しい痛みに、千里は片目を押さえて蹲った。そこに再び低い声が響いてくる。
「鹿ノ戸の血に与えし呪い。次は貴様の番だ」
「うぅ、あ……な、に……」
痛みに耐えながら、目を押さえて顔をあげる。だがそこに男の姿はなかった。
忽然と姿を消した男。
その後に残されたのは、ピクリとも動かなくなった父と、左目を押さえて蹲る千里だけだ。
――鹿ノ戸の血に与えし呪い。
頭を駆け巡る言葉。その意味を理解した時、彼は自らに与えられた命の意味を模索する。
この数年後、千里はとある喫茶店のマスターと知り合う。それが彼の運命を動かす出会いを導くことになるのだった。
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Route1・隠された顔 / 石神・アリス
青空が何処までも清々しい、とても良い天気の午後だった。
石神・アリスは、一枚の名刺を頼りに、学校帰りにある場所を訪れていた。
それは執事＆メイド喫茶「りあ☆こい」というふざけた店名の店だ。
はじめてその店名を見た時は、なにかの間違いかと思った。そもそも執事＆メイド喫茶と言うのが引っ掛かる。
「……鹿ノ戸・千里」
名刺に書かれた名前を見ながら呟く。
どう考えても、やはり何かの冗談が間違いとしか思えない。
「あの男が執事……有り得ない」
無意識に寄った眉をそのままに、店に向かって歩き出す。外観は普通の建物だが、中はどうだろう。
そう思いながら扉に手をかけようとした時だ。
ふと何かが聞こえてきた。
「まったく君は……もう少しオーナーの気持ちも考えるべきだ」
店の裏側からだろうか。何やら声が聞こえてくる。もめているのかわからないが、関わらない方が良いだろう。
そう思ってアリスがノブを回そうとした時、その声は聞こえて来た。
「へいへい、わかったから戻れ」
適当に返しているこの声には覚えがある。
アリスは再び名刺を見ると、考える間もなくノブから手を離した。そうして向かうのは、声が聞こえた方だ。
「確か、こちらから……あ」
店のちょうど側面に位置する場所に、その姿はあった。
燕尾服を着た青年が２人。互いに対峙するように立って話しをしている。その内の１人、煙草を咥えて壁に背凭れる人物に覚えがあった。
「やっぱり、あの時の……」
服装こそ会った時の学生服ではないが間違いない。左目に嵌められた眼帯が何よりの証拠だ。
アリスは手にしていた名刺をポケットにしまうと、話をしている２人に歩み寄った。
「そうやっていつも適当に受け流す。だから君は――」
「待て、梓」
制止の声に、説教をしていた青年の声が止まった。そして２人の視線がアリスへ向かう。
「お前の鼻は相変わらず人間並みだな」
眼帯を嵌めた青年が、説教をしていた青年に向けてからかうように呟く。その目がアリスの姿を目にした途端、僅かに見開かれた。
「ごきげんよう、鹿ノ戸千里さん」
一定の距離を保って足を止めたアリスが、迷いもなく眼帯の青年――千里を捉える。それを受けて面倒像に煙草を投げ捨てると、千里は靴底で火を揉み消した。
「……君の知り合いかい？」
「いや、知り合いじゃ――」
「知り合いです」
否定しようとした千里の言葉を遮って、即座に肯定した。その声に舌打ちが聞こえた気がしたが、この際それはどうでも良い。
アリスは開けていた距離を歩くことで縮めると、千里と対峙する金髪の青年に頭を下げた。
「はじめまして。わたくしは石神・アリスと言います。先日、危ない所を鹿ノ戸さんに助けていただいて、そのお礼に今日は来ました」
優等生らしく振る舞うアリスに、金髪の青年は少し目を瞬いてからニッコリと笑ってくれた。
「千里が人助けを……それは、空から槍か大魔王様でも降って来そうな話だね。でも本当ならオーナーも喜ぶかな？」
そう言いながら彼の視線が千里に向かう。
アリスの目もそれに習って千里に向かうのだが、その瞬間彼女の眉間に深い皺が刻まれた。
まるで「余計な事を言うんじゃねえ」。そう言っているかのような、鋭い視線に口端が下がる。
そこに空かさず助け船が来た。
「君はもう少し、女性の扱いを知った方が良い」
アリスの反応を見て、金髪の青年が擁護に出てくれたのだ。それに対して大きな舌打ちが聞こえたと思ったら、足音が近付いて来た。
「ちょっと、まだ話は終わってな――」
「長ったらしい説教なんか、聞いてられるかよ。来い」
千里が近付いて来たのだ。
彼はアリスの腕を強引に掴むと、それを引いて歩きだした。それにはアリスも驚いたが、彼女以上に驚く者がいたのを、聞こえてきた声で知った。
「千里！」
驚きを含む叫び声に、千里は片手だけ上げて歩いて行く。それを見上げたアリスは、一度だけ金髪の青年を振り返り、頭を下げたのだった。
＊＊＊
腕を引かれたアリスが連れて来られたのは、喫茶店の傍にある公園だった。
公共の施設で天気も良いことから、多くの人が利用しているその中を、言葉も交わさずに歩いて行く。そして自販機の傍にあるベンチまでやってくると、千里はようやく彼女の手を離した。
「飲めないものはないな」
答えを聞く間もなく、千里は自販機に小銭を投下してボタンを押す。そして出てきた缶を手にすると、それを突っ立ったままのアリスに差しだした。
差し出されたのはミルクティーの缶だ。彼女は目を瞬いてそれを見つめ、やがてそれを千里に向けた。
「なんですか、これは」
「缶だろ」
しれっと答えて無理矢理缶を握らせる。そうして自分の分の缶コーヒーを購入すると、彼は当たり前のようにベンチに腰を下した。
それに習ってアリスも腰を下ろすが、何とも重い雰囲気が漂っている。怒っているのか、それとも何も考えていないのか、それすらもわからない相手をチラリと見てから、彼女は缶のタブを開けた。
そしてそれを口にする。
それなりに美味しい味が口の中で広がるが、不満がないわけではない。
「喫茶店の紅茶の方が魅力的だったわ」
本当なら怪しい店ではあるものの、喫茶店と銘打ってるからには美味しい紅茶が飲めるはずだった。
「……なのに、缶」
もう１つおまけに呟いて缶を口に運ぶ。
その間も千里は無言だ。
チラリと視線を向けると、彼はぼんやり空を眺めているようだった。
「あの――」
「何であそこにいた」
アリスの言葉を遮るように発せられた声に、彼女が口を噤んだ。
彼の目は相変わらず空を向いたままだ。それでも問いがアリスに向けられていることは分かる。彼女は少し迷うように唇を引き締めてから、口を開いた。
「確認しに来たの」
「誰にも言ってねえし、興味もねえよ」
彼女の声に、千里の目が向かう。
「そうじゃない。わたくしの仕事ではなく、あなたが言った言葉――同類。それが気に掛ったの」
そんなのことか。そう言うように彼の目が空に戻った。
青空が紫色の瞳を照らして、僅かな空色を覗かせる。それを眺めながらアリスは問いを向けた。
「なぜ、あなたとわたくしが同類だと言ったの。答えて」
問いかけに千里は答えない。
ただ空を見上げて缶コーヒーを口に運ぶ。その姿にムッとなると、アリスは立ち上がって彼の視界を遮るように顔を覗きこんだ。
「答えて！」
「ッ……」
いきなり目の前に現れた顔に、千里の目が見開かれた。
慌てて口を閉じていることから、まだコーヒーが口にあったのだろう。少し間を置いてゆっくりと喉仏が上下する。
「……っ、危うく吹くところだった」
千里は呆れたように眉を寄せると、アリスの額に指を添えて彼女の顔を後ろに押しやった。
「わたくしの問いに答えなさい。わたくしの仕事を聞いた上で、なぜあのような言葉が出てくるのか」
真剣な表情で問いただすアリスを、千里はじっと見つめた後、一度視線を外して息を吐いた。
「くだらねえ」
やれやれと肩を竦めて缶の中身を飲み干す。そしてそれを近くのゴミ箱に放ると、千里は両手をポケットに突っ込んで、今度こそ真っ直ぐに彼女の目を捉えた。
「言った筈だ。勝手にやってくれ、ってな」
「……」
「てめぇの仕事に興味はねえ。だが、持っている力には興味がある」
わかるか？ そう問うように目が眇められた。
「簡単に言うなら、力に関しては同類――……他は知らねえよ」
スイッと逸らされた視線に、アリスは目を瞬いた。なにかを隠している気がする。
だがそこまで踏み込むには、そこまで親しいわけでもない。そう思った所でハッとなった。
「わ、わたくしとしたことが……」
僅かに頬を紅潮させて呟くアリスに、外したばかりの千里の視線が戻ってきた。
「わたくし、あなたに名乗ってないわ！」
バッと再び乗り出してきた顔に、千里の眉が上がって、代わりに顔が下げられた。
「近けぇよ！ つーか、梓に名乗ってただろ！」
思わず突っ込んだ千里に、ハタとなって気付く。
その姿を見て、千里は本日何度目かの溜息を零すと、もう一度アリスの頭を指で押しやって項垂れた。
「名前なんかどうでも良いだろ」
「名前は大事よ。呼ぶ時に困るもの」
「呼ばねえよ」
速攻で返された言葉に、アリスの口端が下がる。不満は不満だが、まあ呼ぶ呼ばないは本人の自由だ。
アリスは渋々千里の隣に腰を下ろすと、チラリと彼を見た。
すっかり脱力しきって空を見上げる様子に習って、アリスも空を見上げてみる。だが青空の中に雲が浮かぶばかりで、他に目新しいものはない。
もしあるとすれば飛行機雲や時折飛んでゆく鳥の姿だけだろうか。
「これのどこが面白いのかしら」
ぽつりと呟く。しょせん独り言だ。言葉など返ってくるはずがない。そう思っていたのだが、意外なことに声が返ってきた。
「鳥だ」
目の前の空を白い鳥が群れを成して飛んでゆくのが見える。
「馬鹿みたいに、血に従って飛んでる鳥を見るのが面白い」
唐突な言葉にアリスが目を瞬く。
それに気付いたのか、フッと笑みを零して千里が顔を向けてきた。
「あいつらは自由に見えて自由じゃない。だがそれを微塵も感じさせず、自由に見せているところが良い」
不思議そうに首を傾げたアリスの頭に、彼の手が伸びてきた。
大きな手がいつかと同じようにそこを撫でる。
「お前は鳥にはなれないな」
そう言って少しだけ笑うと、千里は手を離して立ち上がった。その姿にアリスの目が向かう。
「そろそろ戻るが、お前はどうするんだ？」
問いかける声にアリスは考える様に時計に視線を落とした。
「わたくしもそろそろ戻ります」
「そうか。まあ、機会があれば、またな」
「待ちなさい」
そう言って歩き出そうとする彼に、アリスは声をかけて立ち上がると、一枚の封筒を差し出した。
「……何だこりゃ」
差し出された封筒を訝しげに見る相手にアリスは無理矢理それを手渡すと距離を取った。
「もし時間がよろしければ、今度家の美術館にでも寄ってください。その封筒の中にチケットを入れておきました」
そう言って不敵に笑うアリスに、千里は封筒をチラリと見るとポケットにそれを突っ込んで歩き出した。
その背を見ながらふと呟く。
「なぜ渡すかくらい、聞けばいいのに……」
そう言いながらアリスは踵を返した。
手にしたミルクティーを一気に飲み干して、千里と同じくゴミ箱に放る。それは見事な曲線を描いて仲間の元に落ちて行った。
ＥＮＤ
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 7348 / 石神・アリス / 女 / 15歳 / 表：普通の学生、ちなみに美術部長・裏：あくどい商売をする商人 】
登場ＮＰＣ
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員＆高校生 】
【 辰巳・梓 / 男 / 17歳 / 「りあ☆こい」従業員＆高校生 】（ちょい役）
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート１への参加ありがとうございました。
前回に引き続きご指名頂いた、千里とのお話をお届けします。
今回はアリスＰＣに謎かけ的な言葉を返しています。
いろいろな意味にとれると思いますので、想像して楽しんでいただけると嬉しいです。
また機会がありましたら、大事なＰＣ様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。
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